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気候変動に関するICJ勧告的意見によって、日本政府のこれまでの気候政策に関する主張は「ほぼすべて否定された」(明日香壽川)

2025-09-20 23:25:27

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写真は、ICJで日本の主張を述べる日本政府の代表者の1人=外務省サイトから引用)

 

はじめに

 

 2025年7月23日、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)は、気候変動に関する国家の義務および義務違反の法的帰結に関する勧告的意見を発表した(ICJ 2025)。このICJ勧告的意見は、ハーグを舞台に、日本政府を含む各国政府関係者、世界中の法学者、市民社会が活発に関与した2年間にわたるプロセスの集大成であり、発表の場には国連総会議長や各国代表が出席し、世界各都市でライブ配信された。

 

 ICJ勧告的意見の本文は全員一致であり、反対意見はなかった。分離意見はあったものの、いずれも本文の内容を否定するものではなく、多くが国家の責任をより明確かつ厳格にするべきという趣旨であった。

 

 日本政府は、自らの主張を述べた陳述書をICJに提出し、ハーグにて政府関係者(外務省職員および政府の依頼を受けた大学教授ら)が意見陳述を行った。しかし、最終的なICJ勧告的意見では、日本政府が提案した主張はほぼすべて否定された。

 

 本稿では、ICJに対する日本政府の陳述書(Government of Japan 2024)、陳述書の概要(外務省 2024a)、口頭陳述手続における陳述の概要(外務省 2024b)などと、ICJ勧告的意見の内容を比較検証することで、日本政府の気候変動政策に対する基本的な見解、姿勢が、ICJ勧告的意見に集約された世界の最新の潮流と、大きくかけ離れていることを明らかにする。

 

 日本政府の主張(▼で表示)

 

▼「国家は気候変動条約で合意した任意の義務しか負わない」

 

 日本政府は、ICJに提出した意見書で、「国家は気候変動枠組条約(UNFCCC)およびパリ協定で合意した任意の義務しか負わない」と主張した(Government of Japan 2024;外務省 2024a;外務省 2024b)。同様の主張は、米国、中国、英国、ロシアなども示している。

 

 しかし、UNFCCCの目標は曖昧で、またパリ協定の目標も各国の任意で、かつ目標遵守は法的拘束力がない。そのため、ICJ勧告的意見は、すべての国は、既存の条約・協定の内容や参加の有無(米国はパリ協定から脱退)に関係なく、成文化されていないものの国際法において包括的・統合的(アンブレラ的)な役割を担う慣習国際法(Customary international law)や国際人権法などの複数の国際法上の義務として、気候システムの保護義務を負うとした(パラグラフ409)。また、産業革命以降の気温上昇を1.5℃以下に抑制することが、各国が目指すべき唯一の目標であることを明確にした(パラグラフ245)。さらに、気候システムの保護義務に反する行為として、「化石燃料の生産、消費、化石燃料探査許可の付与、化石燃料への補助金提供など」を具体的に挙げ、それらは国際法違反になる可能性があるとした(パラグラフ94、427)。

 

 ICJ勧告的意見は、自国企業の排出を制限するのに十分に必要な規制措置をとっていない場合も国の不法行為と見做し(パラグラフ282)、予防原則の重要性とともに未来世代への責任も明示的に示した(パラグラフ155、156、157)。

 

 なお、慣習国際法として定着している例としては、越境汚染問題などで確立した「他国に対するDo No Harm (害悪を及ぼさない)ルール」などがある。

 

▼「国家に温室効果ガス(GHG)の歴史的排出責任はない」

 

 日本政府は、ICJへ提出した陳述意見において、「気候変動対策における先進国の先導的役割は認識するが、国際法上、義務の遡及適用はなく、歴史的責任は生じない。」(外務省2024a;Government of Japan 2024)と主張した。

 

 これに対して、ICJ勧告的意見は。国が持つGHGの排出責任に関しては、蓄積的・歴史的排出を考慮すべきとした(パラグラフ247)。これは先進国が途上国に比べてより急激にGHG排出削減を進める必要性があることを示しており、今の日本のNDC(国が決定する貢献)、すなわちGHG排出削減数値目標を見直す必要性があることを意味する。

