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バイデン政権の気候・環境分野の主要メンバー、出そろう。新設の気候担当大統領補佐官に、マッカーシー氏。EPA長官はリーガン氏。「環境正義」と「環境理念」が人選にも反映(藤井良広)

2020-12-21 08:46:28

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  バイデン米次期大統領の気候・環境政策のブレーンがほぼ決まった。バイデン氏が宣言しているパリ協定復帰をはじめとする米国の気候・環境政策の立て直しの指揮を執るために新設される国家気候変動問題担当の大統領補佐官には、元環境保護庁(EPA)長官のジーナ・マッカーシー氏が任命された。同氏をはじめ、バイデン指名の環境分野の主要メンバーはいずれも、「環境ハードライナー」と目される。トランプ政権で大きく後退した環境行政を回復させる大仕事に取り組むとともに、米国の気候・環境政策が、かなり「原理的なシフト」をするとの見方も出ている。

 

 (写真は、新設される気候担当の大統領補佐官に就任するジーナ・マッカーシー氏)

 

 大統領補佐官になるマッカーシー氏は、マサチューセッツ州ボストンの出身。同州およびコネチカット州で長く環境行政に携わった後、EPAに転じた。州、連邦の両方での実績を踏まえてEPA長官にまで上り詰めた生粋の環境派だ。コネチカット州時代には、北東部州合同で電力会社を対象としたGHG排出権取引制度(RGGI)設立に参画した。

 

 EPA長官時代には、オバマ政権からトランプ政権への移行に対抗するため、州法レベルで石炭火力発電所を規制する「クリーンコールプラン(CCP)」を推進したことでも知られる。またEPA長官就任時には、同氏の就任をめぐる上院での承認作業に136日間も費やす異例の事態が起きたことでも知られる。

 

 これは当時、政治的課題となっていたKeystone XL(カナダから米国メキシコ湾にかけてのガスパイプライン敷設計画)をめぐり、上院の共和党議員の間で、環境派のマッカーシー氏が長官に就任すると、計画が停止されるとの警戒が浮上。閣僚承認を扱う上院で、共和党議員が「同氏は『環境アクティビスト』だ」として、抵抗を続けたためだ。上院の公聴会では同氏に対して合計で約1100の質問が議員から提起され、承認が延び延びになった。

 

 こうした政治的圧力を受けながらも、大気汚染、水質汚染の専門家として知られるマッカーシー氏は長官就任後、次々とEPAの政策を強化し、最新化した。その最たる政策がCCPの立案と推進だ。共和党優位の連邦議会では、自らが体験したように、オバマ政権による連邦法案の可決が見込めない状況が続いた。そこでパリ協定の公約を担保するため、連邦議会を回避する形で、EPAの大気汚染政策として州法による石炭火力規制策を強化するCCPを推進した。

 

 同政策は、結果的に、共和党優位の複数の州知事から最高裁に差し止め請求が提訴され、現在、執行停止状態となっている。現在の連邦最高裁判事は、トランプ政権による共和党判事の指名により、総員9人中、保守派6人、リベラル派3人。このため、最高裁による執行停止を解除するのは難しい。バイデン政権によるCCPの復活は困難とみられる。

 

 バイデン氏は1月20日の大統領就任式直後にパリ協定に復帰すると公約している。協定復帰に伴い、温室効果ガスの削減を担保する国内政策をどう展開するかが、マッカーシー氏の手腕にかかっているといえる。

 

先住民出身のハーランド氏
初の先住民出身の連邦下院議員のデブラ・ハーランド氏

 

 もう一人、人事の「目玉」となったのが、内務長官に指名された女性下院議員のデブラ・ハーランド氏(ニューメキシコ州選出)だ。同州のプエブロ族出身。同氏は、2018年の連邦下院選挙で、米国先住民として、初めて下院議員に選出された二人の議員(もう一人はシェリス・デイビッド氏)の一人。気候変動対策と先住民の権利擁護を求めて長年闘ってきた。

 

 2016年には、先住民の居留地を横断するノースダコタ州のダコタ・アクセス・パイプライン(DAPL)への反対運動をしていたスタンディング・ロック・スー族のキャンプに入り、4日間泊りがけで支援した経験を持つ。「先住民は水を保護するためには、どこからでも集まってくる。水を保護し、自然を守るために、人々が声をあげ、集まることが重要」と、米国の大地と自然を守る必要性を強調している。

 

 米国の内務省は、国有地や天然資源の保護が重要な業務のひとつだ。管轄下には、先住民部族の認定や部族と連邦政府間の連絡調整にあたる「インディアン事務局」もある。管理する国有地の中には、400以上の国立公園や574の先住民居留地が含まれる。トランプ政権は、こうした広大な国有地の鉱物・化石燃料等の資源開発のため、民間企業に開発許可をバラまいた。こうしたトランプ政権の「開発手形」をどう整理するかが、問われる。

 

EPA長官候補のリーガン氏
EPA長官候補のマイケル・リーガン氏

 

