一般社団法人環境金融研究機構 | Research Institute for Environmental Finance: RIEF

安倍首相は、来月に退任予定の白川方明日銀総裁の後任に、黒田東彦アジア開発銀行総裁を充てることを決めた。国会で承認されるかが今後の焦点だが、別途、疑問が浮上する。黒田氏が総裁になると、アジア開銀総裁を途中で退任することになり、その後任は、これまで同様に日本人が選ばれるのは難しいという。つまり、アジ銀総裁ポストを他国に譲っても、日銀総裁のポストのほうが重要ということのようだが、果たしてそうか。

 

黒田氏は、2006年１１月にアジア開発銀行総裁に就任、2011年11月に再任されている。任期年だから、2016年11月まで、あと3年半も任期を残している。黒田氏は、財務省財務官時代から国際通で、アジア諸国での人的ネットワークの広がりには定評がある。アジア開発銀行は一般の日本人にはなじみが薄いかもしれない。しかし、アジア諸国の経済・社会インフラ建設に投融資資金を供給したり、人材育成でも積極的な役割を果たしており、各国の経済社会に及ぼす影響は大きい。資金供給額は2011年だけで年間217億㌦（約2兆円）に達している。

何よりも、成長著しいアジア地域唯一の国際金融機関として各国間の調整や地域国際的な課題に対しても重要な役割を演じてきている。

我が国はアジア開発銀行発足以来、総裁のポストを占めてきた。それは出資比率が15.26％と米国と並んで最も多いことが最大の理由である。総裁のほか、6人の副総裁がいる。中国人、米国人、ネパール人、インド人、フランス人、オーストラリア人である。総裁が途中で退任した際、直ちに新規の総裁が任命されるのか、あるいは副総裁の中から代行者が起用されるのか、詳細な規定は不明。だが、どちらにしても出資比率の多い国と、副総裁ポストを制している国、さらに個人の見識等の各要件を満たす人が選ばれることになる。

米国は副総裁は出しているが、同国自体はアジア開銀のノンメンバー国扱いなので、副総裁はともかく、総裁の座を占めるのは難しいだろう。そうなると、拠出比率で3位の中国（6.46%)と、4位のインド（同6.35%)、5位のオーストラリア（同5.80%)などからの選出が妥当だ。この3国とも副総裁も輩出している。したがって、これらの国の代表が次の総裁の有力候補になる。順当にいくと、最も出資比率が高く、副総裁も筆頭副総裁格のXiaoy Zhao氏を擁する中国が総裁ポストを占めることがもっとも自然となる。Xiaoy Zhao氏自身は中国財務省、輸出入銀行副総裁を経て、08年9月にアジア開銀副総裁に就任した国際金融のベテラン。

一方の日銀総裁も、国際感覚が今まで以上に求められる。その点が黒田氏に白羽の矢が立った理由の一つだが、こちらは日本人ポストなので、黒田氏以外でも国際経験の豊かな人材は他にいないわけではない。安倍政権の強い期待を反映する形で、日銀は日銀法を改正せずとも２％のインフレ目標を導入したように、 政権との力関係次第で中央銀行の金融政策が、政府寄りにも、市場寄りにも、なるのは、どの国も同様。「中央銀行の独立性」という定義はあっても、今日のグローバル金融市場を相手とする際は、各国政府と中央銀行が密接な連携をとって政策調整を行うのは極めて自然で、その作業は属人的なものではない。

つまり、日銀総裁は政権との関係のバランスを失しなければ、「大体、だれでも務まる」のである。ところが、アジア開銀総裁のポストを一度明け渡すと、2期10年は戻ってこない。人材面でも、中国やインドには国際金融、国際経済での経験豊富な人材が日本よりも多いと思われる。黒田氏のような貴重な国際派を国内派に転じさせるデメリットは相当大きいのだ。アジア全体に影響力を持つアジ銀総裁のポストを今後10年、他の国（おそらくは中国）に明け渡すことは、我が国の政策として得策なのか、との疑問はぜひ、国会の議論で明確にしてもらいたい。

もっとも、安倍政権の日銀総裁人事の余波で、中国から初のアジ銀総裁誕生ということになれば、中国は何もしないで「アベノミクス」の恩恵を受け、アジ銀関連の利権のヤマを手にすることになる。そうなると、日中間の摩擦も少しは緩和するかもしれない。意外と、日銀総裁人事の「裏の狙い」にはその点への配慮も含まれているのではないか。前民主党政権とは違い、安倍政権は常に国策を、国を、重要視している。したがって、国策に反するような人事はやらないと考えられる。だとすると、アジ銀総裁の座を他国に譲ることが国策上、望ましい理由が、上記以外のどこかにあるはずだ。安倍首相、どこにあるのですか？？（FGW)