「トランプ大統領の反気候政策を考える("Examining President Trump's Anti-Climate Policies")」(松下和夫)
2025-10-23 17:10:56
(写真は、ホワイトハウス資料から引用)
1.はじめに
米国のトランプ大統領は2025年1月20日に就任以来、バイデン前政権が進めてきた脱炭素政策を否定する一連の大統領令を発出した。また、7月4日には気候変動対策を大きく転換させる内容をまとめた包括的法である通称「One Big Beautiful Bill(OBBB)」[1]に署名した。パリ協定からの再離脱や化石燃料の増産推進など、その政策は脱炭素化の潮流に逆行するものである。
トランプ政権の気候政策は、反知性主義とポピュリズムに基づいて気候科学を否定し、環境正義と逆行し、しばしば民主主義的なプロセスをも踏みにじる強引な手法で進められている。これらの政策は米国のみならず世界全体の気候変動対策に深刻な悪影響を及ぼし、国際協調の弱体化や、途上国への支援縮小などが懸念される。
しかしながら、気候危機の進行は政治の混乱と政策の停滞が解消されるまで待ってはくれない。また米国での政策転換にも拘わらずクリーンエネルギー革命を後押しする経済的・技術的な世界の流れは続き、多少の逆行と退歩があるにしても、世界での脱化石燃料と再生可能エネルギーへの移行の潮流は止まらない。
一方、7月23日には国連の主要な司法機関である国際司法裁判所(ICJ)が、国際法上、国家には気候変動対策をとる義務があるとする、極めて重要な勧告的意見を公表した[2]。勧告的意見には法的拘束力はないものの、ICJの権威ある法的見解が示されたことで、今後、気候変動訴訟や国際交渉等に影響を及ぼす可能性がある。

各国政府は、トランプ大統領の政策にかかわらず脱炭素への取り組みを堅持し、国内で効果的な政策を実行するとともに、重層的な多国間主義や「志を同じくする国々、企業、団体、都市・地域などの連携」を強化することによって、米国の離脱を補完する国際的な連携枠組みを再構築すべきである。
2.現実化する地球沸騰化とその意味すること
「地球沸騰時代」という言葉は、23年7月に国連のグテーレス事務総長がその演説の中で、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」と述べたことから世界に広がった[3]。事務総長はさらに、「これらはすべて、科学者の予測や度重なる警告と完全に一致している。唯一の驚きは、その変化の速さである。気候変動はここにある。恐ろしいことだ。そして、それは始まりに過ぎない。」「世界の気温上昇を1.5℃に抑え、気候変動の最悪の事態を回避することは可能だ。しかし、それは劇的で早急な気候変動対策があってこそだ」と述べている。
この事務総長の演説を裏付けるように、24年の夏は、日本も世界もかつてない猛暑と気候危機を実感する日々であった。気象庁は、24年の日本の平均気温が平年に比べ1.48℃高く「異常な高温だった」とし、1898年の統計開始以降、観測史上最も暑い年になったと発表した。世界気象機関(WMO)は25年年1月10日に、24年が観測史上最も暑い1年であり、世界全体の気温が産業革命以前と比べて1.55℃上昇したことを確認した。
25年も世界の猛暑は続き、日本の6月、7月は観測史上最も暑く、8月前半には「観測史上最高」を更新する41℃台の酷暑が記録された。日本の7月下旬の酷暑は温暖化がなければ起こりえなかった、との分析を東大や京大の研究者らで作る「極端気象アトリビューションセンター(WAC)」は発表している。
スペインやイタリアでも連日、最高気温が40℃を超え、警報を出す事態となった。スペインでは気温が46℃まで上昇し、フランスでは多くの学校が休校などの措置をとった。イタリアでは一部の地域で日中の屋外労働が禁止となった。猛暑は米国でも観測されている。マサチューセッツ州のボストンでは39℃に達する日があり、6月の最高気温を更新した。カリフォルニア州では新たな山火事が発生した。カリフォルニア州の25年の火災ではインフラや建物・住居などが損壊し、最大40兆円の経済損失が出たと推計された[4]。
