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日本における温暖化問題の「耐えられない軽さ」~「ネットゼロ」に対する誤解と無知が、それを表している(明日香壽川)

2022-05-13 00:02:00

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 ミラン・クンデラの小説に、冷戦下の旧チェコスロバキアのプラハの春を題材にした『存在の耐えられない軽さ』がある。そこでは、主人公の恋人が、「私にとって人生は重いものなのに、あなたにとっては軽い。私はその軽さに耐えられない」という言葉を残して主人公のもとを去っていく。

 

  (写真は、ブラジル・アマゾナス州の森林火災で消火活動にあたる消防隊員=2020年8月、ロイター)

 

 日本で温暖化問題に深く関わる人にとって、日本の国民や政府の気候危機に対する認識は、まさに耐えられないくらい軽い。ドイツ、イギリス、北欧、そして今の米国くらいに、温暖化問題が国民の関心事であればよいのに、と思っているのは、筆者だけではないのではないか。

 

 もちろん、状況がそう簡単には変わることはなく、例えば、多くの先進国が石炭火力発電(以下、石炭火力)の廃止を進める中、石炭産出国でないのに石炭火力に固執する日本は、多くの研究者の目には異様に映っている。

「後進国」として評価が定着

 

 欧州のシンクタンクであるGerman Watchは、2021年11月に開催された英グラスゴーでの国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)期間中に、約60の主要排出国の気候変動政策の評価ランキング「気候変動パフォーマンスインデックス(CCPI)2022」を発表した。CCPIは、2009年から15の指標を用いて分析したランキングだ。表1は日本の順位の変遷を示している。

 

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 これを見ると、日本は常に下から数えた方がはるかに早い。2007年は下から2番目だった(この時の最下位はサウジアラビア)。「日本は、2011年の東日本大震災および東京電力福島第一原発事故後に、石炭火力を増やさざるを得なかった。そのために評価を落とした」と考えている人がいるが、それは間違いだ。表1が示すように、日本は昔も今も温暖化対策後進国というのが世界の評価である。

 図1は、別の欧州のシンクタンクE3GによるOECD加盟国とEU28カ国の計41カ国の脱石炭火力のランキングである。用いている指標は、「具体的な石炭火力フェーズアウト表明の有無」「現状および将来の石炭火力の稼働状況」などであり、これによると日本は堂々の最下位となっている。
図1 石炭火力転換ランキング 出典:Littlecott Chris and Roberts Leo (2021) “The rise and fall of coal: 2020 transition trends”
図1 石炭火力転換ランキング 出典:Littlecott Chris and Roberts Leo (2021) “The rise and fall of coal: 2020 transition trends”

 

脱石炭火力は先進国で最下位

 

 5月下旬に予定される主要7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合に向け、議長国のドイツが各国に示した共同声明の原案では、温暖化対策として、2030年までに各国内の石炭火力発電を廃止する方針などが盛り込まれている。これに対しても、日本政府は強く反発している(朝日新聞2022年4月26日)。

 

 日本国内では、今、長崎県西海市にある電源開発の松島石炭火力発電所の稼働延長がなされようとしている。この松島石炭火力発電所は、老朽化した非効率な石炭火力発電所であり、政府の廃止対象となっていた。

 

運転開始から40年を経て存続が計画されている松島火力発電所。手前に燃料の石炭が見える=長崎県西海市
運転開始から40年を経て存続が計画されている松島火力発電所。手前に燃料の石炭が見える=長崎県西海市

 

 しかし、電源開発は、石炭ガス化設備を付加し、将来的には水素やアンモニアとの混合燃焼および炭素回収貯留(CCS)を行うという名目で稼働延長を計画しており、現在、環境アセス中である。政府はこの老朽石炭火力発電所の稼働延長を問題視しておらず、このままでは容認される可能性が高い。

 

 しかし、石炭ガス化では1割ほどしか二酸化炭素(CO₂)排出量は減らない。また、水素やアンモニアを石炭と混焼して発電するというのは、技術的にもコスト的にもナンセンスというのが多くの研究者が考えるところである。

 

 最近発表されたIPCC第6次評価報告書でも、水素やアンモニアの石炭混焼は経済合理的な選択肢としては議論されていない。実際に、現在、世界において水素やアンモニアによる発電を政策的に推し進めている国は、大手電力会社の政治的影響力が大きい日本と韓国のみである。

 

 また、火力発電に伴うCCSは、20年ほど前から世界でも日本でも政府から多額の補助金を貰いながら研究開発が進んでいる。しかし、それらはことごとく失敗しており、CCS火力発電でうまく行っている例は世界に一つもない。

 

