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経産省の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」。2030年目標を欠き、「野心的」というよりも「邪心的」というか??(藤井良広)

2020-12-27 23:20:02

sekitannkarryhoku003キャプチャ

 

  菅義偉政権が掲げた「2050年温室効果ガス排出量ネットゼロ」を実現するための戦略と各分野の工程表をまとめた「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を、経済産業省が公表した。30年後の「ネットゼロ社会」に向けて、多様な分野の対策を積み上げたとしている。だが、中間の2030年目標は現行目標のままで、90年度比では実質18%削減でしかない。EU等は「50年目標」を現実化させるため、30年目標を55%減に引き上げ、英国も68%減とした。「現実的な30年目標」を示さず、各産業の50年までの成長可能性を並べ立てるだけで「ネットゼロ戦略」を進められるのだろうか。

 

 「戦略」と出した文書は、経済産業省が政府の成長戦略会議に報告した。さすがに、中身が「2030年目標の見直し」を欠き、「経済と環境の好循環」と言いながら、各産業の成長予測と、温室効果ガス排出削減予測のつながりを説明しないままで、メニューを並べたことへの「罪悪感」からか、冒頭で「『 発想の転換』、『変革』といった言葉を並べるのは簡単だが、 実行するのは、並大抵の努力ではできない 」と、「言い訳」をしている。https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html

 

 同文書が示す30年目標は、パリ協定で政府が示した国別温暖化対策貢献(NDCs)の2013年度の水準から26%削減(2005年度比25.4%削減)をそのまま掲載している(90年度比では18%減)。このため、30年から50年にかけて、急激な減少が必要という姿になっている。また、産業分野の排出量は2030年に、現行より増大するとしている。産業部門の排出量が増え、50年にかけて急速な規制や技術転換を進めなければならないとすると、日本経済は、TCFDが指摘する移行リスクが高すぎることになり、内外の投資資金は逃げていくだろう。

 

政府の「グリーン成長戦略」が示す、2030年と2050年の温室効果ガス排出量目標の流れ
経産省の「グリーン成長戦略」が示す、2030年と2050年の温室効果ガス排出量目標の流れ

 

 首を傾げるのは、50年の電力需要は現行より30~50%増大するとしている点だ。家庭の電化の進展等を理由とするのかもしれないが、実際の電力需要はこの10年ほど低下を辿っている。少子化の進行の影響で家庭の電力消費はさらに低下するとみられる。また、温暖化対策で家庭用太陽光発電と電気自動車の普及とで、家庭の自家発電力が高まることも、電力需要減退の要因になるはずだ。

 

 「過大」な将来の電力需要を示すのは、ひょっとして、既存の化石燃料電源や原子力の発電量を現状から大きく削減せずに温存する狙いで、その分を小さくみせるため、分母となる電力需要全体のパイを大きくみせようとしているのかもしれない。だとすれば、戦略は「野心的」とはいえず、「邪心的」になってしまう。経産省はこうした誤解を招かないようにするには、推計データを明確に示すべきだろう。

 

 30年の改定目標を示さない一方で、戦略の中身には、①国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に10年間(30年まで)で2兆円基金を造成②電力のグリーン化+電化や熱・電力分野の水素化などの重点分野ごとに、意欲的な2030年目標を設定③大胆な税制支援で10年間で約1.7兆円の民間投資創出④産業競争力強化法を改正し、脱炭素化効果の大きい製品の生産設備導入等に最大10%の税額控除または50%の特別償却を3年間実施――等、2030年までの対策を多く積み上げている。

 

政府の「戦略」が示すカーボンニュートラル事業のマップ
経産省の「グリーン成長戦略」が示すカーボンニュートラル事業のマップ

 

 成長が期待されるとする産業(14分野)の工程表でも、50年までのロードマップで30年を含めて段階的な事業の達成度等を示している。しかし本来は、そうした達成度に応じた温室効果ガス排出量削減の進捗度も示すことで、政策支援によって投じた資金と、事業の達成度、その結果の排出削減目標達成度、さらには政策の費用対効果への理解を、市場と国民に求めるべきではないか。

 

