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変容するグリーン・トランジション金融 ――移行計画と開示基準が資本市場にもたらす変化(白井さゆり)

2026-01-12 21:39:51

OECDスクリーンショット 2026-01-12 211204

上図は、OECDの「Guidance on Transition Finance」報告書から引用)

 

 気候ファイナンスは、グリーンボンド市場の発展を起点として拡大してきた。しかし近年、単なる「グリーンラベル付き」の資金調達では不十分であり、経済・産業構造全体の移行(トランジション)を、どのように設計し、資本市場として支えるのかが問われる段階に入っている。

 

 グリーンボンド市場の発展において重要な役割を果たしてきたのが、ICMA(国際資本市場協会)が策定した「グリーンボンド原則(Green Bond Principles, GBP)」である。GBPは、「資金使途」「プロジェクト評価・選定」「資金管理」「レポーティング」という共通の枠組みを提示してきた。

 

 他方、グリーンボンド市場の拡大に伴い、「グリーンラベルの信頼性」そのものを問い直す動きも強まっている。何をもって「グリーン」とみなすかについては発行体ごとに差異があり、プロジェクト評価や成果検証が形式化しやすいとの指摘もある。

 

 さらに近年では、個別プロジェクトの環境性に加え、発行体全体としての低炭素化に向けた移行経路との整合性が重視される段階に入っているが、資金調達と企業の実際の移行に向けた活動との結びつきは必ずしも明確とはいえない。

 

 こうした課題を踏まえ、改善に向けた動きもある。以下では、ISSBを起点とする開示基準と移行計画をめぐる国際的な動き、セカンドパーティオピニオン(SPO)の役割の変化、そしてタクソノミーの進展状況を概観する。

 

ISSB開示基準の国際的導入と実装の多様性

 

 近年では、グリーンボンドの発行有無にかかわらず、上場企業を中心に、国際基準に沿った発行体レベルでのサステナビリティ情報の開示が求められるようになっている。

 

 その中心に位置づけられているのが、投資家向け情報開示を主眼とするISSBのサステナビリティ全般および気候変動に関する開示基準(IFRS S1, IFRS S2)である。

 

 もっとも、ISSB基準の導入の仕方は国・地域ごとに異なっており、完全な制度統一というよりも、各国の制度的文脈に応じた実装が進められている。

 

 日本では、ISSB基準について大きな修正を加えることなく、既存の年次報告書(有価証券報告書)の枠組みの中に組み込む方針を示した。対象範囲は、当初のプライム市場の上場企業全体を対象とする方向から、実務負担や段階的導入の必要性を踏まえ、対象範囲や適用時期については修正が加えられている。

 

 日本と近い方向性をとる国としては、英国カナダが挙げられる。いずれも、対象企業の範囲や適用時期には段階性を持たせつつ、年次報告書との統合を重視する点が共通している。これは、ISSBが想定する「一般目的財務報告の一部としてのサステナビリティ開示」に比較的忠実な実装と理解される。

 

 これに対し、EUは、ISSB基準を参照しつつも、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」に基づく「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」を中核とする独自の開示制度を構築している。ESRSは、ISSB基準と異なり、ダブルマテリアリティの考え方を採用し、環境・社会・ガバナンス(ESG)を含むより広範な事項について、詳細かつ法的拘束力を伴う開示を求めている。昨年から企業の実務負担への配慮から、適用対象や開示項目の段階的適用、ガイダンス面での重点化などが進められているが、制度全体としては依然としてISSB基準より包括的な内容を維持している。

 

 中国では、独自のESG開示基準の整備が複数の制度を通じて進められているが、最近では財政当局を中心に、国際的な基準動向としてISSB基準を参照する動きもみられる。ただし、ISSB基準をそのまま採用するのではなく、中国独自の制度体系を前提に、どの範囲で整合性を確保するかについては、なお過渡的な段階にある。

 

 香港およびシンガポールでは、各取引所が主導するESG・サステナビリティ開示制度がすでに整備されており、上場企業にとっては実務的な開示基盤として定着している。両市場とも、ISSB基準を国際的な参照枠組みとして位置づけてはいるが、国内・市場固有の制度を維持しつつ併存させるアプローチを採っている。

 

 中国・香港・シンガポールに共通する点として、サステナビリティ情報は現時点では年次財務報告とは別枠で整理されることが一般的であり、財務情報と非財務情報を完全に統合した報告体制の構築は、中長期的な課題として位置づけられている。

 

