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科学・環境 バイデン大統領でエネルギー・温暖化対策はこうなる!~重視するのは「経済、コロナ、人種差別、気候変動の四つだ」(明日香壽川)

2020-11-25 14:35:01

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 バイデン大統領が誕生する。ある程度予測されたことであったものの、エネルギーや温暖化問題に関わってきた研究者としては、非常に感慨深い。トランプ大統領の「罪状」の一つに、政府文書から温暖化という言葉を抹消させ、オバマ元大統領のエネルギー・温暖化政策をほぼ否定したことがあるからだ。

 

 一方、バイデン新大統領は、選挙公約で、時計の針を元に戻すだけでなく、さらに先を進めることも約束している。そのため、多くの米国の環境NGOも「これまでの大統領候補としては最も野心的かつ急進的なエネルギー・温暖化対策案」と高く評価していた。以下では、そのバイデン案の内容、実現可能性、日本への影響について考える。

 

バイデン氏の公約

 

 バイデン案のポイントは、①2050年に国全体の温室効果ガス排出実質ゼロ、②2035年に電力分野の温室効果ガス排出実質ゼロ、③4年間で2兆ドル(約210兆円)の投資による雇用創出および環境正義の達成、の三つだ。

 

 第1の2050年排出実質ゼロは、10月に日本の菅首相が掲げた目標とほぼ同じである。おそらくバイデン大統領の公約と中国の習近平主席の国連演説(2060年実質ゼロを表明)を意識しつつ菅首相も発表したのだろう。

 

 第2の2035年電力分野での排出実質ゼロというのは、今の日本の環境NGOが日本政府に要求している数字よりも野心的かつ急進的である。なぜなら、日本の環境NGO提案の多くは、2030年に電力分野の再生可能エネルギー割合を40〜50%にするというものだからだ。

 

 第3の大型投資と環境正義は、ここ数年、米国で議論されてきたグリーン・ニューディールの目玉であり、財政拡大や先住民、非白人、貧困者のサポートを重視する民主党の政策に沿っている。

 

温暖化問題の優先順位

 

 これまで米国での温暖化問題の優先順位は高くなかった。しかし、バイデン大統領は、2020年8月の民主党大統領候補の指名受諾スピーチで、「米国が直面する問題は、経済、コロナ、人種差別、気候変動の四つだ」と明言しており、当選確実となった11月8日に政権移行に向けて設けたウェブサイトでも、この四つを最優先課題としている。

 

民主党の候補者集会で演説するバイデン氏 =2019年11月、アイオワ州デモイン、ランハム裕子撮影
民主党の候補者集会で演説するバイデン氏 =2019年11月、アイオワ州デモイン、ランハム裕子撮影

 

  10月のトランプ前大統領とのディベードでも、1回目は、共和党寄りの報道で知られるフォックス・ニュースのアナウンサーでもある司会者が、若者の抗議を受けて当初は入っていなかった温暖化問題を急きょ論点に入れた。2回目のディベートでは、事前に決められた六つの争点のうちの一つに温暖化問題が入っていた。

 

 すなわち、米国での温暖化問題の政治的な優先順位は非常に高くなっており、その背景の一つには、アメリカ全土において森林火災、熱波、ハリケーンなどによる被害が顕著になっていることがある。少なくとも、エネルギーや温暖化問題が国政選挙では争点にならない日本の状況とは大きな違いがある。

 

どうやって実現するのか

 

 この問いに対しては、「必要な政策や投資がなされれば、今の技術レベルである程度は可能であり、うまくやれば国全体での経済や雇用にはプラスになる」というのが、多くの業界関係者や研究者の最大公約数的な答えだろう。

 

前述のように、バイデンの温暖化政策は、これまで米国で多くのバージョンが出された「グリーン・ニューディール」を踏襲したものであり、巧妙に補助金(アメ)と規制(ムチ)が組み合わされている。また、財源に関しても、化石燃料補助金廃止、大企業・富裕層への課税、炭素税などが想定されている。

 

