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「原発事故、回避できた可能性」。国境を越えた16人の原子力専門家たちによる声明.(日本原子力産業協会訳)

2011-04-20 11:46:03

今回の福島第一原子力発電所の事故に対して、かつてスリーマイル島(TMI)発電所2号機や、チェルノブ
イリ発電所4号機の事故を経験した担当者や各国の原子力安全や規制に責任ある立場にある、あるいはあった専門家16人が、声明を発表した。


日本語版 http://www.jaif.or.jp/ja/news/2011/statement_16experts_worldwide.pdf

英語版 http://www.jaif.or.jp/english/news/2011/statement_16experts_worldwide_en.pdf

その題名は「二度と繰り返さないために:原子力安全のための必要な目標」。彼らは、培われた幅広い経
験とそれを通じて得た知見を元に、公表が限られた福島での事象のデータから、考え得る限りの提案をまと
め、国際原子力機関(IAEA)天野之弥事務局長にも提出した。
この16人のメンバーの多くがIAEA 事務局長に安全問題について助言を行う国際原子力安全諮問グルー
プ(INSAG)の現在あるいは過去の委員を務めている方々である。(名簿参照)
声明は、冒頭部分で過去の2回の大きな原子力事故を振り返り、その教訓から現在の原子力安全に関わる
枠組みができたことを述べた上で、今回の福島に関連して、要員訓練、苛酷事故の防止策、安全要件の見直し、原子力安全に関する意思決定、国際原子力安全体制の強化方策の導入などについて提案している。
原子力産業協会では、この声明が日本の福島第一原子力発電所の事故に対して深く懸念を表し、二度と同
じことが起こらないようにという願いが込められていることを真摯に受け止めるとともに、リストに連ねら
れた人々が、当協会の活動に関わってこられた方が多いことに鑑み、翻訳をして紹介する。(日本原子力産業協会http://www.jaif.or.jp/

声明
「二度と繰り返さないために:原子力安全のための必要なゴール」
リストに名を連ねるのは、各国の原子力安全専門家であり、長年にわたって原子力発電所の研究開発、設
計、建設、運転、管理および安全規制に携わってきた。このたびの地震と津波が日本の福島第一原子力発電所にもたらした結果に鑑み、われわれはここに、原子力安全の将来について深い懸念を表明するものである。
われわれは、原子力のみが社会に受け入れられ、住民の健康と安全に対して、また環境に対して脅威となる
ことを回避し得る、と確信している。今回の悲惨な事象の総合的な分析は、発生した諸事象に関する完全な
データを入手できないために現時点では不可能であるが、われわれは、民生原子力発電所での過酷事故について見解を表明し、福島でこれまでに得られた経験に照らして、過酷事故の回避に向けた追加措置を提案したいと考えている。最初に、過去の過酷事故を受けて実施された安全面の改善について振り返る。
スリーマイル島(TMI)原子力発電所2 号機の事故(米国、1979 年)は、発電所運転員や周辺住民に損害
をもたらさなかった。発電所の敷地外では、重大な放射能汚染は見られなかった。しかし、この事故は、民
間投資家の関心を低下させ、新規原子力発電所への投資の落ち込みを招いた。事故調査から、このタイプの原子力発電所の設計には堅牢な安全原則が取り入れられていることが確認された。同時に、この事故調査から、計装制御の設計、運転手順とそれを支える分析の現実性、要員の訓練、および運転経験のフィードバックなど、そうした安全原則の実施には重大な弱点があることが明らかになった。この事故から学んだ教訓により、ヒューマンファクター(人間と原子力発電所の関わり方)、設計固有の確率論的安全性評価、緊急時対応、および安全系に関して、改善が可能になった。また、この事故を受けて原子力産業界は、電力または機械設備の利用可能性に依存しない受動的安全機能を含む新しい原子力発電所の設計を推進することにもなった。
チェルノブイリ原子力発電所4 号機の事故(旧ソ連、1986 年)は、史上最悪の大事故であった。同発電所
の他の原子炉に事故が拡大する事態こそ阻止されたものの、発電所要員と消防士を合わせて31 人の命が犠牲になった。欧州の広い地域で広範な放射能汚染が観測された。十数万人の人びとが、同発電所付近の自宅からの移住を余儀なくされた。この事故により一部の地域では、甲状腺がんが増加し、それ以外にも人びとの健康に悪影響が及んだ。また多くの人びとに計り知れない心理的影響を与えた。