移行計画は「宣言」から「評価対象」へ

 

 国際的なサステナビリティ開示の共通基盤を担うISSBは、企業に対して、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標の枠組みで開示を求めている。移行計画はこのうちの「戦略」の中に位置づけているが、その策定自体を義務付けていない。しかし、移行計画やそれに相当する戦略・目標を有する場合には、投資家がその実効性を評価できるだけの情報開示が期待されている。

 

 こうしたISSBの枠組みの下で、企業の移行計画の中身を整理し、比較可能性を高める役割を担っているのが、「International Transition Plan Network(ITPN)」である。ITPNは、各国の排出削減目標(NDC)と企業行動を結びつける観点から、排出削減目標と資本支出(CAPEX)の整合性、技術ロードマップ、投資計画、時間軸を一体として示すセクター移行計画の重要性を強調している。

 

 これと軌を一にして、金融の出し手である投資家・金融機関の側では、「グラスゴー金融同盟ネットゼロ(GFANZ)」を中心に、企業の移行計画を資金配分の判断基準として用いる動きが進んできた。GFANZは、排出削減目標とCAPEXの整合、BAU(Business as Usual、現状の事業運営を前提とした場合)を超える削減、石炭火力など高排出資産のフェーズアウト、時間軸を伴う説明責任を重視し、移行計画の評価水準を実務的に引き上げてきた。こうして移行計画は単なる「企業の宣言」ではなく、資本市場における評価と選別の対象として扱われるようになっている。

 

 これらのイニシアチブを通じて形成されてきた問題意識を、資本市場の実務ルールとして具体化したのが、ICMAが2025年11月に示した新しい方針である。

 

 ICMAは「移行ファイナンスハンドブック(Transition Finance Handbook)」を公表し、トランジション・ファイナンスを特定のセクターに限定せずに、発行体全体の移行計画(またはそれに相当する戦略)をどのように評価すべきかという観点から、共通の考え方を整理した。発行体の長期的な脱炭素目標、時間軸を伴う移行戦略、ガバナンス、説明責任を重視しており、企業が有する移行計画を金融の文脈でどう読み解くかを示す指針として位置づけられている。

 

 さらに、鉄鋼、セメント、電力などの排出削減が困難なセクターについては、技術代替や設備更新に時間と資本を要し、炭素ロックインのリスクが高いことを踏まえ、移行計画の実効性、フェーズアウトや技術転換の時間軸、中間目標の設定、設備延命(カーボンロックイン)につながらない投資設計といった点について、より高い説明責任が求められるとの考え方を明確にしている。

 

 なおICMAは、こうした一般的な移行金融の考え方を、債券市場におけるラベル付き商品として明確化するため、「気候移行債ガイドライン(Climate Transition Bond Guidelines:CTBG)」も同時に公表した。従来、移行に関する考え方はグリーンボンド原則(GBP)の補助的なガイダンスやハンドブックの中で扱われてきたが、CTBGではこれを「移行債」という独立したラベルとして位置づけ直している。

 

 CTBGは、資金使途や管理プロセスの形式的な整合性にとどまらず、発行体の移行計画がBAUを超える実質的な排出削減につながるか、炭素ロックインを回避する設計になっているか、石炭火力など高排出設備のフェーズアウトや将来の技術・燃料転換を含む前向きの時間軸が示されているかといった点を重視しており、「延命」と「移行」を峻別するための基準を債券市場に明示した点に特徴がある。

 

SPOをめぐる期待と課題

 

 グリーンボンド発行におけるSPO(Second Party Opinion)の役割 にも、目が向けられつつある。従来の形式的なグリーンラベルの確認の段階から、発行体の移行戦略や全体的な環境方針との整合性を含めて評価する方向へとシフトしつつある点が重要である。

 

 多くのSPOは、発行体の情報がICMAのグリーンボンド原則との整合性を確認することを基本としてきた。近年では、これに加え、発行体の中長期的な脱炭素戦略やガバナンス、報告の継続性など、より質的な側面に踏み込んだ判断を行うSPOが増えている。

 

 SPOの重要性が高まるにつれ、その評価の質や(評価機関が発行体から報酬を得るビジネスモデルに内在する)利害相反をめぐる課題も顕在化している。「証券監督者国際機構(IOSCO)」は、利益相反や、SPOの方法論・前提条件の不透明さについて懸念を表明してきた。EUではグリーンボンド規制の下で外部レビュー提供者の登録・監督を制度化する動きが進んでおり、SPOを市場インフラとして位置づけ直す流れが強まっている。