 もちろん、これらの規制導入や法改正は容易ではなく、バイデン大統領は、急進左派と批判されがちなサンダース上院議員のグリーン・ニューディール案とは、一定の距離を置いていた。

 

しかし、その一方で、選挙前に、温暖化政策のブレーンとして、サンダース上院議員に近いオカシオ・コルテス下院議員を指名している。ハリス副大統領も温暖化問題には熱心であり、環境正義を強く訴えている(彼女は環境がらみの企業訴訟に検事として多く関わっていて、かなり勝っている)。

 

 現時点では、どちらが上院での多数派かは不明なものの、民主党が多数派となった下院では、上院での審議も考慮した様々な法案が作成されることになるだろう。

 

トランプ政権下でも進んでいた脱石炭

 

 トランプ前大統領は、2011年に「温暖化問題は中国によるホラ話」とツイートしており、大統領就任当初は、「石炭産業を取り戻す!」と威勢よく言っていた。しかし、最近は、そのトーンを落としており、前述の2回目のディベートでは、「米国の二酸化炭素排出量は減っている」とまでコメントしている。

 

女性初の副大統領になるカマラ・ハリス上院議員=2020年3月、米ミシガン州デトロイト、藤原学思撮影
女性初の副大統領になるカマラ・ハリス上院議員=2020年3月、米ミシガン州デトロイト、藤原学思撮影

 

  また、実際に、2015年に当時のオバマ政権が導入したクリーン・パワー・プランという化石燃料規制の数値目標(2030年までに2015年比で二酸化炭素排出を30%削減)を、発電分野は10年前倒しで達成している。

 

 その背景には、冷徹な市場原理がある。すなわち、いくら政府が補助金を出そうと(補助金にも限りがある)、石炭発電は、その発電コストが再エネや天然ガスによる発電コストよりも高いので、競争力を持ち得ない。米国では、石炭産業は自然に淘汰(とうた)されている。

 

米国では、政府機関である米国エネルギー情報局が毎年、エネルギー発電技術のコスト比較の数値を発表している(表参照。US Energy Information Administration 2020から)。これによると、かなり前から太陽光、風力、天然ガスの発電コストは、石炭や原発よりも大幅に安い。

 

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日本への影響

 

 一方、日本は、筆者が知る限り、政府がいまだに「原発が一番安く、その次が石炭」と主張している世界で唯一の国である(実際には、2015年に実施したコスト比較の計算をアップデートしておらず、その計算も様々な問題が指摘されている)。2050年排出実質ゼロを表明していなかったのも、G7の国では日本と米国のみであった。

 

 今回、バイデン大統領が生まれたことで、それなりのプレッシャーを永田町や霞が関は感じているだろう。しかし、筆者はそれほど楽観していない。日本の政治のイナーシャ(慣性)や抵抗勢力の力は、極めて大きいからだ。具体的な抵抗勢力は、石炭火力を経営資産として持つ大手電力会社やエネルギー多消費産業であり、彼らの雇用者数やGDP貢献割合などの経済的な影響力は小さくなっているものの、個別あるいは経団連などを通しての政治的な影響力はいまだに大きい。

 

 日本は2007年の第一次安倍政権の時から「2050年80%削減」という目標を掲げていた。しかし、多くの国民は知らず。達成に必要な具体的な道筋や政策が真剣に議論されることはなかった。政治家や官僚にとって、80%も100%も似たようなものであり、30年後の数字などは、どうでも良いというのが本音だろう。

 

 世界の研究者は、「エネルギー転換や温暖化対策で日本は勝ち組になれるのに、なぜそうしないのか?」と不思議に思っている。

 

 勝ち組となる主な理由は、①日本は化石燃料資源の輸出でもうけている国ではない、②逆に、化石燃料資源輸出国に払っている年間約20兆円が国内で回ることになり経済発展につながる、の二つだ。その勝ちをみすみす逃しているのが非常に残念だ。

 

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 本稿は 朝日新聞の『論座』の掲載記事(2020年11月13日付)を、著者の了解を得て転載しました。

 

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明日香 壽川(あすか じゅせん)東北大学東北アジア研究センター教授(同大環境科学研究科教授兼務)。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。