日本経済新聞によれば、現状のまま気温上昇が続けば、作物の不作が続き、2035年まで食料のインフレ率が年間最大約3ポイント増える恐れがあるとし、また異常気象がインフラに打撃を与え、巨額の経済損失をもたらすことを警告している[5]。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書[6]によると、気候変動による世界のインフラによる損失額は、平均気温が2℃上昇した場合に2100年に4.2兆㌦(約600兆円)に上ると推計される。
2015年に国連で採択されたパリ協定の主な目標は、地球の平均気温上昇を産業革命以前の水準から2℃未満、さらに1.5℃未満に抑えることである。現在では1.5℃の目標を達成する重要性が国際的に認識され、パリ協定に基づく世界の平均気温の上昇を抑制するための温度目標は、COP26(2021年)決定で「1.5℃」であることが示されている。これは2018年の「IPCC報告書」によって、1.5℃でも現在より悪影響が予測され、1.5℃と2℃の上昇では影響の大きさに相当程度の違いがあることが明らかになったことなどからである。
2024年の世界全体の気温が産業革命以前と比べて1.55℃上昇したことを受けて、WMOは、パリ協定の長期的な気温目標は単年ではなく数十年単位で測られるとし、パリ協定は「まだ死んではいないが、重大な危機にある」と述べている[7]。
また24年10月24日に発表された国連の『排出ギャップ報告書2024』[8]は、「温室効果ガス(GHG)の年間排出量が過去最高を記録する中で、気温の破滅的な上昇を防ぎ気候変動による最悪の影響を回避するためには、緊急行動を起こさなければならない」と述べ、「次回のNDCで、各国がともにGHGの年間排出量を全体で30年までに42%、そして35年までに57%削減することを約束し、それを迅速な行動で支えない限り、1.5℃の目標は数年以内に達成不可能になる、そしてGHGの排出量を劇的に削減しなければ、世界は破滅的な3.1℃という気温上昇を避けられない可能性がある」と述べている。
これを受け、国連環境計画(UNEP)のインガー・アンダーセン事務局長は、「気候変動対策は正念場を迎えており、各国が緊急行動を起こさないと、気候変動に関するパリ協定で設定された、気温上昇を1.5℃に抑えるという目標は「間もなく息絶え、2℃を大幅に下回る数値に抑えるという目標も、集中治療室に入ることになる」と警告している[9]。
3.世界の気候危機管理システムの危機
以上みてきたように、気候変動の進行は科学者の予測よりも急速に進行している。早急なGHGの削減がなければ人類の存亡が懸念される。そして気候変動が激しくなっているという危機に加え、「世界の気候危機管理システム」が危機に瀕している。トランプ大統領の反気候政策によりその危機がさらに深刻化することが懸念される。
2025年は1995年にドイツのベルリンで開催された第1回気候変動枠組条約締約国会議(COP1)から30年、京都議定書の発効から20年、パリ協定の発効から10年が経つ節目の年である。そして11月にはブラジルで第30回締約国会議(COP30)が開催される。しかしながら気候変動の原因物質である世界のGHG排出量は依然増加を続けている。先進国では徐々に減少しているものの、中国・インドなどの途上国の排出量の増加が全体を押し上げている。

IPCC[10]が述べているように、地球全体の平均気温の上昇を抑えるためには、世界全体として2050年までにGHG排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にすることが必要である。一方で、途上国を中心として、気候変動対策には技術や資金など多くの課題があるので、国際連携を強化して取り組みを加速させることが急務である。
気候変動問題を巡る国際的な動向をみると、厳しい経済環境もある。2024年の主要国での選挙では、軒並み政権与党が敗北ないし弱体化し、ポピュリズムが台頭している。多くの国では目先のインフレ・景気対策等が重視され、気候変動対応策の優先度は低下している。特に米国では気候変動に否定的なトランプ大統領が再登場し、バイデン前政権の脱炭素化政策を否定する方向に大きく転換され、各国政府や企業の方向性にも影響を与える可能性が大きい。
