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企業の低炭素化移行の価値を測る「マテリアリティ・メーター(測定器)」とは (Greg Rogers)

2018-01-03 18:24:10

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 新年を迎え、各企業の役員室は、今年の新たなテーマへの取り組みを真剣に考え始めているに違いない。それはTCFDへの対応だ。

 

 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は金融安定理事会(FSB)の依頼を受けて、昨年夏に企業が抱える気候変動関連の情報開示を勧告した。すでに世界の200以上の企業が同勧告を尊重する姿勢を示している。

 

 同様に多くの企業は、将来の自社の財務情報開示に際してTCFDが求める情報開示を受け入れるかどうか、受け入れるとすればどの程度、対応するのか、を問われている。TCFDが求めるのは、気候変動リスクの重要性(マテリアリティ)を定量的に評価して投資家に示すことである。そうした必要性が、企業経営のセンターステージに登場してきたのである。

 

 特に上場企業の場合、投資家が投資判断の際に、気候関連情報を評価するための重要な最初のステップとして、気候リスクに対する財務的影響を客観的に測るための、いわば『マテリアル・メーター』のような仕組みが必要になるだろう。

 

<マテリアリティと気候リスク>

 

 洋の東西を問わず、上場企業が財務報告書に盛り込む大半の情報は、マテリアリティ(重要性)評価を条件としている。一般的に、これらの情報は、事実の考察と、それらが「合理的な投資家」にとっての影響度合いの大きさに基づく。ただ、気候変動リスクのように、その性質上、偶発性が高く、危険をはらんでいる場合は、企業にとって、そのマテリアリティの評価は、通常よりも難しい。

 

 したがって、企業の経営層や管理職は、自らが抱える気候関連の潜在的な財務リスクの影響度を大っぴらには議論したがらないものだ。だが、そうした情報を開示せず、それらの推計もしないとなると、マテリアリティの評価の特性として、投資家は即座に、「この企業は、影響が大きいから開示したがらないのでは」という風に判断することになる。

 

 企業がそうした対応をとることは、少なくとも3つの観点から間違いといえる。一つ目は、気候リスクのように「偶発的で危険をはらむ出来事」というのは、まさにその偶発性と危険性によって、単純に言っても、重要でないわけがない、ということである。偶発的で危険を伴う出来事の重要性は、「合理的な投資家」が、投資判断に際して、不十分で不正確な情報しか得られない度合いによって決まる。

 

 二つ目は、財務報告書に気候関連リスクの情報開示をしていないからといって、気候リスクがないわけではない点だ。企業の経営者が、気候リスクを自社にとって大したことはないと、調べもせずに想定することは、もはや合理的とみなされない。健全な企業のガバナンスは、経営者が、自社の気候リスクを明確にし、それに対処する管理能力を合理的に保証できることを求めている。

 

 そうした気候リスクがマテリアリティかどうかの評価は、企業が投資家と自らの開示情報を共有できるような、保守的でかつ定量的な分析によって立証できるものだ。つまり沈黙(情報開示をしないこと)は、そうしたことを立証できないことを雄弁に物語ることになる。

 

 三つ目は、企業が抱える気候リスクの財務へのマテリアルな影響度を、量的に評価することは可能であるという点だ。投資家にとって、投資先企業の気候変動による「偶発的で危険をはらんだ出来事」の重要度は、その出来事の発生の頻度と、その出来事の潜在的な影響度の大きさの両方に依存する。将来シナリオの確率分析(シナリオ分析)は、一定範囲での将来の不確かさによる潜在的な財務的影響度を評価するために確立された方法である。その目的は、何が起きるかを予測することではなく、起きるかもしれないことへの計画を支援することにある。

 

<マテリアリティを評価するためにシナリオ分析を活用する>

 

 TCFD勧告の情報開示フレームワークは、マテリアリティ評価とシナリオ分析のどちらが先なのか、という一種の「ニワトリと卵」の関係を提起する。勧告は、「企業は自らのビジネス、戦略、財務計画において、気候関連リスクとオポチュニティの現実および潜在的な影響の両面で、マテリアルな情報を開示する」ことを求めている。

 

 その一方で、経営陣がそうした情報が重要だと判断する場合、「2℃あるいはそれ以下のシナリオを含めた異なる複数の気候関連シナリオを考慮したうえで、組織戦略の弾力性の有無」の開示を求めている。これ等を踏まえると、次の問いが出てくる。「企業は、シナリオ分析なくして、複数の異なる気候関連シナリオが生起するマテリアリティをどう評価できるのか」。

 

 経営の観点では、シナリオ分析はいくつかの目的に活用できる。1)気候関連のValue at Riskの評価、2)一定の範囲での将来の不確かな状態に対する、最適で堅牢な政策の採択、3)マテリアリティの閾(いき)値に適合しているかどうか、そして、財務情報開示範囲の適正性の判断――などだ。