 

▼「国が定めるNDCのレベル(野心度)に関して国家は裁量権を有する」

 

 日本政府は、日本のNDC(2030年目標)はパリ協定で規定された1.5℃目標に整合していると主張した上で(西村2022;Government of Japan 2024)、国レベルでの目標策定に必要な世界全体のカーボンバジェットの分配に関する国際的なルールは存在しないとも主張してきた。昨年から今年にかけての日本の2035年目標に関する議論においても、政府・事務局は、IPCCの世界全体1.5℃経路(確率50%)の上限・下限の幅に日本の排出経路が入っているので日本のNDC(2035年目標)はパリ協定に整合性があると主張した。

 

 しかし、国による人口変動やエネルギー消費量の違いを考えればすぐわかるように、国と世界全体の排出経路が同じで良いはずはない。この政府・事務局の主張は、国の排出経路と世界全体の排出経路を意図的に混同させたものであり、国際社会には通じない。これは、日本国民に対する「グリーンウォッシュ」だと言える。

 

 また、日本政府の審議会に参加する委員の一人は、「限界削減コスト均等」という今回のICJ勧告的意見では参照すべきとはされておらず、IPCC第5次評価報告でも公平ではないとされた分配方法(指標)で計算したとされるNDCをもって、日本のNDCは1.5℃目標と整合性がある」と主張した。

 

 一方、ICJ勧告的意見は、このような「NDCは国が完全な裁量権を持つ」、すなわち「1.5℃目標との整合性は勝手に主張してよい」という考えを否定している(パラグラフ245)。また、NDC設定について、「共通だが差異のある責任と能力(CBDR-RC)」の原則のもと、上記2)でも述べたように、蓄積・歴史的排出量(パラグラフ247)や一人当たりの排出量(パラグラフ149)などの具体的な指標を示している。これらは、先進国に有利な指標である「限界削減コスト均等」などを勝手に使うことを禁じたと言える(カーボンバジェットの分配方法に関しては、「明日香ほか2022」を参照)。

 

▼「国家がGHG排出から気候システムを保護するための適切な措置を講じないことの法的帰結はない」

 

 日本政府は、上記1)でも述べたように、国内における具体的な対策においては、UNFCCCおよびパリ協定に記述されている以上の義務はなく、「国際違法行為の責任の所在を特定することはできない」(外務省2024a)と主張した。

 

 一方、ICJ勧告的意見は、前述のように化石燃料の生産、消費、化石燃料探査許可の付与、化石燃料への補助金提供などが、その国家に帰属する国際法上の不法行為を構成する可能性があると極めて具体的に明記した(パラグラフ427)。これは、国際エネルギー機関(IEA)が「1.5℃目標達成には、先進国は2035年までに化石燃料発電を廃止する必要がある」とする中、日本政府が行っている化石燃料発電への実質的な補助金制度(例:容量市場や長期脱炭素電源オークション)などは、国際不法行為とみなされうることを意味する。

 

 なお、気候変動の責任論において、常に問題となるのは、被害と加害の因果関係(causation)および帰属性(attribution)である。これまでの日本における気候訴訟で被告になった国・企業は、気候変動被害の因果関係の確定は困難と主張し、実際に日本における気候訴訟の判決は、すべて気候変動問題においては原告不適格であった。

 

 しかし、ICJ勧告的意見は、現在および蓄積的・歴史的な排出量などから、気候変動被害に対する国家の責任を明らかにするのは科学的に可能だとした(パラグラフ429)。また、加害・被害の因果関係の確定と被害に対する責任の有無とは別だともした(パラグラフ433)。

 

▼「ICJ勧告的意見は、気候危機という文脈において、被害を受けている国々が大排出国に対して行動の停止、回復(原状回復)、損害賠償を求めることはできない」

 

 日本政府は、米国などとともに、パリ協定によって先進国の賠償責任はなくなったと主張した。例えば、外務省(2024a)は、「パリ協定における損害に関する規定は、第8条(気候変動の悪影響に伴う損失及び損害(loss and damage)の回避、最小限化及び対処)であるが、第8条の実施は協力的な性質であり、2015年のCOP21において、第8条は「いかなる責任や補償も伴うものではなく、その根拠となるものではない」との決定を採択している、と書いている。

