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「米国史上、2人目の『返り咲き大統領』か?『Xデー』は2025年1月6日?」(山崎一民)

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写真は、ニューハンプシャー州予備選でも勝利したトランプ氏=CNNから)

 

<Xデーは2025年1月6日?>

 


 2024年は米国の大統領・連邦議会選挙の年である。大統領選挙は1月15日のアイオワ州の共和党党員集会を皮切りに予備選が進み出した。予備選は3月5日のスーパー・チュースデー(16州で同日開催)を経て6月まで続く。その結果を踏まえ、共和党は7月15〜18日にウィスコンシン州ミルウォーキー、民主党は8月19〜22日にイリノイ州シカゴでそれぞれ全国党大会を開き、正副大統領候補を選出する。両党候補は9〜10月の本選で戦う。投票日は11月5日である。

 


史上2人目の「返り咲き大統領」?

 

大統領選挙は再選を目指す民主党のバイデン大統領(投票日時点81歳)と大統領復帰を目論む共和党のトランプ前大統領(同78歳)との戦いになる公算が大きい。トランプ氏はアイオワ州党員集会で楽勝した。「バイデン対トランプ」の戦いとなり、トランプ氏が勝つと、同氏は22代及び24代大統領だったクリーブランド氏(民主党)に次ぎ米史上2人目の「返り咲き」大統領となる。またバイデン、トランプ両氏の「再対決」なら、1952年に次いで1956年にも大統領の座を争った共和党のアイゼンハワー大統領(1956年当時)と民主党のスティーブンソン元イリノイ州知事の1956年対決以来となる。

 

★米民主主義最大のリスク

 

 2024年大統領選挙は、米国史上初めて、米国及び建国以来米国が体現してきた民主主義にとって最大のリスク要因になると見做されている。地政学リスクのコンサルティング会社、ユーラシア・グループ(本社ニューヨーク市)は「前例のない政治2極化と混濁する世論の中で行われる米国大統領選挙は今年の世界最大リスク」(1月8日に公表した2024年の世界リスク要因報告)とも指摘している。


 今年の大統領選挙でトランプ氏が勝っても負けても、国政と米民主主義が4年前以上の危機に瀕するのは避け難い。その危機感を強めているのはバイデン大統領支持者やリベラル有権者・識者、米議会上下両院の民主党議員、同党トライフェクタ州(知事、州政府公選幹部、州議会上下両院議員の多数が同党で占められている州)の政治家や政府高官に限らない。リベラル寄りの無党派層やチェイニー前下院議員(共和党タカ派のチェイニー元副大統領長女)、1月10日に大統領選挙戦から撤退したクリスティ元ニュージャージー州知事等反トランプ派の共和党エスタブリッシュメント、保守的な実業家や識者に及んでいる。


★トランプ氏当選なら「MAGA政治」罷り通る

 

 トランプ氏が再び大統領になればMAGA(Make America Great Again、トランプ前大統領のスローガン)政治が罷り通り、最初のトランプ治世よりはるかに危険な国政が進むことになる。同氏は2021年1月に政権を去って半年も経たないうちにAmerican First Policy Institute(AFPI)とAmerica First Legal Foundation(AFLF)を設立した。

 

余裕をみせるトランプ前大統領(ABC Newsより)
余裕をみせるトランプ前大統領(ABC Newsより)


 シンクタンクや財団と銘打っているが、実態は新トランプ政権の政策立案、政権運営プラン策定及び法的武装組織で、同氏の側近、前政権要職者で占められている。AFPIとAFLFは超保守系のヘリテージ財団(本部ワシントンD.C.)、クレアモント研究所(同カリフォルニア州クレアモント)、メディア会社American Greatnessの協力を得て「新MAGA政策」を練り、政権発足と同時に展開する準備を進めている。トランプ氏が公言した他、これまでに明らかになった新MAGA政策には以下の施策が含まれている。


