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フクシマから6年、「小児甲状腺がん異常多発--検査見直しが急がれるこれだけの理由」(下)(川崎陽子)

2017-04-07 15:11:08

Cancer6キャプチャ

 

 東京電力福島原発事故後の小児甲状腺がん多発は、国際的にも大きな論議を呼んでいる。早くから「放射線被曝による異常多発」を警告してきた日本の医師たちは、放射能の危険性を訴えてきたIPPNW(核戦争防止国際医師会議・1985年ノーベル平和賞受賞)ドイツ支部が2014年3月と2016年2月に開いた国際会議に招かれた 。国連人権理事会や国際環境疫学学会は、日本政府に対して検査対象者の拡大や検査方法の改善を求めた。(川崎陽子)

 

 しかし、事故から6年経っても政府は動かない。

 

 多発は「スクリーニング効果」のせいなのか

 

 小児甲状腺がんの多発は「放射線の影響とは考えにくい」という専門家たちは、「スクリーニング効果」が原因だと主張してきた。高感度の検査機器で多人数を一斉に調査したため、自覚症状が出て診察を受けるまでに数年かかるはずのがんを、「前倒し」で見つけたというのだ。

 

 100万人に1人といわれる小児甲状腺がんが、福島県で約27万人中74名に発見されていた2014年2月、環境省と福島県立医大が国際会議を開いた。「検討委員会」の初代座長だった山下俊一議長は、会議の総括で「スクリーニング効果による」とし、放射線の影響を否定した。

 

 その後まもない2014年3月6 〜8日、ドイツのフランクフルト近郊で「低線量の被曝がもたらす健康被害」をテーマにIPPNWの国際会議が開かれた。IPPNWはチェルノブイリ被災地の医師たちと長年にわたって協力を続けてきた。会議の目的は、福島原発事故後に世界の医師たちが必要な情報を共有するためだった。

 

山本英彦医師(左)と高松勇医師
山本英彦医師(左)と高松勇医師

 

 日本から招かれた10名の医師やジャーナリストのうち、小児甲状腺がん多発については、山本英彦医師と高松勇医師が発表した。セシウムによる汚染濃度、爆発した原発からの距離、チェルノブイリとの比較の疫学データから、山下議長の説明を否定し、「いずれもスクリーニング効果では説明できない明らかな被曝による異常多発を示している」と述べた。

 

  会議では、他にも様々な問題が指摘された。「医療問題研究会」のメンバーとして低線量・内部被曝問題に取り組む高松医師は、がんの進行具合や治療・手術方法などのデータが明らかにされていないという問題に触れ、複数の参加者からも「検査体制に大きな問題がある」という指摘があった。

 

 ベラルーシの医療アカデミー内分泌研究所所長で、欧州甲状腺疾患協会所属のラリサ・ダニロヴァ氏は、「甲状腺の炎症(がんに限らず)はまちがいなく放射能によるもの。ばらばらなデータや不十分な統計のために放射線の影響を証明できなかったベラルーシの教訓を、日本で生かしてほしい」と訴えた。

 

ラリサ・ダニロヴァ医師
ラリサ・ダニロヴァ医師

 

 しかし、「疫学的に使える統計を系統立てて長期にわたりデータバンクに集め、データ分析を続けることが重要」というダニロヴァ医師からの助言は、今なお日本では生かされていない。

 

国際学会が認めた異常多発の学術論文

 

 環境疫学者の津田敏秀氏(岡山大学大学院教授)も、早くから小児甲状腺がんの異常多発を警告し続けてきた医師の1人だ。津田氏は、福島県のデータを解析してまとめた論文を、国際環境疫学学会誌電子版(2015年10月)に発表した。

 

 本記事の(上)で述べた「チェルノブイリでも翌年から多発」ということを津田氏も指摘し続けてきた。同氏は、自らの解析においては検討委員会が主張する「4年後」を潜伏期間として用いたという。

 

 事故前の割合に比べて20〜50倍の多発という津田氏の解析結果から、「スクリーニング効果」で発見される増加とは桁違いに多いこと、WHOが「福島で事故の15年後に甲状腺がんリスクが上昇すると」した予測を、すでに2014年末に大幅に上回っていることもわかった。

 

 福島の小児甲状腺がんの現状を知るためにIPPNWは、2016年2月にベルリンで開いた「チェルノブイリから30年目、福島から5年目」の国際会議に、津田氏を招いた。この会議でも、「甲状腺がん検査をしてもらえない人がいると聞くが、どうなっているのか」、「日本政府はなぜ白血病や他のがんの調査をしないのか」など、健康調査のあり方に関する質問が多かった。 参加者に感想を聞くと、福島県立医大以外では検査を受けられず、データは公開されず、医大が外部との議論を行わないなど、納得できないことばかりだったようだ。

 

津田敏秀教授
津田敏秀教授

 

 

国際環境疫学学会長から環境大臣への書簡

 

