HOMERIEF Interview |サステナブルファイナンス大賞・インタビュー①東京大学、五神真総長に聞く。「社会変革を駆動する大学」を目指す。「知識」にも適切な値付けが必要(RIEF) |

サステナブルファイナンス大賞・インタビュー①東京大学、五神真総長に聞く。「社会変革を駆動する大学」を目指す。「知識」にも適切な値付けが必要(RIEF)

2021-02-01 14:00:12

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  第六回(2020年)サステナブルファイナンス大賞で最優秀賞(大賞)は、日本の大学として初めてソーシャルボンドを発行した東京大学に授与されました。同大学総長の五神真(ごのかみ・まこと)氏に、同ボンド発行に至る経緯と同ボンドにかける意気込みを聞きました。

 

写真は、五神真東京大学総長㊧、藤井良広環境金融研究機構代表理事㊨)

 

――昨年10月に日本の大学で初めてソーシャルボンドを発行されました。まず、同ボンド発行の意義についてお聞きしたいと思います。

 

 五神氏:今、新型コロナウイルス感染症拡大のほか、地球温暖化問題等、世界規模の課題がたくさんある中で、われわれは、これらにどう対応していくかが問われています。そのために、新技術を生みだすのはもちろん重要ですが、それだけではなくて、現在、歪みが生じている社会や経済の仕組みを新しくしていくことも大変重要です。そのためには多様な知恵が必要です。課題が多いからこそ「人とは何か」という根源的な問題に取り組むことも重要で、様々な新しい知恵を出すことが今まで以上に重要になっています。

 

 大学は幅広い知恵を出す努力をしている人々の集まりです。顕在化する世界規模の課題に、大学として積極的に貢献したいというのが、私が総長就任以来、ずっと取り組んできたテーマです。総長就任以来「社会変革を駆動する大学」になることを志向して様々な改革を進めてきました。これは、従来からの教育と研究という大学のミッションを超えて拡張していくということです。そのためには、いろいろな備えが必要で、そのために先行投資をしなければなりません。そのためのお金を得るだけではなくて、それを正しく使うための経営体としての備えも必要です。

 

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 そのことを考えると、まず、自由に使うことができるお金が必要になります。しかし、そうしたお金は従来の大学にはほとんどありませんでした。お金の大半は実質的に使い道が細かく決まった形で国から与えられているのです。しかし大学の役割を拡張するためには、市場に大学の価値を理解してもらい、大学が自らリスクを取って市場の資金を得て改革を進めていくことが不可欠なのです。大学債の発行という手段は、社会変革を駆動しようと思って、様々な取り組みを積み重ねていく中で、必然的に出てきたものです。それを今回、市場がその意義を理解して歓迎してくださったのは非常に心強いものでした。

 

 特にSDGsにいかに貢献するかという関心が世界的に高まる中で、今回のボンド発行は非常に共感性が高かったのだと思います。産業界、民間企業の側でも「会社とは何か」という根源的な問いが出ています。ESG投資も、私が総長就任依頼のこの6年弱の間に、急速に広まりました。そこで、我々の思いと産業界の思いとの平仄が合ってきたのです。大学が市場にニュープレイヤーとして入っていくことで、未来に向けた資金循環を起こすきっかけをつくろうとの思いもありました。

 

――審査委員会でも、大学のサステナブルファイナンス活動を議論したのは今回が初めてでした。最大のポイントは、今言われたように、従来からの大学の機能である教育と研究の二大課題に加えて、社会課題の変革への取り組みへの決意を示された点の評価でした。今まさに、グローバルに社会の改革が求められています。社会課題の解決に対して大学が取り組むという議論は、どのように大学内で進められてきたのですか。

 

 五神氏:社会変革を駆動する、という大学のミッションを掲げたのは、私が総長就任後、半年後の2015年10月に出した「東京大学ビジョン2020」でです。社会変革を駆動するという理念を、全学共通の基本方針として示しました。同時に、毎年の予算配分で、個々の事業がその理念に合致しているかということを、全学で審査しながら配分を決める制度も導入しました。それによって、多様な研究分野を擁する各部局から、自分たちが教育研究を通じてどのように社会に貢献するかという提案が毎年出てくるようになりました。

