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復興投資拡大による建設労働者不足の可能性について(CreditSuisse)

2011-06-09 16:46:12

• 大震災で毀損された構造物のストックを“向こう3 年”で完全に復元する(金額的には16 兆円程度の建設投資を実施する)ことを仮定すると、年間ベースで約9 万人程度の建設労働者不足が発生する
• 建設作業経験を有する44 歳以下の男性失業者数は約5 万人であるため、労働者不足を失業者でカバーすることは困難

政府は2011年度の第1 次補正予算に2 兆円弱の復興事業(瓦礫撤去と公共投資)を盛り込んだ。しかし、自民党は、被災地における資本ストックの毀損額が16~25兆円に及ぶと推計されていることなどを理由に、政府の対策が小さ過ぎると批判し、総事業規模30兆円の財政資金投入が必要であると訴えている。注目されるのは、コンクリートからヒトへ、つまり建設投資から家計所得補填(子ども手当てや農家所得補償など)へ、という政策コンセプトを見直すべきだ、と指摘している点である。

自民党は家計所得補填を削減して建設投資を増加させることを望んでいる。しかし、政府が大幅に建設投資を増加させようとしても、今の日本経済では建設労働者が不足し、ボトルネックが発生するリスクがある。民主・自民大連立の可能性が上昇する中、この問題をどう考えるべきか、簡単に考察を行う。

結論を先取りすれば、大震災で毀損された構造物のストックを“向こう3年”で完全に復元する(金額的には16 兆円程度の建設投資を実施する)ことを仮定すると、年間ベースで約9 万人程度の建設労働者不足が発生すると推計される。ここで、建設作業経験を有する44歳以下の男性失業者数は約5 万人であるため、労働者不足を失業者でカバーすることは困難とみられ、4~5万人の若年労働者の移民を受け入れる必要があると判断される。大規模復興投資を政策の優先課題として掲げるのであれば、移民政策もセットで論じる必要がある。
1. 建設業における余剰人員の推計
他の産業と同様、建設業にも余剰人員が存在するのであれば、建設需要の拡大が即、労働者不足をもたらすわけではない。しかし、以下に示すように、足元の建設業における余剰人員はさほど多くないと推定され、建設投資が大幅に増加すれば、労働不足が顕在化するリスクがある。まず、日銀短観の雇用判断DI について、建設現場作業従事者の比率が高いと考えられる、建設業・中小企業に注目すると、直近2011 年3 月の同DI は+6 ポイント(2010 年10-12 月期は+5ポイント)となっており、依然やや過剰感があるが、歴史的に見れば、過剰度合いは低い。

雇用過剰度合いの低下は、高齢化進展による若年労働者の減少が主たる背景になっているとみられる。ちなみに、同DI を過剰、適正、不足のそれぞれの回答社数シェアに分解すると、近年は、不足と回答している企業シェアも高まっている。実際に雇用判断DI 等のデータを用いて建設業の適正就業者数を推計する(具体的な推計手法については補論を参照のこと)と、直近2010 年10-12 月時点では324 万人と推定され、実際の就業者数(329 万人)を5 万人しか下回っていない。

雇用判断DI における+5ポイントの過剰超過は、5 万人の就業者過剰と数量化されたことになる。なお、建設業の就業者数は、労働力調査の業種・職業別表における建設業のうち「製造・制作・機械運転及び建設作業者」に対応するものである。

2. 建設投資増加がもたらす建設労働者不足

建設業の適正就業者数を推計したモデルを用いて、建設投資(建設活動GDP)が増加した場合の適正建設業就業者数、および建設労働者不足数を推計する。
まず、内閣府は東日本大震災発生による資本ストックの毀損額を16~25兆円と見積もっているが、経済産業研究所がまとめているJIP データベースによれば、最新の2007 年時点で、全資本ストックのうち構造物が占める割合は67%であった(民間では56%、公的では87%)。

従って、毀損された構造物資本ストックを完全復元すると考えた場合、累積建設投資額の前提としては、(1)11兆円[=67%×16兆円]、(2)16.8 兆円[=67%×25 兆円]、の2 つのシナリオを想定するのが妥当であろう。また、ストック復元期間を3 年間(2011 年度から2013 年度)とし、2、3 年目に累積投資額の8 割が集中すると想定する。

適正建設業就業者数の推計結果は、2011 年度は、シナリオ(1)で328 万人、シナリオ(2)で333 万人、2012、13 年度はシナリオ(1)で332 万人、シナリオ(2)で338 万人と推計された。上述のとおり、直近実績の2010 年10-12 月期実績は適正雇用量比で5 万人過剰の329 万人であった。そのため、復興建設投資が本格化しない2011 年度については、既存の余剰労働者の範囲内で建設活動の増加を賄える可能性が高い。

しかし、復興建設投資が本格化する2012、13年については、シナリオ(1)で4万人、シナリオ(2)で9万人、それぞれ建設労働者が不足すると推計された。3. 建設労働者不足の充足可能性以上のように推計された、約4~9 万人という建設現場労働者不足はどのように充足されるのか。足元では300 万人程度の完全失業者が存在しており、マクロ的にみれば、10 万人に満たない建設現場労働者不足は大きな問題ではないようにみえる。
しかし、建設業の現場労働者についてのみ考えると、不足労働者比率は1~3%となるため、無視できない大きさである(適正就業者数が就業者実績を上回り、両者の乖離率がプラスになるとすれば、これは1990 年代半ば以来、はじめてとなる)。
さらに、建設現場作業者としては基本的に若・中年男性であることにも注意がいる。若・中年男性、かつ、建設労働の経験がある失業者が十分に存在しなければ、建設労働者不足が充足される可能性は低い。
まず、2010 年平均でみて、男性失業者の総数は207万人であった。そのうち、44 歳以下は118 万人であり、前職での経験を問わなければ、建設作業者の超過需要に比べて十分に多くの失業者が存在することになる。

しかし、実際には、建設現場での経験のない若・中年の失業者が建設業にスムーズに適合できるとは考えにくい。そうした観点から、前職が建設業であった男性失業者の数をみると、全年齢で11 万人、44 歳以下では5万人に過ぎないことが分かる(より範囲を広げて、前職が製造工程・機械運転・建設作業であった失業者を見ると、全年齢で27 万人、44 歳以下では14 万人であった)。

従って、復興建設投資が3 年累計で17 兆円弱に及ぶというシナリオ(2)のケースにおける9 万人という建設労働者不足は簡単には充足されないと予想され、建設復興投資のボトルネックになる可能性を否定はできない。