HOME環境金融ブログ |気候変動対策で、日本政府はいつまで「ラガード(ぐず)」であり続けるのか(藤井良広)  |

気候変動対策で、日本政府はいつまで「ラガード(ぐず)」であり続けるのか(藤井良広) 

2021-04-06 22:16:04

suga0012キャプチャ

 

 「Laggard(ラガード)」という言葉がある。「のろま、ぐず、鈍い人、怠慢な人・・・」の訳がつく。気候変動対策で先を見通した積極的な政策展開をとらず、右顧左眄しつつ、先行者の後を追う国に対しても、この名が贈られる。先進国の中では残念ながら、日本が今、そう呼ばれている。

 

 昨年10月26日の臨時国会での所信表明で、菅義偉首相が「2050年ネットゼロ」を宣言した時点では、「ようやく日本も『ラガード』から脱する気になったようだ」と、グローバル市場からの期待も高まった。だが、12月末に経済産業省が各省庁の意見を集めて「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を公表したものの閣議決定もできず、中身もまさに「かき集めた政策」の混在でしかなかった。

 

  世界が注目するのは米国のバイデン政権の“猛ダッシュ”だ。トランプ前政権時代の米国は、まさに「大きなラガード」だった。だが、バイデン大統領は就任後、直ちにパリ協定復帰を宣言するとともに、反温暖化・反環境色で染まっていた環境保護庁(EPA)や証券取引委員会(SEC)等に、腕利きの環境専門家を送り込んで、改革を打ち出している。トランプ時代の反パリ協定路線から一転して、気候変動対策でリーダー国を目指している。

 

 その方向は明瞭だ。効果的な気候対策のカギを握る情報開示の共通化を進め、化石燃料依存のエネルギー市場や、新興国・途上国の市場を、潜在グリーン化市場とみなして、金融市場からの資金注入で成長市場に移行・転換させるシナリオとみられる。今月22日に主催する「気候リーダーズサミット」の前には、「野心的な」中間目標として改定「国別温暖化対策貢献」(NDC)を公表し、自ら気候リーダー宣言をする予定だ。米国が進めているのは、ラガードからリーダーへの転身宣言の準備だけではない。

 

バイデン政権は「ラガード」から一気に「リーダー」への転身を図る
バイデン政権は「ラガード」から一気に「リーダー」への転身を図る

 

 先進国と途上国の温暖化対策への金融面での取り組みを強化するG20のサステナブルファイナンス・スタディ・グループ(SFSG)を再編成し、中国とともに共同議長に就任したほか、グローバルな気候情報開示の共通化を主導するため、証券取引者国際監督機構(IOSCO)の専門家グループの共同議長に、シンガポールとともに就いた。明確な中間目標を設定し、その達成に向けて自ら汗を流す決意をし、取りまとめの作業を担う――。http://rief-jp.org/ct4/112686?ctid=71 http://rief-jp.org/ct4/112539?ctid=71

 

 これまでEUが主導してきた気候変動対策やサステナブルファイナンス対策に対して、EUの実績を尊重しつつ、政治的に対立する中国も取り込みつつ、脱炭素の社会でも成長が見込めるアジア諸国も巻き込んで、米国主導の政策展開を展開する構えのようだ。

 

 一方、バイデン氏が大統領に就任するよりも約3か月前に「2050年ネットゼロ」宣言をした菅首相。このほどようやく官邸の地球温暖化対策推進本部の下に、「気候変動対策推進のための有識者会議」なる会議体を発足させた。「気候変動対策を分野横断的に議論し、経済と環境の好循環の観点からグリーン社会の実現に向けた方針の検討を行う」のが趣旨という。http://rief-jp.org/ct8/112374?ctid=71

 

 日本もこれで現実的な「2030年目標」を打ち出すのかと思いきや、同会議は「目標」を設定する場ではないという。会議体の目的は「議論と検討」。政策立案で先行するEUを猛追する米国が国際的なルール形成の主導権を打ち出し、中国も米欧との距離感を測りながらカードを切るタイミングを探っているのに、日本の「今」は引き続き「議論と検討」なのか。目を丸くして内閣官房の資料をみると、この「有識者会議」だけではなく、「ネットゼロ」に向けた環境・エネルギーの検討体制の下では、少なくとも12の「議論と検討」のための会議体が走っていることがわかった。

