HOMERIEF Interview |日本発の「稲作カーボンクレジット」創出を主導する、スタートアップのGreen Carbon社。日本の10倍以上の潜在力があるアジア市場に「大展開」へ。代表取締役の大北潤氏に聞く(RIEF) |

日本発の「稲作カーボンクレジット」創出を主導する、スタートアップのGreen Carbon社。日本の10倍以上の潜在力があるアジア市場に「大展開」へ。代表取締役の大北潤氏に聞く(RIEF)

2023-11-02 22:20:50

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  水田を中干しすることで、カーボンクレジットを創出する等の農業を軸としたクレジット事業を展開するスタートアップ企業の「Green Carbon」(東京・南青山)は、日本での稲作農家だけでなく、コメ文化でつながる東南アジア諸国での事業展開を進めている。自然由来のクレジットの信頼性が問われる中で、「稲作クレジット」は信頼性も高く、潜在市場も広い。同社の代表取締役、大北潤氏に同クレジット市場の手応えと、今後の展開を聞いた。

 

――稲作からカーボンクレジットを創出する事業を展開されています。他のクレジットと異なる特徴はどういう点でしょうか。

 

 大北氏:われわれは、「生命の力で地球を救う」というビジョンを掲げて事業を行っています。クレジット創出では、再生可能エネルギー等の活用が多いですが、われわれが生み出すクレジットはそうではなく、稲作の過程からクレジットを創出するほか、酪農牛のゲップから出るメタンガス(CH4)を減少させる手法等でも、クレジットを生み出す事業を手掛けています。コメや、牛という「ネイチャー(自然)」の力に基づいて、クレジットを生み出すことを目指しています。

 

――稲作クレジットに取り組む背景を教えてください。

 

 大北氏:私自身は、特に稲作に対しての事業経験はないのですが、元々、ESGコンサルティングをしていた際、顧客の上場企業が温室効果ガス(GHG)の排出削減等分野で大きな課題があり、その解決策を見出せていないという問題に直面しました。そこで、そうした問題解決のソリューションとして、カーボンクレジット事業の取り組んだのです。

 

 クレジットにはいろいろな種類のものがありますが、その中でもわれわれが自然由来のクレジットにこだわっているのは、稲作等に取り組む1次産業や地域の方々と一緒に仕事をすることで、農家の方々の新たな収入源を作りながら、自然環境も守れるというメリットを得られるためです。関わった人たち全てを、ウィン‐ウィンにできる事業だと思っています。

 

――稲作からクレジットを生み出す仕組みはどうなっていますか。

 

 大北氏:農林水産省の調べでは、日本の農業由来の温室効果ガス(GHG)排出量は年間約5000万㌧とされ、そのうち約3割が水田から出るメタンガスによるものです。同省も農業分野の「カーボンニュートラル」の『一丁目一番地』の取り組みとして、水田のメタンガス削減を掲げているのです。

 

水田の水を抜く作業を続ける。フィリピンでの稲作農地で
水田の水を抜く作業を続ける。フィリピンでの稲作農地で

 

 土壌中に存在する「メタンガス生成菌」がメタンガスを発生させる元になります。同菌は嫌気細菌なので、酸素に触れるとメタンガスの発生量が減ります。そこで、水稲栽培で田植えの後しばらくして実施する、水田から水を一定期間抜く「中干し」の期間を延長することで、メタンガスの発生量を抑制することで、カーボンクレジットを生み出せるのです。

 

 中干しは、昔から稲の根が強く張るように、水を抜くことで土中に酸素を補給して、根腐れを防ぐとともに、根の活力を高める等の効果があるほか、メタンガス等の土中の有害ガスを抜く効果も知られていました。

 

――水田の水を抜くだけで、クレジットを生み出せるのですね。

 

 大北氏:今年3月に、国が認証するJ-クレジットの運営委員会が、「水稲作の中干し期間延長」の方法論を確立して、水田からのクレジット創出の手順を決めました。その方法論は、直近2年間の中干しの平均実施日数よりも、7日間以上、期間を延長する、ということが条件です。これにより、1ヘクタール当たりでCO2換算2㌧を削減できることになります。仮に50haの水田で中干し期間を方法論に従って延長した場合、クレジット価格がトン当たり5000円とすると、50万円分のクレジットを生み出す計算になります。