 

 多くの大企業の経営企画部門は、これまでも、こうしたシナリオ分析を使って、不確実な将来のコスト、価格、成長度合い、金利、為替レートなどを考慮した幅広い範囲での経営戦略を立ててきた。したがって彼らはシナリオ分析に慣れている。しかし、法務・財務部門はそうしたシナリオ分析に基づく情報開示には慣れていない。

 

 どちらにしろ、情報開示は今後の重要な判断材料なのだ。もし、企業が経営戦略を立てるうえで、気候関連のシナリオ分析を活用するならば、企業はその分析をとっていること自体が、投資家のマテリアルな判断につながるかどうかを、投資家に尋ねるべきだ。企業自体がそうした問いを発しないと、投資家は、その企業は気候変動関連の潜在的な影響を量るシナリオ分析を使っていないと考え、そうした判断に基づいて行動することになる(つまり、投資対象とはしない)。

 

 資本市場において投資家は、投資先企業が立案する低炭素経済への移行計画の信頼性と、それらの計画を実行する企業の能力を評価する。さらに、そうした移行過程、あるいはそれ以外の気候関連イベント(物理的リスクあるいは法的リスクなど)によって、企業の資産と負債の両方の潜在的価値が変化する度合いを分析するために、企業が示す気候シナリオ分析を使うことができる。

 

 そうすることによって、投資家は気候関連リスクに対処し、投資に際して価格付けをする能力を高める。投資家は、移行期シナリオに基づいて、気候リスク制御の高い企業への融資なり投資を実行できる。さらに、投資家はフォワードルッキングな情報開示を、予測、ベンチマーク、あるいは事実の表明とするだけではなく、良いシナリオ分析ならば、将来をどの企業も同じ環境と考えてきた従来の画一的な視点とは一線を画せるようになるのだ。

 

<ベスト・プラクティス>

 

 年金計画の立案や、予算配分などに使われている「近代的シナリオ分析」は、一定の範囲での将来の状態を考察するため、すでに確率論的シナリオ手法を使っている。これらのシナリオ手法によって、将来を非線形に最適化する試みは、長期的な計画全体を通して、選択可能な経営政策を定量的に評価するために使われる。

 

 まず、企業の現在の財務状況を踏まえた数学的に確実な分析をする。それを受けて、多くの将来予測を作り出すためにシナリオ生成システムを活用する。各シナリオは、多くの不確実な金融的、マクロ経済的、そして産業特性に応じた変数の相互作用を反映する。それらの変数には、将来のコスト、価格、金利、為替レート、成長率なども含まれる。その他の重要な検討項目としては、気候関連の影響度や低炭素経済への移行のような、周知のトレンドやイベント、あるいは不確実性などを含む。

 

 多くのシナリオは、収入や、コスト、利益、使用資本利益率(ROCE)などの将来における財務的結果の確率分布の基礎を構成する。確率分布は、経営陣が企業の戦略の堅牢さを統計的用語で表現できるようにするものとなる。たとえば、厳密なシナリオ分析を行った後、経営陣は以下のように、自信をもって宣言できるだろう。

 

 「われわれは、現在の経営政策を踏まえるとともに、2℃シナリオを含む異なった気候シナリオを考慮した、企業内部のシナリオ計画と分析を実施した。それらに基づき、わが社は2050年を超える長期計画において、80%の確率で、将来の年平均ROCEが12%から22%の範囲に収まり、10%以下の確率で12%以下かあるいは22%以上になる」と。

 

 経営陣はシナリオ分析を踏まえることで、その他の気候シナリオに基づいても、整合性のある一連の経営政策と、経営戦略をとることができる、と投資家に説明できるのだ。

 

<結論>

 

 シナリオ分析は、企業が抱える気候リスクが自らの財務に及ぼす影響を制御する計画を立案するとともに、気候リスクが投資家にとってマテリアルかどうかを見極める閾値を示すための、適切な方法である。「ニワトリと卵」の比喩でいえば、シナリオ分析こそが、マテリアリティ確定の前に来る。

 

 もし経営陣が自社の戦略を投資家に説明するために、気候関連シナリオを使うとすると、そうした情報はマテリアルといえる。しかし、逆はそうではない。エビデンス(根拠)の不在は、リスクの不在のエビデンスにはならない。企業の経営者と投資家、あるいは気候関連の財務情報開示を準備する者と、その情報を活用する者はともに、適正なマテリアリティの評価と情報開示を確実にするための適切な政策と手順を必要としている。

 

For more information, contact Charlie Atkins at catkins@era-tos-thenes.com and Greg Rogers at grogers@era-tos-thenes.com.

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Greg Rogers(グレッグ・ロジャース)米国の環境金融情報の専門家。資産除去債務(ARO)評価の先駆者であるとともに、最近はTCFD関連の企業情報を比較評価できるEnvonetの運営で知られる。

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