「事実」「偽・誤情報」と気候変動問題 ─IPIE報告書、そして世界および日本の憂うべき状況─(明日香壽川)
2025-08-05 17:22:18
(上は、IPIEの報告書の表紙)
はじめに
2025年6月19日に「情報環境の健全性に関する国際的科学者組織(IPIE:International Panel on Information Environment、以下ではIPIE)が 「事実、フェイク、気候科学(Facts, Fakes, and Climate Science)」という気候変動やエネルギー問題の偽・誤情報に関する報告書を発表した。本報告書は、いわゆるグリーンウォッシュを含む気候変動に関する偽・誤情報がいかにして政策の実行を妨げ、国際社会の対応を遅らせているかを体系的に分析し、具体的な政策対応を提言している。
IPIEは偽・誤情報問題一般に特化した組織で、一昨年に筆者(明日香壽川)を含む気候変動分野の偽・誤情報に関する10人くらいの研究者(気候変動の研究者と情報科学の研究者)グループを立ち上げて議論を重ねてきた。
報告書発表後、英ガーディアンや米フォーブスなど世界の多くのメディアが取り上げ、環境金融研究機構(RIEF)のサイトでも、「温暖化懐疑論等の気候関連の偽・誤情報が、グローバルな企業、政府、政治に拡散。「気候情報の信頼性」が揺らいでいると、「情報環境の健全性に関する国際的科学者組織が報告書」(https://rief-jp.org/ct12/158172)と紹介されている。
本稿は、まず1でIPIE報告書の内容を概説する。2では、世界における気候関連の偽・誤情報対策の動き、特に問題とされるSNSなどのソーシャルメディアの悪影響を明らかにする。3では日本の状況について述べ、最後に4で、日本の温室効果ガス(GHG)排出削減目標(NDC)や最近発表された国際司法裁判所(ICJ)の気候変動問題に関する勧告的意見にも触れながらまとめる。
- IPIE報告書の内容
報告書自体は、2024年までに発表された温暖化やエネルギー問題の偽・誤情報やグリーンウォッシュに関する査読論文約300本をレビューしてまとめたもので、下記のように、5つの論点に分けて整理している。
- 誰が?
化石燃料産業、保守系政治団体、国家、シンクタンクなど、強力な経済・政治アクターが主導している。彼ら(温暖化懐疑論者)の主目的は、温暖化対策としての化石燃料消費削減を止めることだ。これらの団体はしばしば非公開のネットワークで連携し、科学的知見を歪めるための「専門家」を雇用する。
- 何を?
温暖化懐疑論者は、「温暖化の科学の否定」から「戦略的懐疑」へと戦術を変化させている。すなわち、気候変動の存在を完全には否定せず、「人為起源かどうかに関しては科学者の間では意見が分かれている」「対策が高コスト」「他により重要な問題がある」などの論調で温暖化対策の正当性を疑わせる。
- どのチャネルで?
伝統的なマスメディア、ソーシャルメディア、企業のCSR報告、政財界の非公開なネットワークなどを通じて拡散される。
- 誰に?
一般市民全体が影響を受けるが、とりわけ政策立案者(政治家、公務員)が標的となっている。
- どのような影響を及ぼすか?
科学と政治の信頼が損なわれる。陰謀論や懐疑論により市民は無力感に陥り、政策的議論や行動への参加が低下する。これは「政治的不作為の温床」となる。
特に重要なのは、2番目の「何を?」である。前述のように、現在、温暖化懐疑論者の戦術は、科学のdeny(否定する) から、対策のdilute(希薄化・矮小化する)、delay(対策を遅らせる)、deflect(目を逸らさせる)、disrupt(邪魔する)、distract(迷わす)などの『Dワード』へ変化している。
解決策として報告書は、偽・誤情報に対抗するために有効であると確認された下記の4つを提示する:
- 立法措置
・企業・公共機関による標準化されたカーボンフットプリント報告の義務化 - ・SNSや報道での訂正情報の表示や内容ラベリングの法的義務化
- 訴訟手段の活用
・誤情報やグリーンウォッシュに関わる企業や団体に対する法的措置(国家・市民の両方から)
- 市民社会の連携
・市民・地域コミュニティ・NGOが連携して、情報操作を行う既得権益に対抗するカウンター・パブリックの形成
- 教育とリテラシーの強化
・科学的リテラシーおよびメディア・リテラシー教育の強化
・特に政策決定者に対しては、誤情報を見抜く力を制度的に高める
報告書は、「気候危機はカーボンの問題であると同時に、信頼の問題でもある」「科学的合意や解決策が存在しても、それらが一般市民や政策決定者に正しく伝わらなければ、行動は起こらない。特にソーシャルメディアや一部の報道機関、業界団体によって意図的に流される誤情報は、国民の理解を妨げ、政策実行を遅らせている」と警告する。
- 世界の動きとソーシャルメディアの役割
残念ながら、SNSなどのソーシャルメディアやAIの発展によって、エネルギーや温暖化問題の懐疑論やフェイクニュースの発信は、世界で減るどころか、逆に増えている。これらの状況の変化を踏まえて、2024年11月に国連のUNESCOが中心となって“Global Initiative for Information Integrity on Climate Change(https://www.un.org/en/climatechange/information-integrity)”が設置され、COP30を開催するブラジル政府もこのイニシアティブを支援している。