ーー<政権運営>

「Deep State」解体:Deep Stateとは金融・産業界と結託しているリベラルな国家公務員が実権を握り、米政府を牛耳っているとの陰謀説である。トランプ氏は前政権末期に官僚解雇をやりやすくする大統領令「Schedule F」を発令したが、それを発動する前に退任、バイデン氏が同大統領令を無効にした。トランプ氏は当選すれば大統領就任時に「Schedule F」を復活、それを使い「司法制度を武器化した腐敗官僚と国家安全保障及び情報部門の悪徳官僚を一掃する」と公約している。要するに「1/6」事件や機密文書私蔵等で自分を訴追した「不忠官僚」を解雇する。自分の不平不満の解消しか念頭になく、万事自分本位で言動する前大統領の本性の現れとされている。


.ーー<移民>

 米墨国境での不法移民根絶:大統領就任時に米国移民・関税執行局に命じ、「米国南部(米墨)国境」での不法移民流入を完全に止め、米史上最大規模の不法移民の国外追放作戦を展開する。米墨国境の警備を強化するため海外に展開している米軍数千人を帰国させ同国境に配する。さらに米国に合法的に居住しているが、「イスラム聖戦(ジハド)」に加担または支持するイスラム系を国外に追放する。憲法修正第14条について「不法」とされている解釈を採用し、同条で定められている「生得市民権(米国生まれなら市民)」を破棄して「片親が米国市民か合法的な永住権者でない限りパスポート、社会保障番号をはじめとする社会福祉の恩典を得ることはできない」仕組みにする。


ーー<貿易>

 関税貿易復活と対中貿易大幅規制:米議会に「トランプ相互主義貿易法」制定を求める。米国製品に輸入関税を課す国に対して報復関税を課す権限を大統領に付与する法律で、中国を主な対象国とする。電子製品、鉄鋼、薬品をはじめ中国からの輸入を4年かけて全廃する計画を練っている。また中国が米国のエネルギー、農業、先端技術のインフラを所有することを全面禁止する。


ーー<外交>

 ウクライナ・露戦争終結:ウクライナ・ロシア戦争を終結させ、欧州同盟国に米国の対ウクライナ軍事・経済援助を全額払い戻すよう求める。NATO(北大西洋条約機構)から離脱し、欧州同盟国が攻撃されても助けない。イスラエルによるハマス壊滅を全面的に支持する。


ーー<人権>

 LGBT(性的マイノリティ)排斥:米議会に「米国では出産時にわかる二つの性(男か女)だけで認知される」と定める法律制定を求める。米議会に「身体の性と心の性が一致しない人々へのホルモン治療または外科的手術を施すことを50州とワシントンD.C.で全面的に禁止する法律の制定」も求める。性的マイノリティにホルモン治療や外科的手術を提供する病院及び医療機関に対してはメディケア(高齢者向け公的医療保険)やメディケイド(低所得者向け公的医療保険)を含む連邦政府補助金の供与を打ち切る。


ーー<エネルギー>

 石油・石炭産業優遇:国有地での石油掘削を奨励・加速し、石油、石炭、天然ガス業界への税制上の優遇措置を大幅に拡大する。バイデン政権が定めた「2030年までに米国で販売される新車の少なくとも54%を電気自動車にする」との国家目標を撤回する。2015年12月に採択されたパリ気候変動協定(気候変動枠組条約に加盟する196カ国が全て参加した史上初の国際協定)から脱退する。


ーー<教育>

文化戦争推進:教育省を廃止し、州政府と各州教育委員会に学校行政権を持たせ、カリキュラム(愛国心教育や父母の役割・男女の違い等を強調する保守教育の徹底等)策定や禁止図書(黒人差別史等)の選定を進める。学校の安全確保のため教師を訓練し銃器を持たせる。学校が警備のため退役軍人、元警官や銃器の扱いに通じている人間を「武装警備員」として雇うことを認め、連邦政府が資金援助する。

 

★トランプ氏落選で事態はより深刻に

 