 日本の国外から津田氏の論文に注目したのは、IPPNWだけではない。 国際環境疫学学会会長のフランシン・レイデン氏は、2016年1月に環境大臣、環境省保健部長および福島県県民健康調査課長に宛てて、日本政府に健康調査の改善を求める書簡を送っている。

 

 予想をはるかに上回る小児甲状腺がんのリスク増加に対して懸念を表明し、住民の健康リスクを減らすための調査活動を学会として支援できるが、見解を聞かせてほしいという内容だ。しかし、学会関係者によると、これまでに環境省も福島県も返信していないという。

 

多発は「過剰診断」が原因という説明

 

 「スクリーニング効果」だけでは説明できないほど多くなった「小児甲状腺がん多発」の理由として、生涯進行しない、あるいはいずれ小さくなるがんも見つけた「過剰診断」という説がある。国立がん研究センターがん予防・検診研究センター長で、福島県の検討委員でもある津金昌一郎氏が、「放射線の影響ではなく、過剰診断による多発とみるのが合理的だ」と述べている(朝日新聞2015年11月19日付)。

 

 「子どもの甲状腺がんについてのデータはこれまでほとんどないが、大人の甲状腺がんや他の小児がんの観察から、小さくなるがんもある」という理由からだという。しかし、津金氏はチェルノブイリ原発事故被災地に数千人の子どもの甲状腺がんデータがあり、進行が早く転移が多いことには言及していなかった。

 

 「甲状腺がんは子どもにはほとんどなく、進行が遅く、転移しない」という、チェルノブイリ以前の常識は覆されたのだ。詳しくみてみよう。

 

「進行が早く転移が多い」共通点をなぜ議論しない?

 

 IPPNWドイツ支部副議長で小児科医のアレックス・ローゼン氏は、「早期転移を伴った悪性度の高い進行性がん、腫瘍の浸潤性増殖および急速な成長が高い確率で発生していることについて、福島の医大は何の説明もしない」と指摘した。

 

 この指摘内容はチェルノブイリと福島との共通点でもあり、ベルリンの国際会議でも問題視され、津田氏も一貫して言及してきたが、検討委員会では議論されてこなかった。

 

甲状腺がん手術を実施している福島県立医大教授の鈴木真一氏の報告内容と、重松逸造氏(当時、放射線影響研究所理事長)が、チェルノブイリ事故10年後の健康影響について書いた論文内容を比べると、共通点がわかる。

 

 鈴木氏の報告内容(福島、2015年3月31日時点):「96例中93例が乳頭がん、甲状腺外浸潤 39%、リンパ節転移74%、肺への遠隔転移2%」

 

 重松氏の論文内容(チェルノブイリ、「原子力工業」第42巻 第10号1996年):「甲状腺がんの多くは進行状態にあって、甲状腺周辺組織への浸潤やリンパ節転移、あるいは頻度は少ないが遠隔転移も認められる。」

 

 しかも、重松氏は「浸潤性が高い、転移が多い、肺への遠隔転移という所見は、甲状腺がんの増加が単に検診による発見機会の増加に基づくものではないことを示している」と、上記の共通する所見を「スクリーニング効果」を否定する根拠としていた。

 

 そして、「若年の小児ほどリスクが高く、発生増加が継続すると考えられるので、将来の甲状腺がん有病率増加に備えた適切な対策が必要となろう」とも述べていた。

 

 鈴木氏の報告からは、ほとんどが乳頭がんだったことがわかる。これは、ウクライナとベラルーシを比較したドイツ国立環境・保健研究センターの、「事故当時1〜18歳の甲状腺がんで約94%が乳頭がんという共通点がある」という報告内容とも共通する。(“Thyroid Exposure in Belorussian and Ukrainian Children after the Chernobyl Accident and Resulting Risk of Thyroid Cancer” 2005)

 

 甲状腺被曝専門の長瀧重信氏は、乳頭がんについて以下のように解説していた。 「乳頭がんは転移しないので有名だが、チェルノブイリの子供たちは10%、20%も肺に転移している。10歳以下の子供が乳頭がんになると、大人と全然違って転移が早い。」(「原子力文化」1996年7月号)

 

 さらに、ベルギーでチェルノブイリによる小児甲状腺がん多発問題に取り組んできた、ルーヴァン大学病院外科医のルーク・ミシェル教授の以下の論文は、被曝との関連を明示している。

 

 「30年にわたって、事故当時15歳未満だったベルギー人の甲状腺乳頭がんの発症率が高まっている。小児期における甲状腺の放射線被曝は、悪性甲状腺腫瘍に関連した最も明確な環境因子で、生涯リスクは持続し、最も多い病理組織型は乳頭がんである。」(ACTA CHIRURGICA BELGICA, 2016 http://dx.doi.org/10.1080/00015458.2016.1165528 “Post-Chernobyl incidence of papillary thyroid cancer among Belgian children less than 15 years of age in April 1986: a 30-year surgical experience ”)

 