この事故は政治的にも大きな反響を引き起こした。チェルノブイリ発電所の原子炉の設計は、TMI や福島の軽水炉とは大きく異なっていた。チェルノブイリ事故の調査から、設計上の重大な欠陥(炉心の不安定性、制御棒の不適切な設計、閉じ込め機能の不十分な特性)に加えて、旧ソ連の安全文化における欠陥も浮き彫りになった。国際的な指針との調和を図り、改善された国内安全基準に準拠することで、旧ソ連の原子力発電所では大規模な近代化が達成された。さらに、IAEA(国際原子力機関)の国際原子力安全諮問グループ(INSAG)が、事故に関する報告書を発表するとともに、世界中の原子力発電所の安全性を高めるために「一般安全原則および安全文化に関する指針」を策定した。原子力産業界は、原子力発電所の運転経験の継続的なレビューとフィードバックを目的として、世界原子力発電事業者協会(WANO)を設立した。

これらの事故から教訓を学んだことで、安全規制と原子力発電所の設計手法が改善され、原子力安全条約
(NSC)および他の国際協定に基づく国際原子力安全体制が確立された。現在では安全文化の基本的原則が日常業務に組み込まれている。

原子力安全を確保するための根本的な要件と基準を改善し、これらを次世代原子力発電所の設計基盤に取
り入れるための国際協力も強化された。NSC では、既存の原子力発電所の安全を見直し、合理的な範囲での実際的な改善を明らかにし、実施することも要求している。
原子力に関する教育と訓練の重要性が認識された結果、世界原子力大学(WNU)が設立され、世界各地で地域の原子力教育ネットワークも構築された。原子力過酷事故は、すでに歴史の彼方に去ったとみなされていた。それにもかかわらず、再び過酷事故が起こってしまった。なぜか。

満足のいく答えを導くためには、より多くのデータに基づく詳細な分析が必要になるが、一定の予備的な
観察は現時点でも意味があろう。2011 年3 月11 日に発生した東北太平洋沖地震では、一方において、原子力発電所が他の多くの人工建造物に比べて、破滅的な自然事象にもある程度耐え得ることが示された。他方で、福島第一原子力発電所の立地と設計では、確率の低い事象があり得ない形で同時発生すること(史上稀に見る地震に史上稀に見る津波が加わったことによる全電源喪失)に対する考慮が十分でなかったと思われる。

実際に、上述の過酷事故はすべて、発電所の設計時点では予見されなかった起因事象が複雑に重なって発
生したものである。さらに、これらの事故で緊急時要員は、事前に訓練を受け態勢が整った状況の範囲を超
えた対応を余儀なくされた。しかも事故後の検証から、事前のより詳細な分析によって必要性を特定できる、
比較的コストのかからない改善を実施していれば、これらの事故は完全に回避できた可能性があることが判
明している。
以上の観察から導き出される結論は、過酷事故を防止するために、そして万が一そのような事故が発生し
ても被害を最小限に食い止めるためにできる方策はまだあるということである。人間の本質的傾向として現
状に安住しがちであることは誰もが知っており、まさにそれが原子力安全体制を蝕むおそれがある。すなわ
ち、継続的に安全を追求しなければ、われわれは安全を失う可能性がある。

国家および国際レベルでの安全評価やピアレビュー・ミッションでは、設計、運転または基準そのものなど対象を問わず、欠陥を発見して是正することよりも、安全性が満足でき、国内外の基準に準拠していることの実証に重点を置きつつあるという兆候が折に触れて見られる。それ故、われわれは、常に問いかける姿勢を強め、これを言葉だけでなく行動でも示して、原子力発電所の安全性を絶えず確実に改善していく必要がある。