 こうした政策だけでもトランプ大統領が再登場し実施すれば大きな混乱と反発を生むのは明らかで、米民主主義はかつてなく揺さぶられ、米国の分断は一層進む。欧州の同盟諸国は、トランプ大統領再登場の場合、欧州特に東欧の安全保障や欧米関係が悪化し、欧州諸国で右翼勢力が勢いを増すことに重大な懸念を既に持ち始めている。


 しかし、より深刻なリスクはバイデン氏が再選され、トランプ氏が再び落選した場合に生じ得る。トランプ氏は、2020年大統領選挙で敗北を認めず、バイデン民主党が投票の不正操作をしたと虚偽の主張を繰り返し、米議会での各州選挙人投票結果の集計確認作業を妨害し、投票用紙のすり替え等による「逆転勝利」を画策した。そのため同氏は自分の支持者や極右勢力を煽り、ペンス前副大統領・前上院議長が主宰した選挙人投票用紙の集計承認作業中の米議会議事堂襲撃を唆した(「1/6米議事堂襲撃事件」)。驚くべきことに、在任中の大統領が、民意(有権者の投票結果)を無視して、大統領選挙での勝利を捏造しようとし、米国とその民主主義をかつてなく脅かした。

 

★2020年が「予行演習」

 

 ところが今年、トランプ氏が再び大統領になり損なうと、「トランプ危機」は非常に深刻になる。2024年の場合、「トランプの嘘」が罷り通る、つまり落選者が当選者に仕立てられ、大統領に返り咲く恐れが2020年よりはるかに現実味を帯びている。


 一つには、トランプ氏とその一派は大統領選挙結果の転覆を手ぐすねを引いて準備しているからだ。同氏は今年の選挙遊説で「バイデン民主党は今年も不正投票操作をする。投票所で彼らの悪事を阻止しろ」と支持者に発破をかけている。落選に備え4年前同様嘘を撒き散らし、落選したら選挙結果を転覆する計略は一目瞭然となっている。


 しかも2020年大統領選挙でトランプ氏とその一派は同氏敗戦後上記のような乱行に及んだが、それは今年の選挙で再び負ける場合の「予行演習」だったと言える。不正操作があったとして提訴し、激戦・敗戦州での投票用紙の再集計を企て、米議会での選挙人投票用紙集計・認証妨害まで4年前に「失敗」したのを踏まえ今年は巧妙に立ち回る策略を周到に練っている。


★共和党のMAGA化

 

 二つには共和党、特に米議会下院共和党がMAGA化し、権力を維持したいためトランプ氏を担いでおり、今年同氏が再び負けると、同氏に加担し選挙結果の転覆を計るのが確実だからだ。特にトランプ氏が負けた場合、MAGA共和党は2025年1月6日に米議会上下両院合同本会議で行われる予定の各州選挙人投票結果の認定・勝者の確定セッションでバイデン氏当選に異議を唱え、選挙人投票結果の認定を拒む策略でいる。

 

★バイデン氏当選認定を拒み下院での大統領選任を狙う

 

 MAGA共和党議員(個人または複数)がバイデン氏当選認定に異議を唱えると、上院と下院は各々2時間討議した後同異議への賛否を問う採決を行う。大統領当選者認定への異議申し立てには上下各院議員の20%(上院20人、下院87人)の議員の同意が必要である(1887年Electoral Count法を改正した2022年Electoral Count Reform and Presidential Transition Improvement法で新たに定められた異議申し立て条件)。MAGA共和党が上下両院で各20%の議員の支持を得るのは難しくない。


 その結果、上下両院で賛成多数で異議が認められると、憲法修正第12条(大統領及び副大統領の選挙)に従い「下院が秘密投票で大統領を選任する」ことになる。ここにトランプ氏とMAGA共和党の狙い目がある。同12条は「大統領選任に際し各州の下院議員団は1票を有するものとし、投票は州を単位として行う」と定めているからだ。


★憲法修正第12条の「州単位」投票に賭ける

 

