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中央銀行の機能と人権問題~「つながり」のいくつかの兆候~(相沢素子)

2016-06-07 20:35:47

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  中央銀行の仕事は簡単には理解しづらいし、しばしば一般人の常識を超えて行われる。マクロ経済学の政策手段を用いて、中央銀行マンは、インフレと戦って物価を安定させるという役割を主要な機能とする。それらの活動はマネーサプライの調整や金利の上げ下げを通じて行われる。こうした金融調節機能に加えて、いくつかの中央銀行(すべての中央銀行ではない)は、金融機関の健全性を確保するため、金融業界に対する規制や監督(考査)などにもかかわっている。

 

 リーマンショックやその後の欧州債務危機で顕在化したグローバル金融危機の悪夢の中で、中央銀行が国の公的債務のリスケジューリング交渉へ参加することや、より広範な金融システムの安定化を支援することの重要性は、一段と増している。さらに、中央銀行はその法定された責務に基づいて、金融的機能以外の非金融的機能を発揮する場合もある。経済発展の促進や、雇用配慮、そして弱者の金融排除対応などだ。政権から直接の指示等の影響を受けやすい途上国の中央銀行は、個人や家計に直接の利益をもたらすようなやり方で活動したり、非金融的機能を作り出したりしがちだ 。ただし、こうした場合、中央銀行の独立性の問題が生じてくる。

 

 こうしてみてみると、中央銀行は個々の人や社会に対して、広範な影響を及ぼす存在であることの理解が、次第に増している。それらは中央銀行が、すべての人々が基本的な生活水準を維持するために必要となる最低限の保護基準を確保するためにデザインされた国際的な人権法とも、自らの政策を調整するための機会を提供することでもわかる。

 

 他の非金融的テーマと同様だが、社会における異なるグループ間に及ぼす政策の影響度合いを理解する「差異化アセスメント」のような人権ベースのアプローチは、中央銀行が人権についての標準を実行するための中央銀行による析を深め、自らも標準を実行する責務を満たすことに役立つ。

 

 今年の初め、私が所属する「Institute for Human Rights and Business」はUNEP(国連環境計画)Inquiryとの共同作業の中で、持続可能な金融システムのデザインについての報告をまとめたpaper 。その報告では、持続可能な金融と人権の関係についても考察している。 この研究では、中央銀行のいくつかの機能はどのように国際的な人権の基準と、整合性を持ち始めているのかという事例をいくつか解明した。それらの事例には多くの途上国での実例が含まれている。以下に、中央銀行の金融と非金融の機能に焦点を合わせて、かつそのうちの権利保護の課題に集中する形で、我々の報告の4つのポイントを紹介する。

 

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1.不平等の扱い

 金融政策は富の再配分の役割を果たしているのだろうか? 最近まで、こう問われれば、中央銀行マンは決まって「ノー」という答えで反応しただろう。しかし、2008年のリーマンショック以降の金融危機は、各国の中央銀行に非伝統的な金融政策をとる道を開いた。金融市場に膨大な流動性を提供したり、金利を超低金利に維持し続けることなどである。結果として中央銀行マンは、こうした自らの金融政策がもたらした結果、すなわち社会での上位と下位層の間での、富と収入の不平等の拡大という結果に直面している。そうした中央銀行には率直に失敗を認める人もいる。

 

 「不平等是正」について、「中央銀行の本来の仕事ではない。しかし、『不平等』は金融危機の最中に、中央銀行マンの「監視レーダー画面」に登場した。それは時々、赤い警告の点滅を伴って。というのも、少なくとも短期的にみて、中央銀行の政策は不平等性のパターンを作り変えることができ、そしておそらくは、実際に作り変えてきたからである。ある人は、中央銀行の過剰な金融調整こそが不平等を悪化させてきた、と指摘している」と英イングランド銀行のExecutive Director of Financial StabilityのAndrew Haldane氏は述べている。(the Bristol Festival of Ideas, May 2014)

 

 こんな意見もある。「超低金利や非標準的な金融政策を手段とする際は、すべての二次的な効果に配慮することが重要である。その中には分配の効果も入ってくる。つまり、社会のある層に対しては潜在的な経済的打撃となるようjな分配の影響を含むということだ」(欧州中央銀行理事のYves Mersch氏, Corporate Credit Conference, Zurich, October 2014)

 

 米連邦準備理事会のJanet Yellen議長はこう語っている。「ここ何十年にもわたって、米国の富と収入の分配は、他の主だった先進国と比べても、総じて拡大傾向で推移してきた。この傾向は大恐慌の間は中断していた。しかし回復局面になると不平等は再び拡大していった。なぜなら、株式市場は素早く立ち直るが、賃金の伸びや労働市場の回復はゆっくりとなるからだ。また住宅価格の上昇は、大半の家計が恐慌や金融危機で失った住宅資産の下落分を回復させるには不十分なのである」と指摘している。(Conference on Economic Opportunity and Inequality, Federal Reserve Bank of Boston, October 2014)

 