したがって、原子力の管理と規制のあらゆるレベルでの安全文化の監査と改善、詳細に関する十分な配慮、
安全上の欠陥を特定・分析・是正する効果的なプログラムの実施、および原子力に関する知識の効果的管理を継続する必要がある。

原子力に関する要員訓練の質には、特別な注意を払うべきである。この目標を達成するために、原子力発
電プラントを供給する国は、被供給国の原子力技術専門家を訓練する拠点を設立する必要がある。原子力発電に関与する最高幹部は、不測の状況に対処するための困難で重大な意思決定を適時に行うために、「目標」と「方法」だけでなく、「理由」も認識していなければならない。また、規制機関は、専門家の任務と検査の有効性を改善し、そうした検査の結果がオープンかつ誠実に公表されることを保証する必要がある。定期検査は重要である。しかし、さらに重要なのは、発生確率が低い事故や状況の初期兆候を認識する能力である。
過酷事故を防止するためのさらなる方策に加えて、過酷事故が万が一発生しても被害を最小限に食い止め
るために、さらに多くの対策を施さなければならない。原子力発電所の個々の設計について過酷事故に対す
る脆弱性の詳細な安全評価を取りまとめ、運転中のすべての原子炉を対象に過酷事故管理規定を作成することが重要である。事故管理措置は、燃料溶融が始まる前に炉心除熱機能を復旧させるためのしっかりした技術力、予備設備および手順によって支える必要がある。発電所の運転員は、柔軟な過酷事故管理が可能になるよう十分に訓練しなければならない。
従前の安全基準に従って建設された原子力発電所の一般的な安全要件に対しては、そうした発電所の多く
が想定運転期間の相当部分を残していることに鑑み、改めて注意を喚起する必要がある。この点では、国際
的にさらに統一を図った手法を求めるべきである。福島では津波により冗長安全系(電力)の共通モード故
障が発生したことを踏まえ、関係当局は運転中の原子力発電所について、この故障および他の共通モード故
障に対する脆弱性が現在の技術でどこまで明らかになるかを検討すべきである。

将来の原子力発電所の安全要件は、所内および所外電源が完全に失われた後も十分な時間にわたって予備冷却系が動作可能になることを保証する水準まで高度化しなければならない。こうした将来の原子力発電所は、失われた電力を瞬時に復旧し、または補償できなければならない。新規原子力発電所には、受動系と
システム・エンジニアリング、材料、情報管理および通信の先端技術を適用すべきである。新規原子力発電
所は、甚大な自然災害および人災が及び得る範囲から離れた場所に立地する必要がある。発電所の設計と運転を最適化するには、リスク評価とリスク・ガバナンスを導入する必要があるものの、これらが安全の決定
論的な正当化に取って代わる手段となってはならない。次世代の原子力発電所は、たとえ緊急時に運転員が即応できない場合でも、安全を確保するものでなければならない。

原子力安全関連の意思決定に関与する政府および企業の担当者の責任と資格は、必要に応じて各国の関係当局が再検討し、強化する必要がある。すべての国の国家原子力機関は原子力安全規制当局を含めて、国民から信頼され、その負託に応えるために、自らの行動に説明責任を負い、原子力安全に関するコミュニケーションにおいて透明性を確保しなければならない。すべての国の国家原子力安全規制当局は、原子力安全面の意思決定で完全な独立性を維持し、その能力、資源、実施権限を保証することが必要である。すべての原子力発電所所有者の原子力保険料は、発電所の安全実績に見合うように設定すべきである。

原子力安全に国境はない。国際原子力安全体制をさらに強化するための然るべき方策を、NSC、IAEA、地域機関(EU など)あるいは産業団体(WANO など)の枠組みに収まるものであろうとなかろうと、適切な議論を経て明らかにし、導入する必要がある。ここでは、高い水準の原子力安全を世界規模でさらに推進するために最も効果的な方策は何かを問うことが重要になる。その方策とは、新しい国際的枠組みを、たとえば、拘
束力のある国際安全基準の発行と強制検査の実施を委任される国際規制機関という形態で創設することなのか、それとも、既存の枠組みをさらに拡大・強化し、厳格な国際ピアレビューと組み合わせて各国の責任を
5強調することなのか。今年6 月にウィーンで開催されるIAEA の国際会議が、そうした手段を議論する出発点となることが期待される。

