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銀行の「ネットゼロ銀行同盟(NZBA)」からの離脱で、逆に高まる銀行への気候訴訟のリスク(藤井良広)

2025-09-22 23:08:37

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写真は、日本の若者たちが、JERA等の多排出企業を相手取って起こしている訴訟の原告団たち)

 

 金融機関のネットゼロ宣言の場となってきた国連主導の「ネットゼロ銀行同盟(NZBA)」からの参加銀行の離脱増加により、同機関は組織的見直しを余儀なくされている。一方で、欧州の環境団体等からは、銀行による自主的なネットゼロ活動よりも、銀行の気候変動対策に対する法的責任を明確にする訴訟に力点を置くべきとの意見が出るとともに、行動も始まっている。7月に出た国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見は、気候対策に対する国の義務を明確にし、排出主体への規制責任も示した。これらを受けて欧州の市民団体等では、気候規制の対象となる企業等の排出主体にファイナンスを提供する銀行等に対して、融資責任を問う訴訟を提起し、正面から金融機関の化石燃料ファイナンスの削減を求める行動こそが、気候対策の「近道」との見解が出ている。

 

 ICJの勧告的意見は、国連による要請に基づいて発出された。国連の要請は、2023年3月29日の国連総会での決議に基づく。同決議は、気候変動の進行による海面上昇被害を受けているバヌアツ等の小島嶼国が総会に要請したものだった。https://rief-jp.org/ct4/159282?ctid=

 

 同意見は、各国政府は気候変動枠組み条約や国際人権法等に基づき気候変動対策を実施する義務を負っており、その義務を実施しなかったり、先送りなどの行動をとると、国際法上の不法行為を構成する、とした。そうした国際法違反行為に対しては、因果関係の立証を条件に、被害国への賠償の必要性も示した。これらにより、国の気候政策に対する訴訟が正当化され、今後の気候訴訟の増加も想定されている。https://rief-jp.org/blog/160861?ctid=33

 

 ICJの意見を受け、オランダの環境団体「ミリエウデフェンシー(Milieudefensie  :  環境防衛団)」のシニアリサーチャー、リック・ボスマン(Rick Bosman)氏と、同シニア・ポリシー・オフィサーのジャスパー・ブロム(Jasper Blom)氏は、「Climate Central Banking 」のサイトに「金融に対する訴訟:気候訴訟が銀行に対して行われることでシステム全体に変革をもたらす可能性(Finance on trial how climate litigation against banks could drive systemic change)」と題する共同執筆記事を掲載した。https://greencentralbanking.com/2025/08/26/finance-on-trial-how-climate-litigation-against-banks-could-drive-systemic-change/

 

 同環境団体は、2021年5月に、石油メジャーのシェルの気候対策の不十分さとそれに基づく人権侵害を争ったオランダ・ハーグ地裁での訴訟で勝訴したことで知られる。昨年11月の控訴審判決では「企業に対する排出削減要求は裁判所ではなく、国家によってのみ行われるべき」とするシェルの主張が受け入れられ、訴訟は逆転し被告勝訴となった。https://rief-jp.org/ct4/150510?ctid=

https://rief-jp.org/ct4/114551?ctid=

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 しかし、この控訴審でのシェル勝訴は、国による気候対策の強化を支持するもので、判決では引き続きシェルの排出責任は認めている。その点で、シェルのような多排出産業・企業への国による排出規制の強化を求める、ICJ勧告とも整合するといえる。「環境防衛団」は、その後、シェルに融資してきたオランダ大手銀行のINGに対して、同銀行による気候変動を促進する化石燃料企業への融資における役割と、同社のポートフォリオ全体の排出量の開示について説明責任を果たすことを求める訴訟を提起し、現在審理中だ。https://rief-jp.org/ct4/150510?ctid=  https://rief-jp.org/ct7/155530?ctid=

 

  「防衛団」は、INGに対する訴訟では、INGの気候政策が国際的な気候協定に準拠しておらず、融資先や投資先企業によって引き起こされる「融資による排出量(financed emissions)」削減に向けた取り組みが不十分と主張している。同訴訟では、INGに対し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)および国際エネルギー機関(IEA)の指針に従い、投融資ポートフォリオを「1.5℃」のパリ協定の温暖化抑制目標に整合させること、さらに化石燃料プロジェクトの拡大を継続する企業への融資を停止することを求めている。

 

 効果的な気候対策を実施する上で、排出を増大させる企業、その企業にファイナンスをする銀行、これらの企業と銀行を規制する権限を持つ国という3者の気候責任での関係は「3者のうち誰かに限定したものではなく、3者全体の責任であり、かつ個別にも、それぞれに責任がある」という評価になる。銀行の場合、それは「貸し手責任(Lender Liability)」の援用ということになりそうだ。

