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「マイクロファイナンス」の幻想と真実 貧困層支援協議グループのCEOに聞く(東洋経済オンライン)

2013-04-08 14:21:52

エアベック・OGAPのCEO


エアベック・OGAPのCEO
エアベック・OGAPのCEO


2006年にムハマド・ユヌス氏とグラミン銀行がノーベル平和賞を受けてから、貧困削減の切り札のように語られてきた「マイクロファイナンス」。ユヌス氏が始めた「マイクロクレジット」(小口の融資)は数十ドルから数百ドルの資金を融資することで、途上国の低所得層に、金融サービスへアクセスする機会を与えた。貸し倒れリスクが大きいとみられていた人々が、マイクロクレジットの普及に伴い巨大な顧客として顧みられるようになった。

マイクロクレジットはしだいに保険や貯蓄へと対象になる金融サービスを増やし、「マイクロファイナンス」(小口の金融)を形成するに至っている。米国NPOのマイクロクレジットサミットキャンペーンによれば、2011年末時点で世界には3700のマイクロファイナンス機関があり、その顧客数は1億9500万人に上る。

が、最新の研究では、マイクロファイナンスによる貧困削減の効力は喧伝されるほどではないと指摘されている。京都大学大学院経済学研究科の高野久紀・准教授は「マイクロファイナンスは貧困層に金融サービスを提供することができるという点で金融の革命といえるが、貧困から脱出させるほどの力はない」としている。

マイクロファイナンスが普及する以前でも、途上国には年間100%を超える高利貸しや親族間の貸し借りなどインフォーマルな金融サービスがあった。金利が高くても起業する人はいるし、借金をする人もいる。「マイクロファイナンスが広まったことで低金利の融資を受けられるようになった。しかし、この程度の少額融資ではローリターンしか得られない」(高野准教授)。農村部に住む女性がマイクロクレジットを使って小さな日用品店を始めても、生活を少し改善させる程度の効果しか得られない。抜本的な貧困削減にはもっと広範囲な対策が必要だ。

マイクロファイナンスの正体とは何か。マイクロファイナンスに関する統計や研究調査を発表する研究機関のCGAP(貧困層支援協議グループ、本部ワシントン)のティルマン・エアベックCEOに聞いた。


途上国の貧困層も金融サービスへのアクセスが容易に


――途上国では金融サービスにアクセスできない人が多いということが問題なのでしょうか。

そのとおりです。CGAPのミッションは貧しい人たちが金融サービスにアクセスできるようにすることです。世界銀行が2012年に出したリポートには、全世界の就労人口の約半分はインフォーマルセクターであると書かれています。この数字は世界の平均であって、日本のような先進国も含まれています。だから実際には途上国のインフォーマルセクターで働く人はもっと多いと考えられます。

 

正確な統計はありませんが、1日2ドル以下で生活する人たちの大半は小規模農家か、日雇い労働者です。途上国に住む人たちは農業用に若干の土地を持っていたり、小さな事業を経営しているかもしれません。彼らは自分で選んだのではなく、生きていくためにはそうせざるをえないから、自営業をやっているのが現実です。

こういった人々は高利貸しや質屋、親族間での貸し借りなど、インフォーマルな金融サービスに頼らざるをえませんでした。しかしマイクロファイナンスが普及したことで、もっと安く、簡単に使えるフォーマルな金融サービスを受けることができます。

携帯電話の普及が変えるマイクロファイナンス


――日本ではマイクロファイナンスは起業のための融資という印象もあります。

それはマイクロクレジットの一部にすぎません。マイクロファイナンスは草の根の活動という側面も含んでいますが、必要とされる金融サービスは職業や生活スタイルによって大きく変わってきます。起業家であれば設立資金や運転資金が必要ですが、1日2ドル以下で生活している層の中で、起業家は本当にごく一部でしかありません。農家だったら収穫の時期に合わせて資金需要のサイクルが長くなります。日雇い労働者だったら、もっと短くなるでしょう。

――なぜ途上国には貧困層を対象とした金融サービスが存在しなかったのでしょうか。

従来型のビジネスでは、BOP(Base of the Pyramid、途上国にいる低所得者層)向けビジネスがよく理解されていなかった。また金融サービスを提供しても取引コストが高いため、どうしても限られた層しか対象にできなかった。

