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「”核のごみ”先送りこそが国民の問題」 独倫理委の委員。ドイツが学び、日本がいまだに学んでいない「フクシマの教訓」を指摘(FGW)

2013-12-16 13:13:05

ミランダ・シュラーズ・ベルリン自由大学教授
ミランダ・シュラーズ・ベルリン自由大学教授
ミランダ・シュラーズ・ベルリン自由大学教授


東京電力福島第1原発事故による影響が今も汚染水の流出、除染の停滞等で続いているが、日本政府は原発推進のエネルギー政策を再びを掲げようとしている。これに対して福島事故を受けて2022年までに国内全原発の廃止を法制化したのがドイツ。原発閉鎖を勧告した「倫理委員会」の委員を務めたベルリン自由大のミランダ・シュラーズ教授が来日、ドイツの視点を講演した。

ドイツが「フクシマからの教訓」を学び、それを国の政策に反映させるうえで、大きな影響を与えたとされるのが、有識者で構成された「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」の報告書だ。報告書は福島原発事故で「原発のリスクの大きさが証明された」として、脱原発の方針を示した。

 

倫理委が重視したものは何だったのか。都内で14日に講演したシュラーズ教授(ベルリン自由大学)によると、倫理委はメルケル首相の委託により、原発事故直後の11年4月から5月までの約2カ月設置された。

原発の是非を諮問する倫理委員会には、元環境相やドイツ研究振興協会の会長、カトリック司祭、財界人、消費者団体など17人の委員がいたが、原子力の研究者は1人もいなかった。どのようなエネルギー政策を求めるかは、社会、消費者が決めるべきとの考えからだ。「原子力ムラ」の研究者を中心に据えた経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会とは大違いである。

 

ドイツの倫理委員会が示した脱原発の方針は①ドイツの原発の安全性は高いが、事故のリスクはゼロではない②原発で事故が発生した場合、他のエネルギー源よりも危険③次世代に(原発の)廃棄物処理を残すには倫理的な問題がある―の3点に集約される。

 

委員会には原発容認派と反対派がほぼ半々いたが、「いつかは原発を廃止した方がいい」という点で全員一致したという。問題が起きた時のリスクが、ほかのどのエネルギーよりも大きく、国境を超えて世界に影響を与え、放射性廃棄物という問題も次世代に残してしまうからだ。「原子力は倫理的ではないエネルギー」と報告書は断罪している。

委員会の議論で特に重視されたのが、放射性廃棄物の処理の問題。講演でシュラーズ教授は「私たちが原子力を使っているのは私たちの(生活の)ため。最終処分場はどこにもない。その廃棄物を次世代に残すのは大きな倫理的な問題。(原発のため)燃料を作れば作るほど次世代の問題が大きくなる」と述べた。

最終処分場がない原発の課題は、以前から指摘されてきたが各国とも、「将来の課題」として先送りしてきた。しかし、それは明確な「将来への負担」であり、かつ膨大なコストを残すことが誰の目にも明らかになったのだ。

小泉純一郎元首相が「脱原発」を強調して、日本の原発政策の矛盾点を喝破したのは、まさにこの点である。日本政府は最終処分場確保のため、従来の自治体公募体制をやめ、国が自ら適地を探す方式に切り替えるとしている。しかし、こうした政策変更は国民の目を欺こうとする目くらましでしかない。問題は、処分場を決める主体の問題ではない。地震多発で断層が各地に走っており、しかも人口密集の日本の国土に、そうした適地がない、という現実なのだ。

 ドイツの政治家や有識者、国民が、「フクシマ」から明確な教訓を学んだにもかかわらず、事故当事国の日本は、原因者企業の東電が国民に膨大な負担を押し付けて、未だに上場企業として君臨している。また原因者官庁の経済産業省は「政策失敗」の責任を一切とらず、逆に安倍政権の官邸運営の実権を握り、原発政策を再び復活させようとしている。「クロ」を「シロ」と言いくるめるような、見え見えの保身の政策がなぜまかり通ろうとしているのか。

おそらくそれは、この国の政治家のレベルの低さであり、官僚たちの志の低さであろう。また国民も「わが事」とせず、人任せに安住しているのではないか。そうした国の国民は常に騙され、危機にさらされる。それが歴史の教訓でもあるーーー。(FGW)