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アンモニア発電はゼロエミッション火力か?~COP26から日本の脱炭素化を考える(松下和夫)

2021-12-16 21:49:50

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 菅義偉・前首相を引き継いだ岸田文雄首相の外交デビューとなったのが英国・グラスゴーでのCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議:2021年11月開催)であった。議長国英国のジョンソン首相は、Coal(石炭火力の廃止)、Car(自動車の電気自動車〈EV〉化)、Cash(途上国への資金的支援の強化)、Tree(森林保全と植林)を四つの重要テーマとして掲げていた。本稿ではこのうちまず石炭火力の廃止について考察する。

 

民間企業では積極的取り組みが加速

 

 我が国ではこれまで、脱炭素化に向けた国の野心的目標設定が立ち遅れ、カーボンプライシング(炭素税など)といった経済的刺激策も乏しく、石炭火力などに過度に依存してきたことなどから、脱炭素社会への移行に大きく立ち遅れてきた。

 

 しかし世界では「脱炭素大競争時代」が始まっている。主要国では国の発展戦略としてゼロエミッション(脱炭素社会)を目指すことがスタンダードとなり、国や企業にとっては脱炭素が経済的生き残りの条件となった。

 

 このような状況の下、2020年10月に菅内閣(当時)が脱炭素政策を長期成長戦略と位置づけ、脱炭素社会を国家目標の柱として明確に打ち出したのは画期的であった。その特徴は、気候変動対策を、利潤動機で経営活動を行う民間企業の制約要因ではなく、新たな投資と需要を生み出す成長要因としてとらえたことである。

 

 その後産業界の雰囲気も大きく変わった。国際競争にさらされている国内産業界は、脱炭素の対応を急がざるを得ない。

 

 例えば国内846社を対象とした調査によると、温室効果ガスの排出量を将来的に実質ゼロ以下にする宣言をした企業は267社(回答企業の31.6%)にのぼり、宣言企業のうち43社は2030年代までの達成を目標とし、産業界での脱炭素の取り組みが加速しているという(日経新聞2021年11月16日)。また、企業の気候変動への積極的な取り組みを示す指標ともいえる、TCFD(気候変動情報開示枠組み)、SBT(科学的目標設定枠組み)、 RE100(企業活動に必要な電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す枠組み)などの日本企業の参加社数は世界でも有数である(環境省の資料を参照)。

 

 ただし、電力、鉄鋼、石油、セメントなど炭素集約型産業からの参加はほとんどない。またRE100参加企業においては、日本国内での再エネ電源の確保が困難なため、その実績は乏しい。

 

 COP26では石炭の段階的廃止が大きなテーマとなった。かねて議長国の英国や国連事務総長は、「先進国は2030年までにその他の国は2040年までに石炭火力を廃止すべき」との働きかけを行ってきた。そして11月4日には、主要国は2030年代に、他の国は40年代に石炭火力発電の廃止、新規建設停止することを盛り込んだ声明に、英独仏や欧州連合(EU)など46カ国・地域が署名した(プレスリリース参照)。

 

  日本はこの声明に署名していない。G7諸国の中で石炭火力廃止の年限を明示していないのは、今や日本だけとなっている(表参照)。

 

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 COP26で最終的に採択された成果文書「グラスゴー気候協定」(Glasgow Climate Pact)では、「対策が講じられていない石炭火力の段階的削減および、非効率的な化石燃料補助金の段階的廃止に向けた努力を加速」することとなった。インドの提案でややトーンダウンされたものの、石炭火力廃止の世界的な流れは止まらない。

 アンモニア発電に「化石賞」

 

 COP26の前の10月13日には岸田首相は英国のジョンソン首相と電話協議を行っている。この場でジョンソン首相は、「日本が国内の石炭火力を廃止する方針を打ち出すことを望む」と求めた。この要請は英国側の発表には明記されたが、日本側の公表資料には記載されていなかった。

 

 岸田首相のCOP26首脳級会合(世界リーダーズ・サミット、11月2日)での演説では、石炭火力発電からの撤退には触れず、「日本は、『アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ』を通じ、化石火力を、アンモニア、水素などのゼロエミ火力に転換するため、1億ドル規模の先導的な事業を展開します」と述べた。ところがこの演説は世界の環境NGOから厳しい批判を浴び、気候変動対策に後ろ向きな国に贈られる「化石賞」を受賞した。なぜか。

 

COP26世界リーダーズ・サミットでスピーチを行う岸田総理(11月2日、首相官邸HPから)
COP26世界リーダーズ・サミットでスピーチを行う岸田総理(11月2日、首相官邸HPから)

 

 アンモニアは、「燃焼時にはCO₂は出ない」といわれる。しかし現状では石炭との混焼が前提である。そのためとてもゼロエミッション火力とはいえない。ちなみに政府の「グリーン成長戦略」によれば、短期的(~2030 年)には、石炭火力への20%アンモニア混焼の導入や普及を目標とする、とされ、アンモニアの専焼は2040年代後半からとなっている。したがってそれまでは石炭火力を温存し、石炭を主な燃料として燃やし続けることになる。石炭火力に20%混焼した場合、CO₂の排出係数は20%しか減らないので、依然としてLNG火力の2倍以上が排出されることになる。また、アンモニアの燃焼そのものからはCO₂は出ないとしても、窒素酸化物などの大気汚染物質が排出される。

 アンモニア製造過程でも大量のCO₂排出

 

 さらに、アンモニア生成過程では大量のCO₂が出る。現在、アンモニアは天然ガスを原料として製造されており、最新鋭の設備においてもアンモニア1トンの製造に対して1.6トンのCO₂を排出する(経産省:ブルーアンモニア製造に係る技術開発・研究開発事業に係る技術評価書〈事前評価〉)。

 

 例えば、国内主要電力会社のすべての石炭火力で20%のアンモニア混焼を実施した場合、約4000万トンのCO₂が削減されると試算されるが、そのためには年間約2000万トンのアンモニアが必要となる。その製造に伴い、3200万トンのCO₂が排出される。ネット(正味)のCO₂削減量は800万トン(排出係数では4%の削減)にしかならない。ちなみに2000万トンのアンモニアは現在の世界全体の全貿易量に匹敵する。このような膨大なアンモニアをどのように確保するのだろうか。

 

 国内のアンモニアの価格は天然ガスの2倍(同じ熱量当たり)とされ、コストは到底採算に合わない。アンモニア製造過程で排出されるCO₂を回収貯留(CCS)することも考えられるが、その技術はまだまだ確立されず、コストもさらに膨大になると見込まれる。

 

 このようにアンモニア混焼発電は、石炭火力の存続を前提とした技術であり、それをあたかもゼロエミッション火力のごとく国際社会に提示することには、多くの問題がある。そしてそうした技術の開発に多額の公的資金を注入することは、結果として予算を浪費し商用化できないリスクが大である。むしろ再エネ・省エネ導入のための制度や補助金を優先すべきである。岸田演説が化石賞を授与された背景にはこのような事情があったと考えるべきであろう。

 

 アンモニア発電の問題点の詳細については、気候ネットワーク【ポジションペーパー】「水素・アンモニア発電の課題:化石燃料採掘を拡大させ、石炭・LNG火力を温存させる選択肢」、および自然エネルギー財団・大野輝之「2050年エネルギー戦略はどうあるべきか」を参照されたい。

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本稿は 朝日新聞の『論座』の掲載記事(2021年12月13日付)を、著者の了解を得て転載しました。

 

 

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松下和夫(まつした かずお) 京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局等勤務。国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)など歴任