 

 そうした提案は年々鍛えられて、レベルが上がっていきます。その提案の審査も全学でオープンに行っているので、いろんな分野の提案を学内で共有できるようになっています。そうすることで、部局や分野を超えた連携がたくさん出てくるようになったので、そうした連携を促す連携研究機構という新しい仕組みを作りました。すると、5年弱で30以上の連携研究機構が立ち上がったのです。

 

 地球環境の悪化やパンデミックのように、人間の行動が、地球全体という大きな存在に少なからぬ影響を与えるようになっています。我々の使命は、人間の行動が影響を与えているということについて学問的なエビデンスをきちんと示すこと、そしてそれとあわせて、原因となっている人々の行動が変容するようにフィードバックをかける方法を探ることです。

 

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――そうした取り組みがファイナンスにもつながったと。

 

 五神氏:地球規模の課題解決にはビッグデータやAIを効果的に活用することが重要ですが、同時にファイナンスの仕組みの中に解決に向けたメカニズムをどう組み込んでいくかという点も重要です。また、経済学でいえば、数理経済学や行動経済学が最近非常に発展し、注目されていますが、そのような専門分野の先端研究と地球規模の課題をリンクさせ、それを通じて新しい解決法を提案することが極めて有効と考えています。ただ、大学の中だけで学問として閉じてしまっても行動にはなかなかつながりません。そこで、産業界とも従来と違った形で、大規模な組織対組織の連携をいくつもスタートさせています。それに加えて、債券発行を通じて、市場に直接訴えかけてその反応を見る仕掛けが非常に重要だったのです。

 

 我々の取り組みをグローバルに展開するために、昨年8月に、グローバル・コモンズ・センターを設立しました。たとえば、「カーボンニュートラル」というと、エネルギーの問題という側面が大きいですが、エネルギーだけに着目すると、国によっては明らかに立場が不利となり、パリ協定などの国際的な協調の枠組みからの離脱に結び付いてしまいます。そこで、世界全体で連携すべき課題について、誰も脱落させないような統合的なフレームワークを作るべきと考えました。それが、このセンターの狙いです。センターでは、サーキュラーエコノミーや食料、都市、エネルギー等を連関させて指標化し、それをグローバルに発信することを通じて各国や企業に正しい行動を促す取り組みを始めています。昨年末には、この「グローバル・コモンズ・スチュワードシップ指標」のプロトタイプ版を公表しました。

 

――ソーシャルボンドを発行するに際して、市場向けのIR活動にも力を入れられたということですが、IRでの投資家の反応はどうでしたか。

 

  五神氏:ボンドの発行は、未来に向けた資金循環を起こすことが目的です。お金を調達することだけを目的とするなら、生命保険会社等の機関投資家に働きかければ十分だったかもしれません。そうではなく、多くのプレイヤー、事業会社も含め多様な投資家等に理解していただき、反応してもらわないと意味がないと考え、IR活動をかなり丁寧に行いました。機関投資家や金融機関、事業会社等54者に、オンラインや電話会議を中心に説明しました。

 

 コロナ禍でもあり、市場で何が起こるかわからないため、早めに発行するほうがいいとの考えもありました。しかし、私たちは発行のタイミングを多少遅らせてでも、多様な投資家に丁寧に債券の意義を説明し、その反応を確認した上で発行することがより重要だと考え、一カ月以上かけてIR活動を続けました。そのような選択をしたからこそ、ソーシャルボンドとして発行することが広く受け入れられたのでは、と思っています。多数の投資家から投資表明をいただけたことがその証左と考えています。200億円の発行に対して、6倍以上の1260億円の注文をいただいたのも、IR活動が功を奏した結果でしょう。新しい市場を作るためには、最初の動きは極めて重要です。その点では大学債の第一号債として、狙いがうまくいったと思っています。

 

――40年の超長期にしたのも社会変革のコンセプトと長く使えるということを重視したのですか。

 