 こうした指摘、意見は、中央銀行当局が、金融政策による分配への影響と社会福祉の関係のほか、不平等というものを金融政策の運営の中にどうやって取り込むか、といった問題への対処も含め、中央銀行の研究課題の対象を広げるための準備かもしれない。

 

 より広い視点に立てば、中央銀行は社会のすべてのグループの権利に対して金融政策の決定が及ぼす影響についての分析を、自らの政策判断の際に考慮できるはずだ。さらに、特定の脆弱なグループに及ぼす潜在的にネガティブな影響を事前に評価できるはずだ。たとえば、中央銀行の金融政策決定委員会は、金利の引き上げの影響が、年金生活者や、住宅ローン借入者、ビジネス債務を持つ者や消費者債務を抱える人たちへどう及ぶかを、重み付けして判断しているという情報を公開できるし、また政策決定の際に、こうした多様な影響の違いをいかに考量しているかということも伝えることができるだろう。

 

 イングランド銀行はすでにこの種の分析を公開している。現時点では経済学的言語で表現されてはいるが。ただ、こうした明確な権利に基づいた分析は、中央銀行の独立性を危険にさらすと、警告する向きもある。

 

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  1. 国家債務の交渉とリスケジュール

 ギリシャの状況は非常に複雑だけれども、ECBは支援協定の中に、ギリシャの市民の人権を守る基本的な水準を入れることができたはずだ。そのことはECBからの支援を受けるギリシャの人々が、他の欧州の納税者に対して返済義務を負うことの見返りとして、緊縮政策を受け入れることとは別のことだった。 実際、ECBとEUは、ギリシャに対する金融救済措置に対する引き当ての考慮をしていないので、EUの基本権利憲章を侵害したのではないかという疑問が出るほか、協定に際して、人権保護を明確にしていれば、ECBは、もっと安定的で持続可能な結果を作り出せたのではないかという疑問も出るのである。

 

 国連開発計画(UNCTAD)が定める「責任ある国家への貸し出しと借り入れ奨励に関する原則」は国家向け貸し出しと借り入れのガイダンスを提供している。これらの原則は明確に人権について言及しているわけではない。しかし、原則の存在は、国家借り入れをする相手がそれぞれの国の国民に対して責任を負っていることや、貸し出しを決定する前に、適切なデューデリジェンスの手順がなされなければならないことなどを、貸し出しに際して貸し手に気付かせる。国家の債務整理や国家破産などの際の多角的な枠組みの構築に向けた動きもある。「人権デューデリジェンス」は、当該国が人権対応に乏しい経験しかない場合は、とりわけ重要になってくる。

 

 ユーロ圏での債務危機でのECBの役割、特に金融救済の一部として緊縮政策交渉でのその役割は、人権問題が中央銀行の非金融的責務となるもう一つ別の領域を提起する。ECBはEUの中では相対的に新しい機関であり、EUの各加盟国と同様に、EUの複数の人権条約によって縛られている。年金支給を含む一連の経済・社会的権利は、ECBが交渉するEU諸国との緊縮政策によって影響を受ける。したがって、ECBが自らの正当性と持続可能性を確実にするためには、緊縮策の立案に際して、それらの法的責務を考慮して対応すべきなのである。しかし、手に入る情報によれば、ECBはギリシャとの緊縮策や金融支援条件の交渉において、欧州人権フレームワークに基づく自らの責務に沿った対応をしたとは思えないのである。

 

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  1. マクロ・プルーデンス規制を通じて金融システムを安定させる規制

金融専門家たちは、金融システムの安定を維持するための中央銀行の役割を拡大することのメリットについて指摘するが、多くの途上国の中央銀行や銀行規制当局はこの分野では実践を積んでいる 。2015年に、ペルーの銀行監督当局は、金融機関の健全性を維持するマイクロ・プルーデンス規制と、金融システム全体の健全性を維持するマクロ・プルーデンス規制を効果的につなぐ規制を採択した。

 

 ペルー当局がこうした大胆な枠組みに取り組んだのは、ペルーの鉱山会社による社会的摩擦が混乱と社会的不安を引き起こすことと、その結果としてそれらの企業に多額の融資を重ねてきた金融機関の健全性にマイナスの影響が生じることのつながりを意識してのことだった。規制当局者たちは、鉱山事業関連の出来事がペルーの金融システム全体にマイナスの影響を及ぼし、最終的には同国の国際的なカントリーリスクの格付けにも影響すると見抜いたのだ。

 

 ペルーの金融当局者たちは、そうした危機的状況が招来しないように、今や、同国の銀行に対して、資金を供給する事業が抱える環境・社会的リスクを、効果的な環境・社会・人権デューデリジェンスを通じて、評価することを求めている。 借り手企業は、影響を受ける地域のステークホルダーとエンゲージメントすることや、苦情処理メカニズムの設置、認識されたリスクの制御などを実施することを求められる。これらの要求事項はIFCパフォーマンス標準や民間銀行による自主基準のエクエーター原則(赤道原則)と同一である。

 