 

 「防衛団」のシェルに対する一審での勝訴判決以降、銀行の気候デューデリジェンスと注意義務が訴訟の的となるケースはジワリと増えている。その一つが、2023年に仏銀大手のBNPパリバに対して、仏Oxfam等の3環境団体が提訴した裁判だ。同裁判では、同銀行が石油・ガス等の化石燃料事業者向け融資を続けていることは、環境を損なう活動への注意義務を定めたフランスのデューデリジェンス法(Duty of Vigilance : 警戒の義務)に違反しているとして、融資の是正を求める内容だ。https://rief-jp.org/ct6/135477?ctid=

 

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 環境団体による気候訴訟が、排出源の企業や国を相手取った訴訟から、銀行を標的にする方向に広がりをみせつつあることについて、防衛団の共同執筆記事は「これは驚くべきことではない。あらゆる化石燃料大手企業の背後には、高排出活動を資金提供する用意のある銀行が存在するのだ」と指摘している。

 

 「防衛団」自体が、現在、INGに対する訴訟の原告であり、シェルに対する訴訟も展開している団体だけに、銀行向け訴訟の増加がさらに増えるとの見方の妥当性は、現時点では不明だ。ただ、NZBAからの主要銀行の離脱で、NZBA加盟時に各銀行が取り組んでいた高排出産業セクター向けの自主的な排出削減行動が「見送られる」ことへの「失望」から、環境NGOが訴訟のターゲットを多排出企業にファイナンスを提供する銀行に切り替える公算は、高まることはあっても、小さくなることはないだろう。

 

 その理由は、グローバルなNGOがまとめる2025年の「化石燃料ファイナンスレポート」で明確に示されている。2021年以降の9年間での、世界の大手銀行65行による石油・ガス・石炭の化石燃料関連セクター部門への投融資額は合計で7.9兆㌦(約1200兆円)に達している。このうち日本の3メガバンクは、上位10行のうち、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)4位、みずほフィナンシャルグループ(みずほ)5位、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)8位と、いずれも投融資先への排出削減への貢献よりも、化石燃料関連分野への投融資資金の積み増しを積極的に進めてきたことが浮き彫りになっている。https://rief-jp.org/ct7/158131?ctid=64

 

 銀行がNZBA等の自主的な枠組みで、多排出セクター・企業からの排出削減取り組みを宣言してきた一方で、実際には膨大な金額の資金をこれらの多排出セクターに投じ続けてきたことは、これらのデータで明確に示されている。多排出セクターへの追加的ファイナンスは今後数十年にわたり排出を固定化する。そう考えると、NZBAの自主的な枠組みは、銀行自身が「化石燃料離れ」できない実態を、むしろ覆い隠す役割としても利用されてきたのではないかとの疑念も出てくる。https://rief-jp.org/ct6/160318?ctid=

 

 ICJ勧告を踏まえると、国が本来取り組むべき法的責任を踏まえた気候規制の実践に対しても、銀行は化石燃料産業・企業に対する継続的で膨大な投融資資産を抱え込んでいることを理由に、金融当局に対して水面下で、規制の緩和等を求めてきたのでは、との憶測も生まれる。国がICJ勧告に沿って、排出産業・企業に対して排出削減を課す気候政策を講じる場合、すでに化石燃料関連産業・企業向けに膨大な投融資資産を積み上げている銀行等の金融機関は、それらの資産が「座礁資産」化する潜在的リスクを抱えている。金融システムリスクへの広がりを警戒する金融当局にとっても、そうした潜在リスクは無視できないといえる。

 

 一方で、気候変動をめぐる責任論は、トランプ米政権が推進する「反気候政策」が“逆流”となって先送りされそうな側面もある。化石燃料業界や関連業界、一部の金融界などの中には、「トランプ流」の流れが高まることに、むしろ「期待」を込めている向きも少くないと思われる。節操を欠く向きは「温暖化のウソ論」を再び持ち出している。人類の英知が結集した科学的知見にも限界があるのも事実だが、そうした現在の科学的知見の最大公約数に基づく限り、「されど温暖化は進む」ことを否定するエビデンスは見えない。

 

 見えないどころではない。日本でもこの夏の熱波の広がりは、科学的知見だけでなく、普通の肌感覚でも「ちょっと暑過ぎる」「異常なのでは」と、多くの人々が感じたのではないか。「温暖化はすでにそこにあり、われわれは後戻りの効かない段階に入っている」と思わざるを得ない夏だった。「一般人の感覚」を侮ることなかれ。気候責任を、国も、企業も、金融機関も、自らで引き受けず、人任せにし、先送りしてきた結果が、異常気象の長期化、気候災害の増大という形で、地球の各地で多くの人々が現実化してきたとすれば、やはり先延ばしはもう限界ということではないか。