 「州単位」投票では各州の1票はその州の政治力学で決まる。現在共和党のトライフェクタ州が23、民主党トライフェクタ州が17ある。今年の州議会選挙の結果多少増減があっても共和党支配州が多数を占める状況は変わらないと予想されている。24年選挙後もトライフェクタ州のバランスが共和23対民主17であれば、残る10の共和、民主両党伯仲州中3州で共和党が当該州の1票を勝ち得れば、共和党州は26票となり、全50州=50票の過半数を制して大統領選任投票を制することができる。つまりMAGA下院共和党はトランプ氏を大統領に選べることになる。


 2025年1月6日の選挙人投票用紙の開票・承認を行う上下両院合同本会議は上院議長を兼ねる民主党のハリス副大統領が仕切る。今年の選挙で負けても、バイデン・ハリス正副大統領の任期は2025年1月20日までだからだ。トランプ氏は、2021年の同本会議では自分の副大統領ペンス氏が主宰したから、同氏を脅し、選挙人投票用紙の改竄・すり替えを行い、選挙人投票結果を覆すよう焚き付けたが、ペンス氏が拒んだためトランプ氏の企みは失敗した。2025年1月にはその企みはできない。しかし、上記の通り、選挙人投票結果の承認を拒み、下院による大統領選出を仕掛けることはできる。


 ただ、今年民主党が下院で多数議席を奪還すればトランプ・MAGA共和党の策略は潰える。MAGA共和党による選挙人投票結果への異議を認めるか否かの下院採決で民主党議員は全員反対票を投じて異議を葬るから、バイデン氏当選が確定する。


 2024年選挙結果に基づく第119米議会は2025年1月3日(金曜日)正午に始まるから、土曜、日曜を経て実質的な仕事初めの6日(月曜日)に開催される大統領選挙人投票用紙の開封・集計・承認のための上下両院合同本会議では民主党は下院で多数党となっているからだ。同様に民主党が上院で多数議席を維持すれば異議を拒否できる。

 

 しかし、今年の大統領・議会選挙で、共和党が下院選挙で勝ち多数を維持すれば、下院での選挙人投票結果への異議を通し、州単位の投票による大統領選任を制しやすくなりトランプ・リスクは高まる。それだけに民主党が下院選で勝ち多数党に返り咲くことが米民主主義を守るのに不可欠ということになる。トランプ・MAGA共和党にはもちろん、米民主主義にも2025年1月6日は「Xデー」となっている。


★「前科」のある危険な下院議長

 

 三つには、根っからのトランプ支持者であるジョンソン議員(1月30日に52歳)が今や下院議長であることだ。ジョンソン氏はロースクール(ルイジアナ州立大学)出で憲法訴訟の弁護士として勤めた後政界入りし、ルイジアナ州議会下院議員から、トランプ氏が大統領に当選した2016年に「トランプ旋風」に乗り連邦下院議員に当選した。

 

マイク・ジョンソン下院議長
マイク・ジョンソン下院議長


 ジョンソン議長は前大統領の支持基盤であるエバンジェリカルの熱心な信徒である。「神の言葉が全て」が口癖で、13歳の娘をエバンジェリカルのPurity Party(純潔式)に送り込んで「結婚するまで性交をしない」ことを誓わせた話はよく知られている。同性愛者を犯罪者とする法律制定を長年画策している。超保守強硬派議員の根城であるフリーダム・コーカス(自由議員連盟)に属し、民主党が議会を制していた2019年と2021年にトランプ前大統領弾劾裁判を行った時には共和党が組織したトランプ弁護団の一員だった。議長になるまで目立たなかったが、トランプ氏支持のMAGA議員の「手本」とされている。