 

 一方、ICJ勧告的意見は、パリ協定のみならず慣習国際法などの見地からも賠償などを求めることは可能とした(パラグラフ449、450、457)。

 

▼「清潔で健康的で持続可能な環境を享受する個人的権利は存在しない」

 

 日本は、環境権(国連人権理事会の定義は、生物多様性や生態系に関するものを含め、安全、清潔、健康的で持続可能な環境への権利)を「確立した権利」とは認めていない世界でも極めて少数の国である。例えば、2021年10月8日の国連人権理事会決議において賛成多数で採択された環境権に関する宣言に対して、日本、中国、インド、ロシアの4カ国だけが棄権し、他の国(43カ国)は全て賛成であった。

 

 政府が環境権を認めない中、日本の裁判所も判例上は環境権を認めていない。すなわち、日本での気候訴訟においても、裁判所は「気候変動による健康、生活の質等に対する重大な悪影響から保護される権利」の存在や「清浄で健全かつ持続可能な環境を享受する権利」の存在を否定し、原告適格を認めなかった。司法が行政の影響を受けるのは、ある程度は仕方がないのかもしれないが、オランダ、ドイツ、フランス、ベルギー、アイルランドなど、司法が政府の気候変動対策を不十分とした前例は多くある。日本における司法の独立性という意味でも、行政の政策分野への介入を極力避ける日本の司法のあり方は問われるべきであろう。

 

 一方、ICJ勧告的意見は、気候変動問題は人権問題であり、清潔で健康的で持続可能な環境を享受する権利は、慣習国際法および国際人権法に基づくものであり、他の基本的人権の享受にとって不可欠であるとした(パラグラフ387、393)。すなわち、ICJ勧告的意見によって、日本の裁判所が今後の日本での気候訴訟においては、従来のように「原告不適格」として審理から逃げるような形はかなりとりづらくなるといえる。

 

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 以上のように、ICJ勧告的意見は、日本政府の主張を、ほぼ「全否定」したことは明白である。このことは、現在の日本政府の気候変動問題に関する認識は、IPCCの科学的知見などに基づいて世界でも最も権威がある国際法学者たちが、公平な立場で各国による意見陳述や公聴会を含む2年間の議論を重ねて出した最新の認識と、いかに大きく乖離しているかを端的に示している。

 

 実は、認識の乖離は政府に限らない。前述のように、これまでの日本における気候訴訟の判決も日本政府の主張そのままであった。また、日本での気候変動問題の法学的側面に関わるアカデミアの世界でも、今回のICJ勧告的意見のような主張や議論は、筆者の知る限り聞いたことがない。

 

 筆者が思うに、日本政府は、少なくとも1997年の京都議定書採択の際には、気候変動問題で世界のリーダーシップを取ろうと努力した。しかし、その後は、国内的には「日本は気候変動対策の優等生」というイメージで国民をグリーンウォッシュし、国際的には米国の陰に隠れ、あるいは米国および中国に責任転嫁してきた。その帰結として、日本のエネルギー・温暖化対策はガラパゴス化した。そうした政策に追随してきた司法とアカデミアも国際的に、大きく取り残されている。

 

 最後に:歴史のどちら側に立つのか

 

世界の多くの市民団体や法律家グループは、ICJ勧告的意見を、気候変動問題の全てを変える「ゲーム・チェンジャー」などの表現で、極めて好意的に受け止めている。前UNFCCC事務局長クリスティナ・フィゲーレス氏は、「疑いなく、これまでで最も広範で、最も包括的で、最も重大な法的意見」「もう気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議(COP)での新たな協定などは必要ないのでは?」とすら述べている(Outrageous and Optimistic 2025)。多くの関係者が、この勧告的意見によって国や企業の不法行為を問う気候訴訟が世界中で増大すると予想する。

 

 このようなICJ勧告的意見に対して日本の立法、行政、司法、そして国民がどのように反応するだろうか? 日本の裁判官がしばしば却下理由とする「社会的通念として温暖化問題はまだ深刻な問題にはなっていない」という認識は変わるのだろうか? 気候変動問題を人権問題と認めず、環境権を「確立した権利」ではないと否定する、世界でも極めて少数の国であり続けるのだろうか?日本政府の陳述書などで、しばしば語られる「日本は途上国に対して多大な国際協力をしているから」という自己弁護(?)は、これからも続くのだろうか?それとも、日本政府に追随する形のアカデミアも変わるのであろうか?