他方、欧州では、欧州委員会の第2次フォンデアライエン体制において現実的な路線の模索が進められているが、脱炭素をEUの産業競争力を強化するためのドライバーとして活用し、グリーンディール政策や気候変動対策を進めていく方向に変更はない[11]。欧州委が2月に「クリーン産業ディール」[12]を発表したように、脱炭素と産業競争力強化を同時に実現する政策を打ち出し、エネルギー集約型産業やクリーンテクノロジー産業への投資を促し、低価格のエネルギー供給やグリーン市場の創出、投資リスクの抑制などを進めていくこととしている。
日本では、2050年にGHG排出ネットゼロの目標を堅持しつつ、第7次エネルギー基本計画・地球温暖化対策計画・GX2040ビジョン(脱炭素成長型経済構造移行推進戦略)を本年2月18日に閣議決定し、脱炭素化への移行戦略を具体化しようとしている。ただしその内容には様々な問題点がある[13]。
気候変動に関するパリ協定の枠組みでは、各国が自主的に目標(国が決する貢献、NDC)を設定する仕組みとなっている。ところが現在の各国のNDCを集計しても、パリ協定の目標水準には到底達しない。こうした事態に対応するため、パリ協定では、各国の目標設定・進捗等を踏まえて世界全体の対応状況を検証するグローバルストックテイク(GST)を実施し、その結果等を踏まえて各国が5年毎にNDCを引き上げ、パリ協定の目標に近づける「ラチェットメカニズム」を導入している。
2025年はそのNDC見直しの年である。全締約国はCOP30開催の9~12カ月前(2月10日まで)にNDCを国連に提出することが求められていたが、大半の国は期限内にNDCを提出していない(日本は2月18日に提出)。11月にブラジルで開催されるCOP30に向けて、今後提出されるNDCで、各国が目標をどれだけ引き上げることができるか注目される。
4.トランプ大統領による政策転換
次にトランプ大統領の政権の主要な気候政策を見ていく。
- 気候科学の否定
トランプ大統領の気候政策の背景には、気候科学さらには科学や研究活動全般に関する否定的な姿勢(反科学、反知性主義)がある。
大統領就任以来すでに環境保護庁(EPA)、米国海洋大気庁(NOAA)、米国航空宇宙局(NASA)などの職員と予算が大幅に削減され、科学的観測が中断された。25年2月に中国で開催されたIPCC全体会合には米国の正式代表が欠席させられ、米国地球変動研究プログラムへの資金提供の停止などが実施された。4月には第6次国家気候アセスメントの執筆者全員が解任された。今後、米国の気候関連情報の収集・公開が止まることも危惧される。
気候変動に関する信頼できる科学的知見は国際公共財ともいえる。その国際社会への最大の貢献国であった米国で、こうした事態が起きていることが人類社会に与える悪影響は計り知れない。
このような状況を受け、ノーベル賞受賞者を含む全米科学・工学・医学アカデミーに所属する1900人あまりの科学者が3月31日、トランプ政権の「科学に対する全面攻撃」により米国が危機にさらされているとして、米国市民にSOSを発する公開書簡[14]を発表した。
この公開書簡では、「科学のミッションである真実の探求には、研究者が自由に新たな問いをたて、研究で得た知見を特定の利益に左右されることなく、正確に報告することが求められる」とし、政権による検閲は、研究の独立性を破壊していると述べている。さらに「科学界には、恐怖のとばりが下りている。研究者は職や研究資金を失うことを恐れ、論文から自分の名をはずしたり、研究を断念したり、助成金申請書を書き直したり、『気候変動』のように科学的に正確な言葉でも政府が反対しそうな文言を論文から削除したりしている」と述べて、恐るべき現状を伝えている。
- 多国間主義に基づく国際協調からの離脱
トランプ大統領は就任初日にパリ協定からの再離脱を表明した。すでに国連に通知済であり、2026年1月27日に離脱の見込みである。また国連気候変動枠組条約への資金拠出もすべて停止した。これは、気候変動対策における国際協調への機運を低下させる可能性がある。
さらに、途上国向け資金支援を撤回する方向である。具体的には、「緑の気候基金(GCF)」などの途上国への気候変動対策支援を停止、撤回することとなる。緑の気候基金の100億米㌦のうち、米国は30%の拠出を誓約している(日本は15%)。このため、米国の拠出停止は途上国支援への大きな打撃となる。新たに設立された「損失と損害に対応するための基金」の理事のポストも返上した(バイデン政権ではこの基金に1,750万㌦の拠出を行っている)。
