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SDGsの観点から企業がTCFDに対応すべき理由 -積極的な移行リスク対策が企業のサステナビリティと地球・社会へのベネフィットを生む(菊地暁)

2021-03-26 22:22:21

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 気候変動は、経済分野において看過できないリスクとなっており、問題の解決に向けた対策が必要である。本稿では、気候変動対策を通じてTCFDの「移行リスク」への対応を実行するために、「戦略的計画・リスク管理マトリクス」を提案した。さらにSDGsを用いて、どうすれば気候変動対策ができて(手段)、どのような地球・社会レベルでのベネフィットが得られるか(効果)を検討した。

 

 気候変動対策としてTCFD移行リスクへ対応することは、企業にとってリスク管理だけではなく、技術革新やレピュテーションの向上などの「機会」にもなり得る。これらツールを用いて「企業のサステナビリティ」と「地球・社会システムのベネフィット」を生み出すストーリーは、紋切型ではない各社固有の気候変動対策として発信できるであろう。

 

<迅速な気候変動対応がブラウン・ディスカウントのリスクを軽減>

 

 気候変動は、ここ数年の国際的なリスク上位に挙げられるほど、我々にとって重要な問題である。足元では新型コロナウイルス(COVID-19)感染症対策が喫緊の課題となるが、長期的な視点から気候変動が大きなリスクであることに異論はないであろう。世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書をみると、「異常気象」が2017年以降4年連続で1位に、このほか「自然災害」や「気候変動対策の失敗」などが上位に入り、2020年は長期リスクの上位5位全てが気候関連リスクであった(図表1)。このように経済分野においても、気候変動が看過できないリスクであることがわかる。

 

図表1 今後、発生可能性が高いグローバルリスク(2016-2020年)  出所)The World Economic Forum  「Environmental dangers dominate the WEF’s survey for 2020」	をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成
図表1 今後、発生可能性が高いグローバルリスク(2016-2020年)
出所)The World Economic Forum 「Environmental dangers dominate the WEF’s survey for 2020」 をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

 

 周知のとおり、異常気象の主な原因は地球温暖化と言われている。2015年12月の国連気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)では、いわゆるパリ協定が採択され、産業革命前からの気温上昇を2℃以内に抑える「2℃目標」という公約が掲げられた。この国際公約を達成するには、石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料は、埋蔵量の1/3程度しか利用することができない。残りは法規制、市場環境、産業構造の変化により、実際に使えない資産として価値が大きく毀損する「座礁資産(Stranded Assets)」となる可能性が指摘されている。

 

 座礁資産のように資産価値の毀損が顕在化すると、企業会計には大きなダメージとなる。金融監督当局は、気候変動が企業と金融市場にもたらすリスクについて懸念しており、金融安定理事会(FSB)がG20の依頼を受けて、気候変動が金融市場に及ぼす財務的影響の可視化の検討を行った。そして、「気候関連財務情報タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」が設置され、2017年6月に情報開示ガイドラインとして「TCFD提言[1]」が公表された。

 

 ここでTCFDが指摘する気候変動リスクのひとつに「移行リスク」がある。移行リスクとは、「低炭素社会への移行に伴い、温室効果ガス(GHG)排出量の大きい金融資産を再評価することによりもたらされるリスク」をいう。先に示した「座礁資産」はTCFDが指摘する移行リスクのひとつである。

 

 これまで不動産市場においては、環境性能が高いビル(グリーンビル)の開発はイニシャルコストがかかるため、これに見合った賃料プレミアムの追求、稼働率の安定性などがデベロッパーの開発動機となっていた。一方、我が国における部門別CO2排出量をみると、事務所等が含まれる「業務その他部門」の構成割合が依然として高い。パリ協定を踏まえて策定された地球温暖化対策計画(2016年)では、同部門について、2030年までに40%(対2013年実績比)の削減率を求めている。

 

 現在、環境関連諸法令によりGHG規制が進められているが、今後、当該諸法令は、地球温暖化計画目標達成のために欧米の環境規制のように厳格化される可能性が高い(図表2)。この場合、GHG排出量が大きいなどの環境負荷が高いアセットは投資撤退(ダイベストメント)の対象となり、いずれは座礁資産となるリスクが指摘されている。そのため、早い段階で問題の解決に向けた戦略が必要となる

 

図表2  建築物に対する欧米の環境規制厳格化の動き 出所)各種資料をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成
図表2  建築物に対する欧米の環境規制厳格化の動き
出所)各種資料をもとに三井住友トラスト基礎研究所作成

 

 不動産において今後の移行リスクを考えるとGHG排出量が多い、あるいはエネルギー効率が悪い建物は大規模な環境改修工事を余儀なくされ、改修不能であれば最悪のケースでは賃貸行為そのものが違法となるかもしれない。すなわち、グリーンプレミアムの追求よりも、ブラウン・ディスカウントのリスクを軽減・排除する投資方針が、持続可能な企業としての成長のカギとなると考えられる。

 

<マトリクスによる「リスクと機会」の整理・検討が具体的なアクションに繋がる>

 

 それでは、不動産オーナーや関連プレイヤーは移行リスク対策にどこから着手すべきだろうか。

 