 特にジョンソン下院議長は「Xデー」を首謀する危険人物と見られている。何しろジョンソン氏には「前科」がある。2020年の大統領選挙から2021年1月6日までのトランプ氏の選挙結果転覆工作を全面的に支援したからだ。4年前の「予行演習」の振り付け・推進者だった。当時ジョンソン氏は下院共和党保守派の議員連盟、共和党研究委員会委員長、次いで下院共和党議員総会副議長だったから、その立場をフルに使いトランプ氏の逆転当選を目指し党内を煽り、トランプ氏、同氏弁護士と緊密に連携して、投票結果の転覆を図ろうとした。


★共和党議員138人糾合し、選挙人投票結果認証に反対

 

 2021年1月6日の選挙人投票結果の認証に際し、ジョンソン氏は下院共和党議員138人を糾合し、バイデン氏が小差で勝った激戦6州(アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ペンシルベニア、ウィスコンシン各州)での選挙人投票結果に異議を唱え、その認証に反対した。上院共和党では6議員がアリゾナ州、7議員が他の5州での選挙人投票結果認証に反対した。つまり下院共和党議員の半数近く、上院共和党議員の半数以上が両院の民主党議員全員と共に同認証に賛成したからバイデン氏当選は揺らがなかったが、文字通りトランプ・MAGA共和党の上記「予行演習」であったと言える。

 

 ジョンソン氏はトランプ氏の訴訟攻勢も支援した。バイデン氏に小差で負けた激戦州でバイデン陣営や民主党が投票や投票結果の集計で不正を働いたとして提訴した。その数は60件に及んだが、トランプ氏は60訴訟全てで「証拠がない」との理由で敗訴した。ジョンソン氏は確認されただけで3訴訟を支援したが、その中で目立ったのはテキサス州が「ペンシルベニア州は投票用紙の集計でバイデン票がトランプ票を上回るよう不正操作をした」として連邦最高裁に訴え、再集計を求めた訴訟支援だった。


 これはトランプ氏の「入れ知恵提訴」で、最高裁は「州政府には他州の選挙管理の是非を訴える権利はない」と一蹴したが、その最高裁判決前にジョンソン氏は下院共和党議員126人の賛同を集め、テキサス州の提訴を支援するアミカスブリーフを最高裁に提出した。アミカスブリーフは、当事者以外の第3者が裁判所に提出する意見書で、弁護士のジョンソン氏は自らテキサス州提訴を支持する同ブリーフを書いた(それを読んだ法曹専門家の間ではジョンソン・ブリーフは「内容が極めて薄弱」と言われた)。


★「ISL」理論の信奉者

 

 もう1点、 ジョンソン議長の危険性を印象付けたのは同議長が「independent state legislature(ISL)」理論の信奉者で、4年前にそれを振り翳して共和党州による投票用紙の破棄・修正と共和党に有利な選挙区の区割り(ゲリマンダリング)を合法・正当化しようとしたことだった。ISLは「連邦選挙の手続き・管理・運営の権限は州議会だけが持っており、州政府、州裁判所には関与、干渉する権限はなく、州憲法にも拘束されない」というドグマで、米憲法第1条「立法府」第4節「上・下院選挙と集会」第1項「選挙実施手続き」、いわゆる「選挙条項」が、「(連邦)上院議員及び下院議員の選挙を行う日時、場所及び方法は各州において議会が定める」としている点をISL理論の根拠としている。


  しかし「選挙条項」は「州議会が定める」とした後に「しかし連邦議会はいつでも法律でその規則を制定あるいは変更できる」と明記している。つまり憲法は「連邦選挙の管理・運営権限は州議会だけが持っている」とは定めていない。ジョンソン氏等のMAGA共和党は「選挙条項」の自分達に都合の良い部分だけを強調しISLを正当化している。

 


 しかも、米憲法の「選挙条項」は建国の父達・憲法起草者が州議会議員を信用していなかったため、選挙権限を州議会にだけ与えない目的で設けたことが起草者のメモや歴代憲法学者の研究で明らかにされている。要するに憲法が選挙権限を州議会に一任した事実はないということで、ISL理論は根底から否定されている(本誌2022年10月28日号参照)。連邦最高裁も2023年6月、ノースカロライナ州が決めた米議会下院選挙区の新区割りを巡る訴訟(Moore v. Harper)でISL理論を明確に否定している。しかし、ジョンソン氏はトランプ氏落選の場合、牽強付会の理論でISLを使いトランプ氏が負けた共和党州で選挙結果の逆転を試みる可能性が依然あるとされている。