アメリカはまた、南アフリカ、インドネシア、ベトナムとの、石炭からクリーンエネルギーへの転換を目指す「エネルギー転換パートナーシップ(JETPs)」からも離脱した。
- 化石燃料の増産
トランプ大統領は「国家エネルギー非常事態宣言」のもと、石油、天然ガス、石炭といった化石燃料の開発を奨励し、「drill baby drill(掘って掘って掘りまくれ)」とする政策を推進している。
このため、エネルギー生産に関する規制を撤廃し、化石燃料事業者の採掘・販売・輸出等の支援策(減税等)を導入する。国有地や海底油田での石油掘削の許認可を増やし、液化天然ガス(LNG)の開発・輸出計画を再開するとしている。
- 環境規制の緩和
メタン排出量に対する課税や罰金を廃止する動きがある。メタンの排出量が多いのは、石油、天然ガスの生産過程である。その排出量を減らすため、バイデン政権下では24年12月にEPAが、大口排出者に対し、1㌧当たり900㌦を科す最終規則を発表している。今後メタンへの課税を緩めると、石油・ガス会社は増産に動きやすくなりメタン排出増加が懸念される。
さらに、自動車の排出規制・燃費基準を緩和し、電気自動車(EV)へのシフトを抑制する方向である。火力発電所に対する排出規制の緩和、原油・天然ガス掘削規制緩和、液化天然ガス輸出許可凍結の解除、関連プロジェクトの承認の迅速化も予想され、気候関連開示ルールの見直し、ESG投資を禁じる法規制の導入の可能性もある。
- クリーンエネルギー支援の縮小
大統領はバイデン前政権が定めたインフレ抑制法(IRA)に基づく気候変動対策の補助金や融資の支出を凍結するよう指示した。また、EV購入への税控除の縮小、EⅤ充電ステーション補助金の縮小、 風力発電等の再エネへの補助金も縮小の方向である。風力発電向けの公有地貸し出しの一時停止も指示している。今後再生可能エネルギーへの支援が細る可能性が高く、洋上風力開発プロジェクトが停止する可能性がある。
- 環境正義の否定と州権限の制限
トランプ大統領は環境正義を全面的に否定している。その象徴が、EPAの環境正義局(1992年創設)の職員168人を休職させたことである。同局は「すべての人が公平に環境政策の形成に関与でき、健康的な環境の中で生活・学習・労働できるようにする」ことを目的としていた。
さらに、民主党主導州での州法による脱炭素法の実施を妨害するため、4月8日に大統領令を発し、気候変動、ESG、環境正義、排出削減に関する州法を「違法化」するよう司法長官に指示した。これに対し、ニューヨーク州とニューメキシコ州の民主党知事は「州の権限を脅かすものであり、対抗する」と表明した。
7月4日にトランプ大統領が署名したOBBB法は、バイデン時代の脱炭素路線を全面的に巻き戻し、化石燃料主導型経済への回帰を包括的に法制化したものであり、米国のエネルギー自給、経済成長、雇用創出を最大化し、過剰な環境規制を撤廃することを目的としている。その概要は表1の通りである。
この法律により、米国内では化石燃料産業が短期的には活性化し、雇用増加の可能性がある一方、再エネ市場は冷え込み、クリーンテクノロジー投資が減少することが予想される。国際的には米国の気候外交は事実上停止し、他国の温暖化対策意欲にもマイナスの影響をおよぼし、パリ協定の1.5℃目標達成はさらに困難になると思われる。長期的にはGHGの排出増加によって温暖化が加速し、気候災害の被害が増大し、米国企業の競争力は低下するであろう。

5.気候変動対策は全ての国の「法的義務」:国際司法裁判所の勧告的意見
国連の司法機関である国際司法裁判所(ICJ)は2025年7月23日、国際法に基づいて全ての国は気候変動を緩和し、気候変動の影響に適応するための措置を講じる「法的義務」があることを明確にする勧告的意見[15]を公表した。この勧告的意見は、気候変動で危機に瀕している南太平洋の小島嶼国バヌアツの提起により、国連総会が2023年、ICJに見解を求める決議を採択したことを受けたものである。
