FT買収する日経とサントリーの共通点。一般的な取引価格の約3倍で高値づかみ(?)(Reuters)
2015-07-25 13:22:56
Rob Cox
[ニューヨーク 24日 ロイターBREAKINGVIEWS] – 英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のライオネル・バーバー編集長は、一流紙である同紙が米テネシー州のバーボンと比較されるのは面白くないかもしれない。
だが、日本経済新聞社が13億ドル(約1600億円)で同紙を買収する今回の巨額案件は、サントリーホールディングスが米ビーム社を16億ドルで買収したもう一つの日本企業による案件と、基本的には何ら変わらない。
日本以外の国から見れば、こうした巨額買収は理解するのが難しい。採算が取れるようには思えないというのがその主な理由だ。土壇場で日経が独アクセル・シュプリンガーや米ブルームバーグを追い抜くことができた理由もそこにある。
映画スタジオからゴルフコースやロックフェラーセンターに至るまで、1980年代以降に繰り返されてきた日本企業による破滅的な海外買収も、そうした懐疑的な見方を強める結果に終わった。
しかし、日本での見方は全く異なるものだ。国際的に広く通用する製品もなく、縮小する一方の国内市場において、FTやビーム社などの買収はやや遠い将来を保証することを意味する。それ故か、日本企業による海外企業の買収案件は今年、すでに約500億ドルに上る。
日本の長期的計画と、欧米の資本市場を支配する短期的な考え方との間には違いがあるということだけでは、すべてを説明できない。成長後の英メディアに営業利益の35倍を支払い、その帳尻を合わせるというのは困難だ。
FTの親会社である英ピアソンが今回のFT売却で手放さなかった週刊誌エコノミスト(恐らくブルームバーグのために取っておいたのだろう)によれば、日本の人口は向こう40年で3割以上減少し、約8700万人になると見込まれている。さらに悪いことに、出生率や移民人口に変化がなければ、100年間で日本に住む住民の数はわずか4300万人になる可能性すらある。
このような人口動態はとりわけ、グローバル市場への確たるルートを持たない日本の一流企業にとっては心配の種となっている。今年の12月で創立140年を迎える日経ほど、こうした課題に直面している企業はないだろう。日本で圧倒的な部数を誇る経済紙である日経は、縮小し続ける国内市場への投資が大半を占め、そのリスクにさらされている。
日経の発行部数約300万部というのは米ウォールストリート・ジャーナル紙による米普及率の3倍超に当たるが、日本の市場が縮小し続ける限り、これ以上は望めない。日経の昨年の売上高は約3000億円で、2011年とほぼ変わらない。営業利益は前年比9%減の167億円だった。
トヨタの自動車など海外で需要のある製品を製造できる手段のある企業なら、こうした問題も解決可能だろう。サントリーにも、海外の親日家に販売できるビールやウイスキーがある。しかし、そのような幸運は日経にはない。日本のビジネスや金融ニュースに興味を持つ限られた読者がいるだけだ。
そこでFTの登場だ。FTには名声があり、はっきりとしたブランドイメージがある。同紙のグローバルな内容に意義があるだけでなく、インターネットの共通言語が英語であるという点も大きな意味を持つ。
確かに、一般的な投資基準ではかるなら、今回の買収額はまるで幻覚を起こさせるようだ。筆者の同僚のジェニファー・サバ氏が指摘しているように、他の欧州系メディアの株価は調整後営業利益の10─15倍で取引され、平均は12倍だ。2013年にワシントン・ポスト紙を買収した米アマゾン・ドット・コムのベゾス 最高経営責任者(CEO)もこれほど気前良くはなかった。
東京や大阪でのFT購読増加に多少は貢献するかもしれないが、経済的打撃を和らげるシナジー効果もほとんどない。
欧米のCEOならここでキャリアが終わってしまいかねない。しかし、日本の消費者に依存する企業であれば当たり前のことだ。日本たばこの英ギャラハー買収や、ソフトバンクの米スプリント買収を考えてみてほしい。明治安田生命保険が米生保グループのスタンコープ・ファイナンシャル・グループを50%という破格のプレミアムを乗せて50億ドルで買収することに合意したのも、恐らくこれで説明がつく。
明治安田生命と同様、日経も非上場企業だ。男性優位ですべて日本人で占められる経営陣は、自分たちと従業員への答えしか持たないようだ。何も手を打たないよりは浪費することを選んだ。同社を日本のジレンマとみるならば、これは全く驚きではない。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
http://jp.reuters.com/article/2015/07/24/column-ft-nikkei-suntory-idJPKCN0PY15K20150724
Jennifer Saba
[ニューヨーク 23日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 日本経済新聞社は、英国の経済紙フィナンシャル・タイムズ・グループ(FT)の買収で大胆な一歩を踏み出した。だがFTを親会社ピアソン(PSON.L)から13億ドルで買い取ることが、果たして金銭的な観点から妥当かどうかは疑わしい。
日経は相当大きな名声を手に入れるのは確かだ。しかし冷徹な経済合理性だけを考えるなら、調整後営業利益の35倍、そして実質価値のおよそ3倍の金額を支払ったことになる。
他の欧州系メディアの株価は、調整後営業利益の10─15倍で取引され、平均は12倍だ。買い手がそれなりのプレミアムを乗せるのは予想されるとはいえ、FTの場合、調整後営業利益に対する買収額の倍率は、米アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)が2013年にワシントン・ポスト紙買収で所有者グラハム一族に支払った金額の2倍前後にもなる。
こうした目の飛び出るような高額のプレミアムは、FTの財務面での先行きが不透明な点からすれば、なおさら驚かされる。デジタル化に向けた最初の関門をほぼ突破したFTは、これから着実な増収を確保する道筋を発見していく可能性はある。ただしこれまでの業界全般の流れは読者と広告主のマスメディア離れの加速化であり、デジタル化の取り組みは紙媒体と同じだけの成果を生み出せていない。
FTはかなり順調な歩みをたどってきた。電子版の購読を先駆的に導入した新聞の1つであり、現在は72万人の購読者の70%を電子版が占める。FTの14年の収入が約5億1800万ドル、営業利益は3700万ドルに上ったことも公表されている。一方でピアソンは、FTがどれだけ収入ないし営業利益を伸ばしてきたかについては、詳細を明らかにしていない。
ピアソンにとっては、FTの売却で報道機関の経営をめぐる諸問題への対応を日経に任せ、教育市場に全力を注ぐことができるようになる。
日経はといえば、高い評価を得ているグローバルブランドを手中にし、英語圏の読者層を取り込むチャンスも得られる。FTによって新たな市場への道が開かれ、既に事業展開している分野でも別の市場を開拓する機会をもたらす面もあるだろう。
それでもこれほど高額の買収となれば、元を取るには異例なほどの企業努力が求められる。日経は経費節減を通じて投資の一部を回収しようとする可能性はあるが、そうした取り組みは長期的に見ると、せっかく大枚をはたいて手に入れたFTの名声を損なってしまうかもしれない。
<背景となるニュース>
◎日本経済新聞社は23日、FTを買収することで、親会社の英ピアソンと合意した。全額現金の13億ドルで買い取る。
◎買収対象にはFTのロンドン本社やピアソンが保有する英エコノミスト誌の株式50%は含まれていない。
◎買収手続きは規制当局の承認を経た上で第4・四半期中に完了する見通し。