 

 予断は許さないものの、温暖化対策および国際法遵守という二つの意味で好ましくないシナリオも想定される。それは、「単なる意見でしかない」「異なる意見もある」「国際法を守らない国は他にもある」と、日本政府や日本の裁判所が開き直って、ICJ勧告的意見を無視、あるいは意義を過小評価することである(外務省のそうしたい気持ちはわかる)。

 

 しかし、世界では気候訴訟が増大し、国連の主要な司法機関であるICJの勧告的意見に沿った政策や判決が増えることは十分に予想される。そうなった場合、日本の政策や「社会的通念」のガラパゴス化はますます加速し、日本に対しては、国際法を無視する「無法者」といったレッテルが貼られることも想定される。ICJの明確な勧告的意見が示される中で、この夏の世界の平均気温の上昇は、地球温暖化の進展が一般の人々にとっても実感されるようになってきた。こうした中で、日本政府は、現代と未来の世代に向けた政策立案者としての責任を果たすために、歴史のどちら側に立つつもりなのかを、今まさに問われている。

 

<参考文献>

・明日香壽川・歌川学・甲斐沼美紀子・佐藤一光・槌屋治紀・西岡秀三・朴勝俊・松原弘直(2022)「パリ協定およびグラスゴー気候協定の1.5℃目標の実現可能性をより高めるための日本の第6次エネルギー基本計画代替案」, 環境経済・政策研究, 2022 年 15 巻 1 号 p. 29-34.  DOI https://doi.org/10.14927/reeps.15.1_29_2

https://www.jstage.jst.go.jp/article/reeps/15/1/15_29_2/_pdf/-char/ja

・外務省(2024a)気候変動に係る諸国の義務に関するICJ勧告的意見手続:口頭陳述, 地球規模課題審議官組織 国際法局、2024年12月. https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100766816.pdf

・外務省(2024b)気候変動に係る諸国の義務に関するICJ勧告的意見手続:陳述書の提出、地球規模課題審議官組織 国際法局.  https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100766815.pdf

・西村明宏(2022)COP27閣僚級セッション 環境大臣ステートメント、大臣談話・大臣記者会見要旨、2022年11月15日. https://www.env.go.jp/annai/kaiken/kaiken_00055.html

・Government of Japan(2024)Obligations of States in Respect of Climate Change (Request for Advisory Opinion), Written Statement of the Government of Japan, 22 March 2024. https://www.mofa.go.jp/files/100766813.pdf

・ICJ(2025)Obligations of States in respect of Climate Change – The Court gives its Advisory Opinion and responds to the questions posed by the General Assembly, July 23, 2025. https://www.icj-cij.org/case/187

気候ネットワークによる日本語訳は下記。

https://kikonet.org/kiko/wp-content/uploads/2025/08/20250820_icj_advisoryopinion_kiko.pdf

・Optimism and outrageous (2025) Planetary News: The ICJ Climate Opinion Explained, July 25, 2025.

https://www.outrageandoptimism.org/episodes/breaking-planetary-news-the-icj-climate-opinion-explained?hsLang=en

なお、本稿を大幅に加筆したものが下記からダウンロードできるので、よければ参照いただきたい。

https://futuregenerations.jp/wp-content/uploads/2025/09/ICJ_JusenAsuka_ver6.pdf

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明日香 壽川(あすか じゅせん)東北大学名誉教授、同特任教授。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターなど歴任。著書に、『グリーンニューディール:世界を変えるガバニングアジェンダ』(岩波新書、2021年)、『脱「原発・温暖化」の経済学』(中央経済社、2018年、共著)など。