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キャノン、傘下の「キャノングローバル戦略研究所(CIGS)」の研究員の精力的な「気候変動懐疑論」の言論活動の展開で、企業としての「評判リスク」に直面(RIEF)

2022-05-23 22:10:39

CIGSキャプチャ

 

  キャノンが、傘下のシンクタンクに所属する研究者の気候変動問題に関する言動で、国際的な環境団体や研究者らから反発を受けている。焦点になっているのは、キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)の杉山太志氏の言論活動だ。同氏は、電力業界で組織する電力中央研究所で20年以上にわたって研究員として気候変動懐疑論を展開してきた論客。2017年にCIGSに転身後も、変わらぬ論調を展開している。しかし、化石燃料火力等を抱える電力会社ではなく、ESG対策をアピールしてきたキャノン傘下での情報発信だけに、内外の環境団体等が「設立主体であるキャノン」のスタンスに疑念を向る動きが広がっている。

 

 杉山氏のCIGSでの論調を浮き彫りにしたのは英紙Guardian。同氏はCIGSのウェブサイトで公開した気候変動に関する記事やビデオ、書籍等で、「災害のたびに地球温暖化のせいだと騒ぐ記事があふれるが、ことごとフェイクニュースだ」、「グレタ・トゥーンベリさんは環境活動家から共産主義者に転向した」「IPCCの報告書では、海洋の温暖化が過大評価され、陸域の温暖化が過小評価され、どちらも外れた結果として、地球全体の気温上昇はたまたま当たっているようだ」等と論じている。

 

 Guardianの記事は2月末に掲載されたものだが、その後、最近になって日本のメディアでも翻訳されたため、国内の環境NGOらも問題視している。同氏はほぼ毎日のように、気候変動に関する懐疑的な視点や論考を掲載する精力的な活動を展開しているためだ。

 

杉山太志氏
杉山太志氏

 

 同紙は、杉山氏が気候変動を「フェイクニュース」扱いしていることを問題視して、欧州環境NGOらの反応も紹介している。NGOらの中には、CIGSの設立主体であるキヤノンに「記事が撤回されるまでCIGSへの資金提供をやめるように」と要求したところもあるとしている。これに対しキヤノンは、「CIGSの活動は当社の事業ではないためコメントする立場にない」と回答を避ける説明をしたという。

 

 キャノンがこうした反応をしたとすれば、説明責任を果たしていないということになる。CIGSはキャノンの創立70周年事業として2008年12月に一般財団法人として設立された。非営利だがキャノンのシンクタンクであることは間違いない。CIGS自身の紹介でも「キャノングループの企業理念である『共生の理念』がめざす『世界の繁栄と人類の幸福のために貢献して いくこと』に合致した研究活動を行うことを目的」とすると明言している。

 

 元日銀総裁の福井俊彦氏が理事長で、財務省、経産省、日銀等の官僚OB等と、各分野の研究者等で構成する陣容だ。杉山氏だけでなく、各分野での政策論客をそろえ、役所の政策の応援団的な役割も果たしている。評議委員会議長は御手洗冨士夫キヤノン会長であり、官僚OBの受け皿機関としても機能しているようだ。

 

 杉山氏は、長年所属していた電力中央研究所で、気候変動問題についての懐疑論を中心とした論調を展開してきた。2017年にCIGSに転身した経緯は不明だが、CIGS側は同氏のこれまでの論調や言動を熟知する立場にあったことから、同氏の言動を前提として、CIGS内にポストを用意したとみられる。

 

 同氏は連日のように情報発信するコラムで気候変動への懐疑論を展開している。さらに、今年1月には「15歳からの地球温暖化 学校では教えてくれないファクトフルネス」という若者向けの啓蒙書を出版。その中で、地球温暖化による絶滅が危惧されているホッキョクグマの生息数が実際には増えていることなどを示した上で、子どもに対して環境教育への再考を促している。研究論文の執筆もしているが、最近の活動は「気候懐疑論」の啓蒙活動にシフトしているようだ。

 