 再生可能エネルギーのコストが大幅に低減している中、水素・アンモニア混焼やCCS火力発電は「経済合理的に考えるのであれば実現されるはずがないオプション」なのは明らかだ。ゆえにそれらの将来の実施を主張して石炭火力の稼働を継続するのは、少しでも長く今のキャッシュフローを稼ぎ続けたいというのが本音だと批判されても仕方がない。少なくともそこには「気候危機」に対する認識はない。

 

 昨年のCOP26では、石炭火力の廃止が最大の争点であった。しかし、COP終了後に毎回出される政府代表団のCOP26報告には、石炭という言葉が一回も出てこない。また採択された「グラスゴー気候協定」の中には、「各国が2022年末までに2030年目標を見直して強化することを求める」という文章が入っている。しかし、見直し・強化をしたくないからか、これについても政府代表団の報告書は言及していない。こういうのを「大本営発表」というのだろう。

 

温暖化問題の「軽さ」

 

 

 なぜ、日本では温暖化問題がこうも軽いのか。

 

 その答えは人によって様々だろう。前述のような政府のプロパガンダも要因の一つだろうが、筆者は、やはり国民全体において温暖化問題に対する危機意識が圧倒的に欠如していることが、最も重要あるいは深刻と考える。

 

 欠如している理由としては、1)恵まれた先進国であり、かつ温暖化の被害、特に洪水、干ばつ、山火事、異常高温、難民到来などを他人事だと思っている、2)国民全体が国際的な問題に対する関心が乏しい、の二つに尽きるのではないか。

 

 その結果、誰が、何のために、どれだけ、いつまでに排出削減すべきかに関する深い議論がなく、多くの国民も必要な知識を持たない(もちろん、メディアや研究者の責任もある)。そのため、日本では多くの人が、温暖化問題は遠い先の話、あるいは米国、中国、途上国などが対策をやればいい話であって、自分たちは関係ないと考えている。

 

 再エネや省エネによる温暖化対策は、経済合理的でエネルギー安全保障の強化にも役立つという認識も乏しい。国民からの批判が少ないので、政府や企業も、議論や判断を先送りし、今のエネルギーシステムやビジネスモデルを維持することに大きな疑問や罪悪感を持たない。

 

ネットゼロに対する誤解と無知

 

 ちまたで独り歩きしている「2050年ネットゼロ(カーボンニュートラル)」という言葉も大きな問題がある。なぜなら「今から直線的に2050年に向けて排出量を減らしていけばよい、あるいは2050年付近で大幅に減らせばよい」「2050年は30年先だから今は急激に削減する必要なない」となんとなく考えている人が極めて多いからだ。

図2 1.5℃目標に必要なカーボンバジェット。世界全体で排出できるCO₂量で、青線83%、オレンジ線67%、グレー線50%以上の確率を示す 出典:未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)「日本政府の2030年温室効果ガス46%削減目標は脱原発と脱石炭で十分に実現可能だ。より大きな削減も技術的・経済的に可能であり、公平性の観点からは求められている」
図2 1.5℃目標に必要なカーボンバジェット。世界全体で排出できるCO₂量で、青線83%、オレンジ線67%、グレー線50%以上の確率を示す 出典:未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)「日本政府の2030年温室効果ガス46%削減目標は脱原発と脱石炭で十分に実現可能だ。より大きな削減も技術的・経済的に可能であり、公平性の観点からは求められている」

 

 しかし、これらは完全に間違っている。2021年8月に発表されたIPCC第6次評価報告書は、50%以上、67%以上、83%以上の確率で1.5℃目標を達成するために残された2020年から排出できるCO₂の量(カーボンバジェット)を、それぞれ約500ギガトン、約400ギガトン、約300ギガトンとした。図2は、この世界全体のカーボンバジェットをグラフ化したものだ。

 

 2020年から直線的に減少させるような排出シナリオでは、50%の確率でさえ1.5℃目標達成のためのカーボンバジェットを超えてしまう。また、途上国でこれから人口が増えて、(私たちと同じように)エネルギーを使う生活をしたら、さらにCO₂排出量は増える。

 

 公平性を考えると、先進国に住む私たちは、図2で示した直線の傾きよりもさらに急な傾きで排出量を急激に減らす必要がある。一方、政府の46%削減は、現状から2050年ゼロに向けてほぼ直線的に削減した場合の2030年での排出削減量となっている。

3回に1回落ちる飛行機に乗れるか

 

 ちなみに、確率67%以上というのは、3回に1回は墜落する飛行機に乗るのと同じ確率だ。すなわち、日常的なリスク感覚から考えると図2の青線で示された一番小さいカーボンバジェットに沿った排出経路が望ましい(これでも5回に1回は墜落する)。いずれにしろ、政府目標の46%というのは、1.5℃目標達成には全く不十分な数字であり、そのギャップは極めて大きい。