 

 一方で、SPOの高度化や国際的な規律強化は、コスト上昇や実務負担の増大を通じて、小規模な国内企業や自治体などがグリーンボンド市場を利用しにくくなるリスクも伴う。SPOの料金体系は評価範囲や継続レビューの有無によって大きく異なり、厳格な国際基準への対応を一律に求めることは、市場の裾野を狭めかねない。したがって、最低限の独立性や透明性を確保しつつ、発行体の規模や案件の性質に応じた比例的・段階的な要件設計を行うなど、信頼性向上と市場包摂性のバランスをいかに取るかが、今後の重要な論点となるであろう。

 

タクソノミーの多層化と相互運用性――信頼性をいかに確保するか

 

 グリーンな活動を分類するタクソノミーの多層化と互換性が、信頼性確保の観点から重要な論点となっている。世界では現在、50を超えるサステナブルファイナンス関連のタクソノミーが存在するとされる。

 

 中でも「EUタクソノミー」は、環境目標、技術的スクリーニング 基準、開示義務を一体で規定する枠組みとして、多くの国・地域が自国制度の設計に際して参照・接続している。

 

 注目を集めているのが、東南アジア諸国連合(アセアン)が策定した「アセアン・タクソノミー」である。信号色方式の下で、経済活動を「グリーン」「アンバー(トランジション)」「赤(不適合)」の三類型に分類している。グリーンはEUタクソノミーと整合的で、アンバーは「信頼性のある移行経路に沿って将来的にグリーンに到達することが求められる活動」と定義される。これを満たさない活動は赤に分類される。

 

 二層構造を採用し、下位層では原則ベースの質的判断を、上位層では技術的な閾値ベースの基準を設け、各国が選択できる。シンガポール、インドネシア、タイ、ベトナムは閾値ベース、フィリピンとマレーシアは原則ベースで独自のタクソノミーを採用・準備している。

 

 アセアン・タクソノミーでは、石炭火力発電のフェーズアウトを明示するとともに、アンバー活動が一定期間内にグリーンの要件を満たさない場合には赤へ移行させる「サンセット(期限付き)」型の仕組みを制度上組み込んでいる。ただし、これらの措置が実務上どの程度厳格に運用されるかについては、現時点では不透明である。

 

 一方、中国では、「グリーン・ファイナンス・カタログ」を整備しており、基本的に適格と認められる活動を列挙するホワイトリスト方式である。近年の改訂により、石炭火力発電は原則として対象外とされ、グリーン活動の定義を明確化している。

 

 また、EUとともに「共通基盤タクソノミー(Common Ground Taxonomy)」を公表し、両者のグリーン定義の対応関係が整理された。相互参照によって世界初の本格的なタクソノミー間マッピングの試みとして重要である。その後、シンガポールがこの枠組みに加わり、EU・中国・シンガポールを軸とする多国間的な接続性に進展がみられている。

 

 中国では、トランジション活動に関する全国共通のタクソノミーは策定されていないが、地方政府や一部金融機関を中心に、高炭素産業の移行を支援するトランジション・ファイナンスに相当する金融枠組みが試行的に導入されている。これに対し、香港では、グリーン・タクソノミーに加え、トランジション活動の整理に向けたタクソノミーの導入・整備が段階的に進められている。国際金融市場との接続を重視する香港は、中国との整合性を意識しつつも、活動ベースでの分類を通じて、移行段階にある経済活動の位置づけを明確化しようとしている。

 

 世界ではグリーン活動を中心にタクソノミーの策定が進むが、乱立気味になっており、今後は、相互運用性を確保するためのマッピングが重要になってくるであろう。ただし、マッピングはタクソノミー間の差異を解消するものではなく、複数の基準を読み替えるための補助的手段にとどまるため、投資家にとっての分かりやすさや比較可能性が必ずしも向上するとは限らない。

 

 重要なのは、移行計画を「開示したかどうか」ではない。それが実行可能な戦略としてどこまで具体化され、実際の投資や事業判断に反映されているかが、資本市場から問われる段階に入っている

 

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白井 さゆり(しらい・さゆり)

 慶応義塾大学総合政策学部教授。アジア開発銀行研究所客員研究委員兼サステナブル政策アドバイザー。コロンビア大学経済学博士。元国際通貨基金(IMF)エコノミスト。201116年日本銀行政策委員会審議委員として金融政策決定に関与。