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温暖化との闘い。バイデン米大統領の作戦は?(西村六善)

2021-01-28 18:26:30

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  バイデン大統領は1月20日に就任直後、パリ協定への復帰を決め、温暖化防止に逆行する100件以上のトランプ政権の政策を廃止した。今後4年間に2兆㌦に及ぶ大規模な投資をする。電力を2035年までに脱炭素化し、米国経済を2050年までに脱炭素化する計画だ。

 

 更に1月27日、バイデン大統領は気候変動問題をアメリカの安全保障上の問題と定義し、上記の諸政策を再確認し、更に化石燃料産業に従事している労働者を救済していくと云う声明を発表した。

 

 気候変動は地球環境を激変させ人類の存続を危機に追いやる危険性を持つ。当然経済社会面だけでなく政治面でも多くの国を不安定化させる深刻な問題だ。その意味で、温暖化はまさに政治と安全保障の問題だ。

 

  早い話が、気温の上昇は異常気象を多発させ、洪水や旱魃、食糧不足や水不足問題を引き起こす。物価も上がる。伝染病リスクも高まる。政治的に脆弱な国や地域では政治不安が勃発する。温暖化が続く以上、そういう不安や混乱の連鎖を止めることは出来ない。まさに世界の安全保障に響くのだ。バイデン政権はこういう思想の下で、アメリカが脱炭素化するだけでなく、国際社会の脱炭素化にも強い関心を寄せている。その点は同政権の言動で非常に顕著だ。

 

 先ず、当の米国社会では、温暖化は弱者をより強く打撃したと云う認識が強い。また非白人社会の方が白人社会より被害が大きいとされている。アメリカ社会の格差や分断にも何らかの経路で温暖化が関係している。こういう考え方がバイデン政権にはあるのだ。温暖化と戦う以上、米国社会の構造改革も同時に実現しなければならない。もとより、温暖化の有無に拘わらず、米国内の格差と貧困の問題は深刻だ。バイデン政権の下では、その関係で多くの政策措置が取られようとしているが、温暖化対策も国内格差と貧困の解消に役割を果たすべきだ、という考え方だ。

 

 今回、バイデン大統領が、2兆㌦の新規投資は、化石燃料産業に従事してきた労働者が転職するのを助成し、失業救済にも使われると言明したのは明らかにこの姿勢を示している。また大統領令の形で温暖化対策が社会的弱者、非白人アメリカ人に裨益するようすべての省庁で特別の組織が設けられ、特別の配慮が行われることになっている。脱炭素に向かうに際し弱者保護や弱者救済を推進することを米国では「気候正義」と云う包括的呼称で呼ばれている。大規模な投資を行う以上、国内の弱者救済、格差是正に役立てると云う思想だ。

 

 更に、気候変動は安全保障の問題だと定義する以上、温暖化を制御する運動が世界中で強力に進められる必要がある。一国で解決する問題ではないからだ。そういう発想の下で今回、ケリー元国務長官を「気候変動担当特使」に任命したが、その狙いは明らかだ。国務長官時代、極めて高い交渉能力をもってパリ協定の実現に貢献した同氏はこの種の任務に最も相応しい人間だ。彼は世界中を飛び回り、各国政府の強い行動を促すだろう。政府相手だけではなく、その国の国民に直接働きかけて、脱炭素化、脱炭素新文明を慫慂して廻るだろう。

 

 周知のとおり、パリ協定は各国が自発的に削減量を誓約する仕組みだ。その誓約が実行されるかどうかはその国の意欲次第であり、実行されない場合でも罰則などはない。要するにパリ協定が実際上効果を発揮できるかどうかは、実は各国政府の決意次第、実行力次第なのだ。各国の利害が錯綜し、長い困難な交渉の結果、やっとそこまで辿り着いたのだ。そういう意味でパリ協定だけで自然と温暖化は抑止されると云うことではないのだ。

 

 ケリー特使が任命されたのはこう云うパリ協定の不完全さを補い、すべての参加国に排出の削減、再エネの加速度的導入を促す効果を持つ。その意味でこの任命は地球温暖化を克服する過程では決定的な重要性を持つと云える。ここにもバイデン政権がこの問題を安全保障の面から捉え、全人類的な視点から行動すると云う必死の思いを示すものだ。昨年11月の大統領選挙でバイデン氏を支持した米国の国民、特に熱狂的な支持者であった若年層アメリカ人の熱意の結晶がここに表れていると見ることが出来る。

 

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西村 六善(にしむら・むつよし) 元外務省欧亜局長。1999年OECD大使として気候変動問題に関与、気候変動担当大使、元内閣官房参与などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。