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福島の立入禁止区域で増える動物、放射線の影響は?チェルノブイリに似た状況が福島でも起きている。動物たちは、放射線の存在よりも、人間の「不在」のほうが安心できるようだ(各紙)

2020-05-13 01:04:15

fukushima1キャプチャ

 

 新型コロナウイルス感染の広がりで、世界中の人々が「ステイホーム」で家に閉じこもる中、野生の動物たちが自由を謳歌しているとのニュースが内外で聞かれる。National Geographic は、英国ウェールズでは野生のヤギが町に繰り出し、フランスではナガスクジラがマルセイユ港近くで潮を吹き、スペインやトルコ、イスラエルではイノシシが人気の消えた街角を闊歩している情報を伝えている。

 

 (写真は、震災から数年が経ち、人が消えた福島第一原発周辺の立入禁止区域の道路を歩くイノシシ=National Geographicから)

 

 こうした動きは、コロナ対策の効果が出てくると、人間が元の生活に戻ることで、動物たちも元に戻ると推察される。しかし、「より長期にわたって人の居住地が変化してした場所もある」として、NGは、東京電力福島第一原子力発電所の周辺のほか、チェルノブイリ原発、北朝鮮と韓国の間の非武装地帯などの姿を紹介している。

 

福島周辺の立入禁止区域で多数生息が確認されたニホンザル
福島周辺の立入禁止区域で多数生息が確認されたニホンザル

 

 福島大学の放射線生態学者、トーマス・ヒントン氏らは、今年1月、学術誌「Frontiers in Ecology and the Environment」に発表した論文で、街から人がいなくなった際に動物に及ぶ長期的な影響を分析した。かいつまんで言うと、人間がただ存在することが、野生動物の数を制限する最大の要因となっているという。福島やチェルノブイリなどの地域では、人間を避難させるほどの強い放射線の影響が残っているにもかかわらず、動物たちは増えている。

 

 ヒントン氏は、現在のパンデミック下で「人間は家に閉じこもり、自然はほっと一息ついているのです」と指摘している。同氏は、野生動物のために人口密集地を放棄しようとか、常に屋内にとどまろうという提案をしているわけではない。だが、人間がいなくなった土地で動物が復活しているという紛れもない事実は、野生動物のために生息地を確保し、あるレベルまで干渉しないことの重要性を示していると、同氏は言う。

 

 福島の放射線汚染地域で、野生の動物たちが増えているからといっても、動物たちが放射線の影響を受けていないわけはない。ただ、その生体への放射線の影響の大きさは、特に低線量被曝の場合、議論の余地があり、人間と比べると影響が小さい可能性は考えられるという。

 

 

福島第一原発の立入禁止区域で撮影されたタヌキ
福島第一原発の立入禁止区域で撮影されたタヌキ

 

 2011年3月11月に発生した東日本大震災の影響で、東電福島原発は、旧ソ連のチェルノブイリ原発爆発事故(1986年)に次ぐ世界で2番目に大規模で深刻な原発事故を引き起こした。福島原発では、浸水による停電で3基の原子炉がメルトダウンし、東日本から首都圏に至る広範囲な区域でかなりの間、放射性降下物が確認された。原発周辺地域では全体で1150㎢の範囲にわたって、住民たち約16万人が避難を余儀なくされた。今も、避難先から戻れない人々が少なくない。

 

 米ジョージア大学の野生生物生態学者ジム・ビーズリー氏とヒントン氏らのチームは、放射線汚染と人の退去が福島周辺の野生動物に与えた相対的な影響を調べるため、原発周辺の120カ所にカメラトラップを設置して、2016年から2017年にかけて、2カ月間の調査を2度行った。

 

 調査地は、次の3区分から選んだ。①当面の間は立ち入りが完全に禁止されている場所②当初は立ち入りが禁止されたが現在は少し人が戻ってきた場所③類似の環境で人が居住している場所。その結果、①において、イノシシやニホンザル、タヌキなどいくつかの種が最も多く見つかったという。全体として、動物の数にかかわる最も重要なファクターは、生息環境のタイプと立入禁止の状況であり、放射線レベルの高さではなかった。