ICJが気候変動と国際法に関して包括的な判断を示したのはこれが初めてである。「清浄で健康的で持続可能な環境」は、すべての人権の前提とし、全ての国に対し、国際協定に沿って企業を規制し、排出量を削減することを求め、化石燃料の生産、消費、補助金が気候被害の原因であると具体的に言及している。削減目標の設定は、パリ協定の1.5℃目標に沿わなければならず、化石燃料の消費や生産、補助金などを国際法の不法行為としてあげた。これらの結果で被害が出た場合、法的責任が問えるとしている。
またICJは、企業に対する規制導入を先送りにし、気候変動対策を怠っている国は、国際的に違法行為を犯している可能性があるとの判断を下した。国や企業は、気候変動枠組条約やパリ協定だけでなく、国連海洋法条約、気候以外の国際環境条約、慣習国際法および国際人権法上、国家には、人為的な温室効果ガス排出から気候系等を保護する義務があるとしている。
ICJはさらに、「GHGの排出量の多い国は、より貧しく、気候変動の影響を受けやすい国に対する技術と資金の提供を通じて気候変動の解決に協力する責任がある」とも強調している。先進国と途上国、貧富や世代による不公平を正す「気候正義」の指針として、評価できる内容である。
ICJが示した勧告的意見には法的拘束力はないものの、権威ある法的見解が示されたことで、今後、気候変動枠組条約締約国会議(COP)、各国で多数提起されている気候訴訟、各国の気候変動対策等に実質的な影響を及ぼす可能性がある。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長は7月22日、化石燃料産業を支える政府補助金や投資協定の廃止を求めた。これらの制度は「市場の歪み」を生み出しており「化石燃料が再生可能エネルギーよりも安価であるように見えてしまうが実際は逆だ」と、指摘している。
6.今後の展開はどうなるか
トランプ大統領の急激な政策転換は、米国内でのGHG削減技術の開発を遅らせ、企業の環境行動を停滞させ、化石燃料依存を長引かせることとなる。またそれは、ICJの勧告的意見とは真逆である。
一方、米国内には環境志向の企業や市民が多く存在する。党派間で意識に差はあるものの、少なくとも半数の国民は環境保護を支持している。
また、米国は州の権限が強く、民主党が主導する州では従来の政策が継続される見込みである。カリフォルニアやニューヨークを含む24州の知事からなる「米国気候同盟」は、「気候変動対策の継続」を表明している。この同盟は米国人口の54%、GDPの57%を占める。今後トランプ政権による州の権限を制限する動きに対して、州政府や環境団体による違憲訴訟などが提起される可能性も高い。
国際的には、米国の撤退により国際的な協調枠組みが弱体化し、途上国の対策が遅れる懸念があるが、他の先進国がその空白を埋めることが求められる。
最悪のシナリオでは、脱炭素化の遅れ、技術開発の停滞、国際企業連携の縮小、化石燃料への依存継続などが地球全体のGHGス排出削減を妨げる可能性がある。
一方で、米国以外の国々は脱炭素化の流れを維持している。
欧州は脱炭素化に向けたエネルギー転換を化石燃料輸入依存の低減とエネルギー安全保障向上の手段と捉えている。また、ESG投資の重視姿勢は揺るがず、企業は環境や多様性を重視する経営を続けるべきとの意見も根強い。日本においても、排出量取引の本格的始動、サステナビリティ情報開示の義務化をはじめ脱炭素化に向けた政策導入は続く。
企業にとっても、バリューチェーン全体、製品、サービスのライフサイクル全体を通した持続可能性への要請は高まっている。
世界最大のGHG排出国である中国では、従前の2030年の目標よりも5年早く排出量のピークに達する見通しである。すでに世界のサプライチェーンを支配している太陽電池パネル、電気自動車、電池などの技術を持つ中国メーカーは、米国の需要や市場アクセスの変化にかかわらず事業拡張を目指す。むしろ米政権の政策転換を、世界での市場占有率を伸ばし自国の技術を素早く普及させ、値下げ攻勢をかける良い機会と捉えている。
インドでは現在GHGの増加は著しいが、脱炭素を経済的な好機とみて、世界最悪水準の大気汚染の改善に不可欠なステップとして脱化石燃料を位置づけている。
その他のほとんどの新興市場では、再エネの価格の急速な低下を背景に、経済的理由から、再エネ導入の加速を望んでいる。より多くの新興市場が、不安定な輸入化石燃料より、安価な国内の太陽光や風力などの再エネを採用するだろう。
