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住宅ローンを裏付けとする債券は「ソーシャルボンド」なのか。韓国住宅金融公社発行の「ソーシャル・カバードボンド」についての考察(江川由紀雄)

2018-11-05 13:38:56

Korea1キャプチャ

 

 韓国の政府系機関、韓国住宅金融公社(한국주택금융공사, Korea Housing Finance Corporation, KHFC)がソーシャルボンドとしてのカバードボンドを発行した。欧米メディアと韓国メディアがアジア初のソーシャル・カバードボンドと紹介している。ユーロ建て発行総額5億ユーロ、2023年満期の5年債で、主に欧州の機関投資家を対象に販売された模様である。

 

  KHFCは2004年3月1日に設立された政府系機関である。政府、韓国銀行(中央銀行)ならびに国民住宅基金が出資している。KHFCは、特別法である「韓国住宅金融公社法」に基づいて設立された法人なので、日本流に言えば「特殊法人」ということになる。

  (参考)The Asset, KHFC prints first social covered bond out of Asia, 24 October 2018, https://esg.theasset.com/ESG/35262/financial-magazine-for-asias-decision-makers

 매일경제(韓国の経済紙、毎日経済)주택금융공사, 아시아 최초 유로화 소셜 커버드본드 발행, 2018.10.25 http://news.mk.co.kr/newsRead.php?no=665878&year=2018

 

アジア初のソーシャルボンド兼カバードボンド

 

 「ソーシャルボンド」とは、発行代り金をソーシャルプロジェクトに用いることを約して発行する債券であり、資金をグリーンプロジェクトに用いる「グリーンボンド」と同様のコンセプトに基づくものである。金融機関の業界団体 ICMA (International Capital Markets Association)が2014年に “Green Bond Principles” (グリーンボンド原則)を策定したが、同じICMAが2017年6月に初めて “Social Bond Principles”(ソーシャルボンド原則)を定め、2018年6月に若干の改正を行った。

 

 また、ICMAは、グリーンボンドとソーシャルボンドの双方の性質を持つ債券を “Sustainability Bonds” (サステナビリティボンド)と呼ぶ。ソーシャルボンド原則はグリーンボンド原則に数年遅れで策定されたことを踏まえれば、ソーシャルボンドはグリーンボンドの弟分と言っても良いだろう。

 

 KHFCが発行したソーシャルボンドについては、ICMAソーシャルボンド原則への準拠性について、Sustainalytics社からセカンド・パーティー・オピニオンを取得している。https://www.sustainalytics.com/wp-content/uploads/2018/09/KHFC-Social-Bond-SPO-09072018-FINAL.pdf

 

 ICMAが策定しているソーシャルボンド原則2018年版は、極めて短く簡潔な内容である。 Sustainalytics は、KHFCが発行する債券の事実上の担保資産として、bogeumjari (보금자리)ローンとdidimdol (디딤돌)ローンが用いられていることを挙げ、これが “affordable housing” に該当するとしている。

 

 筆者がKHFCのウェブサイト(顧客向けの韓国語のサイト)で確認したところ、bogeumjari loan 보금자리론 は、全期間固定金利で民間の住宅ローンよりは金利水準が抑えられているローンであり、didimdol loan디딤돌대출 は、原則として世帯で(単身者は本人だけで)年収6千万ウォン(約600万円)以下、新婚夫婦の場合は年収7千万ウォン(約700万円)以下を条件としている貸出金利を優遇するローンのようである。

 

 確かに、申込条件に年収の上限が設定されているので、中低所得者向けだと説明できるかもしれない。また、韓国では、民間銀行のプロパー商品の住宅ローンは、典型的には、金利固定期間が3年程度と短かいものが主流であるところ、KHFCのローンは全て全期間固定金利で30年程度の長長期間の貸出となるため、競争力のある金利水準の設定とあわせ、借手にとって毎月の返済額が抑えられるという点で “affordable” (手ごろな価格)だと言えなくもない。

 

 いずれにせよ、KHFCは、決して、貧困層向けの住宅を提供している訳ではない。あくまで、民間金融機関と提携して、住宅を取得する人と住宅保有者に対して政策的な位置づけを背景とする超長期・全期間固定金利という韓国の民間金融機関がほとんど提供していないタイプの住宅ローンを提供している政府系機関である。住宅を購入し住宅ローンを借りようとする人たちは、一般的には、貧困層ではない。

 

 こうした住宅ローン債権を事実上の担保として発行される債券が「ソーシャルボンド」として認定されることに筆者は新鮮な驚きを覚えた。

 

KHFCが発行した債券は、カバードボンドなのか

 

