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維新の会と石原新党が抱える共通の「生みの苦しみ」(古賀ブログ)トップ以外はどうでもいい人の集まり

2012-11-03 23:45:01

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橋下氏が、たちあがれ日本のメンバーについて「信頼関係を築けない」、「保守ということで全部政策決定されるというところで世代間のギャップを感じる」、「カラーが合わない」「グループ、党となると(連携は)難しい」などとして党としての連携にかなり否定的な考えを示したという報道がなされた。一方で「石原さん個人とは一緒にやりたい」と述べて連携の対象を石原氏個人としたい考えを示したそうだ。

 

ここまでケチをつけられたら、たちあがれもそう簡単に連携をお願いしますとは言えなくなるような気がする。どうしてここまではっきりとたちあがれとの決別を演出するのだろうか。

 

客観的に見ると、石原新党と日本維新の会には共通の弱点がある。それは、どちらも、トップがダントツのカリスマ性を持ち、他の国政メンバーは、はっきり言って一般国民から見れば、どうでもいい人達の集まりだ。両者ともに、国民はトップに熱狂して、その政党を支持しようとしたが、その他の顔ぶれを見た途端に熱が冷めてしまうという現象が起きている。

 

維新の会の国会議員団も、一応、基本理念を共有するメンバーが集まったことになっているが、これまでの政治活動を見る限り、それは選挙目当ての口先だけの約束ではないかと思えてしまう人も多い。たちあがれと違うところは、表向きは改革をやりますと言っていることだ。改革しますといっている人に、それは嘘だろうと言うのは難しい。

 

一方、たちあがれは、メンバーの顔ぶれを見れば改革とは程遠いイメージだ。「真正保守」などとほとんど色あせた標語を掲げているのも橋下氏から見ると強い違和感を与えたのだろう。

 

ただ、どちらのグループもトップと構成メンバーの間の「格差」がアキレス腱になっていることでは同じだ。少なくとも、国民から見れば、維新の方が「若いな」というくらいの違いにしか見てもらえないかもしれない。

 

 

●トップ以外はどうでもいい人の集まり

 

 

一方、国政政党になる母体を構成している議員の政策や資質は確かに大きな問題だが、仮に両党が次回の総選挙でかなりの躍進をするとすれば、重要なのは、新人候補の質だということを忘れてはならない。

 

これから石原新党に集まる新人候補がどのような人達なのか。「真正保守」を掲げるお年寄りが中心ということになれば、おそらく、一気にその人気は落ち

るだろう。

 

他方、前述した、「官僚主導の中央集権体制打破」を掲げる清新な人材が集まって、これを石原氏が応援すれば結構盛り上がるかもしれない。そんな状況をどう認識しているのか、いないのか、たちあがれメンバーが、旧態依然の政治姿勢を変えなければ、石原氏自身がたちあがれを見限ることがあるのではないかとさえ思える。

 

橋下氏の31日の発言は、そういう意味で、石原氏に代わってたちあがれメンバーに警告を発したと見ることもできる。石原氏の国政進出で、ある意味また露出の機会を得た橋下維新の会は、たちあがれの守旧性をあえてクローズアップして、自らの先進性を訴えるという作戦に出たとも取れる。

 

つい一ヶ月少し前に、新党立ち上げの際、国会議員メンバーの顔ぶれが原因で支持率を大きく下げた維新の会の生みの苦しみを、石原氏が今まさに経験しつつあり、維新の会がそれを踏み台に支持率アップにつなげる。何とも皮肉な結果だ。

 

橋下氏は、元々、石原氏を尊敬している。だから、石原氏個人については、むしろ連携の可能性を強調して援護射撃している。それでは、この先には何があるのか。橋下氏は、最後まで石原氏を援護するだろう。もし、石原氏が政策を維新寄りに大きく変えるということをすれば、石原氏個人とそれを信奉する候補者が維新と合流するということも論理的にはありうるが、その場合、最大の壁となるのは、やはり、石原氏のタカ派的な憲法論と外交・安全保障政策だ。

 

橋下氏は、タカ派、ハト派というようなラベリングには乗ってこないだろうが、一般に言われているほど、いわゆるタカ派ではない。憲法9条も改正しろとは

言っていないし、竹島の共同管理という考え方もいわゆるタカ派とはかなり考え方が違う。

 

この壁が取り払われるとすれば、石原氏が考えを変えるか、橋下氏が考えを変えないといけない。この場合、維新の会の橋下氏以外のメンバーにはかなりタカ派が多いことにも留意する必要がある。石原氏との連携がテーマになった時、維新の会のタカ派が勢いづく可能性がある。そこで、橋下氏が、多少でも党内の多数派に配慮すればそれだけ石原氏との距離も近づくことになる。

 

ただ、それが、政策として一致ということまで行くのかとなるとかなり厳しい感じがする。石原氏は、そんなことは、後で考えればいいと言うが、それでは、「政策第一」を掲げた維新の基本的考えに合致しない。そこで、最終的には、橋下氏と石原氏の個人的な信頼関係を背景とした事実上の連携、「『阿吽の呼吸』の選挙協力」という形になるのではないかという予測に落ち着くのである。