欧州中央銀行(ECB)チーフエコノミスト。ロシアのウクライナ侵攻と、今回のイラン戦争での化石燃料価格上昇を比較。「再エネ発電」による『エネルギー安全保障効果』を実証評価(RIEF)
2026-05-08 23:08:55
米国とイランの対立の長期化で、中東の石油・ガスに依存する国々ではガソリンやナフサ等の化石燃料価格上昇が顕著だが、欧州中央銀行(ECB)のチーフエコノミストは、2022年のロシアのウクライナ侵攻時のエネルギー価格高騰との違いとして、再生可能エネルギーの普及が進む欧州の国々では、ウクライナ侵攻時に比べて、電力価格の上昇が「より緩やか」であると指摘した。そのうえで、化石燃料の輸入依存度を低下させるグリーン・トランジションは、①温室効果ガス(GHG)の排出削減②世界的なエネルギーショックがインフレに与える影響の軽減③エネルギー安全保障の強化、という「三重の利益」をもたらす可能性がある、と強調した。
スピーチを行ったのは、ECBのチーフエコノミストで執行理事会メンバー(審議委員)でもある、元アイルランド中央銀行総裁のフィリップ・レーン(Phillip R. Lane)氏。ドイツ・フランクフルトで開いた金融政策に関する国際カンファレンスで発言した。
同氏は、ECBが2021年の金融政策戦略見直しにおいて、ユーロシステムとして金融政策および中央銀行業務に対する気候変動とグリーン・トランジションの影響を、十分に考慮する方針を打ち出していることを強調。そのグリーントランジションは、ロシアのウクライナ侵攻と、今回のイラン紛争によるホルムズ海峡閉鎖問題という2つの出来事を通じて、経済の脱炭素化を超え、いかに幅広い利益を生み出すかを如実に示している、と述べた。

さらに同氏は、日本と同様に、エネルギーの多くを他国からの輸入に頼ってきた欧州は、ウクライナ侵攻でも、イラン紛争でも、燃料の供給途絶や価格高騰に対して、「極めて脆弱」だったと認めた。特に、2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、ロシア産ガスの途絶リスクが顕在化。ユーロ圏のエネルギーインフレ率は40%超でピークに達し、総合インフレ率を押し上げ、その後コアインフレ率(エネルギー、食料品を除く)上昇にも波及した。
今回も、2026年2月末のイラン戦争開始以来、原油、 天然ガス、精製ディーゼル油の価格が急騰した。ユーロ圏のインフレへの全体的な影響は、ショックの規模と持続性(および間接的・二次的な影響の強さ)に左右されるものの、卸売価格の動向を受けて消費者向けガソリン価格等はすでに急上昇している。ただエネルギー価格インフレ率は2026年2月の-3.1%から、3月には5.1%、2026年4月には10.9%へと上昇しているものの、2022年の40%超の水準よりもかなり低いレベルにとどまっている。
26年3月のユーロ圏のHICP(ユーロ圏消費者物価指数)インフレ率は前年同月比2.5%で、前月の1.9%からは上昇した。この上昇は主にエネルギー価格高騰によるもので、ECBの目標を上回る水準になっている。同月のコアインフレ率は2.3%。
同氏は、「現在のエネルギー危機は、再エネおよび原子力発電が、欧州の消費者を化石燃料価格のショックから守る可能性も示している。2021/2022年のエネルギーショック時には、卸売価格、ひいては消費者向け電力価格がガス価格の動向に密接に追随したのに対し、今回は再エネ発電や原子力発電の割合が高い国々では、今回のショックに対する反応はより抑制されたものとなっている」と「違い」を示した。

EU主要国の再エネ電力発電コストの低下度合い(直近では中国とも近接)
EUの再エネ比率は、2024年時点の「総電力消費に対する再エネ比(gross electricity consumption)」で 47.5%と、50%に近い水準にまでに達している。この点で同氏は「グリーン・トランジションは直接的な影響を超えて、海外からの化石燃料への依存を低減させ、最終的にはインフレの変動性を抑制するのに役立つ可能性がある」と評価を示した。
ECBのモデル分析では、サービス部門および製造業部門の化石燃料エネルギーへの依存度を低減させることで、エネルギー商品価格の変動に対する消費者物価の感応度は低下する。また化石燃料のシェアがベースラインシナリオより50%低くなると、インフレ変動性は大幅に低下することを示している。
同氏はこうした検証を踏まえ、「化石燃料依存度の低減効果は、サービス部門と製造業部門の双方が恩恵を受けるが、変動性が特に低減されるのはエネルギー集約型の産業部門」と指摘。化石燃料の輸入依存度を低下させるグリーン・トランジションによる、①GHG排出削減②エネルギーショックがインフレに与える影響軽減③エネルギー安全保障の強化、の3つの効果を指摘した。
さらに同氏は、気候変動による経済活動へのマイナスの影響についても強調した。その一つは、経済成長へのマイナスの影響だ。「最近の分析によると、1960年から2019年の間に温暖化が起きていなければ、今日の世界の一人当たりGDPは20%以上高くなっていたと推定される。これは、この期間における年間成長率の0.3% の減少に相当し、気候変動が成長率の年次変動に占める割合としては限定的かもしれないが、その持続性により、累積的な影響は甚大だ」とした。

また異常気象がインフレの変動性に及ぼす影響にも言及。特に、「夏の熱波が食品価格に与える影響が最も直接的な効果として確認されている」ことを指摘した。実際に、2025年夏の熱波は、ユーロ圏における未加工食品価格を1年間で0.4~0.7%ポイント押し上げたとの推定を示した。
この点で同氏は、「異常気象は、生産活動を混乱させ、エネルギーの需給に影響を与え、資産やインフラに損害を与え、労働供給を減少させる。個々の異常気象は経済に対する一時的なショックと見なすことができるが、地球温暖化の累積的な影響は、農地の劣化や喪失、観光業の構造変化、死亡率や疾病率の上昇、気候変動による移住、および気温上昇による労働効率の低下を通じて、潜在生産量を低下させる可能性がある」とした。さらに、異常気象の頻発に伴う不確実性は、投資やイノベーションを抑制し、将来の成長軌道を圧迫する可能性がある点にも触れた。
金融政策との関連では、気候変動が生産量に及ぼす緩やかなマイナス傾向の寄与は、潜在生産量のトレンドが同トレンド周辺のショック分析の基準となることを指摘。「(気候変動の寄与を軽視して)潜在生産量のトレンドを誤って特定すると、景気変動ショックの誤った診断につながる可能性がある。金融政策の主たる焦点は景気変動ショックの管理にあり、純粋に一時的なショックは金融政策の反応を必要としないものの、より長期に及ぶ持続的なショックは、金融政策スタンスの調整を必要とする可能性がある。したがって、異常気象の景気への影響を分析する際、そのショックの持続性は、金融政策による対応を決定する上で中心的な役割を果たす」と位置付けた。
(藤井良広)
https://www.ecb.europa.eu/press/key/date/2026/html/ecb.sp260505_1~2e47b4c747.en.html

































Research Institute for Environmental Finance