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1年が経過した日本のGX計画:産業の脱炭素化か、既存産業の「生存ガイド」か?(Christina Ng)

2025-08-07 23:45:11

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 日本のグリーン・トランスフォーメーション(GX)戦略は、世界初のソブリン移行ボンド(GX経済移行債=GX国債)を基盤に、日本を移行金融のグローバルリーダーとして位置付けることを目指しています。

 

 日本政府が示すGX政策では、GXは日本の高排出部門がエネルギー安全保障と経済的回復力を維持しつつ、脱炭素化を進める道筋を示しています。この計画には、移行国債の発行で調達される資金20兆円をトリガーに、民間資金を動員して総額150兆円(1兆ドル)規模の官民連携投資ロードマップが盛り込まれています。

 

 日本のGXボンドプログラムは、内外の投資家や投資銀行等から注目を浴びており、2025年初頭に、日本政府が実施したロードショーでの説明強化(プロジェクトの適格基準に関する開示改善を含む)以降、特に海外の投資家等の関心が高まっています。2025年7月の5年物発行(発行額2998億円)では、発行額に対して約4倍の応募倍率を記録しました。移行国債という比較的新しいラベルでの債券としては立派な結果でした。しかし、市場の同国債への需要は、日本政府の気候変動対策への信頼性とは同じではありません。

 

 GXが真に何を意味するのか、一歩引いて検討する価値があります。これは世界が理解する「移行金融」なのでしょうか?それとも脱炭素化という言葉で包みこまれた高リスクな産業再生戦略なのでしょうか?

 

日本の主張:削減が困難な部門への大規模投資

 

 日本の経済は構造的に温室効果ガス(GHG)排出量が多いという特徴があります。製造業の柱である鉄鋼、セメント、化学、自動車は、雇用と経済成長に大きく貢献してきました。

 

 こうした状況から、GXでは日本の産業基盤を解体せずに、炭素集約型セクターを脱炭素化へと導く現実的な取り組みです。GXで重点的に取り組んでいる水素ベースの製鉄、セメント窯での二酸化炭素回収(CCS)、次世代原子力エネルギーのパイロットプロジェクト等はすべて、日本がこれまで困難な脱炭素化セクターに深く長期的な投資を続けてきたことを反映しています。

 

 気候金融の観点からいうと、移行は一方向の道筋ではなく、アジア諸国の場合は、欧州よりも複雑な道を歩むという認識は妥当です。この現状を否定することは、アジア諸国が必要とする産業脱炭素化課題の厳しい現実を無視することになります。GX戦略は、こうした認識に基づいて、高リスクな「賭け」に対応する金融的枠組みを構築しています。

 

投資家は実際に何を購入しているのか?

 

 こうした「日本のストーリー」の受け入れが市場では進んではいるが、信頼性の課題は依然残っています。移行ラベル付き債券の堅牢性は、同債券による調達資金が支援する活動に依存します。2024年2月に始まったGX国債の発行では、調達資金の約80%はイノベーションの促進や産業サプライチェーンの支援(特にバッテリーと半導体)に充てられ、短期的な排出削減に直接貢献する活動には充てられていません(図1)。

 

 日本のGXアプローチと対照的に、米国のバイデン前政権下でのインフレーション・リダクション法(IRA)は、支援の大部分をバッテリーや再生可能エネルギーなどのような、すでに技術面での成果が実証済みのクリーン技術に充てています。これらと一部重なる部分はあるものの、比較すると、GXの採用技術の多くは、科学に基づくエネルギー転換の「グレーゾーン」に属し、商業的な成果がまだ未証明の状態にあるような、エネルギー多消費型産業への、より広範で、よりリスクの大きい投資を後押ししています。

 

 産業の脱炭素化のためのイノベーションをファイナンスすることは正当化されますが、その気候変動対策としての信頼性は、ネットゼロ経路との明確なリンクと実行可能な移行成果に依存します。この場合、測定可能な成果が見えないようだと、発行された移行債券は、気候変動への明確な利益が不明確な産業政策の支援に陥るリスクがあるため、パリ協定による変革を促進する役割から逸脱するリスクがあります。

