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「菅降ろし」に原発の影 首相なぜ追いつめられたか (6月3日付 東京新聞)

2011-06-13 17:22:34

東京新聞「こちら特報部」6月3日:今回の政変の背景を解説した記事。:不信任決議や党分裂の最悪の事態こそ回避したものの、「辞意表明」へと追い込まれた菅直人首相。首相として求心力は放棄したのも同然だ。それにしても「菅おろし」の風は、なぜ今、急にこれほどの力を得たのか。背後に見え隠れするのは、やはり「原発」の影だ。初の市民運動出身宰相は、この国の禁忌に触れたのではなかったか。(佐藤圭 小国智宏)
 
今回の「不信任案政局」を振り返ると、菅首相が原子力政策の見直しに傾斜するのと呼応するように、自民、公明両党、民主党の反菅勢力の動きが激化していったことが分る。首相は5月6日、中部電力に浜岡原発の原子炉をいったん停止するように要請。18日には、電力会社の発電、送電部門の分離を検討する考えを表明した。

さらに事故の原因を調べる政府の「事故調査・検証委員会」を24日に設置。25日には外遊先のパリで、太陽光や風力など自然エネルギーの総電力にしめる割合を2020年代の早期に20%へと拡大する方針も打ち出した。

自民党の谷垣禎一総裁も、17日不信任決議案を提出する意向を表明し、公明党の山口那津男代表も即座に同調した。表向きは「東日本大震災の復旧・復興に向けた2011年度第二次補正予算の今国会提出を見送った場合」と言う条件を付けたが、原発をめぐる首相の言動が念頭にあったことは間違いない。

実際、自民党の石原伸晃幹事長は6月2日、不信任案の賛成討論で「電力の安定供給の見通しもないまま、発送電の分離を検討」「日本の電力の3割が原発によって賄われているのに、科学的検証もないままやみくもに原発を止めた」と攻撃。菅降ろしの最大の理由の一つが原発問題にあることを告白した。民主党内でも小沢一郎元代表周辺が5月の連休後不信任案可決に向けた党内の署名集めなど多数派工作をスタートさせた。24日には小沢氏と、菅総理を支持してきた渡辺恒三最高顧問が「合同誕生会」を開催。渡辺氏は自民党時代から地元福島で原発を推進してきた人物だ。

日本経団連の米倉弘昌会長はこの間、首相の足を引っ張り続けた。浜岡停止要請は「思考の過程がブラックボックス」、発送電分離は「(原発事故の)賠償問題に絡んで出てきた議論で動機が不純」、自然エネルギーの拡大には「目的だけが独り歩きする」という具合だ。金子勝慶大教授は、福島第一原発の事故について「財界中枢東電、これにベッタリの経済産業省、長年政権を担当してきた自公という旧態依然とした権力が引き起こした大惨事だ」と指摘する。

当然、自公両党にも大きな責任があるわけだが、「菅政権の不手際」に問題を矮小化しようとする意図が見える。

金子氏は不信任案政局の背景をこう推測する。「菅首相は人気取りかもしれないが、自公や財界が一番手を突っ込まれたくないところに突っ込んだ。自公は事故の原因が自分たちにあることが明らかになってしまうと焦った。それを小沢氏があおったのではないのか」

なるほど自民党と原発との関係は深い。

1954年当時若手衆院議員だった、中曽根康弘元首相が、「原子力の平和利用」をうたい、原子力開発の関連予算を初めて提出、成立させた。

保守合同で自民党が誕生した55年には原子力基本法が成立。その後の自民党の原発推進政策につながっていった。

74年には田中角栄内閣の下、原発などの立地を促す目的で自治体に交付金を支出する電源三法交付金制度がつくられ、全国のへき地に原子炉を建設する原動力となる。

自民党と電力会社の蜜月時代は今でも続く。

自民党の政治団体「国民政治協会」の2009年分の政治資金収支報告書を見てみると、九電力会社の会長、社長ら役員が個人献金をしている。

東京電力の勝俣恒久会長と清水正孝社長は、それぞれ30万円。東北電力の高橋宏明会長は20万円、海輪誠社長は15万円。中国電力の福田督会長山下社長はそれぞれ38万円を献金している。

会長、社長以下でも、東京電力では、6人の副社長全員が12万円~24万円を、9人の常務のうち7人が献金していた。

98年から昨年まで自民党参院議員を務めていた加納時男氏は元東京電力副社長。党政調副会長などとしてエネルギー政策を担当し、原発推進の旗振り役を務めた。

  
民主党の小沢元代表も、東京電力とは縁が深い。

東京電力の社長、会長を務めた平岩外四氏は、90年から94年まで財界トップの経団連会長。90年、当時自民党幹事長だった小沢氏は、日米の草の根交流を目的として「ジョン万次郎の会」を設立したが、この際、平岩氏の大きな支援があったとされる。 「ジョン万次郎の会」は財団法人「ジョン万次郎ホイットフィールド記念、国際草の根センター」に名を変えたが、今でも小沢氏が会長で、東京電力の勝俣会長は顧問に名を連ねている。「(原発事故)神様の仕業としか説明できない」などと東京電力擁護の発言をしている与謝野馨経済財政相も、現在は大臣就任のため休職扱いだが、副会長に就いていた。与謝野氏は政界入り前に日本原子力発電の社員だった経緯もある。

一方、電力会社の労働組合である電力総連は、民主党を支持している。労働組合とはいえ労使一体で、エネルギー安定供給や地球温暖化対策などを理由に、原発推進を揚げてきた。原発で働いている組合員もいる。

また電力総連は連合加盟の有力労組であり、民主党の政策に大きな影響を及ぼしてきた。

組織内議員も出していて、小林正夫参院議員は関西電力労組の出身だ。

つまりエネルギー政策の見直しを打ち出した菅首相は、これだけの勢力を敵に回した可能性がある。

結局、菅首相は「死に体」となり発送電分離や再生エネルギー拡大への道筋は不透明になった。「フクシマ」を招いた原子力政策の問題点もうやむやになってしまうのか。すべてを「菅政権の不手際」で収束させるシナリオが進行している。