 KHFCが発行した債券は、報道記事では、“social covered bond” (ソーシャル・カバードボンド)と呼ばれている。ソーシャルボンドであると同時に、カバードボンドでもあるということだ。

 

 カバードボンドの業界団体である European Covered Bond Council (ECBC)は、カバードボンドの「本質的な特徴」(essential features)として、次の4点をあげている。

 

①    公的な規制または監督に服する金融機関が発行するか、または、債券保有者がそのような金融機関に対する「フルリコース」(限定されない請求権)を有する債券である

②           債券保有者が、金融資産によって構成される「カバープール」に対して、金融機関の一般債権者に優先する請求権をもつ

③    金融機関は、カバープールを構成する資産の質と量を一定水準以上に保つ義務を負う

④    カバープールの維持につき、公的機関または第三者機関の監視を受ける

 

 KHFCが発行したソーシャル・カバードボンドは、公社法第2条に定義する “주택저당채권담보부채권” (住宅抵当債権担保付債券、 mortgage-backed bonds, MBB)である。発行に関する規定は韓国住宅金融公社法第31条に定められている。かなり特殊な規定なので、ここに筆者が和訳のうえ、引用する 。

 

第31条(住宅抵当債権担保付債券の発行)

第1項              【省略】

第2項              住宅抵当債権担保付債券の保有者は、他の法律で定める場合を除き、債権流動化計画に基づき区分・管理される住宅抵当債権から第三者に優先して弁済を受ける権利を有する。

第3項              住宅抵当債権担保付債券の保有者は、第2項の規定による優先弁済によって元利金の全部または一部を受けられない場合には、公社の資産のうち、第30条第1項の規定により区分・管理されている住宅抵当債権ではない資産から弁済を受けることができる。

 

(注): 第3項の文言中、公社は、韓国住宅金融公社。「第30条第1項」は、住宅抵当債券(MBS)の基礎資産(裏付資産)に関連する規定。

出所: 韓国住宅金融公社法 (韓国の法律)

 

 この韓国住宅金融公社法第31条の規定をみると、KHFCの住宅抵当債権担保付債券(MBB)は、少なくとも、ECBCによる「カバードボンドの主要な特性」のうち、①と②は満たすように思える。おそらく③については、契約上の義務として合意されているものと推測される。

 

カバードボンドは、発行体の信用力を上回ることが特徴だが

 

 本件に格付け(無登録格付)を付与した Moody’s は、 “mortgage social covered bonds” と呼んでおり、格付けにあたって、カバードボンドの格付け手法を適用している。発行体格付けを3ノッチ上回る Aa2 の格付けを付与した。

 

 Moody’sは、中国の大手銀行、中国銀行(Bank of China)が2016年11月に “green covered bonds”(グリーン・カバードボンド)と称する米ドル建て債券を発行した際に、やはり、カバードボンドの格付け手法を適用し、発行体格付けを上回る格付けを付与した。

 

 中国銀行の “green covered bonds” に格付けを付与しなかった Fitch は、2016年11月に “Stronger Framework Would Help China Covered Bonds Develop” と題するコメント発表し、そのコメントの中で、現行の中国の法令を前提とすると、金融機関が債券保有者に対して質権を提供して発行する債券であっても、弁済が停止され、預金者その他の債権者への弁済に劣後するリスクがあると指摘した。おそらく、Fitchのこの発表文は、中国銀行の “green covered bonds” に対して格付けを付与しなかった説明であろう。

 

 カバードボンドは、発行体が倒産しても、その倒産手続きに影響を受けることなく、「カバープール」と呼ばれる事実上の担保資産を用いて、約定通りに元利払いが継続できるように仕組まれた(またはそのような扱いとなることを定めた法制度に基づいた)債券だという一般的な理解がある。政府系機関が倒産することは稀であり、多くの国で、政治的な扱いとなることから、債権者の権利がどのように処理されるかを予見することは難しいかもしれないが、少なくとも現行法制において、もし倒産したらどうなるかについての説明が欲しいものである。

 

 みなさんは、若年層や新婚夫婦を対象としたものを含む住宅取得者向けの住宅ローンの貸出は、ICMAの「ソーシャルボンド原則」に照らして、ソーシャルプロジェクトに該当すると考えますか?

 

 江川 由紀雄 (えがわ ゆきお) 新生証券調査部長 チーフストラテジスト、一般社団法人流動化・証券化協議会顧問、埼玉学園大学大学院客員教授。1990年代より、オリジネーター、アレンジャー、格付けアナリスト、セルサイド(証券会社)アナリストなどを歴任、一貫して証券化市場に携わっている。1962年福岡県生まれ。yukio.egawa@gmail.com