 

図1. 2024年2月発行の日本GX移行債券の約1.6兆円分の配分

(2024年2月発行の日本GX移行債券の約1.6兆円分の配分。出典:政府の「日本気候移行債券配分報告書」に基づくESI分析注:上記の配分は、2024年2月のGX債券の発行収入で、2022年と2023年に予算化または実施された過去のプロジェクトに充当されたもの)
(2024年2月発行の日本GX移行債券の約1.6兆円分の配分。出典:政府の「日本気候移行債券配分報告書」に基づくESI分析注:上記の配分は、2024年2月のGX債券の発行収入で、2022年と2023年に予算化または実施された過去のプロジェクトに充当されたもの)

 

 

 GX債券は、政府の気候変動とエネルギー予算内の特定のプロジェクトを支援しています。

 

 日本のシンクタンク「Climate Integrate」による日本政府の2024~2025年度予算分析によると、政府の気候変動とエネルギー関連支出は依然としてばらつきが見られます(図2)。石炭、ガスおよびその派生事業(アンモニア混焼やブルー水素を含む)への資金配分は、2024年から2025年にかけて40%増加した一方、バッテリー貯蔵への配分は60%減少、再エネは省庁全体予算の約4%で横ばいとなっています。

 

 これらの資金配分の状況は、日本政府の気候政策の一貫性に疑問を投げかけるものです。たとえ、GX国債で低炭素イノベーションのための資金調達をしても、予算全体では化石燃料事業への資金シフトが続く場合は、日本の「移行ストーリー」は気候変動対応のコミットメントではなく、政策矛盾を起こしているように見えるリスクがあります。そうだとすると、日本政府が発行するGX国債自体の信頼性を損なう可能性があります。

 

 日本でのサステナビリティ分野の情報開示は、2027年から段階的に導入される国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のS1とS2の導入(SSBJ)によって改善される見込みです。それでも、GXに準拠した企業開示は限定的であり、投資家にとって、ラベル付けされたGX国債による支出を、移行のための具体的な資本支出や排出量削減成果として追跡するのは困難な状況になっています。

 

脆弱な自主的なガイドライン

 

 日本の各省庁は投資家のこうした懸念に対し、透明性向上で対応しています。資金配分の報告は英語で公開されており、財務省はGX国債の発行に伴って、外部意見提供者との対話を実施しています。

 

 しかし、日本は英基準団体の気候債券イニシアチブ(CBI)の認証を、最初は取得したにもかかわらず、2回目の発行以降は、省略するという選択をしたことで、市場関係者の関心を集めています。CBIは科学に基づく閾値を採用するグローバルな基準設定機関です。GX政策に関連する日本の省庁は、CBI基準への適合を持続しなかった理由について、「基準のタイミングや範囲の制限」等を挙げています。

 

 しかし、移行国債への認証取得を途中で省略したことは、同国債が何のために資金調達するのか、あるいはそうした国債発行が、国際的な信頼できる移行金融の期待を満たすのかどうかという点で、疑問を残す形となっています。CBIの代わりに、日本格付研究所(JCR)からセカンドオピニオン(SPO)を取得しています。しかし、一部のグローバル投資家にとっては、その保証水準はグローバルな認証とは同じ水準ではない可能性があります。

 

 GXは、経済全体を対象とした気候ファイナンスのフレームワークを目指しています。炭素価格設定、移行国債、排出量取引制度(ETS)を含む、あらゆる要素を網羅しています。しかし、実施の詳細においては課題が残っています。

 

 日本の炭素価格は現状では、1㌧当たり約289円(約2㌦)と低く、企業が脱炭素化に向けて行動を変えるために必要なインセンティブとしては不十分です。また日本が導入するETSでは2026年に一部業種で取引参加が義務化される予定としています。しかし、現在の仕組みのままでは、企業に対する、より強力な遵守メカニズムがなければ、堅固な炭素価格シグナルを生み出すことは困難です。一方、中国のETSは2021年から電力部門で義務化されており、最近、セメント、鉄鋼、アルミニウム部門にも拡大されました。中国の炭素価格は1㌧当たり約CNY86(12㌦)で取引されています。

