HOMERIEF Interview |サステナビリティ情報開示基準「グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)」の規格設定組織(GSSB)理事就任の待場智雄氏。「ISSB、ESRSとも連携継続」(RIEF) |

サステナビリティ情報開示基準「グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)」の規格設定組織(GSSB)理事就任の待場智雄氏。「ISSB、ESRSとも連携継続」(RIEF)

2024-03-04 09:29:07

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 企業のサステナビリティ報告のグローバル・フレームワークとして、世界で最も普及しているグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)の開示規格設定組織であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(Global Sustainable Standard Board : GSSB)の理事に、日本のゼロボード総研所長の待場智雄(まちば・ともお)氏が就任しました。15人の理事メンバーのうち、東アジア、東南アジア地域から選出されたのは待場氏のみ。GRIは、気候・サステナビリティ情報開示基準の適用を開始した国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)とも連携関係にありますが、EUの動きを含め、今後、企業の非財務情報開示の方向性はどうなっていくのか、待場氏に聞きました。

 

――まず今回、就任されたGRIのGSSBの役割を教えてください。

 

待場氏 GSSBはGRIそのものの理事会とは別に、GRIの基準を審議・決定するためのガバナンス組織です。IFRSでいえば、ISSBに相当する組織です。ISSBがワーキンググループから提案された気候・サステナビリティ情報開示案を議論して採用を決定するように、GSSBもGRIの多くの新たな基準案、あるいは現行基準の改定案などを審議して、承認するための組織です。GSSBのメンバーは全員で15人。今回、このうち私を含めて、4人の理事が選出されました。新任が私を含む3人(他はナイジェリア、英国人)、再任が1人(イタリア人)です。アジアからは他にインドとスリランカの方がいますが、東・東南アジアでみると私一人になります。私自身は、2002年にGRIのオランダ本部で働いた経験があり、約20年ぶりにGRIに関わることになりました。

 

――ISSBが発足にするに際して、民間の自主的な非財務情報の基準機関だった国際統合報告評議会(IIRC)、気候変動開示基準委員会(CDSB)、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)などは、いずれもISSBに何らかの形で吸収されましたが、GRIは存続しています。ISSBとも連携関係を保っていくとしていますが、今後、どういう風に連携していくのですか。

 

 待場氏: GRIと、ISSBを統括するIFRS財団は、2022年3月以来、サステナビリティに関連する作業プログラムや基準設定活動を協調して進めることを目的とした協力協定を結んで、協働活動を進めています。たとえば、今年からISSBの気候・サステナビリティ開示基準が適用になったことを受け、1月には温室効果ガス(GHG)排出量に関するGRI基準とISSB基準の適用に際しての相互運用性についての考え方を示しています。GRIではGHG排出量についてはGRI305「排出量」で示し、現在、このうち気候変動に関連する開示項目だけをまとめた規格を審議中です。ISSBはS2「気候関連の開示」で示していますが、いずれの要求事項もGHGプロトコルを利用して高度に整合しており、それらの情報開示での相互運用性の領域を示しました。

 

待場智雄氏
待場智雄氏

 

 また昨年11月には、GRIはIFRSと連携し、シンガポールを拠点とするサステナビリティ・イノベーション・ラボ(SIL)を立ち上げました。SILは、GRIとISSBの両方の基準を利用して企業が非財務情報開示のレポーティングをする能力を向上させるために、グローバルとローカルのパートナーを結集させるというコンセプトです。

 

――最近の企業の関心は、ISSBへの対応、そしてその日本版となるSSBJ草案への対応に関心がシフトしています。GRIに基づく日本企業のこれまでの環境・社会分野の情報開示が後回しになるのではとの危惧もあります。

 

 待場氏 確かに、ISSBの開示体制が整ったら、日本でもGRIの開示はどうでもいいと思っている雰囲気もあるらしい、とは聞いていたりもします。しかし、そうではなくて、元々、非財務情報開示、あるいはサステナビリティ開示というのは、この四半世紀もの間、GRIをベースに実践が進められてきたものであり、これが発展して多くの企業やステークホルダー等が使うようになったことで、逆に財務面からの気候変動要因などの非財務課題への取り組みとして、ISSBなどの活動が発展してきたと思います。こうした発展形態を無視した形で、「ISSBができたのでISSBが対象とする分野だけを開示すればいい」ということだと、企業の情報開示の連続性もなくなってしまうし、何よりも、それだと日本企業の情報開示が国際的に通用しなくなるのではないか、と危惧します。

 

――これまでサステナビリティレポートなどで、環境・社会への影響情報の開示の経験を積んできた日本企業等に対して、財務関連情報として開示を求めるものと、従来型の非財務情報として開示を深めていくものとの区分けが必要な気がします。

 