上記の英ガーディアン紙の記事によると、国連の人権および気候変動に関する特別報告者エリサ・モルゲラは、「化石燃料産業による誤情報や虚偽表示(グリーンウォッシング)を犯罪とすべき」「偽情報や誤情報の拡散を助長するメディアや広告会社も犯罪者とすべき」と述べていて、国連事務総長アントニオ・グテーレス氏も、2024年6月に化石燃料企業による広告の禁止を呼びかけている。まさに、化石燃料はたばこを同じ道をたどっている。
SNSの役割は極めて重要だ。筆者は、最近、ロンドンおよびワシントンを拠点とするシンクタンクのデジタルヘイト対策センター(Center for Countering Digital Hate : CCDH)の存在を知った。CCDHは、「X(旧Twitter)、YouTube、そしてMeta(InstagramとFacebook)が、2024年から2025年にかけて米国で起きたテキサスの洪水、ハリケーン・ヘレーネ、ロサンゼルスの山火事のような極端気象イベントに関する虚偽および誤解を招く主張の嵐を自社プラットフォーム上で許容しており、それが災害対応を妨げ、人命を危険にさらしている」と最新報告書で警告している(https://counterhate.com/research/extreme-weather-false-claims/)。

具体的には、CCDHが極端気象イベントについてのX、YouTube、Metaで最も「いいね」が多かった上位300件の投稿を調査したところ下記が明らかになった。
- 極端な気象に関する虚偽または誤解を招く主張は、すべてのプラットフォームで合計2億2100万回閲覧された。
- 主要な災害時に虚偽の主張を拡散するバイラル投稿に対して、Community Notes(コミュニティ・ノート)やファクトチェックは、ほぼ完全に存在しない。
- FacebookとInstagramで分析された100件の投稿のうち98%、Xで分析された100件の投稿のうち99%、YouTubeで分析された100件の投稿すべてに、虚偽の主張への事実確認が付けられていなかった。
- SNS企業は、極端な気象イベントに関する虚偽情報によって利益を得ている。
- Xでは、誤解を招く極端気象の投稿の88%が認証済みアカウントからのものだった。このプラットフォームは、それらのうち5つのアカウントに有料サブスクリプションを提供しており、これらのアカウントは合わせて1400万人のフォロワーを持っている。
- YouTubeでは、誤情報投稿の73%が認証済みアカウントによるものであり、誤解を招く極端気象の動画の29%に広告が表示されていた。
- FacebookとInstagramでは、64%の投稿が認証済みアカウントによるものであり、Meta社は誤情報を拡散する3人のコンテンツ制作者と広告収益を分配し、彼らが自らの投稿の近くに表示される広告からの収益を得られるようにしている。
- 「アレックス・ジョーンズ」のような、オンライン上で虚偽の主張や陰謀論を「大量拡散」する人物は、ロサンゼルスの山火事のような極端気象イベントの際、公式情報よりも多くの視聴を獲得している。
- 「アレックス・ジョーンズ」によるロサンゼルスの山火事に関する虚偽の主張は、X上で4億800万回閲覧され、主要10メディアと主要10の緊急機関による投稿の総閲覧数を上回っていた。
これを読んで、筆者には、1)プラットフォームを運営する会社が虚偽情報で経済的な利益を受けている、2)陰謀論者の「アレックス・ジョーンズ」という一個人の影響力が大きい、という二つの事実が衝撃的だった。
1)に関しては、国際大学の山口真一准教授によると、「アテンション・エコノミー」の中で、情報社会においては、媒体単位ではなく記事単位でメディアが消費されるため、質を高めて媒体の信頼度をあげるよりも、センセーショナルな見出しを付けてSNSでシェアされやすい記事にしたり、検索サービス対策をして記事が検索の上位に来るように工夫したりしたほうが短期的に儲かる仕組みになっている。なかなか根が深い問題だと言える。
- 日本の状況
日本でも最近、NHKが日本でのSNSによる気候変動に関する偽・誤情報拡散の状況について下記のようにまとめている。
「EVしか乗れなくなる?気候変動のフェイクが拡散 いま何が」
NHKニュース, 2025年6月14日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250614/k10014834471000.html?fbclid=IwY2xjawK8WYVleHRuA2FlbQIxMQBicmlkETFPc3dJeGczUVFkb29iMW9PAR58uoV2ggU9JzOepjlyOEBmuui0c5DPqF3eJm8UF5BA3s58-ezAKXrE1vyJsg_aem_h91AGMfchRu_ct_fERpHEQ
これによると、日本のXでも温暖化の懐疑論やフェイクニュースの発信は明らかに増加傾向にある。具体的には、NHKがXの投稿を分析したところ、気候変動そのものや脱炭素の取り組みを否定・疑問視する日本語の投稿数は、5年前には約6万件だったのに対し、昨年は22万件以上と3倍以上に急増していた(リポスト含む)。今年6月10日時点で、その数はすでに17万件を超えており、昨年を大きく上回るペースで増加している。