 

 このような状況を考慮すると、政府、自治体、企業などが、2050年だけの話をして2030年までの具体的かつ急激な削減の必要性の話をしないのは、1.5℃目標達成という意味では目くらまし、極端に言えば詐欺的と言っても過言ではない。

日本特殊論と責任転嫁に逃げ込む

 

 上記のようなことを書くと、かならず批判や反論がでる。「日本は国土面積が小さくて、かつ平地が少ない。この地理的な条件によって再生可能エネルギー導入ポテンシャルが小さい。島国なので隣国との電力融通も出来ない」「日本のCO₂排出量は他国より小さい」「CO₂排出を増加させている中国やインドなどの途上国が排出削減すべきだ」などの、いわゆる日本特殊論や責任転嫁だ。

 

 

COP26会場前でピカチュウの着ぐるみを着て、日本が支援する石炭火力発電計画に抗議するNGOのメンバー=2021年11月、英グラスゴー
COP26会場前でピカチュウの着ぐるみを着て、日本が支援する石炭火力発電計画に抗議するNGOのメンバー=2021年11月、英グラスゴー

 

 しかし、実際には、2021年の環境省による調査では、日本の再エネポテンシャルは電力需要の約2倍ある。また、日本と同じように電力融通が限られているスペインやアイルランドは2030年に再エネ電力割合として70%以上を目標としている(日本は36~38%)。さらに、日本は世界で5番目のCO₂排出国である(1人当たりCO₂排出量は8番目)。日本における省エネのポテンシャルも往々にして無視されている。

 

 1人当たり排出量や先進国と途上国との公平性に対する考え方は、人それぞれだろう。先進国に生まれ育って、恵まれた生活をしている筆者も偉そうなことは言えない。ただ、先進国の人が途上国の人に「CO₂排出を削減しろ」と言うのは、「人口を制限し、かつ豊かになることを諦めろ」と命令するようなものだ。芥川龍之介が『蜘蛛の糸』で描いたように、後からクモの糸を登ってくる人たちを蹴落とそうとする行為と同じではないか。

「わからない」という回答が意味するのは

 

 最近、電力中央研究所の研究者が「温暖化問題に関する日英国民意識」を実施して、その結果を論文にまとめた(図3参照)。日本および英国に居住する20歳以上の男女を対象としたアンケートであり、日本は3092件(一般送配電事業者の供給区域の人口構成比で割り付け)、英国は2060件(地域別に割付せず)の回答をそれぞれ回収している。

 

図3 日本と英国の国民意識の比較 出典:桑垣玲子・服部徹(2021)「気候変動と低炭素電源の利用に関する日英国民意識の比較」。エネルギー・資源学会論文誌 注:設問は約5年毎に世界各国で同時に実施されている「世界価値観調査」と同じ文言。左側は2005、2010、2019年の回答結果
図3 日本と英国の国民意識の比較 出典:桑垣玲子・服部徹(2021)「気候変動と低炭素電源の利用に関する日英国民意識の比較」。エネルギー・資源学会論文誌 注:設問は約5年毎に世界各国で同時に実施されている「世界価値観調査」と同じ文言。左側は2005、2010、2019年の回答結果

 

 興味深いのは、環境保護と経済成長との関係に関する質問への回答結果だ。調査では、「環境保護を優先(たとえ経済成長が低下して失業がある程度増えても、環境保護が優先されるべきだ)」と考える人の割合は、英国は全体の半数程度(52.8%)であり、日本(29.3%)より2倍近く高かった。また、「経済成長を優先(環境がある程度悪化しても、経済成長と雇用の創出が最優先されるべきだ)」と考える人の割合は、英国(31.5%)と日本(28.1%)で同程度であった。英国では、経済より環境を優先する割合が多いのに比べ、日本はほぼ同じだった。他方、日本で最も多かったのが「わからない」(36.8%)で、英国の3倍近くある。

 

 この結果をどう解釈すればいいのだろう。

 

 日本は(英国に比較して)「貧しい」のだろうか。それは「心」なのか、それとも「財布の中身」なのか。「わからない」という人の割合が高いのは何を意味するのだろうか。筆者は、環境と経済がトレードオフの関係にあると決めつけるような問いには問題があると思う。しかし、このような問いに対して、このような答えがなされていて、国によって答えが違うのも事実だ。ぜひ、軽くでなく、重く考えてほしい。

 

(本記事は、朝日新聞「論座」2022年5月12日付けに掲載の記事を、著者の了解を得て再掲しました)

 

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明日香壽川(あすか じゅせん) 東北大学東北アジア研究センター教授(同大環境科学研究科教授兼務)。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。