故・藤本義一さんの死因(中皮腫)も アスベストが原因だった。 「無念、父の中皮腫」 長女、足跡たどり経緯調査(毎日)
2013-11-08 15:17:33

アスベスト(石綿)が原因とされる中皮腫で、昨年10月に79歳で亡くなった直木賞作家の藤本義一さんの発症に至る経緯を解き明かそうと、長女の中田有子さん(53)=兵庫県西宮市=らが調査を進めている。生まれ育った堺市、学生時代に通った兵庫県宝塚市の宝塚映画製作所、救援に奔走した阪神大震災の被災地。父の足跡をたどりながら思う。「真実にはたどり着けなくても、せめて石綿の恐ろしさに光を当てたい」【藤顕一郎】
中田さんは、中皮腫患者の支援団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の会長、古川和子さん(65)の支援を受けながら、藤本さんが石綿を吸引した時期や場所を探している。
◇堺・浜寺
本さんは1933年に堺市・浜寺地区で生まれ、72年に西宮市に移るまでの大半を堺で過ごした。
中田さんによると、藤本さんは堺市の自宅近くの川の土手をよく散歩した。周辺には石綿を運んだ麻袋をカーペットの裏地に仕立て直す工場があった。古川さんが72年当時の住宅地図を調べたところ、後に従業員が石綿関連疾患の労災認定を受けた事業所が、生活圏内に4カ所あった。
◇宝塚
2人は、藤本さんが大学生時代に多くの脚本を書いた宝塚映画製作所で、美術スタッフを務めていた男性にも会った。「舞台セットを解体すると、粉じんで真っ白になった」。男性も昨年11月に中皮腫と診断されていた。
◇阪神被災地
西宮に転居後の95年に阪神大震災で被災。藤本さんは、震災遺児を救おうと被災地を走り回った。建物が倒壊した現場にも足を運んでおり、粉じんを吸引した可能性がある。
古川さんは「著名な藤本さんと接触した人なら記憶が鮮明で、明確な証言が得られるかもしれない。新たな被害者の発掘につながる可能性があり、社会的にも意義は大きい」と評価する。
中田さんは14日午後1時半から、神戸市中央区の市勤労会館で、これまでの調査や藤本さんの思い出を語る。入場無料。問い合わせは主催の「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会ひょうご支部」(078・382・2118)。
◇遺志かみしめ社会に発信
「社会に向けて何かしたらええのに」。育児を終えた中田さんは、藤本さんから度々そう促されていたという。亡くなって今月30日で1年。その言葉をかみしめている。「『発症の経緯を調べてくれ』と言われているような気がします。父の思いに寄り添っていきたい」
テレビ番組の司会やコメンテーターとしても活躍してきた藤本さんが中皮腫と診断されたのは2011年4月だ。昨年9月には自宅のトイレで倒れ、入院した。
入院後間もなくのこと。看護師が病室に入ると、ベッドで目をつぶったまま動かない。「死んだふりするのやめてくださいよ」と言われると、目を開け笑った。病床でもちゃめっ気たっぷりだった。
元気なころから、水割りも自分で作れない父親だった。雄の飼い犬に「俺の味方はお前だけや」と話しかけた。「痛がりの怖がりで、可愛らしい小動物のようだった」と中田さんは振り返る。
10月半ばを過ぎると体に力が入らなくなった。口を開けても声は出ず、筆談しようとペンを握ってもポロリと落ちた。最期まで痛みを訴えることなく、家族に囲まれて穏やかに逝った。
病床の父は石綿のことを話題にすることはなかったが、中田さんには無念の思いが募る。「なぜ父が中皮腫を発症したのか。何とか知りたい」
http://mainichi.jp/area/news/20131012ddf001040003000c.html

































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