携帯電話の普及がマイクロファイナンスを変えようとしています。CGAPの推計では世界の17億人が携帯電話を持っていても、銀行口座を持っていません。

その点でケニアの「エムペサ」(マイクロファイナンスの一種。銀行口座を持たない人でも携帯電話を使って、送金などの金融サービスを活用できる)は携帯電話を使った画期的な金融サービスといえるでしょう。エムペサについては実証研究が進んでいます。

たとえば、農村に住む、ある家族が病気になって、抗生物質が必要なのにおカネがなかったとします。もしナイロビ(ケニアの首都)で仕事をしている親戚がいれば、エムペサを介して簡単に薬代を送金することができます。金融危機や干ばつなど生活の危機が起きても、エムペサがあったほうが、問題によりよく対処できることがわかっています。

 

途上国ではマイクロファイナンス発祥の有力金融機関も


――巨大なNGOが金融サービスを提供する必要があるのでしょうか。銀行や株式会社でもできることではないですか。

国によってはマイクロファイナンス機関が預金を受け入れることを許可していない場合も多々あります。マイクロファイナンス機関がリスクをとっておカネを貸すことは構わないが、預金を受け入れるには十分な流動性を確保していないと困る、という事情があります。

いくつかの途上国では、最大の金融機関がマイクロファイナンス発祥というケースもあります。たとえばケニアのエクイティバンクは、現地の開設口座数の半数を握っています。小口預金が中心なので、預金総額の半分ではありませんが、彼らが事業を展開することで、ケニアの国民は銀行口座を持つ機会が飛躍的に増えました。カンボジアのアクレダ銀行もそうです。この2つはもともとNGOですが、貧しい人々に融資をするというイノベーションを起こすことで成長してきました。今は政府から認可を受けた金融機関に転換しています。

――マイクロファイナンスが商業化して、一部の中間層にしか融資をしないという批判があります。金融機関として大型化することで、対象となる最貧困層がこぼれ落ちないでしょうか。

マイクロファイナンスと一言でいっても、さまざまな概念を含んでいます。実際に何をやっているか、その国の金融機関に対する規制によって、かなり様子は変わってきます。

マイクロファイナンス機関によっては純粋なNGOという場合もあるし、預金を受け入れられないノンバンク系の金融機関というケースもありえる。あるいは協同組合形式、預金を受け入れる商業銀行系もある。これがマイクロファイナンス機関だという定義は存在しません。だから、どの形態がよいという話ではなく、目的に応じた機関が必要なのです。

 

日本の消費者金融とマイクロファイナンスとは違う


――日本では消費者金融とマイクロファイナンスは同じという指摘があります。

同じだとは思わないし、むしろそうでないことを願っています。消費者金融は家庭での消費を増やすために与信をします。マイクロファイナンスは生活を活性化させるため、保険や貯蓄も含んでいます。消費者金融であるはずがありません。

――インドのアンドラ・プラデシュ州ではマイクロファイナンスによる過大な貸し付けで、多重債務を抱える人が続出しました。こうした問題はマイクロファイナンスが抱える大きな問題ではないのですか。

これはマイクロファイナンスが抱える本質的な問題ではありません。そもそも多重債務自体が悪いとは限らない。われわれは住宅ローン、教育ローン、自動車ローンなどさまざまな債務を持っています。ただ、自分の収入にそぐわない水準で借り入れてしまうことは問題です。

アンドラ・プラデシュ州では商業型のマイクロファイナンス機関が急速に増えたことに加え、国が補助金を出したり、高利貸しが多くいたことで、与信をやりすぎた状態でした。マイクロファイナンス機関や金融機関が顧客をもっと理解していれば、あるいは金融機関同士で信用情報をお互いに共有できていれば、こうした問題は起きなかったはずです。

イノベーションは途上国で起こる


――今後、マイクロファイナンスの方向性はどうなっていくと考えているのでしょうか。

先進国にある製薬会社や日用品メーカーのトップは、未来の10億人の顧客がどこにいるか、よく認識しています。携帯電話会社や、関連するテクノロジーの企業は重要な役割を果たすことが求められます。一方で金融機関ではそういった認識が遅れています。

途上国の政策決定者や政治リーダーは、マイクロファイナンスを含めた金融包摂(金融サービスのアクセス改善により、貧困を削減する取り組み)の重要さを認識しています。

今後、15年以内には商品やビジネスモデルがもっと進化するし、政策や規制面においてよりよい方向に向かっていくと考えられます。これからのイノベーションはエムペサのようにニーズのある途上国で起きるでしょう。

http://toyokeizai.net/articles/-/13572