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出版『原子力発電と会計制度』(金森絵里著、中央経済社)

2016-04-10 19:27:07

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 本書は、原子力発電事業をめぐるこれまでのわが国の会計制度のあり方、および、会計研究そのもののあり方にまで踏み込んだ意欲的な著作である。

 

 会計の世界は、専門知識と実務対応の両方を求められる。そのため、一般の人だけでなく、研究者でも専門家以外の者は、足を踏み入れることに躊躇しがちだ。畢竟(ひっきょう)、企業が開示する会計情報を前提としたり、原発会計制度や電気事業会計規則等を所管する経済産業省等の判断を「所与」として議論を始めることが多い。

 

 しかし、著者はそうした現行会計を所与とすることを「会計への従属」と呼び、そこからの脱却を掲げる。さらには「ありうる会計」を高く見据えて、これまでのわが国での原発関連の会計制度の分析の視点を広げ、深めていく。

 

 本書が論じる、黎明期の原発工事償却から、使用済核燃料再処理、特定放射能廃棄物処分、そして廃炉処理へとつながる流れは、まさにわが国の原発の歴史でもある。著者は、それぞれの会計制度の導入や改正における議論や限られた関係書類の丹念な分析を通じて、電力利用者や社会、投資家ではなく、事業者を最優先で有利に扱うわが国の原発会計の歪な構図を浮き彫りにする。

 

 特に、東京電力福島第一原発事故後の2013年と15年の二度にわたって実施された廃炉会計制度の改正の分析は、本書の真骨頂でもある。電気事業会計と電気料金算定の「逆転現象」を指摘、電気事業会計全体に歪みを引き起こしている点、会計情報を作成する電力会社が自らを利する会計制度への改竄の過程を、丹念に掘り起こすことで明るみに出している。

 

 評者が提唱する「環境金融」は、環境価値を企業価値に内部化する一つの手段として会計手法の活用を求める。しかし、そこでは、本書が指摘するように、現行の会計制度を所与とするのではなく、環境債務を特定、分析、評価できるように会計の仕組みを改め、運用し、事業者に環境債務を認識させた上で、縮減する智恵を促す取り組みが必要となる。

 

 原発を巡る議論も、エネルギー・ミックスとしての経済性論議や、安全性のリスク議論だけでなく、原発の建設から使用済燃料再処理、廃棄物処分、廃炉費用までを、トータルに会計的にとらえて、電気事業者の企業価値に「内部化」する視点が、すべての議論の出発点になるべきだろう。

 

 福島原発事故から5年を経て、そうした出発点を告げるべく、精緻で情熱的な労作が世に出た。                                 (評:藤井良広)

 

 

(金森絵里著、中央経済社。2016年3月11日、本体価格3800円)

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