 待場氏 ISSBが登場し、あるいはTCFDが登場したことで、よかったなと思うのは、環境・社会面でのリスクや機会ということを企業のコアの問題として考えなければならないというロジックを企業に与えたことだと思います。(非財務情報を)なんでもいいから、やっていることをすべて開示すればいいというのではなくて、企業の運営に、何が本当に関係があるのか、それをさらに金銭化した情報を開示するためのフレームワークを、ISSBが設定したことは大きいと思います。

 

 そうした企業にコアな影響を与える要因を開示する際、具体的にどういう項目として、どんな指標で開示するかという場合に、ISSBはそこまでのガイダンスを示していないので、結局はGRIの基準・ツールに依拠することになると思います。EUの「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」の基準となる「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」も、基本はGRIを参照にしているという面があり、GRIにきちんと準拠していれば早期に対応できます。さらに基本的に、財務情報というのは、気候変動やサステナビリティの課題が企業価値にインパクトがあるかどうかというところだけを見るのに対して、GRIの場合はそうではなく、企業の活動がどれだけ環境・社会に影響があるかという観点からも見ます。企業の情報開示には、その両者の統合性が求められると思います。

 

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――ISSBは環境・社会的要因が企業価値に及ぼす影響を開示するシングルマテリアリティの立場で、GRIは今、指摘されたように、企業活動が環境・社会に及ぼす影響についての情報開示も求めるダブルマテリアリティの立場です。ISSBとGRIの協働作業を進める上で、この違いによって困難は生じませんか。


 待場氏 GRI理事会のCEOのエールコ・ファン・デル・エンデン(Eelco van der Enden)氏は監査法人PwCのパートナーを務めた方で、IFRSとのネットワークも十分に持っています。従来のGRIの理事会はサステナビリティ関係の人が中心でしたが、財務会計の専門家がGRIを率いることで、IFRSとの連携を密にしようということだと思います。また、GSSBのトップとISSBのトップで話をしてお互いの議論に参加するような形をとっていく、としています。

 

 GRIはEUの「欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)」ともパートナーシップを結んでおり、EFRAGが策定したESRSと、GRIスタンダードの整合性の実証等を進める作業を行っています。ESRSはEUのCSRDの報告基準となるダブルマテリアリティの尺度です。GRIとEFRAGは基準の相互運用性のためのツールも開発し、公開しています。相互運用性は、重複報告の回避、過度な複雑さの排除等を通じて、ユーザーフレンドリーな報告システムの実現に資するものです。

 

――ISSBともEFRAGとも、相互運用性を進めることで、報告書作成の共通化を図っていくわけですね。GRIでの今後3年間の主要アジェンダはどのようなものがありますか。

 

 待場氏 GSSBのワークプログラムはすでに承認されています。既存のGRIスタンダードのガイドラインの一部がどんどん改訂されますので、その改訂スケジュールに沿って審議を進めていくのが基本です。新たな基準案としては、直近では、気候変動とエネルギーのプロトコルの基準案を2月末まで期限のパブリックコメントを求めたものがあります。これまでGHG排出量等の基準はありましたが、気候変動だけを取り出した基準はなかったので、今回、初めて作ることになります。中身自体は元々あったものにプラスする形ですが、基準案には、企業の脱炭素移行計画や「公正な移行(Just Transition)」等の開示、カーボンクレジットの使用、バリューチェーンを通じた吸収・除去の開示等も盛り込んでいます。

 

――ISSBは気候・サステナビリティに次ぐアジェンダとして、自然資本、人権、人的資本、財務報告との統合の4分野をあげています。このうち、最初の3つのテーマ分野はGRIとしてはすでに基準を公表していますね。

 

 待場氏 人的資本も人権関連の報告手順も、すでにGRIの基準にあります。人的資本関連では、雇用、労使関係、労働安全衛生、研修と教育等に分けて基準化しています。人権関連では、ダイバーシティ、非差別、結社の自由と教育、児童労働、強制労働、先住民族の権利等の基準がありますね。今年1月には、GRI101として生物多様性の基準をまとめました。財務報告との統合を直接求める基準はないですが、「気候変動による財務上の影響、その他のリスクと機会」は報告事項に盛り込まれています。ISSBの次期取り組みがどの分野になるかはわかりませんが、GRIとしても協力できると思います。

 

――これらの分野でもGRIとISSBは連携し、さらに開示手段をGRIが提供していくことになるわけですね。やはりそう考えると、ISSBとGRIの連携は重要になりますね。

 

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 待場氏 ISSBは、財務の観点からのロジックをきちっと作るという点で、企業にとって役立つと思います。一方、GRIの場合は、単に財務の話だけではなくて、すべてのステークホルダーに対してどういう情報開示をしていくかという点に加えて、企業の活動がどれだけ環境・社会に影響があるかという視点で見ていますので、結局は、企業はその両方の統合性を開示し、投資家等のステークホルダーは、両方を見なければならないということだと思います。

 

――GRIはダブルマテリアリティということですね。

 