 

 気候訴訟の対象が、企業や国から、多排出産業・企業を投融資で下支えしてきた銀行・金融機関にシフトするとすれば、金融機関の法的な気候責任の明確化は重要性を持つ。銀行の貸し手責任(lender liability)とは、銀行や金融機関が融資を行う際に、適正な注意義務を果たさなかった場合や、誤った情報の提供、不適切な融資条件の設定などにより、融資を急に引き上げたりして借り手に損害を与えた時に、金融機関に融資者としての責任が問われる法理とされる。

 

「環境防衛団」がシェルを相手取った第一審の訴訟で勝利した際、喜ぶ原告参加者たち=2021年5月
「環境防衛団」がシェルを相手取った第一審の訴訟で勝利した際、喜ぶ原告参加者たち=2021年5月

 

 このうちの「注意義務違反」では、銀行は融資先の信用状況や返済能力を適切に評価しなければならず、それを怠った場合に責任を問われることがある。予防原則や「汚染者負担」原則も踏まえると、多排出産業・企業への融資継続が温暖化の加速につながることから、それらの融資に際して借り手側に排出削減を求める「注意」を怠った場合も、注意義務違反に相当する可能性も出てくる。

 

 「誤った情報の提供」では、「温暖化のウソ論」のような「虚偽情報」を銀行が提供したり、あるいはそれらの第三者情報に基づいて多排出産業・企業の移行を遅らせるような融資を続けた場合も損害賠償責任の対象になる可能性がある。また、伝統的な多排出産業・企業への融資優遇を続け、新規の再エネ事業者等への融資を相対的に厳しくしているとみなされる場合は、「不当な取引慣行」となる可能性も浮上しそうだ。

 

 銀行の貸し手責任は、基本は銀行と借り手との間の公正さを確保するための法理だ。しかし、上述したように、ICJ勧告が求める国の気候政策立案の法的責任を実行する上で、排出を増大させる企業、その企業にファイナンスを提供する銀行、これらの企業と銀行を規制する権限を持つ国という3者の気候責任の関係は「3者全体の責任であり、かつ個別にも、それぞれに責任がある」と考えると、貸し手責任は銀行による「社会への責任」ともいえる。

 

 「防衛団」が属するオランダでは、銀行への訴訟は「進化する法的基盤」に立脚するとされる。同団体はING訴訟で、国内の不法行為法、企業責任法、人権枠組みを活用して、「銀行には顧客・社会・環境に対する注意義務がある」と主張している。そうした主張の根拠となるのは、オランダ民法では、予見可能な危害を防止するための相当な注意義務を怠った企業は責任を問われることが明示されているためとする。シェル判決が画期的だったのは、同社の排出量対策の不作為がこの義務違反にあたると裁判所が認定した点にある。控訴審では排出削減の具体的な割合は確定しなかったものの、気候変動対策における企業の責任は確認されている。

 

 一般的に銀行に対する気候訴訟は、金融機関が気候変動を促進する産業への資金提供を継続することが過失に当たるかどうかが訴訟での主要な争点の一つとなる。「防衛団」によるINGへの訴訟では、過去の排出責任を踏まえた先進国と途上国間の「共通だが差異のある責任」、将来世代への負担先送りを是正するための「世代間の公正さ」や「Just Transition」、さらに予防原則等の国際的な気候規範を援用し、先進国に拠点を置く大手銀行に大幅な排出削減義務を課すことを主張している。

 

 裁判所がICJの勧告的意見を踏まえ、原告側の主張を認めた場合、オランダの国内金融界に止まらず、国際的な金融業界への影響も無視できない。金融機関が抱えるfinanced emissionsの削減が、各国がとるべき気候政策と整合する金融機関の事実上の法的義務とみなされれば、国が明確な排出規制を打ち出さない国においても、G-SIBのような国際的な大手金融機関の場合は、高炭素投資の防止と段階的廃止は、少なくとも国際的な市場においては、事実上の義務とみなされ、株主等のステークホルダーからの要求が高まるだろう。銀行や金融機関に及ぶこうした責任の波及は、内外の気候弱者からの訴訟リスクの増大、規制当局からの監視強化、市場からの評判毀損リスクの増大等につながる。

 