 ところが、経産省の「戦略」はそうした排出削減の費用対効果等よりも、経済効果の高い産業・事業を支援する政策の積み上げを優先して強調している。あたかも政府資金を多く投ずれは目標は達成できるとするような形だ。政府資金の活用による経済効果は機械的な試算で 、2030年で年額90兆円、 2050年で年額190兆円程度とはじいている。しかし、それらの経済効果がどれほどの排出削減をもたらすかという「機械的な」試算はしていない。

 

 求められているのは、2050年のネットゼロ達成であり、それを確実に、かつ費用対効果の最も高い方法で実現するための「野心的な」中間削減目標の改定であるはずだ。求められるグリーン成長産業や事業は、それが気候変動低減、環境負荷削減に効果があってこそ意味がある。排出削減と明確なつながりのない補助金や減税措置の積み上げで、仮にその事業が成功したとしても、それは従来型の産業政策でしかない。

 

 かつ、政策資金を膨大に投じたからといって、すべての事業が経済的にも成功するとは限らない。とりわけ、再生可能エネルギー等のグリーン事業は、技術的にまだ未知な部分が少なくない。たとえば、政府主導で試みた福島沖での浮体式洋上風力発電事業では約600億円を投じ、三菱重工、日立製作所、三井造船という主要3社の自社の風力発電開発を支援したが、ことごとく採算が見込めず、試作の全設備を撤去せざるを得なかった。http://rief-jp.org/ct5/109169

 

日本の風力発電メーカーが「惨敗」した福島沖での浮体式風力実証事業
日本の風力発電メーカーが「惨敗」した福島沖での浮体式風力実証事業

 

 経産省が強調するイノベーション、特にグリーンイノベーションには、大きなリスクを伴うことを立証した結果となった。同省は「2050年ネットゼロ」の実現に向けて「イノベーションファイナンス」を掲げる。だが、市場は政府によるコスト支援策だけで、容易にイノベーションにファイナンスを投じるほど甘くはない。再エネのリスクは、コストだけではなく、技術面の脆弱性が大きいからだ。

 

 洋上での浮体式風力発電の場合、対象海域の上空100~200m前後の風況データの安定的な分析・評価が不可欠であるほか、日本の海域では避けられない台風襲来時の対策等も必要だ。これらはまたコストアップ要因でもある。つまり、技術面に加えて自然への対応が求められるのだ。バイオマス発電でも同様に、生物多様性保全とのバランス等が課題となる。同発電も、単にコスト対応だけでは解決できない要素を抱えている。

 

 成長事業を政策的に支援するのは、産業政策としてはあり得るだろう。しかし、今、求められているのは、何よりも、温室効果ガス削減の効果である。この点への貢献、効果を二の次にして、グリーン成長戦略としての将来像を示すのは、今、国の政策に求められる課題とずれていないか。繰り返すが、求められているのは、2050年のネットゼロ達成であり、それを確実にするための中間削減目標である。

 

 本来は、温暖化対策だから、環境省が目標の立案とそれを達成するために、最も効率的な排出削減策をメニュー化するべきだろう。経産省も「関係省庁と連係して(報告を)まとめた」としている。だが、今回の「戦略」には環境省が対応した形跡は、ほとんど見受けられない。経団連と連携できたことをアピールしている環境省だが、ひょっとして経産省の成長戦略に同調することを優先し、温室効果ガス排出削減の政策目標の設定は後回しにしたのかもしれない。

 

 30年目標の改定は、パリ協定のNDCs改定となる。このため、来年11月の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に合わせて、改定NDCを打ち出すという政治的理由を優先した可能性もある。しかし、すでにEUや英国が、大幅な30年の削減目標を示している中で、それを上回る、ないしは匹敵する目標を世に示すならばまだしもだが、残念ながら、そういう「野心的な30年目標」を宣言できるとは思えない。

 

 野心が乏しく、邪心がチラつくかのような「グリーン戦略」では、2050年カーボンニュートラルの目標達成は、逃げ水のように遠のくだけだ。「世界全体で総額3000兆円、国内で約300兆円とされるESG資金を、カーボンニュートラルに向けた取り組みに取り込む」とも書く。内外の金融機関と金融市場がそれほど、この政策を好意的に受け止めるだろうか。

 

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(本稿は2021年1月1日に更新しました)

 

藤井 良広 (ふじい・よしひろ) 日本経済新聞元編集委員、元上智大学地球環境学研究科教授。一般社団法人環境金融研究機構代表理事。神戸市出身。