 五神氏:中短期の資金調達で、具体的な資金使途が決まっていれば、銀行から借り入れることができますし、現下の情勢ではその方がずっと低コストです。しかし、私たちの狙いは、産業経済の構造が、モノ中心の社会から知識や情報・サービスという知的なものに転換するなかで、それにふさわしい経済の仕組みを社会が備えることを促すことにあります。形のない「知識」というものに適切に値付けをすることが、未来の知識集約型社会にとって必要と考えています。

 

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 形のあるものに対する値付けの手法は、すでに確立しています。形のないものにも値段がついているものもありますが、それが社会的な重要性や意義と、きちんと相関しているのかどうかが問題なのです。現状は、そうなっておらず、利潤拡大を追求する中で、スキを突くような形の中で一部のビジネスが急成長しているように感じています。ESG投資もずいぶん浸透してきていますが、それが経済メカニズムの本流に組み込まれているかというと、まだそうではないと思います。債券発行を通して、そうした部分も含め、資本主義経済そのものをより良いものへと修正できないかということも考えています。

 

 債券発行によって先行投資資金を得たわけですが、それを返す40年後に、よりよい経済の仕組みができあがっているように仕向けて行くための活動も、学理をベースとして、きちんと充実させていきます。返す時に、きちんと返せるというだけではなくて、社会における大学の価値が格段に上がっているということを目指す、という意味で、期間が長いということは本質的に重要でした。償還期限が短いと、現在の経済メカニズムの中できちんと返せるようにしないといけません。それは大学の活動を今の経済にあわせることになってしまい、大学が追求すべきミッションとはずれてしまいます。経済メカニズム自体の変革を目指すというというのは本当に大きな目標ですが、それに長期でじっくり取り組むことを市場に訴え、市場がそれを受け入れてくれたということは、市場もその方向に変わっていくことに前向きだと理解できます。これは非常に意味があることだと思います。

 

――ESG等の非財務の要素にはネガティブな部分もあり、そこも評価が必要です。ただ、現状はそれらの市場での値付けの方法論が確立していませんが、東京大学のソーシャルボンドにはそうした期待もあります。グリーンボンド発行についてはどうでしょうか。

 

 五神氏:グリーンリカバリーは喫緊の問題で非常に重要です。それを解決するためには、様々な新しい知恵が必要です。グローバル・コモンズ・センターでは、地球を守るためには、データや情報が行き交うサイバー空間もあわせて健全にするべきだということを提案しています。サイバー空間の健全化のための貢献度等も、スチュワードシップ指標の中で重視する設計にしています。カーボンニュートラルを目指すには、サイエンスやテクノロジーの新しい知恵だけでは足りません。それ以上に重要なことは、人々の行動が、個々の自由を保ちながら全体として調和的になることです。そのためには、人々の行動データが必要になります。ただ、現状では、そのデータが行き交う舞台は不健全です。SNSは不特定多数に発信するにはふさわしくない投稿が目立ち、フェイクニュース等も蔓延し、サイバー空間は荒れ果てています。実空間に加えてサイバー空間を健全なコモンズ(公共財)にするためにも、広い視点で活動したいと思ったので、グリーンボンドと限定するのではなく、今回の発行ではより広いソーシャルボンドにしました。

 

 もちろん、その中で活動する事業には、グリーンボンドのイメージにぴったりな活動もたくさんあります。そういうプロジェクトについては、グリーンボンドを活用することが効果的でしょう。その背後にある大きなフレームワークの理解を深めていただく戦略をとりつつ活用したいと思っています。東京大学が、グリーンリカバリーを意識したキャンパスになっているのか、東大のゼロエミッション宣言はできるのか等も考えています。そのためにも資金が必要ですので、債券をグリーンボンドとして発行することは十分ありうると考えています。

 

――今後も、引き続きボンドによる資金調達を進めていくということですか。

 

ソーシャルボンド発行に関わった東大のチームの面々と
ソーシャルボンド発行に関わった東大チームのメンバーと

 