 

 中央環境審議会・中長期気候変動対策検討小委員会、産業構造審議会・地球温暖化対策検討G、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会、成長戦略会議、グリーンイノベーション戦略推進会議、環境イノベーションファイナンス研究会、サステナブルファイナンス有識者会議、トランジションファイナンス環境整備検討会、中環審カーボンプライシング活用小委員会、カーボンニュートラル実現の経済的手法等あり方研究会、国・地方脱炭素実現会議、そして今回の「有識者会議」である。これ以外にもまだあるかもしれない。

 

官邸直轄で招集された「有識者会議」初会合(3月31日)
官邸直轄で招集された「有識者会議」初会合(3月31日)

 

 しかし、たくさんの会議体を立ち上げれば、議論が進み、検討の成果が高まるわけではない。「今、検討中」「会議中」は、ラガードのお決まりの言い訳でもある。10年後の「30年目標」が定まらないと、30年後の「50年目標」の達成の可能性が怪しくなるのは当然となる。10を超える会議体のうち、経産省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会が夏までに進めるという「エネルギ―基本計画」の改定作業の結果を待っているのだろうが、それからだと、決定するのは秋になってしまいそうだ。

 

 30年目標については、EUがすでに55%削減(90年比)、英国が68%削減(同)を決めている。米国も間もなく「野心的な目標」を設定し、カナダも歩調を合わせるとされる。G7のうち日本を除く6カ国は30年目標の設定で今月中に出そろう。単に目標を改めるだけではない。恐らく米国やカナダもEU並みに水準を引き上げるとみられる。だが、わが日本は菅首相の「ネットゼロ」宣言後、半年近くが経過するのに、改定が夏以降にずれ込み、その内容も欧米の水準に追いつくレベルになるかどうかは心もとない。なぜ、日本は「ぐず」なのか。

 

 最大の要因は、政府の「政策立案力の劣化」ではないか。政治主導で高い目標を設定しても、政府による達成に向けた妥当な法的枠組みの設定、予算措置に基づく政策方針が明確でないと、実現は覚束ない。政府は「2050年ネットゼロ(カーボンニュートラル)」を基本理念に盛り込んだ地球温暖化対策推進法改正案を提出した。その柱は、都道府県・市町村の実行計画制度の強化拡充で、国全体の実行計画の立案は盛り込んでいない。

 

 ボトムアップ・アプローチ、ないしは積み上げ方式ということのようだ。確かに、個々の事業、個々の取り組みは重要だ。だが、今、求められているのは、エネルギー源を化石燃料主導から再生可能エネルギー等のCO2フリー電源へ切り替える大転換であり、生活・事業領域での思い切った省エネ・脱炭素化であり、海外に頼ったエネルギー輸入体制からの脱却である。これらの課題克服は、地方からの積み上げアプローチだけでは実現できないのは明白だ。

 

 にもかかわらず、改正法案にはそうした国全体の課題克服のための計画も、手順も、示されていない。「ネットゼロ」実現のための改正法案としては明らかに不備だ。国全体の実行計画を段階的に進めていく手順と、計画の進捗状況を客観的にチェックする仕組み、費用対効果を踏まえた予算措置、政策を補完する民間技術・資金を誘導する制度構築等のトップダウンの政策があってはじめて、ボトムアップの取り組みは効果を高めることができる。

 

2050年まで段階的に「カーボンバジェット」を設定しながらネットゼロを目指す英国方式
2050年まで段階的に「カーボンバジェット」を設定しながらネットゼロを目指す英国方式

 

 そのためのモデルはすでにある。英国が2008年に制定した気候変動法(Climate Change Act)であり、EUが目下、制定を目指す同種の法体系である。英国の場合、政府がネットゼロに向けて、5年程度の中期的なカーボンバジェット(Carbon Budget)を決定する。その中期予算枠に基づき毎年の予算措置を組む。バジェットは段階的に修正し、その成果は政府から独立した専門家による気候変動委員会が点検する。こうした政府の意思と、枠組み、予算に基づいて、地方自治体も足並みをそろえることができる。