 チェルノブイリでの転移については、実は、「スクリーニング効果による」とし、放射線の影響を否定した、「検討委員会」の初代座長である山下俊一氏らによる報告もある。

 

 「1991年に事故当時1歳以下の小児に頸部リンパ節が腫張した甲状腺がんを発見後、いかに早く小さな結節をみつけても周囲のリンパ節に既に転移していることが多かった。早期の適切な診断および外科治療や術後のアイソトープ治療の必要性を痛感した。」(「放射線科学」 第42巻第10号−12号1999年)

 

 ここに例を挙げたようなチェルノブイリ後の重要な情報を、山下氏が検討委員会座長であった初期に、委員全員で共有して議論のたたき台とするべきではなかったか。たとえ結節が小さくても転移が早い可能性がある以上、福島での検診も現状の2年間隔ではなく、ベラルーシのように半年に一度は行うべきだ。早急に変更してほしい。

 

検査を縮小しながら受診を呼びかける矛盾

 

 甲状腺がん検査は、福島県内の事故当時18歳以下に限られてきた。本来なら、進行が早く転移したがんの多発が確認されたら拡大されるべき検査が、今以上に縮小されつつある。

 

 福島県立医大の緑川早苗准教授(甲状腺検査を巡るコミュニケーション担当)は、「がんが見つかったら嫌だと思う人は、甲状腺検査を受けない意思も尊重されます」と、2015年から学校で子ども向けの「出前授業」を始めたという。

 

小児科医のアレックス・ローゼン氏
小児科医のアレックス・ローゼン氏

 

 これを知った前出のアレックス・ローゼン医師は、「両親や子どもたちが、医大の策略を見抜いて、検査に参加し続けるという希望がまだ残っている」という異例の声明を2016年の夏に出した。

 

 しかし、2016年4月から始まった三巡目の検査からは、県民に配られる案内書に「治療の必要ない変化も認めてご心配をおかけすることもあること」を知らせたうえで「同意しません」、「今後の検査のお知らせ不要」という選択欄が設けられた。

 

 その一方で、神谷研二放射線医学県民健康管理センター長が、甲状腺検査と健康診査を受診するよう呼び掛けて受診率の低下を止めようとする、矛盾した動きもある。

 

 そもそも、健康調査の主体はなぜ日本政府ではなく福島県なのか。 甲状腺がんを防ぐための安定ヨウ素剤の配布や服用を指示する立場でありながら指示を出さず、医師が処方しても回収するなど服用の妨害までした福島県に、調査を任せること自体がおかしくはないだろうか。

 

 「秘密会」を繰り返したり議事録を改竄したり、「検討委員会」の不透明な組織の実態が、毎日新聞記者の日野行介氏によって明らかにされたことも、付け加えておかねばならない。(「福島原発事故 県民健康管理調査の闇」)

 

国連人権理事会からの苦言

 

 2012年11月という早い時期に、福島県県民健康調査(当時は健康管理調査)の見直しを訴えたのは、国連人権理事会特別報告者のアナンド・グローバー氏だった。

 

 「チェルノブイリから限られた教訓しか活用しておらず、低線量放射線地域にもがんやその他の疾患の可能性があるという疫学研究の指摘を無視している」と、日本政府に対して、長期にわたる包括的な調査を推奨した。  とりわけ甲状腺検査については、診断書ももらえず医療記録の入手に煩雑な情報開示手続きが必要であるなど、懸念を表明していた。 しかし、グローバー報告書への日本政府の反論声明は、健康調査の内容が妥当であると強調するだけだった。

 

 政府が主体で健康調査の拡大徹底を

 

 チェルノブイリ原発事故被災地では、大人の甲状腺がんも増加し続けている。事故後に生まれた子どもたちの中からも発症しており、放射性ヨウ素だけでなくセシウム起因説も否定できない。他のがんや非がん疾患の長期多発をみても、日本の健康調査があまりにも不十分であることは、国外からの指摘にもあったとおりだ。

 

 除染が行われている放射能汚染地域は8県100市町村余りに及び、福島県以外でも進行の早い甲状腺がんの症例が複数確認されている。前編で述べたように、チェルノブイリ事故後に欧州の広範囲の国々で発症したことから、健康調査地域の拡大も不可欠だ。

 

 そのためには、健康調査の主体は、福島県ではなく日本政府であるべきだろう。

 

 対策が遅れて被害が拡大した四大公害病のような、公衆衛生上取り返しのつかない重大な事態を回避するためにも、放射能汚染地域の住民全員を対象にした、包括的な健康管理や保養を徹底する「チェルノブイリ法」のような体制作りを、日本政府が早急に進めることを願ってやまない。

 

川崎 陽子(かわさき ようこ): 欧州(ドイツ語圏)在住環境ジャーナリスト。 大分市出身。横浜国立大学卒、ドイツ・アーヘン工科大学で応用工学修士(環境学・労働安全)取得。ドイツ・EUの環境政策等の調査、通訳、翻訳のほか、サスティナビリティ、原子力問題等を中心に日本に向けての情報発信を続けている。