ICJが気候を保護するための各国の法的義務に関する画期的な勧告的意見を発表した翌日の7月24日、EUと中国の首脳が北京で会談し、共同声明[16]を発表し、双方の協力の「決定的な色」は緑であると述べている。
共同声明では、「今日の流動的で激動する国際情勢において、すべての国、特に主要経済国が政策の継続性と安定性を維持し、気候変動に対処するための努力を強化することが極めて重要である」と指摘し、EUと中国の協力強化は、両国の国民の幸福に利益をもたらすと同時に、「多国間主義を支持し、世界の気候ガバナンスを推進する上で非常に重要である」と述べている。双方はまた、気候目標を「具体的な成果」に変え、開発途上国にグリーン技術へのアクセスを提供することを含め、世界的な再生可能エネルギーの導入を加速させることを共同で約束した。

欧州委員会委員長=ホワイトハウス資料から引用
米国が再びパリ協定から離脱した後、EUと中国によるより強力な気候リーダーシップが緊急に必要である。今回の共同声明は分断化する地政学的状況と米国の気候外交からの撤退というこの危機的な時期において、タイムリーで建設的なシグナルを提供する内容として評価できる。
7.おわりに
「トランプ・ショック」に関わらず、気候危機との戦いを後退させてはならない。
トランプ政権の気候政策は、民主主義を踏みにじり、米国および世界全体の気候変動対策に深刻な悪影響を及ぼす。移民問題などを背景とした欧米での非民主主義の拡大とともに、国連を中心とした多国間主義も崩壊の危機に瀕しており、民主主義の退潮が進んでいる。
このような状況下で、国際的な気候協調体制には暗雲が漂うが、持続可能な未来を築くためには、重層的多国間主義と、志を同じくする国々や企業、市民団体、都市・地域などの連携を再強化し、脱炭素化を前進させるしか道はない。
トランプ政権の環境政策は、米国だけでなく、世界全体の気候変動対策に大きな影響を与える可能性がある。しかし気候変動対策は後戻りできない。トランプ政権の政策転換にかかわらず、世界的な脱炭素の流れは依然として続き、むしろその流れを加速する必要がある。そして企業は、グローバルな視点を持ち、長期的な成長戦略を策定する必要がある。
脱炭素への移行には当然コストがかかるが、放置すれば気候変動対策の遅れや安全保障上のリスク増大に伴うコストが莫大になる。脱炭素化への投資をしないことによる不作為のコストの方が高くつく。
わが国を含む各国政府は、実効性がある政策を国内で実施するとともに、米国の撤退を補完すべく国際的な連携枠組みを再構築することが求められる。EUと中国の共同声明は、こうした動きを示すものである。
日本は化石燃料を大量に輸入し、その依存度も高い。脱炭素を進め、産業を新しく生まれ変わらせるための枠組みを整備し、脱炭素投資を促進することによって、経済面でも安全保障の面でも競争力とレジリアンスを高めることができる。そして国際的な脱炭素社会への移行に向けた多国間協調の再構築に寄与することが望まれる。
現在の日本政府の気候変動政策は、石炭などの化石燃料発電所を温存し、そのために火力発電に水素・アンモニアを混焼し、CCUS(炭素回収・利用・貯蔵)などの推進や、原発の最大限活用をうたっている。しかし、これらはいずれも、費用、GHG排出削減効果、実現可能性に大きな問題がある。このままでは再生可能エネルギーの導入は抑制され、必要な排出削減は実現できず、化石燃料輸入による国富の流出が続き、国家予算の無駄遣いとなってしまう。電気代は上昇し、エネルギー安全保障はますます不安定になり、国民に大きな負担を強いることになる。気候安定化と日本経済の健全な発展、そして気候危機脱出のための国際協調への貢献のためには、地域や自然との共生を図りながら再エネ・省エネを進めて早急なゼロエミッション化を図ることが唯一の道なのである。
[1] 正式名称は“American Energy Independence and Prosperity Act of 2025”
[2] 気候に関する国家の義務についての国際司法裁判所勧告的意見(Obligations of States in respect of Climate Change)https://www.icj-cij.org/sites/default/files/case-related/187/187-20250723-adv-01-00-en.pdf
[3] https://news.un.org/en/story/2023/07/1139162
