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書評:「SDGsの先へ:ステークホルダー資本主義」(足達英一郎、集英社インターナショナル新書)

2021-12-01 23:58:54

adachiキャプチャ

 

 本書は現在の資本主義が生み出してしまった気候変動問題をはじめ、国連持続可能性開発目標(SDGs)が是正を目指す地球規模での格差、矛盾、対立等の解消に向けて、改めて資本主義のあり方を、問いかける書である。

 

  著者はわが国でESG分野をもっと早く取り組んできたアナリストの一人である。本書では、ESGを解きほぐすことにとどまらず、その在り方が求められる根源にある資本主義そのものを論じている。株主の利益至上主義の「欲望の資本主義」への疑念から、企業を取り巻く多様な利害関係者に対応する「ステークホルダー資本主義」を対峙させている。

 

 ステークホルダー資本主義は企業のCSR論において、これまでも指摘されてきた。著者によると、経済活動を社会活動の軸に据え、経済の発展によって社会全体が反映していくとする考えは、伝統的な「経済は全てを癒す」型の資本主義であり、コロナ禍、気候問題、格差の拡大等を引き起こし、その限界を露呈しているとみる。

 

 一方で、格差是正等のために企業の内部留保の社会的再配分等を目指す動きを、著者は「ステークホルダー資本主義1.0」と位置付ける。岸田首相が口にする「新しい資本主義」に通じるもののようだ。CSR論での「ステークホルダー資本主義論」では、経営者が株主(シェアホルダー)だけでなく、コミュニティ、環境、国際社会、従業員等の企業を取り巻く多様なステークホルダーへのインパクトを勘案して経営を担うものと位置付ける。

 

 これに対して、著者が提示する「2.0」は、「『経済は全てを癒す』というこれまでの常識を相対化し、『地球環境』や『未来世代』を重視・配慮する意思決定や資源配分に修正することを、この枠組みのなかで挑もうとする」こと、と位置付ける。それは企業経営者による自社に関連する各ステークホルダーへの配慮を超えて、「地球環境」「未来世代」といったグローバルで時間軸を超えたステークホルダーへ対応するものである。ひとつの企業のあり方よりも「経済のかたち」「世の中のかたち」を問うものである。

 

 気候問題も、生態系・自然資本問題も、格差・貧困問題も、あるいは人権・搾取・紛争等も、企業のCSR活動や、投資家のESG投資だけでは根本的な解決には届かない。壮大なテーマを俎上に乗せた著者は、ミヒャエル・エンデの地域通貨や、シルビオ・ゲゼルの時間とともに「老いる通貨」の事例等から、雇用保険や積立方式の年金等による時間軸を超えたマクロ的な富の配分に一つのヒントを得て、「2.0」の展開に、金融が果たす役割への期待を示している。その視点は「サステナブルファイナンス」に通じる。

 

 長年にわたってESGアナリストとして、企業単位でのESG課題への取り組み、サステナビリティ活動への実務的な対応を提案する経験の積み上げの中から、「その次」への模索を続ける中で、より大きな枠組みの転換の必要性と必然性に辿り着いたということのようだ。著者は「2.0」の扉にたどり着いた。だが、その扉を開いて、新しい「経済のかたち」を構築する作業は、グローバルな合意形成の中で進めなければならず、現時点では、いくつかの試みはあるものの、いずれも扉の手前で、混とんとした議論を繰り返しているのが実態だ。

 

 扉の先に足を踏み入れ、共通課題の解決に向けて、われわれは「かけがえのない地球」のステークホルダーの一員としての責務を果たせるだろうか。読者はその問いかけを託されたことになる。

                                 (藤井良広)

 

著者紹介:

足達英一郎(あだち・えいいちろう)

一橋大学経済学部卒、90年日本総合研究所入社、ISO26000作業部会エキスパート等を経て、日本総合研究所常務理事・未来社会価値研究所長。共著書に「投資家と企業のためのESG読本」(日経BP社)等。

 

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