 

 現行の日本の30年目標自体、明確なボトムアップアプローチで設定された代物だ。各省庁が30年度までに現行の政策方針の中で実施可能な温室効果ガス排出量抑制に関連する政策をまとめ、それを環境省が束ねたとされる。つまり現状の延長線でしかない。英国やEUが30年目標の引き上げにこだわるのは、現行政策を延長するだけでは「ネットゼロ」を達成できないことがわかっているためだ。50年の目標を達成するために、今どれくらい削減しなければならないか、今の政策のどこをどう変えねばならないかを「バックキャスティング」の視点で明確にし、国民の理解を得て、一歩踏み込んだ政策を推進する必要がある。

 

 わが国の政府が、達成目標から現状に向けたバックキャスティングな視点に基づく政策を打ち出せないのは、いくつかの要因が絡んでいると思われる。その中で最大の要因は、現行の経済社会の仕組みを守ることを最優先する視点ではないか。たとえばエネルギー政策では、石炭をはじめとする化石燃料火力発電を基本とし、官民「一蓮托生」の原発政策への固執。再エネは「外様(とざま)」であり、省エネはエネルギー需要を縮めるので程々に、との扱いにみえる。さらには、エネルギーは輸入するものであり、それらにつながる産業構造を維持するのが「良い政策」ということになる。

 

 だが、温暖化対策で変革が求められているのは、まさにこうしたこれまでの経済社会の仕組みである。そうした社会構造のままでは、社会はもはや「持続可能」ではないという点だ。日本の気候政策が「現状維持型」であることの証左は、日本の温室効果ガス排出量の削減状況に表れている。環境省によると、2019年度の排出量(速報値)は年12億300万㌧。2013年度から6年連続の減少で、13年度比では14.0%減。同省は「成果」を強調するが、EU等が採用する京都議定書の基準年(1990年度)比では4.9%減でしかない。90年度以降のほぼ30年で4.9%しか減らせていないのだ。まさに「ラガード」だ。

 

 だが、いつまでも日本だけが「ラガード」で居続けるわけにはいかない。「日本は別」との言い訳は国際的には通用しない。何よりも温暖化問題は地球全体課題であり、一国だけ「知らぬ顔」はできない。ましてや、日本は温室効果ガス排出量では世界第5位の「高排出国」に分類される。日本が求められる「野心」は、日本のためだけではなく、世界のために求められているのだ。

 

 「現状追認」を是とする日本型の思考と政策パターンで、いくら会議体の数を増やして、「議論と検討」を重ねても打開は困難に思える。ただ、日本が「ラガード」を決め込んでいても、グローバル社会は容認してくれそうもない。最近、オーストラリアの環境NGOが住友商事に対して、パリ協定と整合した経営方針を打ち出すよう定款変更を求める株主議案を提出した。海外のNGOが日本企業に気候対応の株主提案をしたのは初めてだ。http://rief-jp.org/ct7/112709?ctid=64

 

 同NGOは日本国内のNGOとも連携し、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)に対しても、同様にパリ協定と整合する投融資方針を盛り込むことを求める株主議案を提出した。こうしたNGOの提案に対してはグローバル市場の機関投資家たちの間でも賛同の輪が広がりそうという。昨年の株主総会シーズで、日本のNGOがみずほフィナンシャルグループに対して同様の株主議案を提起した際、34.5%の株主の支持が集まった。今回の2件の気候提案への賛同率がどこまで高まるかが注目点だ。http://rief-jp.org/ct1/112489?ctid=67

 

 グローバル市場の参加者は、日本政府がいつまでも「ラガード」を脱しきれないとしても、自らと共有する市場で活動する日本企業、金融機関が気候リスクに対して「ラガード」であることを容赦するつもりは毛頭ないのだ。日本企業、同金融機関は、自らの活動の気候行動を求められるだけでなく、「ラガード」な政策を一向に変更できない日本政府に対する働き掛けも求められる。そうした要請はすでに動き出しているのだ。潮目は変わっていることに、政策担当者は気づかねばならないのだが。

 

//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 元上智大学地球環境学研究科教授、日本経済新聞元編集委員。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。