 待場氏 それが基本ですね。元々、GRIの取り組みの過程としては、インパクトというか、企業の活動が自然環境なり人権・社会等に与える影響というところから出てきたのです。ISSBは投資家の関心をベースにしており、逆に気候変動をはじめに、環境・社会の課題やその変化が企業にどのようなリスクと機会、そして財務的影響をもたらすかを問うています。この双方のロジックを理解することが重要で、企業活動による環境や社会への影響は厳然としてあり、ISSBやSSBJ基準が普及したとしても、地域社会をはじめとする多様なステークホルダーへのアカウンタビリティ(説明責任)を果たす上で、GRIに基づく開示は引き続き大切です。また、ESG投資家はISSBに基づく開示だけに頼らず、環境・社会へのインパクトとそれへの対応を重要な判断材料としています。企業としては、今後「開示のための開示」ではなく、一層マテリアリティとリスク・機会の特定を体系的に行い、それに基づいて、できる限り定量的で比較可能なデータを収集、開示していく必要に迫られるでしょう。

 

――日本国内でのGRI活動は今後どうなりますか。

 

 待場氏 GRIスタンダードは非財務情報の報告基準として1997年以来の歴史があり、世界でもっとも活用されているサステナビリティレポートの基準です。KPMGのサステナビリティ報告調査(2022年)によると、世界の売り上げ上位250社(G250)のうち78%がGRIの基準に準拠した報告書を作成しており、世界の主要58カ国の売り上げ上位100社(N100)では68%、そのうち日本の上位100社では、世界の水準を上回る87%がGRIスタンダードに基づいたサステナビリティ情報の開示を実施しています。

 

 このデータでもわかるように、GRIは日本の企業の情報開示ツールとして定着しています。国内では、特定非営利活動法人「サステナビリティ日本フォーラム」や一般財団法人「国際開発センター(IDCJ)」がGRIスタンダードの普及等の活動を展開していますが、IFRSも日本に事務所を開設していますので、GRI自体も日本に足掛かりが必要になってくるかもしれませんね。GRIはシンガポールには事務所を持っています。

 

――日本ではサステナビリティレポート等の情報開示への取り組みは普及したと思いますが、自然保全や都市再開発だけでなく、ダイバーシティ等の面でも、実践がなかなか伴わないとの批判もあります。

 

 待場氏 そうですね。基準を作っても具体的な中身が伴わないという点は、確かにまだまだ課題ですね。それでも現在は、よい方向に変わりつつあるとは思います。日本では「やらされている感」が強かった面があるかと思いますが、サステナビリティは基本的に自分たちのビジネス価値につなげていくものなので、(開示手段を)道具としてうまく使ってほしいと思います。たとえば、ダイバーシティも形だけの制度を整えるだけではなくて、積極的に自分たちの企業とステークホルダーの成長のために使うということだと思います。

 

――日本で、モデルになるような例や企業はありますか。

 

 待場氏 よく言われるのは丸井のケースだと思います。社員がみんなで参加してパーパス等を決めて、もちろんダイバーシティも含めて取り組んでいるという風に聞いています。百貨店は斜陽産業といわれる中で、先の道を見出そうとしているのは評価できるのではないかという気がしています。

 

――丸井には環境金融研究機構が主催するサステナブルファイナンス大賞で、これまで2度、表彰しています。

 

 待場氏 結局、トップが真剣にやる気を示さないとなかなか組織全体が動きにくい、というのはあるのでしょうね。これ(サステナビリティ)で食っていくんだ、という気概が必要だと思います。

 

――ゼロボード社の活動を教えてください。

 

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 待場氏 ゼロボード自体は、GHG排出量の算定・可視化と削減への支援をビジネスにしています。将来的にいうと、課題はGHGを測定する場合、スコープ3を含めて自社のサプライチェーンからどういうデータを集めることができるか、ということですね。したがって、現在、サプライチェーンから統一してデータを集める官民のプラットフォームづくりにも参加しています。われわれとしては、単に自社の排出量を測るだけでなく、サプライチェーンからのデータも含めて測定・評価し、ネットゼロへ向けた削減への道筋を可視化し、様々な技術を有する企業のソリューションと結びつけることで、削減の具体的な実現へつなげていける「脱炭素のOS」のような存在を目指しています。

 

 私が所属する「ゼロボード総研」としての活動はまだ模索中ですが、ゼロボードの組織の一部として、ソフトウェアだけでは応えきれない顧客企業のTCFD対応や、CDPの回答対応、さらに今ニーズが高まっている製品当たりのカーボンフットプリントの計算やEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)対応等、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」関連の情報開示への対応などへのコンサルの提供などを行っています。

 

 理想的にはサステナブルなビジネスの将来像などを指し示していける存在になればと思っています。元々、私がこの分野に関わったのは英国のジョン・エルキントン氏が設立したシンクタンクのSustainAbilityに1998年から2002年にかけてお世話になったのが最初です。その後にGRIに移り、海外を転々としてきました。今も、エルキントン氏のビジョンがこの分野を引っ張ってきたという思いがあるので、彼がやったようなことを目指してやりたいなと思っています。

                          (聞き手は 藤井良広)