 まず、低炭素化社会への移行にはどのような不動産関連リスクがあるか、それにどう対策するかを整理した「戦略的計画・リスク管理マトリクス」を作成すると、直面する課題が可視化されて具体的な解決策に繋がるだろう。気候変動の主な原因が地球温暖化にあることから、ここでのゴールは「GHG排出削減・省エネルギーの達成」とした。これを達成するために、TCFD提言の評価フレーム[1]を用いて、「①政策・法規制」・「②技術(テクノロジー)」・「③市場」・「④評判」の4つの評価軸で不動産市場関連リスクを洗い出し、これに対応する「戦略的計画・リスク管理」を列挙した(図表3)。

 

図表3 移行リスクに対する「戦略的計画・リスク管理マトリクス」(例) 出所)三井住友トラスト基礎研究所
図表3 移行リスクに対する「戦略的計画・リスク管理マトリクス」(例)
出所)三井住友トラスト基礎研究所

 

 「①政策・法規制」では、既に欧米で進められている環境関連規制が日本でも行われると考えて戦略を策定する必要がある。特に「GHG排出量報告義務の強化」・「GHG排出量規制強化」は十分に想定されうる事項であることから、速やかに環境不動産関連専門所管を定め、これまで以上にPM会社等と連携してGHG排出量等の報告・管理体制を確立していく必要があるだろう。また、GHG排出量制限に伴い排出権取引が活発になることを想定し、排出権の売却側となる、もしくはできるだけ超過排出を行わないための準備が必要となる。

 

 我が国における炭素税はCOVID-19の影響により導入が延期されたが、いずれ地球温暖化対策の一環として導入が再検討されることになるだろう。これに対応するためには、現在のGHG排出量をモニタリングし、例えば「炭素税:1万円/CO2排出量1t当たり」などの設定を置きつつ、どれだけ財務的な負荷がかかるか、改修工事等で解決可能か、などを検討し、社内で課題認識を共有しておく必要がある。省エネルギーについては、改正建築物省エネ法等のさらなる規制強化の可能性を想定しておくべきだろう。

 

 「②技術(テクノロジー)」に関する不動産市場関連リスクはどうか。「技術」は日進月歩である。建物の環境性能が意識されるようになり、例えばネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)などの技術も進歩している。また、再生可能エネルギー導入コストも低減している。現在の環境性能が高いビルは、将来の「普通のビル」になるかもしれない。これは逆に、エネルギー効率が悪い既存ビルの陳腐化をもたらす。これに対応するには、エネルギー効率改善のための環境改修工事の実施、PM/BM等との連携による省エネチューニング、再生可能エネルギーの導入などが必要となる。

 

 同様に、「③市場」の観点からみるとどうか。エネルギー効率が悪いビルは、環境意識が高い企業のみならず、環境関連規制の厳格化によりエネルギー削減に努めている企業のニーズにそぐわない。加えて、環境性能が高いビルが「普通のビル」になることにより、エネルギー効率が悪いビルは相対的に需要が減退するだろう。このようなビルは資産価値の低下は免れないだろうから、建物の魅力を維持するためには、環境改修工事後に環境認証を取得するブランディング、もしくは資産の入替等を検討する必要がある。

 

 もし、このような一連の気候変動対策を行わなかった場合には、「気候変動リスクに適切な対応を行っていない企業」として「レピュテーションの低下」などの「④評判」に繋がるだろう。将来的に企業に対する環境格付の付与が通常となれば、気候変動リスク対応の遅れは格下げ要因となり、資金調達コスト上昇などの影響を受けるかもしれない。

 

 上記のようなマトリクスでの検討ができれば、次に、どの物件でどのような取組をするか、重要業績評価指標(KPI)の設定も含めてさらに具体化することができる。TCFDが求める複数のシナリオ分析についても、個々のリスクを回避するために講じる費用や、対応が遅れた場合の機会損失等について、外部コンサルタント等の協力を得ながら、合理的な推計が可能となろう。

 

 目前に迫る気候変動の対策は、企業のサステナビリティの観点から可及的速やかに始める必要がある。逆に早い段階から着手していれば、レピュテーションの向上やノウハウの蓄積、さらにはビジネス機会の創出にも繋がるだろう。例えば、住宅メーカーなどでは、早い段階からネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)に取り組んでおり、省エネルギー性能の義務化による1棟当たり平均単価の上昇や、賃貸住宅のZEH化による売上増を想定している。このように低炭素社会への移行をリスクだけではなく、ビジネスの機会と捉えることが、今後の環境対応に求められるだろう。

 

<気候変動に対応する意義とその効果はSDGsで可視化することができる>

 

 気候変動対策は、リスクの回避のみならず、自社のレピュテーション向上やビジネス機会の創出など、企業側のミクロな視点でプロフィットをもたらす可能性を十分に秘めているが、マクロな視点では、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)[1]の達成を通じて、地球・社会レベルでのベネフィットにも貢献できると考える。

 

