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第8回サステナブルファイナンス大賞インタビュー①最優秀賞(大賞): 富士フイルムホールディングス、本業の医薬品開発・製造が資金使途先のソーシャルボンド1200億円の発行(RIEF)

2023-02-09 18:04:25

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写真は、㊨から富士フイルムホールディングの経理部統括マネージャーの福島浩一氏、執行役員経理部長の吉沢勝氏、RIEF代表の藤井良広、同佐藤泉弁護士、富士フイルムのバイオCDMO事業部次長の加瀬晃氏)

 

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 第8回(2022年)サステナブルファイナンス大賞の最優秀賞(大賞)には、2022年4月に国内最大規模の1200億円のソーシャルボンドを発行した富士フイルムホールディングスが選出されました。同ボンドの資金使途は、バイオ医療品の普及により、社会課題の一つ「アンメットメディカルニーズ(いまだ有効な治療法がない疾患への医療需要)」等に対応する事業に充当するという点で、ソーシャルボンドの意義を踏まえた発行と評価されました。同社の経理部統括マネージャーの福島浩一氏とESG推進部SVP戦略グループマネジャーの小島麻理氏に話を伺いました。

 

――日本国内でもソーシャルボンドの発行量は増えていますが、インフラ関係の公的企業の発行とは別に、民間企業の本業自体の社会的な意義を踏まえた発行はあまり多くはありません。そんな中で、富士フイルムホールディングスのソーシャルボンドの資金使途は、現代社会が抱える医療・健康面での課題を意識した先進的な取り組みとして評価されました。最初に、同ボンドの発行の決断をされた背景を教えてください。

 

 福島氏  :  わが社は2030年に向けて定めたCSR計画において、自社の革新的な技術・製品・サービスなどの事業活動を通じた社会課題解決に向けた貢献を「重要な経営課題」と位置付けています。今回のソーシャルボンド発行の資金使途は、バイオ医薬品を開発・製造受託するバイオCDMO事業の取り組みを通じて、社会課題であるアンメットメディカルニーズに対応することを目指しています。まさに、2030年の経営課題に根差した、事業を通じた社会課題への取り組みだと考えています。

 

  バイオ医薬品は従来の低分子医薬品に比べて副作用が少なく、がんや難病、新たな感染症などのアンメットメディカルニーズへの高い治療効果が期待できることから新薬の開発などが活発に行われています。一方で、世界的な需要拡大に伴い、高度な生産技術と先進設備を備えた生産体制の構築が強く求められています。当社は自社の生産体制をさらに増強することで、この課題に挑んでいきます。

 

福島氏
福島浩一氏

 

 当社では、現行の中期経営計画の重点施策を着実に実行していくことが、2030年度に向けてCSR計画で掲げた目標の達成につながると考えています。会社として社会課題解決に貢献していくという考えは、中期経営計画などで示している事業成長戦略の根幹であり、それらがリンクしていることを世の中に伝えていきたいと考えています。今回のソーシャルボンドは、財務活動を通じて、当社の考えを資本市場や機関投資家にお伝えするいい機会だと考え、発行に至りました。

 

 当社のバイオCDMO事業は世界の「メガファーマ」と呼ばれる主要な製薬会社と多くの取引があります。これまで写真フィルムなどで培い進化させてきた生産技術を応用し、これらの企業から要請のある、バイオ医薬品の生産プロセスの開発受託や、少量から大量生産、原薬から製剤・包装までを、ワンストップで製造受託を行えることが当社の強みです。

 

――これまでも普通社債等でも資金調達を行っていると思いますが、それとの違いはどうでしたか。

 

 福島氏 :今回、調達した資金は、バイオCDMO事業の中核会社であるFUJIFILM Diosynth Biotechnologiesが欧米で展開する各拠点の建設資金等に充当します。当社もこれまで、通常の普通社債は国内で発行してきましたが、ESG債の発行は今回が初めてです。そのため財務部門だけではなく、ESG部門、IR・広報部門を巻き込んで準備を進めました。その過程で、会社全体として、社債発行におけるESG視点での考え方や、知識・ノウハウについてレベルアップを図れたと思います。ソーシャルボンドのストラクチャリングエージェントを務めていただいた大和証券にも支援してもらいました。結果的に、大きな障害もなく、起債することができました。

 

 ――投資家の反応はどうでしたか。

 

 福島氏  : 従来の普通社債発行時も、投資家の拡大や多様化が課題と考えていました。今回のソーシャルボンド発行によって、特に地方の投資家が増加しました。また、今回は円建て発行でしたが、海外の機関投資家からのお問合せもありました。今回の資金使途であるバイオCDMO事業は米国と欧州が中心なので、今後は外貨建ての発行も検討していきます。

 

 小島氏:近年、機関投資家もESG視点での投資や、その活動を開示する機会を求めているようで、投資家との面談でも、どうせ投資するならESG債を選びたいという趣旨の発言もありました。

 

小島氏
小島麻里氏

 

――富士フイルムホールディングスのESG、サステナブルファイナンスについての基本的な取り組みを教えてください。

 