 環境行政を担当するEPA長官には、南部ノースカロライナ州で環境行政のシニア幹部だったマイケル・リーガン氏が指名された。同氏は黒人で、任命されるとEPAの歴史上、初の黒人長官となる。同氏は同州のロイ・クーパー知事の下で、同州の2050年ネットゼロ、30年70%削減(2005年比)の政策立案に貢献してきた。

 

 トランプ政権下でEPAは100以上の大気、水質関連の法規制を、企業が取り組みし易いように緩和したとされる。リーガン氏は、その手堅い手法と、気候変動等で最も被害を受ける弱者への対策を重視する「環境正義」の姿勢でも知られる。EPAの長官として、弱者、マイノリティを優先して守り、「汚染者負担原則」で企業等を監視する、伝統的なEPAの役割を「復活」させる期待が寄せられている。

 

ブレンダ氏
メアリー・ニコルス氏

 

 ただ、実は、バイデン氏が当初、想定したEPA長官候補は、リーガン氏ではなく、カリフォルニア州のメアリー・ニコルス氏だった。ニコルス氏は、同州のアーノルド・シュワルツェネッガー、ジェリー・ブラウンの両知事時代を通じて、環境政策を担当してきた。とりわけ同州でのカーボン排出権取引制度導入を主導してきたことで知られる。その間に、連邦のEPAでも働き、硫黄酸化物の排出権取引制度の構築に尽力した。

 

 同氏は、マッカーシー氏と同様、連邦レベルと州レベルの両方で環境政策の実践経験を豊富に持っている。したがって、トランプ時代に“汚染された”EPAの修復役には最適と見なされた。ところが、同氏はカリフォルニア州での自動車のCO2規制を巡って、マイノリティグループから提出された「汚染禁止地域」の指定要請に応えなかったとの批判を浴びた。このため、「環境正義(Environmental Justice)」を求める環境グループ約70団体が、バイデン陣営に対し、ニコルス氏のEPA長官起用に反対する声明が出された。

 

 これらの環境グループは、大統領選挙でバイデン氏支援で大きく貢献した団体。バイデン陣営もそうした支持団体の要請を無視できず、ニコルス氏の指名を撤回したという。リーガン氏の手腕も高く評価されることから、この「交代劇」がEPAの修復作業に影響を及ぼす可能性は少ないとみられる。ただ、注目されるのは「環境正義」の声がバイデン政権の人事政策にも反映した点だ。

 

 従来は、米国の民主党政権下でも、産業界との距離感の違いはあるが、産業界とも調整を進めながら、温室効果ガスの排出量を削減していく実務的な政策運営が中心だった。ところが、世界中で、気候変動被害の増大が弱者に集中して起きていることや、にもかかわらず温暖化対策の実践が各国で遅れていることなどから、若者を中心に「環境正義」を求める声が高まっている。スウェーデンの環境活動家、グレタ・ツゥンベリーさんの活動もその象徴といえる。

 

ブレンダ氏
ブレンダ・マロリー氏

 

 バイデン氏は、先住民のハーランド、黒人のリーガン両氏を環境関連行政のトップに据えることで、マイノリティ対応と「環境正義」を優先した取り組みを強調する構えだ。ホワイトハウスにも、新たに「環境正義」諮問委員会を立ち上げるという。同委員会を調整する大統領環境諮問委員会の議長に、環境法の専門家で、オバマ政権下で環境諮問委員会の法律責任者だったブレンダ・マロリー氏を起用する。

 

 バイデン氏が「環境正義」を重視するのは、若者や弱者、人々の間で、その重要性への認識が増していることに加え、単にオバマ政権時代の気候・環境政策に立ち戻るだけではなく、より「理念」を重視した政策運営を目指すことで、バイデン政策の独自色をアピールする考えもあるようだ。一方で、「環境正義」の強調に対しては、共和党は従来以上に拒否反応を示すとみられる。

 

 バイデン氏が指名をした内務省長官候補も、EPA長官候補も、ともに正式の任命には上院の承認が必要だ。先の連邦上院選挙では、ジョージア州での票の確定が1月初めにまで延期されており、上院議席は最終的にまだ固まっていない。仮に民主党が上院で多数を確保できないと、候補者の入れ替えが必要になるし、民主・共和が拮抗する場合は、再び、マッカーシー氏のかつてのEPA長官承認時のデジャブ(既視感)が起きることも予想される。

 

 米国の気候・環境政策が、より理念を重視し、環境正義の実現を図る方向に向かうとすれば、気候変動対策での思い切った政策転換と、その効果が期待できる。その半面、国内での政策対立が従来以上に先鋭化するとすれば、政策転換よりも政策混乱に陥るリスクも抱えている。米国が「気候リーダーシップ」に立ち戻れるかどうかの見極めは、バイデン政権の発足後の政策運営の「野心」の明確化と、それを順守する一貫性、目配りのバランスにかかっている。

                           (藤井良広)