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SDGs/ESGと会計学の行方(越智信仁)

2021-11-11 19:59:30

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 SDGsを広くとらえれば人間の幸福、well-beingというものに資することを目的にして、自然資本や制度資本などの「社会的共通資本」を維持し、それを阻害するような、経済活動などに伴う外部性を制御する社会的仕組み作りも含まれ、ESGもそうした文脈の中で捉えられる。

 

 他方で、経済活動を支える制度インフラという点では、会計学は古くから複式簿記の技術を基礎に、認識・測定・報告のプロセスとして、とりわけ貨幣価値という数値での見える化にレーゾンデートルに置きながら、資本主義経済を支えてきた。

 

 先般、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の発足が正式に表明されたが、SDGs/ESG時代を迎え、伝統的な会計学はどのように対応していくべきかが鋭く問い直されているように思う。測定できないものは会計学とはいえないと殻に閉じ籠れば居心地は良いが、外の世界が変化する中で自らの居場所を失うかもしれない。

 

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(ESG開示は会計か)

 

 環境経済学では、環境費用である外部不経済の内部化論の応用分野として情報開示も有力な政策手段とされるが、ESG等の非財務情報の非対称性緩和を軸にしたディスクロージャー論、いわば「開示の会計学」として、意思決定有用性と同時に、外部性制御に向けた開示規律の向上という政策目的も追求できるのではないかと考えられる。

 

 前世紀後半以降、欧米を中心に企業活動の環境等社会的インパクトの測定・報告に向け企業社会会計を巡る理論的・実践的試みが拡がったが、利害関係者に対するアカウンタビリティ概念を方法論的基礎にして、財務書類に酷似した形で非財務情報を体系化しようとしたために、その測定困難性が壁となって普及しなかった。

 

 こうした教訓も踏まえると、ここは議論が分かれるところだと思うが、個人的には測定や計量化にこだわらず、むしろ外部性に関する情報をマネジメントにおいて、フォワードルッキングなリスク管理や事業機会獲得に役立てるとの観点から、非財務情報を射程に含む「開示の会計学」として論じていくことも一つの方向性と考えている。

 

 外部不経済の解決策として、情報開示による企業への規律付けは、直接的規制や経済的手段などと並んで有力な手段と位置付けられ、開示を軸にした外部性制御の考察は、グローバルなSDGsを巡る議論に貢献が可能であろう[1]

 

 そもそも自然資本などの社会的共通資本には所有権が割り当てられないことが外部性問題の根源にあるが、企業は自然資本などのコントロール権は有していないとしても、適切なコントロールが可能であったのにそれを怠ったという「評判」が介在することで企業価値を毀損しかねないので、情報開示を介在させることにより、マネジメント対応のインセンティブを企業から引き出すことが可能となると考えられる。

 

(ESG開示は誰のためか)

 

 資本市場向けの開示では投資家向けのシングルマテリアリティからスタートせざるを得ないと思うが、財務パフォーマンスの予測信頼性を高めるために長期的な視点での投資分析において、株主価値に影響する重要なサステナビリティ課題を考慮することは許容される方向にあり、機関投資家が受益者のために長期的視点に立ち企業の持続的成長を促進し、ユニバーサルオーナーの視点も含め、より広範な社会の目的を達成することが可能となる、とのロジックは広く喧伝されている。

 

 また、近年ではダイナミックマテリアリティという視点も示され、マテリアリティは入れ子構造で、持続可能な社会発展に対する企業の影響に関心のあるマルチ・ステークホルダーに固有の関心事項も、時間の経過とともに企業価値への関連性が高まり、将来的に投資家向け報告等に取り込まれていく可変性が指摘されている。

 

 ただ、サステナビリティ情報が財務価値に関係せず、さらには運用パフォーマンスが長期的にも劣後し得る場合に、社会価値の重要性を優先的に考慮した投資判断が、(特定のSRIファンドやインパクト投資は別にして)一般的なファンドの受託者に法的に是認される状況には残念ながら至っていないと言わざるを得ない。

 

 この点に関連し、例えばオリバー・ハート他が2017年に発表した論文[2]において、株主価値と株主厚生(shareholder welfare)を対比させた議論を展開する中で、会社経営における市場価値の最大化という考え方を超えて、企業は社会的考慮も含む株主厚生を最大化すべきことを論じている。

 

 そこではシングルの核心となる株主の価値が多元化するので、シングマテリアリティかダブルマテリアリティかの2項対立の議論の意味がなくなることになる。そうした価値判断を支える新しい受託者責任概念を構想することは可能であるが、ダイナミックマテリアリティの想定する時間軸を少しでも早く回し、今に生きる受託者が現実の訴訟に耐えられる程に法的な面で成熟した責任(規範)概念に昇華されることを願わずにはいられない。