原子力発電利用を開始したいと考えている国に関する要件も策定し、国際原子力安全体制に組み込む必要
がある。そのような国は、推進する原子力プログラムの全期間を通じて、安全、セキュリティおよび核不拡
散に関する高度な国際基準を遵守する能力があることを実証しなければならない。

われわれは、以上の推奨事項が国家当局および国際機関で検討に付され、一致協力した方策が策定される
ことを期待するものである。われわれは、過酷事故を今後「二度と繰り返さない」、そして深層防護として、
万が一にも過酷事故が発生した場合には効果的に対処するという共通目標を達成するために、われわれの経験と専門知識をいつでも提供し、上述のおよび他の推奨事項の策定と実施を支援する用意がある。
この声明の作成に尽力し、その発表に同意したのは以下の者たちである。

16人の原子力専門家リスト(英文リスト順)

アドルフ・ビルクホッファー(ドイツ)
ミュンヘン工科大学名誉教授、元INSAG委員長、元ドイツ原子炉安全委員会委員長、元OECD原子力施設安全委員会委員長
アグスティン・アロンソ(スペイン)
元INSAG委員、元スペイン原子力規制委員会理事、OECD原子力施設安全委員会副委員長
クン・モ・チュン(大韓民国)
元INSAG委員、元韓国科学技術大臣、元韓国科学技術アカデミー会長、元IAEA総会議長、元世界エネルギー会議副会長
ハロルド・デントン(米国)
元米国原子力規制委員会(NRC)原子炉規制局長、TMI事故当時のカーター大統領補佐
ラース・ヘグベリ(スウェーデン)
元INSAG委員、元スウェーデン原子力検査局局長、元OECD原子力機関運営委員会委員長
アニル・カコドカル(インド)
元INSAG委員、元インド原子力委員会委員長
ゲオルギー・コプチンスキー(ウクライナ)
元ソ連閣僚評議会原子力・産業局長、元ウクライナ原子力規制委員会副議長
6
ユッカ・ラークソネン(フィンランド)
INSAG副委員長、フィンランド放射線・原子力安全庁長官、西欧原子力規制者協会(WENRA)会長、元OECD原子力局(NEA)原子力規制活動委員会(CNRA)委員長
サロモン・レヴィ(米国)
元INSAG委員、元GE社設計・製造部長、米国機械学会(ASME)名誉会員
ロジャー・マトソン(米国)
元米国原子力規制委員会(NRC)原子炉システム安全部長、TMI教訓タスクフォース主査、INSAG-3作業部会共同議長
ビクトル・ムロゴフ(ロシア)
国立原子力研究大学(MEPHI)教授、ロシア原子力科学・教育協会理事、元物理エネルギー研究所所長、元IAEA原子力エネルギー担当事務局次長
ニコライ・ポノマレフ-ステプノイ(ロシア)
ロシア科学アカデミー会員、元クルチャトフ研究所副所長
ビクトル・シドレンコ(ロシア)
ロシア科学アカデミーCorrespondent member、元INSAG委員、元クルチャトフ研究所副所長、元ソ連原子力規制委員会副委員長、元ソ連およびロシア原子力省次官
ニコライ・スタインベルグ(ウクライナ)
元IAEA原子力諮問グループ(SAGNE)委員、元チェルノブイリ発電所主任技師、元ソ連原子力規制委員会副委員長、元ウクライナ原子力規制委員会委員長、元ウクライナ燃料・電力省次官
ピエール・タンギ(フランス)
元INSAG委員、元フランス電力公社(EDF)原子力安全監察総監
ユルギス・ヴィレマス(リトアニア)
リトアニア科学アカデミー会員、元リトアニアエネルギー研究所所長協会理事