 

 もっともジョンソン氏は2025年1月6日には下院議長でないかもしれない。同氏はそれまでに予算審議や下院運営等を巡り、フリーダム・コーカス等右翼強硬派の反発を買い、マッカーシー前議長同様、「下院議員1人で議長解任動議を提出できる」との下院新規則を使った謀反により議長を解任される可能性がある(ジョンソン氏は自由議連の一員だが、同議連は極右イデオロギーに基づく法案成立と民主党政権攻撃のため下院運営で主導権を握るのに邪魔なら同議連同志の議長の首を刎ねるのは朝飯前である)。

 


それでも下院議長の首をすげ替えるか、トランプ氏を再生させ権力を維持するかの選択に迫られれば、右翼強硬派も含めMAGA議員はトランプ再登場を望む。そこに「危険なジョンソン」の存在価値があると見られている。しかも2025年1月3日正午までは現118議会の会期中だから、今年落選したり、議長を降ろされても、ジョンソン氏をはじめ現MAGA議員は依然「現役」で、トランプ氏の選挙結果転覆計略を遂行できる。ジョンソン議長の任期も同1月3日正午まである。下院は同日、新119議会の議長を選出するから、ジョンソン氏は議長に再任されれば引き続きトランプ氏逆転当選工作を仕切る。


★「大統領選挙を盗む」

 

 下院共和党首脳部で序列3位のステファニック共和党議員総会議長は1月7日、NBCテレビのインタビューで、トランプ氏が負けたら「2024年大統領選挙結果を尊重すると約束はできない」と明言した。トランプ氏とMAGA共和党議員は選挙結果を覆し、トランプ大統領を誕生させる腹づもりであることを明らかにした発言である。民主党のペロシ元下院議長スタッフの言葉を借りれば、トランプ氏落選なら同氏とMAGA共和党は「大統領選挙を盗むことに早くも言及した」ということである。

 


 1月3日までにトランプ氏が共和党大統領候補になることを「支持する」と発表したのは7人の共和党州知事(テキサス、アラスカ、バージニア、サウスカロライナ、サウスダコタ、ミシシッピー、アーカンソー各州)、米議会上院の共和党議員49人中18人、同下院共和党では220議員中ジョンソン議長及びスカリス院内総務、エマー院内幹事、ステファニック議員総会議長の4首脳をはじめ93人となっている。トランプ氏が予備選中に共和党大統領候補になることが内定、次いで党大会で正式に候補に選出されれば、その都度共和党政治家のトランプ支持表明は増える。

 


2024年米大統領選挙は米国の政治的分裂を深め、南北戦争以来最も厳しく米国の民主主義を試し、国際舞台で米国の信頼度を低下させるリスクを募らせている。トランプ氏が負けてMAGA共和党と右翼勢力が選挙結果の転覆を図ればこのリスクはさらに高まる。民主党のバイデン大統領は「私が再選を目指すのは前大統領の反民主主義言動のためだ」と語り、ミシェル・オバマ元大統領夫人は「今年の大統領選挙の展開、行方には心底ゾッとする」と憂慮している。


アイオワ党員集会で「トランプ氏大勝」?