特に、この急増は昨年11月ごろから始まり、大統領就任前からパリ協定からの離脱を表明していたアメリカのドナルド・トランプ前大統領(当時)の動きと呼応するパターンを示していた。拡散された投稿の多くは、トランプ氏や著名な海外インフルエンサーの発言を引用したり翻訳したりしたものだった。

グリーンウォッシュも日本で蔓延している。特に化石燃料会社が、化石燃料中心の事業ポートフォリオはほとんど変わっていないのに、自分たちが関わる再エネビジネスやScope1レベルの排出削減を自画自賛し、「地球にやさしい」ことを喧伝している。
このような状況に対して、2023年4月、環境NGOの気候ネットワークは、日本最大の電力会社JERAに対する苦情を日本広告審査機構(JARO)に申し立てた。その苦情は、JERAがアンモニアや水素などを用いた化石燃料発電を環境に優しいものとして虚偽的に広告していると主張するものだった。しかし2024年5月、JAROはその苦情を「自らの管轄を超える」として却下した。これは、明らかにJAROの怠慢であり、政府や広告主に対して忖度したのかと思ってしまう。
- 最後に:日本最大の「グリーンウォッシャー」
温暖化懐疑論が本屋で平積みされていたのは一昔前であった。今は、昔ほど、その手の本は本屋さんには置いてないし、出版されていないように思う。しかし、昨今のSNSによる偽・誤情報の発信増大や反科学主義の動きなどを考慮すると、今も状況は変わっていない、あるいはもしかしたら悪化しているのかなとも思ってしまう。
日本でグリーンウォッシュや偽・誤情報が拡散・浸透されてしまうのは仕方がないとも言いうる。なぜなら、日本政府自体が「わが国のNDCはパリ協定に整合的」というようなグリーンウォッシュな発言を堂々としてしまっているからだ。周知のように、2024年末から2025年2月にかけて行われた第7次エネルギー基本計画や日本のGHG排出削減目標(NDC)設定の議論で、2030年および2035年の日本のGHG排出削減目標はパリ協定が規定する1.5℃目標と整合性があるかどうかが争点となり、日本政府は「整合性がある」と主張し続けた。
日本政府のロジックは「IPCCが示す世界全体の1.5℃排出経路に(かすかに)かすっている」「カーボン・バジェットの分配についての国際合意はない」という日本でしか通じないものだった。しかし、2025年7月23日に、国際司法裁判所(ICJ)が気候変動問題に関する勧告的意見を出し、そこでは先進国の歴史的排出責任や一人当たりの排出量が大きいことによる責任を明確に認めた(https://www.icj-cij.org/case/187)。今、日本政府がICJの勧告を無視して日本最大の「グリーンウォッシャー」であり続けるかどうかが注目される。
<参考文献>
- CCDH(2025)Extreme Weather:How a storm of false and misleading claims about extreme weather events spread unchecked on social media putting lives at risk. https://counterhate.com/research/extreme-weather-false-claims/
- ICJ(2025)Obligations of States in respect of Climate Change. https://www.icj-cij.org/case/187
- IPIE(2025)Facts, Fakes, and Climate Science: Recommendations for Improving Information Integrity about Climate Science. https://www.ipie.info/research/sfp2025-2
- 気候ネットワーク(2023)「JARO の広告審査の適正化確保に関する提言」2023 年 12 月 25 日. https://kikonet.org/kiko/wp-content/uploads/2023/12/JARO-Proposal-20231225.pdf
- NHK(2025)「EVしか乗れなくなる?」気候変動のフェイクが拡散 いま何が」2025年6月14日. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250614/k10014834471000.html?fbclid=IwY2xjawK8WYVleHRuA2FlbQIxMQBicmlkETFPc3dJeGczUVFkb29iMW9PAR58uoV2ggU9JzOepjlyOEBmuui0c5DPqF3eJm8UF5BA3s58-ezAKXrE1vyJsg_aem_h91AGMfchRu_ct_fERpHEQ
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明日香壽川(あすか・じゅせん) 東北大学名誉教授、同特任教授。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。

































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