[4] 日経新聞(2025年7月3日)世界で暑過ぎる夏、2100年には損失600兆円 鉄道・電力・農業に打撃
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG055HC0V00C25A6000000/?n_cid=kobetsu
[5] 同上
[6] IPCC(2023)Sixth Assessment Report https://www.ipcc.ch/assessment-report/ar6/
[7] https://wmo.int/media/news/wmo-confirms-2024-warmest-year-record-about-155degc-above-pre-industrial-level
[8] UNEP (2024) “Emissions Gap Report 2024”
https://www.unep.org/resources/emissions-gap-report-2024
[9] https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/51235/
[10] IPCC (2023) AR6 Synthesis Report (SYR)
https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-cycle/
[11] ESG グローバルフォーキャスト(2025)、EU気候総局長「米国には失望も、脱炭素に投資し経済成長と安全保障を維持」2025.04.22
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/forecast/atcl/trend/041400007/
[12] “A Clean Industrial Deal for competitiveness and decarbonisation in the EU” 2025.2.26
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_550
[13] たとえば、気候変動を憂慮する市民と科学者の有志連合:「まっとうな日本の気候政策を求める緊急声明」(2025 年 1 月 9 日)
http://www.kanbun.org/pj/file/20250109_seimei.pdf
気候変動を憂慮する市民と科学者の有志連合:「第7次エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画、GX2024ビジョンについてのパブリックコメントに対する意見書パブコメにあたって 10の意見(PDF)」
http://www.kanbun.org/pj/file/20250110_public_rev2.pdf
[14] Public Statement on Supporting Science for the Benefit of All Citizens (科学者から米国市民にSOSを発する公開書簡)
[15] 脚注2参照
[16] Joint EU-China press statement on climate (2025.07.24) パリ協定採択10周年後の進むべき姿
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/de/statement_25_1902
本論稿は松下和夫氏が「海外事情」に掲載した原稿 (2025年9・10月号)に一部加筆し、筆者と出版元の了解を得て転載しました。
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松下 和夫(まつした・かずお)
京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会前理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任

































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