 

 1月15日にアイオワ州で共和党の党員集会が行われた。共和党の大統領候補者選びの初戦で、これで2024年大統領選挙の予備選が始まった。トランプ前大統領が他の候補者に大差をつけて勝利した。投票総数は11万298票で、トランプ氏はその51%、5万6260票を獲得、2位だったデサンティス・フロリダ州知事に30%ポイント、3位のヘイリー元国連大使・元サウスカロライナ州知事に32%ポイントの大差で勝った。


CNN、CBS両テレビの「Entrance Poll(党員集会場入場時の聞き取り調査)」では、トランプ氏は2016年大統領選挙で当選以来の支持基盤層の票を着実に獲得して勝ったことがわかる。エバンジェリカルの53%、保守層(党員集会参加者の89%)の55%、農家・地方居住者の57%、65歳以上の高齢者の58%(一方17〜29歳の有権者の支持は22%に過ぎない)、白人で高校卒以下の低学歴者の67%の各支持を集めた。

 

■「有罪」でも大統領に「相応しい」

 

 トランプ氏は4つの刑事事件で91件告発され、立候補資格を巡っても数州で訴えが起こされており(憲法修正第14条に基づき、同氏は「1/6」を唆した「反乱者」で公職には2度と就けないとの主張)、大統領選挙戦と裁判が同時並行で進む異例の展開となっている。その最中のアイオワ州では「裁判で有罪となってもトランプ氏は大統領に相応しい」と見る共和党有権者が65%で、その72%が党員集会で前大統領を支持した。

 

 入口調査で「大統領候補者の資格で最も重要なものは何か」との質問に「自分と同じ価値観を共有していること」との回答が41%で最も多く、同回答者の43%が同党員集会でトランプ氏に投票すると答えた。「価値観の共有」がトランプ氏支持の主要な理由となっている現実を浮き彫りにしている。さらに回答者の32%は「私のような国民のために戦う」を最も重要な資格としており、その82%が前大統領を支持した。


■参加者の49%はトランプ不支持

 

 さらに同党員集会で投票した共和党有権者の66%が「バイデン氏は2020年大統領選挙で合法的に勝ったとは思わない」としている。つまり「バイデン民主党は投票用紙を改竄する等不正を働いて選挙を盗んだ」とする「トランプの嘘」を信じている。入口調査ではそうした共和党有権者の69%がトランプ氏に投票すると答えた。

 

バイデン大統領もニューハンプシャー州予備選で勝利(CNNより)
バイデン大統領もニューハンプシャー州予備選で勝利(CNNより)


 トランプ氏は同党員集会で「大勝」と報じられ、実際「大勝」と評する保守派の政治家や評論家が多いが、同集会での投票の実態は厳しい。まずトランプ氏が投票総数の51%を獲得したというのは投票者の49%はトランプ氏不支持ということである。

 

「アイオワ勝者が大統領」は3回だけ

 

 また、アイオワ州有権者は75万2200人だから、15日の党員集会に参加した共和党有権者は約15%に過ぎない。21世紀になって以降アイオワ党員集会に参加した共和党有権者は同州有権者総数の25〜30%できたから、今年の参加者はかなり少なく、アイオワ州有権者がトランプ氏支持に靡いている状況ではなかった。この日の党員集会は摂氏マイナス20度(州都デモイン)といった記録的な寒波が襲った極寒の夜の開催だったから有権者の出足が鈍ったのは無理もなかった面はあったが、アイオワ党員集会でトランプ・フィーバーが見られたわけではなかった。


 さらに同党員集会では白人のトランプ氏支持も鈍かった。アイオワ州は全米でも有数の白人州で、白人は州人口の84%を占めている(ヒスパニック6%、黒人5%、アジア系3%)。しかもトランプ氏の支持岩盤とされるエバンジェリカルと農家が多い。今回の党員集会参加者の98%が白人であった。ところが今年の党員集会でトランプ氏に投票すると入口調査で答えた白人は回答者の51%に留まった。


 アイオワ州党員集会は1972年に始まった。これまで現職大統領が出馬し競争相手がいなかったり、無競争状態であった年には同党員集会は開かれなかった。同州で党員集会を開いたのは民主党で11回、共和党で9回、計20回ある。同党員集会の勝者が党の大統領候補になったのは20回中11回あるが、候補になり選挙に勝って大統領に就任したケースは3回しかない。すなわち1976年の民主党カーター氏、2000年の共和党ブッシュ(子)氏、2008年の民主党オバマ氏である。2020年大統領選挙では、現職のトランプ前大統領をバイデン氏が破って大統領になったが、バイデン氏はアイオワ・コーカスでは4位と振るわなかった。


