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放射能―日本に巣食う目に見えない「敵」(上)(下)(AFP)

2012-06-06 00:38:54

グリンピースが実施するスーパーなどの店頭食品の定期的放射能調査
グリンピースが実施するスーパーなどの店頭食品の定期的放射能調査


【6月4日 AFP】2011年3月11日より前、日本の各家庭にとって安全な食材を調達する手段は比較的単純だった。中国産はできるだけ避け、国産品を選ぶ。それが、食卓の安全を確保する上で日本の主婦たちが採るべき最善策だった。    ところが、東日本大震災に伴う東京電力(TEPCO)福島第1原子力発電所の事故で、国産食品の安全神話は砕かれた。主食の米をめぐってさえ、震災以前には想像もしなかったほど国産米への信頼は失われている。

日本が安全性を誇ってきた農産物の多くが、一夜にして放射能汚染の懸念を抱かせる食品へと一転してしまったのだ。

■放射能汚染はなぜ恐れられるのか

放射線は恐ろしい。旧ソビエト連邦のチェルノブイリ(Chernobyl)原発事故から四半世紀あまり、広島と長崎への原爆投下からは65年以上が過ぎたが、多くの被ばく者が現在も健康被害に苦しんでいる。

放射能汚染への恐怖は、根拠がなくても大きなパニックを引き起こす。福島の原発事故後、遠く離れた北米や欧州の薬局からも抗放射線薬が消えた。専門家らが人体への危険はないと呼びかけたにも関わらずだ。

一方で、がんやエイズ、自動車事故でも毎年、数百万人もの命が失われているのに、放射能ほど恐怖を呼び起こしてはいない。依然として人々は喫煙し、危険な性行為を続け、日々、車のハンドルを握っている。

なぜ、放射能だけが恐れられるのだろうか。想像の産物であれ現実であれ、恐怖に直面した時、何がわれわれの反応を決定付けるのだろうか。

その答えは複雑で、矛盾も含んでいる。

■「見えない」ものへの「原始的な恐怖」

健康診断でX線検査を受けるとき、被ばくするからといって二の足を踏む人はまずいない。だが、「核(原子力)」と「事故」という2つの単語が組み合わさった途端、人々の念頭には放射性物質が皮膚をつき抜け、食品や空気とともに体内に入り込み、細胞を破壊するというイメージが浮かび、恐怖に震え上がる。

「何であれ体内に浸透するものは私たちを不安にさせ、原始的な恐れを呼び覚ます」と、仏パリ第5大学(Universite Paris Descartes)の神経学者Herve Chneiweiss氏は指摘する。その「犯人」が目に見えず、臭いも味もない知覚不可能な物質ともなれば、不安が膨らむのも無理はない。

福島第1原発の事故では大気や土壌、海に放射性セシウムが放出された。セシウム137の半減期は約30年。それが周辺地域の農作物や魚介類、動物たちに直接降り注ぎ、食物連鎖の中に入り込んだ。

対策として国は農畜産物の放射線レベルのチェックを始めたほか、福島第1原発周囲の農地や漁場で検疫や除染作業を進めている。しかし国内各地の放射線レベル検査では、放射性物質が福島周辺だけでなく、風や海流に乗ってはるか遠くまで拡散したことが明らかになっている。

さらに、被ばくに関する政府の安全情報が一環していないことも、混乱や懸念を助長している。

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2881985/9028785

 

(【6月5日 AFP】ぬぐえぬ放射能汚染の恐怖。日本の消費者の中には、不安を自らの手で取り除こうとする人も現れた。

■「自分で確認」が何より安全

千葉県柏市の企業ベクレルセンター(Becquerel Center)が運営する放射線測定器レンタル施設「ベクミル(Bekumiru)」では、数千円の利用料で、消費者がスーパーマーケットで購入した食品などを持ち込んで放射線レベルを自ら測定できる。「ベクミル」の名は放射線量を測る単位「ベクレル」と「見る」をかけたものだ。

柏市では、数度にわたって高い放射線量が観測されたことから放射能に対する市民の関心は高く、ベクレルセンターでも問い合わせの電話が途切れることがないという。

担当者によると、ベクミルの利用者が持ち込むのは野菜や米、飲料水など多岐に及ぶ。自分で線量を確かめることが最も安心できる手段なのだ。測定に要する時間は約20分。測定器の脇に置かれた説明書には、法的に安全とされるベクレル値が食品ごとに示されている。

幼稚園の庭で野菜を栽培しているという男性は、子どもに食べさせても大丈夫だと親たちを安心させるためベクミルを利用していると話した。専門家に測定を依頼するのは費用が高すぎ、ベクミルがなければどうしてよいか分からないという。

米農家の60代の女性は、育てた米の販売許可は得ているが、間違いなく安全だと自分自身で確認したくてベクミルを利用していると語った

■広がる政府への不信感、独自基準も

大手スーパーチェーンのイオン(Aeon)は、店頭に並ぶ全商品の放射性物質を「ゼロ」とすべく、独自に検査体制を強化した。政府が定めた基準では消費者の信頼を得られないと考えたからだ。

イオンの厳しい独自基準に当初、生産者側は反発したが、結局は厳しい検査のみが疑心暗鬼にかられた消費者を納得させる唯一の方法であることに気付いた。    消費者が疑念を抱くのはもっともだ。

原発事故後、政府は安全とする放射線レベルの上限を国際基準に沿った1キロ当たり500ベクレルに引き上げた。しかし、これはそれまでなら上限を超えたとして処分されたはずの食品が店頭に並ぶことを意味した。消費者はこの矛盾を見逃さなかった。政府は再び、ほとんどの食品の放射線レベルの上限を事故前の1キロ当たり100ベクレルに戻した。

一連の措置を受け、国民の間には「政府は消費者よりも生産者を気にかけている」との認識が広まった。

最近になって、福島から比較的離れた地域で原発事故後よりも高い値の放射線が計測されていることも、こうした疑念を深めている。

放射性物資は雨や風で遠隔地に運ばれると、東京大学(Tokyo University)先端科学技術研究センターの児玉龍彦(Tatsuhiko Kodama)教授は説明する。政府は汚染地域として広域を立入禁止に指定しているが、局地的に高い線量が計測される「ホットスポット」の特定は難しく、対策として個人が比較的安価なガイガーカウンターを購入しているのが現状だ。

■「まるで伝染病のよう」

こうした根拠のある不安のほかにも、放射能はより原始的な心配も呼び起こすと科学者らは指摘する。

進化心理学者らによれば、人類は進化の過程でその時どきの環境に適応できるような行動を選択してきたが、放射能への恐れは、はるか昔の人類が伝染病に接した時と似ているという。致死的な伝染病ウイルスも、当時は目に見えないものだった。

米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(University of California Santa Barbara)のジョン・トビー(John Tooby)氏は、指摘する。「人々は、放射能汚染をまるで伝染病のようにとらえている。感情的に、放射線量よりも被ばくばかりを気にしている。私たち人間は毎日、自然界の放射線にさらされて暮らしているのに、少しでも線量が上がると生死に関わる出来事のように大騒ぎする」

特に日本の場合は、広島と長崎への原爆投下という歴史的経験が、放射能の威力やその予測不能な影響に対する脅威を増幅させ、国民の間に過剰反応を引き起こしているといえよう。

http://www.afpbb.com/category/disaster-accidents-crime