 同氏は2004年以来、電力中央研究所の研究員として活動。IPCCの評価報告書の執筆者にも名を連ねてきた。経産省系の産業構造審議会や、総合調査エネルギー調査会等のワーキンググループ等にも所属し、経産省・資源エネ庁寄りの発言で知られてきた。現在は、CIGSの研究主幹の肩書とともに、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授等を務めている。

 

 同氏にすれば、従来と変わりのない言論活動を展開しており、なぜ問題視されるのか、といったことになるのだろう。だが、Guardian紙によると、同氏の論調に対して、杉山氏と同じくCIGSの研究者であるジェフリー・ブレイスウェイト教授は、「(同氏の主張は)常識から大きく外れており、エビデンスに基づくものでもない。地球温暖化と気候変動、そしてその影響について収集されたエビデンスに明らかに反している。擁護できるものではない」と指摘している。

 

 国立環境研究所の上級主席研究員の江森正多氏も、同紙が紹介するコメントによると「私は杉山氏の議論が、世界中の気候変動懐疑論者の典型的な戦略を用いていることに気がついている」と述べ、同氏が懐疑論の根拠として扱うデータの解釈は、気候変動に関するIPCCの結論とは矛盾していると指摘したとしている。同氏の論調は、気候変動に関する情報源としての信頼性に疑問の余地があるとの見方を示している。

 

 気候変動、温暖化に対する懐疑論は、国際的にも古くからある。米国のトランプ前大統領も、そうした論調に耳を傾け、パリ協定からの離脱等の反温暖化政策をとった。ただ、CO2排出量の増大データ、温暖化の原因が化石燃料であることを隠していたエクソン・モービル等への訴訟の広がり等で、懐疑論を公に主張する学者は減少している。

 

 日本でも欧米に遅れて、2007年頃から懐疑論や「温暖化のウソ」論が広がった。しかし、その多くが、本来の気候科学に基づいた分析や提唱ではなく、周辺の学問を応用したり、役所のOBや電力業界等による政策支援の狙いが色濃く反映しているケースが少なくなかった。その後、パリ協定の締結や各国企業、政府の「ネットゼロ」宣言に伴う温暖化対策への取り組みの進展とともに、懐疑論自体が「立脚する意味」を失い、下火になっていった。

 

 今回、杉山氏の言動が注目されているのは、そうした内外の環境下で、依然、脱炭素化の遅れが目立つ日本からの懐疑論発信であり、さらにキャノンのシンクタンクからの発信である点だ。長年、電力業界の視点から温暖化対策の緊急性に疑問を示してきた杉山氏が、キャノンというグローバル企業のシンクタンクに「乗り換え」て、懐疑論を発信し続けることの真の狙いへの疑問もある。

 

 企業の気候変動対策の分析を手がける欧州の非営利シンクタンクのInfluenceMapの事務局長、ディラン・タナー氏は、「問題なのは、杉山氏の見解がCIGSのスタンスだと見なされる可能性があるということだ。環境の持続可能性に関するキヤノンの立場から、同社が『真のレピュテーション(風評)リスク』に直面する可能性がある」として、キヤノンの企業イメージの悪化への懸念を指摘している。

 

 CIGS側はNGOやGuardian紙等の問い合わせに対しては、研究成果の発表は、研究者にある程度の裁量を認めているとの立場から、杉山氏の記事の取り下げには消極的との説明をしているという。しかし、英NGOのAction Speaks Louderは「キヤノンのブランドが、子どもたちに危険な気候変動否定論を広め、化石燃料を支持するハイレベルな政策提言活動を行うための拠点として利用されている」(事務局長のジェームズ・ローレンツ氏)と指摘。CIGSが出した記事や書籍が撤回されるまで、キヤノンはCIGSへの支援を中止する必要があると強調している。

 

 Guardianは杉山氏にも2回メールで問い合わせをしたというが、返事はなかったとしている。

 

https://www.theguardian.com/environment/2022/feb/27/thinktank-linked-to-tech-giant-canon-under-pressure-to-remove-dangerous-climate-articles

https://gigazine.net/news/20220517-thinktank-canon-pressure-remove-climate-articles/