EU「カーボン国境調整メカニズム(CBAM)」。貿易相手国の日本、カナダ等4カ国の排出削減効果を含めると、EU単独のETS削減よりも世界全体の排出削減量を73%増加。「気候クラブ効果」。独研究機関(RIEF)
2026-06-03 23:13:19
(写真は、ドイツのポツダム気候影響研究所の建物=同機関のサイトから引用)
EUが今年から始動させた「カーボン国境調整メカニズム(CBAM)」による英国および貿易相手国での排出削減効果を対象とした分析によると、同制度はEUの貿易相手国であるカナダ、日本、韓国、台湾の4カ国に、EUと同様の排出権取引制度の導入を促すことで、EU単独でETS政策による排出削減を続けるよりも、世界全体の排出削減量を73%増加させるとの推計結果を示した。CBAMはEUによる一方的な政策として導入される。だが、事実上、EUの貿易相手国の政策に影響を及ぼし、各国の該当産業はEUの炭素価格の下での競争を強いられるだけでなく、対象国政府はCBAMでEUに流出を迫られる税収を国内で確保するために、独自の国内炭素価格政策を導入するインセンティブを与えられる、としている。
分析は、ドイツの気候政策研究所のポツダム気候影響研究所(PIK)の研究員、ティモシー・ボーフィル(Timothé Beaufils)氏を主査として、ポツダム大学、ヴィルスブルグ大学等の研究者らがチームを組んで評価・分析した。論文は「気候変動対策における協力促進に向けたCBAMの可能性(The potential of Carbon Border Adjustments to foster climate cooperation)」のタイトル。シカゴ大学のオンラインジャーナルサイトに掲載された。https://www.journals.uchicago.edu/doi/10.1086/742163#
排出削減にはコストがかかる一方で、気候変動緩和による便益は国際的に共有される。したがって、各国には、他国の取り組みの恩恵を受けつつ、自国の負担を最小限に抑えようとするインセンティブが生じる。こうしたことから研究者の間では、緩和措置を講じる加盟国への報奨と、遵守しない国への罰則の導入の提案等もある。 そうした国際協力の一つとして、ノーベル経済学賞受賞のウィリアム・ノードハウス(William Dawbney Nordhaus)氏は「気候クラブ(Climate Club)」を提唱した。
同クラブは、気候緩和に積極的に取り組む国々の連合であり、加盟国間の貿易障壁の削減や、不遵守国に対する関税措置と結びついている。気候政策を自由貿易による福祉の増大と結びつけることで、気候クラブは気候変動対策の水準を高めることができるとされる。PKIの論文は、EUのCBAMがどのような条件下で、そのような気候連合の形成を引き起こすかを定量的な評価を試みている。
論文は分析の手法として、EUのCBAMによる気候連合の形成をシミュレートするため、定量的貿易モデルと、単純なゲーム理論モデルを組み合わせている。EUのCBAMは、EU域内からのカーボンリーケージを削減するとともに、貿易相手国である、カナダ、日本、韓国、台湾の4カ国におけるカーボン・プライシング制度の導入を促す。この戦略的効果により、CBAMによる排出削減効果は4倍となり、EUのみが気候政策を適用するシナリオと比較して、世界の排出削減量は73%増加すると試算した。

論文は、 現行の設定下でEUのCBAMが他国における炭素価格設定を引き起こし得るかどうかを検証し、そのような気候連合の規模と構成に影響を与える主要な要因を評価している。 CBAMの連合形成効果は、幅広いモデリングの仮定やCBAMの設計上で堅牢であり、形成される連合の規模は、その具体的な設計上の特徴(炭素価格、対象製品および排出範囲)に大きく依存する、としている。
対象とする4カ国では、まず韓国が2015年に排出量取引制度(K‑ETS)を立ち上げ、現在、第3段階(2021年~現在)にステップアップしている。対象産業はEUとほぼ同じで、鉄鋼、セメント石油精製、石油化学等に加え、商業用建物・ビル、廃棄物処理なども対象としている。これらの建築、廃棄物処理等は、EUが今後のETS2で対象とする分野をすでにカバーしている格好だ。
カナダは連邦レベルでの排出権取引制度の導入はまだない。だが、トリュドー前政権下で、産業向けに出力基準炭素価格システム(Output‑Based Pricing System, OBPS)」と呼ぶ排出権取引制度に似たシステムを2019年に導入している。また州単位ではケベック州は2013年にETSを導入し、米カリフォルニア州とも国境を越えて連携している。
台湾は、全国的な義務的排出量取引制度(ETS)はまだ発足していないが、2015年に「温室効果ガス減量管理法」でETS導入の法的枠組みを整備している。そして、日本。今年からGX-ETSの始動に入った。ただ、日本のGX-ETSは排出削減の総量(キャップ)が示されていないほか、対象企業への排出枠の割り当てが緩やかで、対象企業のクレジット需要が高まるか不明な点もある。
これら4カ国のカーボンプライシング政策は、制度開始以来、20年超を経過するEU-ETSとは制度上の成熟度、整合性等の点で違いがあるが、EUのCBAMの実用化を媒介として、各国政府のプライシング政策との整合化が進むとみられている。論文では、EUの貿易相手国は、CBAMを通じて、自国企業からEUに税収が流出するディスインセンティブを回避するため、自国の排出権取引等の国内炭素価格政策を導入するインセンティブを高めると指摘している。その結果、各国の炭素価格政策は、EUのCBAMとの整合性を保って、事実上の「気候クラブ」を形成する形になる。