 

 ビーズリー氏は「放射線で汚染された地域でも動物は生存できるというのは、皮肉なこと」と話す。手つかずの広大な野生生物保護区の方が動物にとっては良いのだが、調査結果は、動物が放射線下でも多数生息できるということを示している。それは、放射線よりも人間の方が動物たちにとって「怖い存在」ということかもしれない。

 

 

チェルノブイリで暮らすハイイロオオカミのうち、どの程度が放射線の影響を受けているかははっきりしない。
チェルノブイリで暮らすハイイロオオカミのうち、どの程度が放射線の影響を受けているかははっきりしない。

 

 福島に先んじる形で大事故を引き起こした旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発でも、ウクライナとベラルーシにまたがる広大な地域が立入禁止区域に指定されている。この地域からは10万人以上が強制避難させられ、いまだに戻ることは許されていない。

 

 同立ち入り地域での、過去20年以上の調査からは、場所によっては、近くに指定されている自然保護区に匹敵するほど多彩な動物が数多く生息していることが知られている。放射線が動物に与える影響では、福島以上に大きな課題が生じているという。

 

 たとえば、米サウスカロライナ大学の生物学者ティム・ムソー氏の研究によると、立ち入り禁止地域で繁殖する鳥類や、げっ歯類には生殖障害や突然変異率の上昇が見られるという。またハタネズミに関する研究では、放射線の影響と思われる突然変異が親から子に遺伝する事例があること示されている。

 

 フランスのパリ南大学の研究員アンダース・モラー氏は、「チェルノブイリで特定の鳥や特定の哺乳類が増えているかもしれないが、動物たちの健康状態は良くないこともわかっている」と説明する。大量に漏洩した放射線セシウム137は、汚染地から数10m離れていても影響する可能性があり、動物たちの体組織やDNAが損傷を受ける。

 

 しかし、人が消え、狩猟の脅威もなくなったことから、チェルノブイリの森には、ハイイロオオカミやタヌキ、アナグマなど、かつて存在しなかった動物や、数少なかった多くの動物たちが相当数生息していることは間違いない。ビーズリー氏は「複数のデータが、チェルノブイリの立入禁止区域に中型から大型の哺乳類が多数生息していることを示している」と指摘する。

 

北朝鮮と韓国を分断する非武装地帯(DMZ)内で池を泳ぐヘラジカ(AFPより)
北朝鮮と韓国を分断する非武装地帯(DMZ)内で池を泳ぐヘラジカ(AFPより)

 

 原発事故ではなく、人為の「対立」によって、人々が立ち入り禁止になっている地域で有名なのが、北朝鮮と韓国を隔てる朝鮮半島の非武装地帯(DMZ)である。朝鮮戦争の休戦後、北朝鮮と韓国は2国間にDMZという無人地帯を設けた。今でもかつての村跡があり、軍用品、兵士の遺骨、地雷が散らばっているという。

 

 幅4kmのDMZの境界域は70年近くも立ち入り禁止が続いている。対立する人間同士は、にらみ合い、緊張を続けているが、動物たちにとってはDMZは「人間に追われない」平和ゾーンというわけだ。絶滅危惧種のタンチョウ、ツキノワグマ、コウライアカギツネ、ヤギに似たオナガゴーラル(チョウセンカモシカ)などの希少動物が生息・繁殖している。

 

 こうした事故や戦争等の人間のミスと対立で、「人間不在」の空白地帯が動物たちに安息をもたらしていることと、現在の新型コロナウイルス感染によって人々の行動が抑制されて、動物たちが羽を伸ばせていることからの教訓として、ヒントン氏は、「私たちは問題を特定できた。動物たちを追いやり絶滅に危機にさらしてきたのは、私たち(人間)自身だったということ」と強調する。

 

 ヒントン氏は続ける。「地球は1つしかなく、その地球には、多くの多様な生き物たちが共存していることに、一人でも多くの人間が気づくことを願っている」と。

 

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/050700273/?P=1