 小島氏 :当社の2030年を目指したCSR計画(Sustainable Value Plan 2030) では、健康、環境、生活、働き方の4分野を重点分野/領域とし、サプライチェーンとガバナンスはそれを下支えする事業基盤として位置付けています。当社は自社の製品・サービスを通じて、持続可能な社会の実現に貢献することを目指しており、事業を通じた社会課題解決への貢献と、事業プロセスにおける環境・社会への配慮(負荷の低減)を進めています。

 

 環境分野については、近年、特に社会からの要請が高まってきています。このうち、CO2排出量については、2040年度までにScope1、2の排出量を実質的にゼロにする目標を掲げています。

 

 ――現在、基準作りを進めている国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の気候情報開示案では、サプライチェーンを含めたScope3の開示も共通化する方向です。Scope3開示の対応はどうなっていますか?

 

 小島氏  : 当社は製造業として、「環境負荷の少ない生産活動」と「優れた環境性能を持つ製品・サービスの創出・普及」の二軸で気候変動への対応を進めており、Scope1、2はもちろん、Scope3の実績についてもサステナビリティ・レポートで開示しています。当社のScope3で大きなウェイトを占めているのが「カテゴリー1(購入した製品・サービス)」です。当社の事業は「ヘルスケア」「マテリアルズ」「ビジネスイノベーション」「イメージング」の4つの領域と、幅広い事業にわたっており、それぞれの事業が抱えるサプライチェーンの特性も異なります。そのため、比較的CO2排出量が多い大手の取引先を中心に、お互いに議論をしながら削減に向け取り組みを進めています。

 

 EUでも企業サステナビリティ報告指令(CSRD)で気候変動への取り組みを含めて情報開示を求める方向にあり、当社の欧州拠点等でも、こうした法令等に基づく情報開示を求められていきます。有価証券報告書へのESG情報開示強化など、現在、国内外で様々な開示要求・基準があり、いずれも開示要請は高まる傾向にあるため、取引先との協力関係を築きながら、適切な情報開示に取り組んでいます。

 

――ソーシャルボンドに続いて、グリーンボンドを発行するお考えはありますか。

 

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 福島氏  : グリーンボンドを発行する場合の資金使途先の資産を積み上げるのは簡単ではありません。ただ、今回のソーシャルボンド発行で、フレームワークを作ったり、認証を取得したりと、通常の社債発行よりも追加的な準備作業を経験し、さらにわが社のCSR計画と、事業の成長戦略、そして資金調達を通じて社会に貢献するという活動を有機的に連携させる仕組みを構築して、当社のESGの取り組みを資本市場に訴求できたことは、今後、グリーンボンドを発行する場合のモデルになると思っています。

 

 小島氏  : 当社は製造業として、まずは自社が排出するCO2の削減を優先すべきと考えており、2022年度から設備投資などを対象に、インターナル・カーボン・プライシング(ICP)制度を導入しました。従来、起案部門が投資提案をする際は「何年で回収できるか」という視点に影響を受けがちでした。しかしICPを導入したことにより、低炭素化に資する投資への優先度が高まり、低炭素化技術や施策についての検討範囲が広がりました。また経営層も、新規案件での低炭素化の程度を確認した上で最終判断をするようになりました。こうした流れの中で、今後、より大型の設備投資に向け、資金調達が必要になった場合にはグリーンボンドを発行する可能性はあると思います。

 

――今回のソーシャルボンドでの資金調達の実践で、経営面でも環境・社会面での取り組みが、ステップアップされた感じも見受けられます。

 

  小島氏  :  ソーシャルボンドのフレームワークに沿って、投資家やステークホルダーに向けてレポーティングをしていく必要があります。その中で、資金調達によってどういう効果があったということを、今後毎年、開示し、伝えなければなりません。これまで民間でソーシャルボンドを発行した企業の例があまりないようですが、実践された企業からお聞きすると、レポーティングが大変ということでした。しかし、そうした作業を経て、事業成果を外部に伝えるということは、重要なことだと思っています。

 

――ソーシャルボンドですから、サプライチェーンでの人権問題や、社内での人的資本の扱い、一人一人の従業員の働きがい等の視点も大事になってきますね。

 

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 小島氏  :  ソーシャルボンドを発行する企業として、サステナビリティの活動に積極的に取り組むことは重要なことだと思います。その点、当社はこれまでもサステナビリティ・レポートや統合報告書で開示してきた取り組みについて、ESG評価機関からも高い評価をいただいています。

 

 サプライチェーンについては、お取引先との協力関係を結びながら取り組みに努めていますが、投資家等の「目」が当社に向けられているということを、従業員も感じるようになってきています。今回の受賞を通じて、資金調達という事業活動の本流において、当社がサステナビリティに取り組む姿を社内外に示せたと思います。これを機に、さらに社内外の方々とともに、サステナブル社会の実現を目指していきたいと思います。

                           (聞き手は、藤井良広)

 

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「サステナブルファイナンス大賞」の授賞企業・団体のインタビューシリーズは、以後、随時掲載します。