 では、どのようなストーリーで考えればよいか。SDGsは17の目標と169のターゲットから構成されている。この17の目標を体系的に整理し、例えば目標のひとつである13.気候変動に具体的な対策を」を軸とした場合、どうすれば気候変動対策ができて(手段)、どのようなベネフィットが得られるか(効果)について考察したのが図表4である。

 

 気候変動の主な原因として指摘されるGHGを減らすためにはZEBなどのグリーンビルディングや、エネルギーマネジメントシステム(EMS)による管理が必要となる。これは9.産業と技術革新の基盤をつくろう」が起点となるだろう。この目標には「9.4 資源利用効率の向上とクリーン技術及び環境に配慮した技術・産業プロセスの導入拡大を通じたインフラ改良や産業改善により、持続可能性を向上させる」とのターゲットが示されている。クリーン技術として、例えば、全国複数の都市で地域連携・低炭素水素技術実証事業が進められており、水素エネルギーの実用化が始まっている。技術革新により大規模で安定かつ安価な水素製造技術、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーの出力変動への対応といった技術開発が進めば7.エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に繋がり、「13.気候変動の具体的な対策」の目標達成に寄与する。

 

 加えて、環境負荷の高い化石燃料からの脱却、再生可能エネルギーの使用は、大気汚染を回避することから「12.4 化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する。」のターゲットを通じて12.つくる責任 つかう責任」の目標を達成し、14.海の豊かさを守ろう」・「15.陸の豊かさも守ろう」の目標達成にも繋がる。技術革新や、クリーンエネルギーをもとに気候変動への具体的な対策を行った企業は、経済的な観点からみて、環境関連の市場獲得という大きな機会を手にすると考えられると同時に、自社が環境や社会に貢献をしているとの自負は、従業員の士気を高め、仕事のやりがいとなるかもしれない。これは8.働きがいも 経済成長も」の達成に繋がる。

 

図表4「13.気候変動に具体的な対策を」を軸とした場合におけるSDGsへの効果 出所)三井住友トラスト基礎研究所
図表4「13.気候変動に具体的な対策を」を軸とした場合におけるSDGsへの効果
出所)三井住友トラスト基礎研究所

 

 このほか、地球レベルで見れば気候変動を抑えることで、干ばつや洪水など、極端な気象現象による環境的ショック・災害曝露・脆弱性の軽減に役立ち、さらには、安心・安全に住み続けられる街の維持を可能にし、気温や天候の安定は、人々に精神的な安らぎを与え、健康や快適性にも寄与すると考えられる(2.飢餓をゼロに」・「11.住み続けられるまちづくりを」)。

 

 これらの達成にはステークホルダーとの対話・協働、すなわち17.パートナーシップで目標を達成しよう」が土台・基礎となる。また、4.質の高い教育をみんなに」には「4.7 持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする」というターゲットが定められている。本来は児童・学生を対象とした目標ではあるが、社会人にも教育は必要である。SDGsを通じて企業のサステナビリティと、地球・社会システムのベネフィットを生み出すストーリーを考える力は、質の高い継続的なESG研修によって培われるものであり、この目標も土台・基礎となろう。

 

<各社固有の気候変動対策のストーリーが求められる>

 

 不動産関連リスクは共通であることから、不動産関連企業が設計する「戦略的計画・リスク管理」はある程度類似するのは当然であり、むしろ基本的な検討項目はテンプレート化が効率的かもしれない。しかし、不動産関連企業といってもデベロッパー、仲介・販売、不動産運用会社等色々であり、また同じ不動産運用会社であってもスポンサー企業の業種や協力体制の状況が異なる等、各社ともに立ち位置が様々であることから、具体的・個別的な対策レベルの検討において各社の強みと達成すべきゴールは千差万別となる。図表3・図表4で示したマトリクスやストーリー以外にも様々なシナリオを描くことが可能である。

 

 自社の強みと課題を認識した上で具体的な対策を取れば、リスクの抑制と機会の獲得や、「企業のサステナビリティ」に繋がる。さらに、それらの取組は、「地球・社会レベルでのベネフィット」にも貢献できる。今回、TCFDの「移行リスク」への対応を実行するために「戦略的計画・リスク管理マトリクス」を提案した(前掲図表3)。

 

 さらにSDGsを用いることで、どうすれば気候変動対策ができて(手段)、どのような地球・社会レベルでのベネフィットが得られるか(効果)の検討に役立つと考えた。気候変動対策としてTCFD移行リスクへ対応することは、企業にとってリスク管理だけではなく、技術革新やレピュテーションの向上などの「機会」にもなり得る。これらツールを用いて「企業のサステナビリティ」と「地球・社会システムのベネフィット」を生み出すストーリーは、紋切型ではない各社固有の気候変動対策として発信できるであろう。

 

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菊地 暁(きくち あきら)  日本不動産研究所を経て、2008年3月に住信基礎研究所(現、三井住友トラスト基礎研究所)入社。私募投資顧問部に所属、不動産私募ファンドのデューデリジェンス・モニタリング業務を担当。不動産鑑定士。

 

(本論文は、三井住友トラスト基礎研究所サイトの「レポート・市場動向」から、同研究所の許可を得て転載) https://www.smtri.jp/report_column/report/pdf/report_20210319.pdf