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書評:「グリーン・ニューディール」(明日香壽川著、岩波新書)

2021-07-20 18:00:33

ASUKAキャプチャ

 

 本書は、気候変動がもたらすグローバルな社会システムの変革の背景や、方向性を分析している。表題の「グリーン・ニューディール」は、1930年代に米国のフランクリン・ルーズベルト大統領が世界恐慌て落ち込んだ経済を活性化させるために実施した包括的な経済政策にちなんで名づけられている。

 

 経済活動を単に活性化するだけではなく、産業革命以来の化石燃料依存の経済から、より環境・社会面の負荷の少ない経済に転じるという意味での「グリーン・ニューディール」が提唱されたのは、2008年のリーマンショック後。複数の識者が同語を提唱、当時のオバマ大統領も旗印として掲げた。

 

 それから10年以上が経過し、改めて「グリーン・ニューディール」が求められるのは、経済対策を超えた社会システム全体を変革する必要性を象徴するキーワードに「発展」しているためだ。著者はその発展の姿を本書の副題「世界を動かすガバニング・アジェンダ」と形容している。

 

 求められるのは、化石燃料から再生可能エネルギーへのエネルギー転換だけではない。社会の軸となるべき「ジャスティス(正義)」も、新たな種蒔きを求めている。著者はジャスティスを気候変動の文脈でとらえて、グリーン・ニューディールが求められる理由として、次の3点を指摘する。

 

 ①一人当たり温室効果ガス排出量が小さい途上国の人々が、同排出量の多い先進国の人々よりも、気候変動によってより大きな被害を受ける②先進国の中でも、貧困層、先住民、有色人種、女性、子どもたちがより大きな被害を受ける③今の政治に関わらない未来世代がより大きな被害を受ける。

 

 不平等、不均衡、不整合が常態となった、いびつ化した社会の「新たな種蒔き」を求める声は、米国の革新的な民主党議員や、スウェーデンの環境活動家のグレタ・ツゥーンベリさんらの孤立を恐れぬ行動で、瞬く間に、世界中に共感の輪を広げた。著者はこうした潮目の変化を踏まえつつ、「アンジャスティス」に固執する勢力との一種の「攻防」を展開する。

 

 環境科学者である著者は、国際的な気候変動枠組み条約締約国会議(COP)の交渉を克明にフォローする一方で、仙台の石炭火力発電差し止め訴訟に取り組むなど、「ジャスティス」を求めて、理論と実践の深堀り作業を続けていく。読者はその行程を、著者が厳選した豊富なデータに基づきながら、追体験する流れとなっている。

 

 気候変動やESG、SDGs、あるいはサステナビリティ等をテーマとした書籍は増えている。だが、その多くは一種の「ハウツー本」。なぜそうなのか、どうしたらいいのか、という問いかけへの回答は少ない。本書は著者によるそうした回答を示す好著と言える。

                    (藤井良広)

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「グリーン・ニューディール:世界を動かすガバニング・アジェンダ」(岩波書店、860円⊕税)https://www.iwanami.co.jp/book/b583368.html

 

明日香壽川(あすか・じゅせん):東北大学東北アジア研究センター・同大学院環境科学科研究科教授。環境エネルギー政策(専攻)。著書に「地球温暖化 ほぼすべての質問に答えます!」(岩波ブックレット、2009年)、「クライメート・ジャスティスーー温暖化対策と国際交渉の政治・経済・哲学」(日本評論社、2015年)等。