 

 市場整合性という点では、日本のGX国債は欧州連合(EU)などのより厳格なタクソノミーの基準を満たしていません。このため、科学に基づく投資方針を重視する国際的な機関投資家に対しては魅力を減じるものとなっています。

 

 要するに、日本では気候ファイナンスのフレームワークは存在するが、その効果を高める気候政策の柱が脆弱なのです。

 

図2. 2024-2025年の省別気候・エネルギー予算

出典:Climate Integrate分析
出典:Climate Integrate分析

 

 

移行投資テーマだが、誰のためのものか?

 

 市場の投資銀行はGXを移行投資テーマの定義づけ、として評価しています。日本の産業やエンジニアリングを基盤とした投資であれば、その指摘は必ずしも間違っていません。日本はバッテリー技術、水素インフラ、精密製造分野等で世界トップクラスの企業を擁しているからです。GXが部分的な脱炭素化での成功でも実現できれば、イノベーション志向の投資家にとって大きな利益となる可能性があります。

 

 しかし、技術輸出戦略とネットゼロ目標に沿った移行を混同すべきではありません。日本が重視する技術の一部、例えばバッテリー革新やクリーン水素電解装置は、脱炭素化の可能性が明確で商業化経路が拡大しています。一方、アンモニア混焼、ブルー水素、化石燃料プロセスにおける二酸化炭素回収など、コスト効果や排出量削減効果に疑問が残る技術もあります。高リスク技術に関する明確な理解、実行可能な成果、第三者機関の保証が欠如したままでは、GXは一見、気候変動対策の資金調達策のように見えますが、その大半は、従来型の産業変革の「物語」に過ぎない可能性があります。

 

進むべき道:説明責任を伴った「野心」

 

 GXは、複雑な移行のための資金調達の「グローバルな青写真」となる可能性はあります。そのためには、2つの原則を採り入れる必要があります。それらは重要性(materiality)と整合性(integrity)の原則です。

 

 具体的には:(1) 資金提供対象のプロジェクトが測定可能な気候変動成果をもたらすよう、適格基準を厳格化すること (2) イノベーションへの資金提供と実証済みの脱炭素化との連携を強化すること (3) 市場の信頼性を高めるため、国際的な第三者認証を組み込むこと、が必要です。

 

図3. 資金調達イノベーションと実証済みの脱炭素化との関連性

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 また、脱炭素化と産業戦略の境界を明確にすることも重要です。投資家は産業政策に反対するわけではありませんが、明確なラベル付け、排出の正当性、そして防御可能な気候価値を求めています。

 

 日本のGX枠組みは魅力的です。同時に、複雑でもあります。現時点では、その枠組みは、野心と曖昧さの間に位置しているといえます。日本がGX国債を気候変動対策のツールとしてみなされたいのであれば――単に国債をイノベーション的に活用するだけではなく――実証可能な脱炭素化成果を証明する責任は依然として残っています。これは投資家の利益のためだけでなく、成長するグローバルな移行金融市場自体の信頼性を高めるためにも重要です。

 

★ 本稿は、非営利シンクタンク「エネルギーシフト研究所(Energy Shift Institute)」に掲載されたChristina Ng氏の論考を、同機関の了解を得て、日本語に翻訳しました。元の英語版の原稿をお読みになりたい方は、下のPDFにアクセスしてください。

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Christina Ng(クリスティナ・ング) 東南アジアのエネルギー転換を文脈に応じた洞察と地域的な視点を通じて推進する独立系非営利シンクタンク「Energy Shift Institute」の共同創設者で、現マネージングディレクター。サステナブルファイナンスに関する彼女の見解は、ロイター、フィナンシャル・タイムズ、ブルームバーグなどに随時掲載されている。SBTi金融機関ネットゼロ専門家諮問グループのメンバーも務める。

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