――稲作農家にとってコメの売却だけでなく、クレジット収入も入ることになりますね。

 

 大北氏:ただ、農家がJクレジットを申請する場合、単に中干し期間を延長するだけではなく、複雑な計算が必要になる上に、申請書の提出や200万円の審査費用の支払い等も必要になります。なので、ある程度、規模の大きい農家でないと対応できないのと、農家が自分だけでやるのは難しいことから、われわれは「Nature Capital Credit Consourcium」(福岡)の「ナチュラルキャピタルクレジットコンソーシアム」と連携し、「カーボンクレジット共創稲作コンソーシアム」を立ち上げ、複数の農家の水田の中干し延長を、まとめてクレジット化する取り組みを推進しています。

 

 さらに、カーボンクレジットを生み出す水田についても「環境配慮米」としてブランディング化を進め、お米の販売増大にもつなげようとしています。「コンソーシアム」には、アプリの会社や衛星事業の会社等も参加しています。農家がより簡単にクレジットを作り易くする方法を開発したり、農薬や肥料を減らす「付加価値」を加えたり、中干し期間の確認のためにIoT機器を展開する等の技術や知恵を集めて、農家の稲作づくりのお手伝いをしている状態です。

 

ohkita001キャプチャ

 

――稲作は日本だけでなく、アジアやアフリカ等でも広がっています。「中干し」方式は海外でも使えますか。

 

 大北氏:われわれは、今年から海外展開をスタートしています。現在、東南アジアを中心に、合わせて9カ国で、すでに事業を展開しています。元々、わが社はJ-クレジットが「中干し」をクレジットの方法論として追加する前から、フィリピンで現地のフィリピン大学等と連携して、グローバルな方法論によるプロジェクトを組成する実証実験を行ってきました。同国では、水田の間断灌漑(AWD)法によるメタンガス削減の取り組みが進めています。

 

 同取り組みに対して、わが社が開発したクレジットの創出をオンライン上でワンストップで実現する「Agreen」を連携させて、クレジット創出支援を行っています。中干しや間断灌漑によるクレジット創出に際しては、実際に期間の延長等のデータを集めて提出する必要があり、その手間が農家にとっては課題となります。われわれのシステムはそれらをスマホで処理できるので、大幅に労力を軽減できます。

 

 フィリピンでの実証実験では、メタンガスの排出量を50%以上削減でき、しかも収量も従来より4%ほど増えたので、現地の農家も前向きに取り組んでくれています。同国政府とも連携の申し出が来ています。同様の取り組みを、ベトナムでもベトナム農業大学と連携して、やっています。バングラデシュ、インドネシア、カンボジア等でも取り組みへの期待が生まれており、現在、現地の稲作農家への啓蒙のための講演活動等を展開しています。

 

 フィリピンではブラカン州と連携し、1000haでの事業化を進めており、その他の州とも話が進んでいます。2030年度までに同国だけで年間200万㌧のCO2削減につなげる目標を掲げています。

 

――稲作は日本だけでなく、東南アジアを中心に広がっているので、「稲作クレジット」の潜在規模は大きそうですね。

 

 大北氏:日本での市場規模は、水田面積で140万ha、クレジット売却金額で140億円程度の規模とみています。アジアの水田に目を向けると、日本の水田面積以上のところが各国にあります。かつ、日本のコメ作りは基本的に一毛作ですが、アジアでは、2期作、3期作が多いです。したがってアジアの稲作クレジットの市場は、約2兆円とされます。

 

 こうした膨大な潜在クレジット市場を掘り起こしていくため、われわれは日本が推進してきた二国間クレジット(JCM)事業を活用して現在、アジア等の9カ国とクレジット事業化を進めています。またJETROやJICA、東京都等のアジアでのプログラムにも採択してもらうことで、取り組みを広げやすくなっています。

 

中干し後、再び水を張り、「水田」に戻す
中干し後、再び水を張り、「水田」に戻す

 