 日本の大手金融機関を含め、NZBAを離脱した内外の金融機関は、離脱後も、自らの自発的なESGフレームワークやサステナビリティ報告を通じた気候変動対策への支持の継続を強調している。しかしその一方で、前述したように、NZBAの枠組みは、銀行自身が「化石燃料離れ」できない実態を覆い隠す役割となってきた疑念もあると考えると、ICJの勧告的意見が国際的な温暖化現象に対する法的責任の「指針」となったことを踏まえ、多排出企業や、それらに対する大量のfinanced emissionsを抱える金融機関の説明責任が訴訟で問われることは、ある意味で、必然的な「次のフェーズ」との見方もできる。

 

 「防衛団」は論文で、司法の場で金融機関の融資者責任を問うことは「新たなレベルの説明責任をもたらす。銀行に気候目標の明確化を強制するだけでなく、その達成に向けた司法による執行可能なタイムラインを課す可能性もある」と期待を示す。さらに「これらの訴訟の波及効果は銀行セクターを超越する」と指摘し、多排出企業等への影響増大に期待を膨らませる。

 

 そうした期待が膨らむのは、高炭素プロジェクトの多くは資本集約的であり、外部資金やその他の金融サービスに大きく依存しているためだ。銀行が投融資による排出量に対して、法的・社会的責任を負うことを、司法によって明確化されると、多排出企業等は排出量の透明性と信頼性のある気候移行計画の立案について、金融機関から、より強い要求に直面する。「防衛団」は「これにより、特にエネルギー、運輸、重工業などの炭素集約型産業で、セクター横断的な気候対応の加速が促されるだろう」とみる。

 

 さらに、彼らは、金融機関に対する訴訟の成功は、金融当局や中央銀行などにも影響を与える可能性がある、との期待も示す。欧州では、欧州中央銀行(ECB)や各国当局による気候関連ストレステストや、気候情報開示義務化が進んでいる。逆に米国では、証券取引委員会(SEC)による気候情報開示規則がトランプ政権によって利用不可能な状態となっているほか、連邦準備理事会(FRB)等による気候ストレステストも中止になるなど、対照的な展開になっている。

 

 主要国の気候政策のベクトルが「真逆」な方向感を持つ中で、拘束力のある裁判所の決定がG-SIB金融機関に対して示されると、金融システムに及ぼす気候リスクのインパクトと連動性をより厳しい視点で監視する必要性は高まる。

 

 「防衛団」は、「金融機関に対する気候訴訟の増加は、気候変動責任の帰属に関する広範な転換を示している。従来は政府や化石燃料企業に焦点が当てられていたが、法的枠組みは現在、炭素集約型産業に資金提供・サービスを提供する機関へと拡大しつつある。主要銀行に対する気候訴訟が進展する中、金融主体が気候危機における役割について責任を問われる可能性のある新たな法的領域が切り開かれつつある」としている。

 

 欧州で進んでいるINGとBNPパリバを相手とした気候訴訟が、原告勝訴の結末となるか、あるいは、そうならなくても、訴訟において金融機関の融資者責任が明確化されれば、それらの司法判断は単に欧州内での先例にとどまらない。G-SIB金融機関の融資者責任の共通化として、グローバル市場で評価されるだろう。司法が、気候リスクの責任分担で、銀行の法的義務の範囲を定義するかどうか。防衛団は「両訴訟の展開によって、気候リスクが金融上の負債として認識されるか、あるいは金融機関が高排出投資を段階的に廃止する法的義務を負うかどうかが決定づけられる可能性がある」と展望している。

 

 国の気候リスクに対応する政策責任が十分に果たされていない中で、銀行・金融機関は訴訟リスクにどう対応すればいいか。それにはまず、自主的あるいは義務的のどちらの場合であっても、真の意味での情報開示による透明性を確保するとともに、グリーン・サステナブルファイナンス市場の拡大・深化を率先することによって、旧来の化石燃料中心の「ブラウン産業・市場」からの脱却を支援し、脱炭素・脱廃棄物の循環社会につながる新たな成長機会を生み出すことではないか。

                           (藤井良広)

https://greencentralbanking.com/2025/08/26/finance-on-trial-how-climate-litigation-against-banks-could-drive-systemic-change/

https://www.banktrack.org/article/banks_fossil_fuel_finance_totals_869_billion_in_2024_a_dramatic_increase_in_financing

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藤井 良広(ふじい よしひろ) 一般社団法人環境金融研究機構代表理事。元上智大学地球環境学研究科教授、元日本経済新聞経済部編集委員、SASBワーキンググループ、ICMAサステナブルファイナンスオブザーバー、ISOサステナブルファイナンス専門委員等を歴任。著書に「環境金融論」(青土社)、「サステナブルファイナンス攻防」(金融財政事情研究会)等、神戸市出身。