 五神氏:今回の発行額は200億円でした。40年後に経済のあり方が変わるから返せるようになる、という見込みだけで発行するのではありません。政府の認可を得る際に、東大の現在の経営体質のままでも十分に償還できることを説明しています。先に学内の資源配分のルールを変えたと説明しましたが、それ以外にも、東大の現有資産の活用の仕方等を点検し、余裕金を積み上げる努力をしてきました。この6年弱における累積だけでも十分に償還は可能であることを示しました。まだ債券を発行できる余力は十分にありますし、今回の債券発行で得られた資金を投資することで、比較的早期に、さらなる余裕金を生み出せる見込みもあり、債券発行の余力はさらに拡大するはずです。大学債の市場をきちんと確立していくという意味でも、引き続き、定期的に債券を発行していくべきだと思っています。

 

――他の大学も東大に刺激されて追随するのではないでしょうか。

 

 五神氏:今、各国立大学は、約1.1兆円の運営費交付金という基盤的な財源を国から得て、その中で活動しています。この交付金は、日本の厳しい財政状況の中で、徐々に減ってきました。ここ数年は、一応、下げ止まっていますが、大学のミッションを拡張していかなければならない中で、諸外国の大学のように追加投資をして財政規模を拡大することがなかなかできない状況になっています。

 

  そういう時に、税金経由での資金だけではなく、産業界との直接の連携や、債券を出して市場と連携するという、大学の本来のミッションである教育研究に資する資金を得る新しいメニューが出てきたということだと捉えています。各大学はそれぞれの特徴を生かした形での発行の検討を始めたと思います。年内にはいくつかの大学が債券を発行するのではないでしょうか。私たちが、今回の発行に至るまでに経験してきた作業で、共有できるところは他大学とも共有したいと考えています。文科省等もそこは非常に重要と考えていると思います。

 

――大学の資金調達が変わるだけでなく、大学そのものの変革につながる可能性があるわけですね。

 

 五神氏:今回のソーシャルボンド発行は、公共的なものを社会のなかでどう支えるかについて発想転換を促したかったという思いがあります。大学もこれまでは、資本集約的なリニアモデルの経済発展を前提として運営されてきました。18歳の若者を受け入れ、22歳まで教育して社会に送り出す。それがもっぱらの機能で、大学経営も授業料と、病院があるところでは診療報酬があるものの、それ以外は収入がないのが前提です。自らの活動資金を拡大する仕組みがないわけですので、そもそも「経営」をする余地がほとんどなかったのです。

 

 私は、その前提のまま、未来に向けた議論を続けるのはムダだと思っています。世界中で、社会全体が知識集約型にパラダイムシフトする時に、大学は、旧来のリニアモデルではなくて、あらゆる世代の人たちをどう変革していくかという駆動力を生みだす場にならないといけない。そのような新しい機能を備える大学にふさわしい新しい支え方を考えながら、あるべき経営の姿を考えることが必要です。今まさに変化の時代にあって、大学の価値は多様な「知」を生み出し、それを社会に提供することです。新しい知を生み出すということは、無から有を生み出すこと。ここでは、選択と集中の手法は使えません。社会として、多様な知を生み出す苗床をどう支えていくか、それが今、問われています。

 

  社会全体の経済システムを支えていくうえでも、大学のような特性を持ったところが本気のプレイヤーとして、社会や市場に入ってくることが重要です。長期の視点で取り組むことにより、現在の、歪みが目立っている資本主義経済システムを、所与のものとして諦めるのではなくて、それを鍛え直していくべきです。そのための仕組みをどうするか——現在のフレームの中で市場をとにかく変えていけばすむのか、あるいは、もう少し違った本質的な修正を考えないといけないのか。そのためには経済学や法学の新しい知見が必要になります。私は物理学者で、経済、法律のことは全く素人ですが、経済、法律の先生方にもいろいろ共感していただいているので、東大も総合力を発揮できると確信しています。今後の40年間で、東大がどのように社会に貢献できるのかは本当に楽しみです。

 

――ぜひ、成功させてください。

 

 五神氏:ありがとうございます。市場からも、引き続きご支援をいただければと思います。


                            (聞き手は、藤井良広)