 バングラデシュやブラジル、中国、モンゴル、モロッコ、ナイジェリア、ベトナム、さらにその他の途上国を含む、多くの国の銀行監督当局や銀行業界団体はネットワークを組んで、国内での大規模プロジェクトに対する、適切な環境・社会デューデリジェンスをどうやって行えばいいかを 、銀行に伝えるための作業に取り組んでいる。このネットワークに参加する狙いは、国々によって様々だ。ある国々は、明らかに社会における銀行のイメージを高めることを目指している。さらに、物理的な環境や自然資源の保護、社会の分裂の阻止など(ともに重要な人権概念である)に注意を払うことは、個々の銀行のデューデリジェンスの質を高め、それによって銀行システムと社会全体にベネフィットをもたらすことは明白である。

 

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  1. 金融インクルージョンの促進

 金融インクルージョン(包摂)は、貧困層やその他の脆弱な生活環境に置かれている人々や、少数民族、過疎地の人々が、望ましい金融商品やサービスにアクセスすることを促進する。世界銀行の2014年金融レポートによると、金融インクルージョンの目指すゴールは、それらの人々を社会的に包摂するために、金融取引への無条件のアクセスを提供することではない。そうではなく、心ならずも金融システムから除外されている地域や人々に対して、必要な信用や金融サービスを届けることを目的としている。これらの地域や人々は、差別や情報の欠落、価格のカベ等の要因によって阻害されているのだ。

 

 こうした試みのもっとも重要な目的は、これらの人々を社会システムに組み込み、地域経済や農村地帯において最大限のリターンを実現できるよう支援することによって、雇用創出の促進につなげることである。結果として、このことは、途上国にとって重要な経済的課題となっている。そして金融インクルージョンを促進する政策や戦略は、たいていの場合、中央銀行の肩にかかっている。

 

 ペルーのほかコロンビア、フィリピンなどは長年にわたって金融インクルージョンに取り組んでいる。2015年、インドの中央銀行であるインド連邦準備銀行(RBI)は同年の最優秀金融インクルージョン国に選ばれた。RBIは長年にわたって、金融インクルージョンや規制的セーフガードの提供、苦情除去などに取り組んできた。

 

 エクアドルのような国も追随している。同国は「2008年憲法」を制定し、金融インクルージョンへの取り組みを明確にし、そしてエクアドル中央銀行(BCE)にその役割を託した。BCEの公式の責務となった金融インクルージョンの政策と戦略、そして同国での金融サービスへのアクセスに関するデータなどは、国際労働機構(ILO)の Employment Policy Working Paperで入手が可能だ。ILOによると、BCEによる金融インクルージョン政策の実例は (i) 送金書類を公式で、安価で、安全な方法で受け取ることが出来る方法を貧困層に提供すること (ii) 支払いに関して透明で信頼できる方法で消費者の権利を保障すること、(iii) さらには農村地域や都市の郊外において、モバイルペイメントやモバイル取引の利用範囲を拡大すること、などが含まれている。

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  中央銀行の目標は、石の上に置かれているわけではない 。それは経済状況を反映し、政策の優先度をめぐる各国あるいはグローバルなコンセンサスをも反映して、進化するのである。国のレベルでは、IHRBリサーチが指摘しているように、すでに25以上の国で、しかも大半が発展途上国で、人権あるいは消費者の権利が 盛り込まれている。これらの規定の半数以上は、過去20年以内に制定されているということに意味がある。そうした規定の変更は、国の主要機関としての中央銀行の責務に、明示的にも、暗黙にも、影響を与える。潜在的には中央銀行の独立性にも影響を及ぼすだろう。

 

グローバルレベルでは、国連の持続可能な開発目標(SDG)に対する国としてのコミットメントや、気候変動への国としての貢献は、中央銀行の政策決定の優先度に影響を与える。こうした傾向は、まさに、イングランド銀行総裁で金融安定理事会(FSB)の議長を務めるマーク・カーニー氏が、金融業界に対して、気候変動に関連するリスクに対処することや、低炭素社会への移行を加速するよう求めていることでもある。このように、中央銀行の目標の優先度が発展し続けることは、人権というテーマについても、中央銀行の政策プロセスに、より明確に統合されるような道を開くことにもなる。

 

 ここでの議論は、必ずしも中央銀行の責務を拡大することを求めるものではない。むしろ、先進国、途上国両方の中央銀行が持つ現行の責務のフレームワークの中で、人権問題と調整するような視点を持つことを示唆しているのだ。人権問題の持つ経済的重要性をしっかり認識すること、とりわけ労働、食事、健康、社会福祉、住宅、高齢者の資産の安全性等 の権利を実現するための努力等を認識することは、中央銀行の金融政策あるいは非金融政策の運営の本質であるべきで、したがって、個々人や社会に対する中央銀行の価値を高めることになる。

 (仮訳:英語の原文は、右下の「詳しく見る」をクリックしてください)

 

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 相沢素子(あいざわ・もとこ) the Institute for Human Rights and Business代表。Former Sustainability Advisor to the World Bank Group.

 

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