 

(どのようなESG情報が望ましいか)

 

 一般的にESG情報を評価する場合に難しいのは, 規範的事項を内包しているため、その内容が多義的で多様な情報特性を有する点である。その価値判断や優先順は個々人によって異なって然るべきで、特定の判断を尊重したり普遍化することはできないので、社会的選択を行う場合には, 個別具体的な状況に応じて多元的な判断を分権的に行わざるを得ない。

 

 例えば, GMO(Genetically Modified Organism:遺伝子組換え作物)に関して言えば、GMOの代表的バイオメーカーである米国のモンサント社が遺伝子組み換え種子を導入したのは、持続可能な農業への貢献と思う人もいれば、あるいは人々の健康や生態系の健全性に対する脅威と思う人もいる。原子力なども同様だろうと思われる。

 

 要するに、人々の選好、信条、理想が互いに異なるという事実を前提にすると、価値多元性の下で, どのようにして公共的意思決定に到達することができるかという問題に帰着し、結局, 何が高潔な企業行動なのかについてはコンセンサスがないので, 何を購入するか, 誰のために喜んで働くか、どこに投資するか、といった社会的な選考を一種の「投票する」行動を通じて、人々は自らの価値観を表現し、企業の慣行に影響を及ぼすことが望ましい。

 

 資本市場に話を限定すると、投資を行うに際し、投資家(アナリスト)は、1つの企業をじっくり見るという切り口と、 同業他社比較といった切り口の2つの分析アプローチを有していて、そもそもESG情報には多様で断片的な「モザイク情報」にとどまる場合も少なくないとみられるので、そうした情報の咀嚼に際しては、情報の比較可能性を高めることが投資家の相対的価値評価に資すると考えられる。

 

(ESG開示とAIの貢献可能性)

 

 外部性に係るESG情報は、概括的あるいは定性的にしか把握できないとしても、同業他社対比でみて如何に低減させているかを消費者・投資家等にアピール(開示)できれば、企業にとって「評判」獲得のインセンティブになり得る。

 

 このため、ESG情報が、他社比較可能なシグナルとして情報生産できれば、当初は財務に関係なかった事象も「評判」が介在することで、正負のインタンジブルズとして企業価値の構成要素にも循環するので、「評判」を意識したマネジメントを企業から引き出し得る。

 

 そのためには、ESG情報の開示規制に際し、同業他社との比較可能な非財務情報の開示クライテリアを示すことによって、投資家等が各企業の非財務開示要求事項への対応を、業界内横並びで評価可能な仕組みとすることが肝要と考えられる。

 

 ESG情報については、S、社会の領域を中心に規範的事項も多く含まれ、企業開示データの解釈における比較困難性を内包していて、これがESG評価・格付機関のインデックスのばらつきを生む遠因ともなっているが、新しいAI技術を活用するなどしてESG情報の比較可能性を高めるブレイクスルーが実現できれば,ESG情報の開示を起点として、資本市場のダイナミクスをドライビング・フォースに取り込む形で、ビジネスと持続可能な社会をつなぐESGエコシステムの循環に資することが可能となる[3]

 

 ESG情報の開示が、表面的な財務の裏にある外部性に関し、経済主体(消費者、投資家等)の選択行動や「評判」に影響を及ぼし得る比較可能な非財務情報として機能していけば、情報の非対称性に乗じて外部性をくいものに行動する主体を明らかにできると同時に、外部性問題の原因者自らが自分のことは自分が一番よく知っているので、外部性依存度の低減に向けた努力を開示するインセンティブを生むことが期待される。そのことに会計学も貢献し得るのではなかろうか。

 

[1] 越智信仁(2018)『社会的共通資本の外部性制御と情報開示』日本評論社。

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[2] Hart, Oliver and Luigi Zingales(2017)Companies Should Maximize Shareholder Welfare Not Market Value, Journal of Law, Finance, and Accounting, 2 (2), pp..247–274.

[3] 越智信仁(2021)「ESGエコシステムに向けたAIの貢献可能性」『総合政策紀要』第37号、33-53頁。

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越智信仁(おち のぶひと) 日本銀行を経て2015年から尚美学園大学総合政策学部教授、2021年から関東学院大学経営学部教授。京都大学博士(経済学)、筑波大学博士(法学)。グローバル会計学会理事、日本社会関連会計学会理事。