――稲作クレジット以外の農業関連のカーボンクレジットの創出にも取り組んでいますね。

 

 大北氏:われわれのビジョンが「生命の力で地球を救う」ということですので、CO2削減植物開発のためにゲノム編集中心の研究開発を手掛けているほか、バイオ炭、酪農で飼育する牛のゲップ削減、マングローブの植林、アグロフォレストリ―等にも取り組んでいます。

 

 牛のゲップ削減によるクレジット化事業では、現在、ベトナムのカントー大学と連携を目指しています。牛のゲップ削減の方法論としては、飼料の改善によって牛のゲップの回数を減少させ、それを検証するために牛をチャンバー装置の箱に入れて、牛の呼気を測る手順が必要になります。この呼気を測定するチャンバー装置は途上国では大学等にしか備えられていないので、ベトナムでは移動式のチャンバーの開発を検討しています。牛のゲップからのメタンガス排出による温暖化効果は、世界の農業部門全体の4割を占めるとされ、その削減効果は大きいです。

 

――農業関連からのカーボンクレジット創出の可能性が大きいことがわかりましたが、課題はどのような点にありますか。

 

 大北氏:われわれが創出したクレジットの売却先は、グローバルなエネルギー企業等が多いです。彼らとプロジェクトファイナンスで連携する形をとっています。こうした企業は、すでに再エネクレジットよりも、自然由来のネーチャーベースのクレジットに関心を集中させています。従って、われわれも東京の本社に加えて、オーストラリア・シドニーに支社を置いています。フィリピン、ベトナムの拠点開発も準備中です。

 

 カーボンニュートラルを実現する上で、クレジットの重要性はますます増大しています。現在の日本では、2030年のGHG排出量46%削減のためには、排出量上位20社の3.8億㌧の排出量から1.9億㌧を削減する必要があることになりますが、国内でのクレジットでの削減目標は1500㌧でしかありません。全くクレジットの需要と供給が合っていません。

 

 そこでわれわれは、潜在的なクレジット創出市場であるアジア諸国9カ国で、稲作クレジットを軸に日本が主導してきたJCMによるクレジット創出の展開を目指しているのです。ただ、われわれは大手のエネルギー企業や自動車メーカー等と連携し、プロジェクトファイナンスの事業資金を拠出してもらう一方で、創出したクレジットを一定の比率で配分することでファイナンスをしていますが、例えば、シンガポール等の企業は、炭素税が導入されており、それが今後さらに引き上げられるため、彼らはクレジットを欲しくて仕方がない状態です。

 

――クレジット需要を高めるには、国内での排出規制がいるということですね。

 

 大北氏:基本的にはそういうことだと思います。国内に排出規制のある国が今、クレジット市場においても、力を、土地(農地)を、取ってきています。

 

フィリピン大学との共同事業には、現地の農民たちも協力
フィリピン大学との共同事業には、現地の農民たちも協力

 

――クレジットの創出事業者としては、開発したクレジットを、シンガポール企業に売るのも、スイス企業に売るのも、どちらも地球全体の温暖化抑制につながるので、いいということになります。

 

 大北氏:そうですね。日本はJCMで、今28カ国と連携しており、一番がんばっています。政府はJCMで1億㌧のクレジット創出を目指すとしています。ですが、現在のところ、クレジットを創出しても(シンガポール等とは違って)積極的な買い手が国内にいない、という状況です。

 

――クレジット事業のファイナンスは特定企業とのプロジェクトファイナンスを中心にしているとのことですが、今後、市場が拡大してくると、御社自身でのファイナンスや、グリーンボンドでの調達等の選択肢も出てくるのではと思いますが、どうですか。


 大北氏:グリーンボンドも、われわれ自体によるエクイティファイナンスも検討しています。一つずつのプロジェクトに結構、資金が必要になるためです。内外で、プロジェクト数が増えてきているので、われわれだけだと力が足りないという場合も多いです。今後、個々のプロジェクトにエクイティ資金を投じる会社等も作りたいと考えています。

 

                       (聞き手は 藤井良広)