論文は、そのうえで、「われわれの分析によれば、控えめな仮定の下でも、EUのCBAMは炭素価格を導入する国々による小規模な『連合』を形成するのに十分であることが判明した」としている。さらに、「この連合によって達成される排出削減量は、EUのCBAMによる直接的な排出効果を大きく上回り、EU単独の気候政策と比較して世界の排出削減レベルを73%増加させる」と定量的削減効果の大きさを示している。
リーケージ防止策がない場合、EU ETSはEU内の排出量を14%削減する。この排出削減には適度なコストが伴い、EU全体の実質所得は0.05%減少する。一方で、EU ETSは世界の他の地域において排出量の増加を引き起こす。ただ、ロシアとトルコを除き、ほとんどの貿易相手国において、EU ETSが実質所得に及ぼす影響は無視できる程度(0.05%未満)としている。
EUの気候政策が貿易相手国に影響を与える経路は、主に2パターンとなる。第一は、EUの気候政策は世界の燃料需要を減少させ、これにより燃料輸出国(ロシア、その他の国々)の所得が減少する一方で、燃料輸入国(中国、インド、日本など)にはわずかな利益がもたらされる。
第二に、ETSはEU域内で生産される排出集約型製品(基礎金属、化学製品、非金属鉱物)の価格を押し上げ、その結果、EUへの輸入が増加し、EUからの輸出が減少する。これに対し、EUへの輸出国は生産を拡大し、一方で輸入国では消費物価が上昇する。EU内では、総合物価指数の変化はごくわずかであり、賃金減少によるマイナスの影響は、主にETSによる税収によって相殺される。
EU CBAMの導入は、EU ETS単独の排出量削減効果と比較して、EUの排出量には無視できる程度の影響しか及ぼさない一方、EUの実質所得にはプラスの影響を与える、としている。EU CBAMの影響はすべての貿易相手国において質的に均一であり、排出量と所得が同時に減少する。競争条件を均一化することで、EUのCBAMはEUの貿易相手国にとってのリーケージによる利益を減少させる。
EUのCBAMの影響は、トルコやロシアのような密接な貿易相手国においてより強くなる。両国において、損失は化石燃料およびCBAM対象製品に対するEUからの需要減少によって引き起こされる。定量的には、EU ETSはEU内のCO2排出量を505 Mt削減する。このような排出量の減少は、主に中国およびその他の地域に起因する他国での排出量増加によって部分的に相殺されるため、全体的な排出削減量はわずか305 MtCO2にとどまる。カーボンリーケージ防止策がない場合、貿易相手国の排出量増加分とEUの排出量削減分の比率から、カーボンリーケージ率は40%と推定される。
EU ETSシナリオと比較すると、EU CBAMの導入により、EU域内のCO2排出削減量はわずかに減少する(505 MtCO2から471MtCO2へ)。同じ炭素価格の下では、従来、排出集約型生産を海外に移転し、その製品をEUに再輸入することで、EUの排出量を部分的に削減することが可能であった。しかし、CBAMが導入されると、排出集約的な生産の多くがEU内に留まることになり、EUの排出量は増加する。 ただ、リーケージ効果を40%から15%に低減することで、EU ETS単独の場合よりも94 MtCO2 多い世界的な排出削減につながる。
論文は、CBAM によってリーケージが排除されるのではなく、むしろ低減されると予想される主な理由を2件指摘している。 第一に、CBAMはEU市場内での公平な競争条件を整えるに過ぎない。輸出市場においては、EUの生産者は依然としてEU ETSの炭素価格により競争上の不利な立場に置かれる。このような「輸出リーケージ」は、EU内で投入コストの上昇に直面する二次製造業(例:自動車、機械)に対する間接的な価格上昇によってさらに強められる。
第二に、CBAMは国際エネルギー市場を通じたカーボンリーケージに直接対処するものではない。EUにおける化石燃料需要の低下は国際的な燃料価格を引き下げ、その結果、EU域外での燃料需要(および排出量)を押し上げる。EUのCBAMは、EU域外の排出事業者にもEUの炭素価格の適用範囲を拡大する一方で、その税収はEU域内で再分配される。
もしEUの貿易相手国が独自の炭素価格政策を導入すれば、EUのCBAMの適用対象から外れ、炭素税による税収を国内利用のために留保することが可能となる。例えば、ゲームの「第1段階」では、カナダはEUのCBAMにより所得損失を被る。その後、カナダはCBAM下での独自のETS導入コストを評価し、何もしない場合のコストと比較する。ここで、気候政策の導入はカナダにとって所得向上につながるため、カナダは「気候連合」に参加することになる。
「第2段階」では、日本、韓国、台湾も、ETSおよびCBAMの実施が所得向上につながると評価することになる。 ゲームの第2ステージ開始時、EU、カナダ、日本、韓国、台湾は同時に気候政策の実施を選択し、事実上の気候連合を形成する。しかし、各国は他のプレイヤーの同時決定を予期していないため、この連合による実際の所得)は、期待所得とは異なる結果になる、としている。
CBAMによるEU 内の排出削減量は、貿易相手国の対応を無視したシナリオ(455 MtCO2 あるいは471 MtCO2 )と同程度にとどまる一方で、カナダ、日本、韓国、台湾が EU の気候政策を適用することで、世界の排出削減量はさらに 498 MtCO2 増加する。 EUの観点から見ると、この追加効果は73%の負のカーボンリーケージに相当する。EU域内のみでEU CBAMを適用した場合の直接的なリーケージ防止効果(93 MtCO2)と比較すると、他国における炭素価格設定の導入を考慮に入れることで、世界の排出量に対するEU CBAMの効果は4倍になる。
(藤井良広)

































Research Institute for Environmental Finance