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国際気候外交の途上国側の「ハードネゴシエーター」と称されたフィリピンの元交渉官カストロ・ムラーさん、COP24の開催中に死去(RIEF)

2018-12-17 17:01:43

Muller2キャプチャ

 

 ポーランドで開催していた国連気候変動枠組み条約第24回締約国会議(COP24)は会期を1日延長して、どうにかパリ協定の実施指針で合意した。先進国と途上国の対立を改めて浮上させたCOP会議の最中、途上国側の代表として長年、活躍してきたフィリピンのBernarditas de Castro Mullerさんが亡くなった。


  Mullerさんは国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の1991年の最初の会合以来、気候変動関連の国際交渉に携わってきたベテラン中のベテランの元外交官だ。フィリピン政府のケニア駐在大使等を務め、97 年に日本で開いたCOP3で京都議定書を決めた際も、途上国の代表の一人として取りまとめに尽力した。

 

 先進国の代表にとって、「Ditas(彼女の愛称)」はハードネゴシエーターで極めて手強い存在だった。英語もフランス語も堪能で、しかも長年の経験に基づいて気候交渉の隅から隅までを熟知していた。欧米の交渉官の間では「ドラゴン・ウーマン」と称されていた。

 

 ある欧米の交渉官は彼女を「『ギャング4(Gang4)』の一人」と呼んできたと明かす。気候交渉で先進国の主張にことごとく待ったをかける4人の一人というわけだ。彼女のほかのギャングは、まず中国代表を総称する「ミスターNO」。中国代表は交渉担当者が代わってもいずれも先進国の主張に「NO!」という点で共通していたためだ。後の二人はサウジアラビアとインドの交渉官。

 

ドラゴン・ウーマン」と呼ばれた
ドラゴン・ウーマン」と呼ばれた


 彼女のスタンスは明瞭だった。気候変動の影響にさらされ、自然災害の犠牲になる世界中の貧困層、脆弱インフラ地域、貧困国等の目線に立って交渉に臨んできた。つまり世界人口の3分の2を代表する視点だ。実際の気候外交では、途上国で構成する「77カ国グループ(G77)プラス中国 」(同グループへの参加途上国は130カ国以上)のリード役として、先進国と真っ向勝負を挑んできた。

 

 2016年のマラケシュ会合(COP22)ではG77のリード交渉官として、途上国の適応対策を支援するためのAdaptaion Fundの設立を勝ち取った。彼女はこう語っている。「先進国が途上国を支援するのは、寄付や援助としてではない。気候変動の影響を抑えるための彼ら自身のコミットメントだ」。温暖化現象の歴史を踏まえた指摘だ。

 

 フィリピン外務省から引退した後も、途上国の気候問題の専門家を育成するために各国を回って「メンター(助言者)」として活動を続けていた。2017年には国連の気候変動に関する金融常任委員会(SCF)の共同議長に選出されている。フィリピンが輩出した「最強の環境戦士(environmental warrior)」でもある。

 

 ただ、今回のCOP24での先進国・途上国の交渉には、微妙な変化が生じていたことを、MUllerさんなら見逃さなかったのではないか。先進国代表の米国が、ロシア、サウジ、クウェートの産油国諸国と連携し、化石燃料資源擁護に回る一方で、かつての「ミスターNO」の中国が先進国と協力して取りまとめの軸になった。

 

 さらに先進国と途上国を取り持つ役割を演じてきたブラジルが、2019年のCOP25の開催を辞退するとともに、カーボンクレジットの評価で先進国に難題を突き付けるなどの動きが起きた。先進国対途上国の対立は基本的に変わりはない。だが、それぞれの陣営においても利害得失を最優先する駆け引きが目立った。

 

 地球の未来、人類の未来のために、「責任ある国々が温暖化対策にコミットする」ことを求めてきたMullerさんが存命だったなら、こうした気候交渉の第一線での駆け引きの応酬をどう評価するだろうか。

      (藤井良広)

https://www.dfa.gov.ph/