■ライバルを早期撤退に追い込む

 

 ただ、トランプ氏には同氏なりの計算があったとされている。アイオワ州には1976年の民主党党員集会でカーター・ジョージア州知事(当時)が文字通り「彗星の如く」現れ勝利し、その年の大統領選挙に勝った歴史があるものの、1980年代の8年間続いたレーガン共和党政権時代をきっかけに同州は保守化が進み、特に2017年以降は共和党トライフェクタ州となっている。


 だから、トランプ氏はアイオワ州党員集会で「大勝」し、ライバル候補を全員早期撤退に追い込み、できるだけ早く共和党大統領候補に事実上なりたいと考えてきた。今後裁判・判決が相次ぎ批判が高まる前に大統領候補になっておきたいからだ。その点マスコミや政治評論家の「トランプ氏、アイオワ大勝」はもってこいの論評で、23日のニューハンプシャー州予備選でも「大勝」し、一気に「予備選勝利」に持って行くことを目論んでいる。実際デサンティス知事は21日、大統領選挙から撤退した。

 

 トランプ氏は予備選が短ければ選挙資金を本選のために集中的に使える利点も重視している。何しろライバルのバイデン大統領の選挙対策本部の選挙資金手当は好調である。バイデン再選陣営のスーパーパック(特別政治活動委員会=無制限に企業・個人献金を集めることができる)のThe Future Forwardは2023年1年間に2億800万ドル集めた。スーパーパックが特定大統領候補のため1年間に集めた選挙資金としては過去最高である。「選挙は金次第」は今なお鉄則で、訴訟が相次ぎ個人資金も潤沢でなくなっているトランプ氏は選挙資金の有効活用に腐心しており、予備選を事実上早期に決着させバイデン大統領攻撃に集中したがっている。

 

■「早く逃げ切りたい」

 

 民主党全国委員会は2022年に、バイデン大統領の要請を入れ、最初の大統領選挙予備選開催州をアイオワからサウスカロライナに変えるとともに、「長時間の議論を通じ候補者を絞り込む党員集会は決められた時間と場所に来れないマイノリティやワーキングクラスの参加を制限するところがある」として党員集会を廃止した(本誌2022年12月12日号参照)。民主党は今年の大統領選挙からこの新体制で臨んでいる。


 サウスカロライナ州は白人が63%で、黒人28%、ヒスパニック9%、アジア系2%とマイノリティ人口が40%近くを占めておりアイオワ州と対照的な州である。特に黒人有権者が多く、同州から予備選を始めることで、全米の黒人有権者を勢い付ける狙いもある。白人、エバンジェリカル、農家が主体の保守的なアイオワ州は人種的にも、文化的にも多様化が進んでいる米国の現実を映していないということで大統領選挙予備選の「嚆矢州」とするにはそぐわないと民主党は考えている。


 その点も踏まえバイデン大統領は18日、トランプ氏がアイオワ・コーカスで勝ったことについて「前大統領は大勝と報じられているが何も意味しない。5万票余り取ったようだがアイオワ党員集会勝者としては史上最低の得票だ。語ることは何もない。前大統領は(自分の裁判・判決が迫っているため)早く逃げ切りたい(党候補になりたい)のだ」と論評している。◆

 

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山崎 一民(やまざき かずたみ) ワシントンウォッチ誌編集長。日本経済新聞ワシントン特派員、米国ハーバード大学ニーマンフェロー、駐日米国大使館シニアエコノミックアドバイザー等を歴任。1994年に家族と渡米。同年に「Washington Watch」創刊。東京大学法学部図書館に同誌のアーカイブが開設されている。2004年、日米交流150周年に際し、日米の相互理解、友好親善に寄与したとして外務大臣表彰を受けた。