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ジョンソン英首相と、その温暖化対策の展望(藤井良広)

2019-07-29 17:19:05

Johson1キャプチャ

 

 EUからの離脱強行を宣言するボリス・ジョンソン英首相に、別の懸念が浮上している。温暖化対策への姿勢に一貫性がない点だ。かつてのロンドン市長時代は、温暖化対策に積極的とみられていたが、その後は温暖化懐疑論的な言動をとったことも指摘されている。メイ前政権が最後に打ち出した2050年のCO2ネットゼロ(カーボンニュートラル)目標を堅持するかどうか。

 

 新聞記者時代に欧州懐疑派で知られたジョンソン氏。ブレグジットを実現する首相としては、言行一致ということになる。環境NGOらが懸念するのが、同氏のもう一つの「懐疑」の矛先として、温暖化問題が対象になる可能性だ。

 

 政治NPOの「OpenDemocracy」の公表によると、首相選挙に際して、懐疑派グループから2万5000ポンド(約337万5000円)の寄付を受けていた。対立候補のジェレミー・ハント氏も同じ団体から寄付を受けており、温暖化懐疑派による首相候補への接近が顕著にあったことが明るみに出た。https://www.opendemocracy.net/en/dark-money-investigations/revealed-climate-change-denier-makes-big-donation-boris-johnson-and-jeremy-hunt/

 

容貌も、どことなくトランプ氏に似ているようだが・・
容貌も、どことなくトランプ氏に似ているようだが・・

 

 ただ、ジョンソン氏は、2008年から16年までのロンドン市場時代は、ロンドンの温暖化対策や緑化対策など、環境政策には積極的な姿勢を発揮した。自転車好きで、エコロジストとの見方もアピールした。

 

 一方で、この間、2015年12月の新聞のコラムで暖冬現象と温暖化問題の関係に触れ、「グローバルリーダーたちは、あまり根拠なく、暖冬が人為的に引き起こされたかの初歩的恐れ(primitive fear)に駆り立てられている」と書いている。15年12月はパリ協定で合意した時だった。その2年前には、「ミニ氷河期が来たみたいだ」と、温暖化論に疑念を向けていた。

 

 その後、第一次メイ政権で外相を務めた際、トランプ政権のパリ協定からの離脱宣言に対しては、痛烈に批判。また今年4月には、温暖化対策の早急な実施を求めてロンドンを占拠したExtinction Rebellionの過激な市民活動に対して、「CO2問題化を含む、すべての人類による汚染への正しい警告だ」と評価するなどの言動を展開している。

 

意気投合か?
意気投合か?

 

 ジョンソン氏らしいのは、Extinction Rebellionを持ち上げる一方で、「英国は決して、そうした汚染の『主犯』ではない。Extinction Rebellionの連中には、(CO2を世界で最も排出している)中国に矛先を向けるよう言いたい」と揶揄する発言を加えている。実際は産業革命以来の英国による累積CO2排出量は世界最大、との指摘もある。

 

 ジョンソン氏の特徴は、こうした矛盾する発言を、いかにも自信たっぷりに述べたり、書いたりする「毀誉褒貶ぶり」にあるといえる。世間の潮流に幾分、反抗的で、独自の視点を強調しつつ、迎合もし、打算的に動く、というわけだ。なぜか、英国人にはこうした「いたずら坊主」のようなジョンソン氏は人気があるようだ。一般的な英国人自身の実像を映しているとの見方もできる。

 

   ではトランプ政権のように、前任者の温暖化対策の大半を否定し、独自の展開をするかどうか。その見極めには、英国と米国のエネルギー事情の違い、金融界との距離感の差を踏まえる必要がある。

 

お茶目でもある
お茶目でもある

 

 英国はエネルギー大国の米国とは違い、自国のエネルギー源は限られている。シェール石油・ガスの埋蔵はあるが、田園生活を楽しむ市民のフラッキングへの反発が強く、開発は進行していない。かつての北海油田も枯渇気味。原発政策は推進の立場だが、コスト増で現在、3ヶ所で進むプロジェクトのいずれも発電コストが最大の課題となっている。

 

 再エネ産業は周辺の北海等での大規模洋上風力発電事業がいくつも展開されている。その結果として英国の製造業も恩恵を受けていることを考えると、エネルギー政策では再エネ重視を政策の基本に据えざるを得ない。この点が石炭火力を否定しきれない日本政府とも微妙に異なる。

 

 ジョンソン氏は初の議会演説で「英国を統合、再活性化し、世界一の国にする」、「英国は2050 年までに欧州最大の経済大国になる」と明言した。ブレグジットはそのための一ステップに過ぎないというわけだ。トランプ政権が、エネルギー産業の利害と、伝統的な白人層の支持を背景に強引な政策推進を続けていることになぞらえると、ジョンソン氏が政権の基盤に据えるのはシティの金融界であり、伝統重視の普通の英国人でなければ持続しない。

 

目立ちたがり屋であるのは間違いない
目立ちたがり屋であるのは間違いない

 

 そう考えると、「迎合型」でもあるジョンソン氏が、温暖化対策でこれまでの路線を大きく変えるとは考えにくい。ただ、対峙するEUの内部の東欧諸国やEUの盟主ドイツのような化石燃料依存度の高い諸国の足下を見据えて、EUの石炭火力等の化石燃料エネルギー転換に棹差し、戦略を弄する可能性はある。

 

 ベストシナリオは、EUと英国が、温暖化対策のリーダー役でしのぎを削り、日米を含む他国を牽引する役割を果たしてくれれば、ブレグジットの意味もあったとの解釈もできそうだが。どうかーー。

 

 藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、上智大学地球環境学研究科客員教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。ISO14030、14097両ワーキンググループ専門委員。神戸市出身。