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第7回サステナブルファイナンス大賞インタビュー②優秀賞、東京海上日動火災保険。ESG評価を組み込んだ保険商品(D&O保険)を、わが国で初めて開発(RIEF)

2022-02-09 14:14:40

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 東京海上日動火災保険は、企業のESG評価を組込んだ会社役員賠償責任保険(D&O保険)の開発を手掛けたことで、サステナブルファイナンス大賞の優秀賞に選ばれました。ESG評価を保険商品に初めて組み込んだことが評価されました。同社で商品開発を担う、企業商品業務部・課長の北川峻氏、副主任の宮澤拓也氏らに開発の背景等をお聞きしました。

 

――ESG要因を保険商品の開発に反映させようと考えたきっかけはどうでしたか。

 

 北川氏:東京海上グループは、「お客様や地域社会の“いざ”をお守りすること」をパーパス(存在意義)としています。「サステナビリティ中長期戦略」を昨年5月に策定し、安心・安全でサステナブルな社会づくりに向けて、社会課題を解決すると同時に、社会全体が持続的に発展していく、良い循環を作っていきたいと考えています。さらにそれが、当社にとっての成長にもつながることを期待して、本取り組みを開始しました。

 

 ESGを取り巻く環境も次第に変わってきています。たとえば、昨年、コーポレートガバナンスコードが改定され、今年の4月から東京証券取引所の市場区分が変わります。これらの中で、ESGにかかわる項目が拡充されています。これらを踏まえて、企業のESG対応の取り組みも強化されていく方向にありますし、ESG投資も急激に拡大しています。こうした世の中のESGへの関心の高まりを受けて、われわれも保険商品にもESGの観点を取り入れたということです。

 

 宮澤氏:コーポレートガバナンスコードの改訂や、東証のプライム市場でのESG情報開示の義務化により、国内のESGを取り巻く環境整備が進んできたように思います。これにより、ESGを取り巻く投資マネーを国内証券市場に一層取り込み、日本企業が更に成長していく可能性も秘めていると考えています。

 

㊧北川氏、㊨宮澤氏
㊧北川氏、㊨宮澤氏

 

――海外では保険商品にESGを組み込んでいるケースはありますか。

 

 北川氏:欧州の損害保険会社であるAllianz(ドイツ)や、ロイズ保険組合のBeazley(英国)が、ESGを保険商品の設計に活用することに取り組む等、少しずつ事例が出てきています。この分野では欧州が最先端で、米国やアジアでも徐々にそういう流れに向かっていくのではないかと考えています。そういった中で、われわれとしても、アジアに拠点を置く損害保険会社を代表して、本分野に先駆けて取り組みたいとの思いの中から、欧州の先行事例も参考にしながらチャレンジしました。

 

――D&O保険にESG評価を適用した理由をお聞かせください。

 

 北川氏:当社は、火災保険や企業の賠償保険等の様々な企業向け保険商品を取り扱っています。その中で、D&Oに着目した理由は二つあります。一つは、D&O保険がカバーするリスクとESGのリスクが、共通していそうだということです。D&O保険は会社の役員を被保険者としています。たとえば企業の不正や不祥事等のトラブルが生じたときに、役員が株主訴訟の対象になるリスクを補償し、役員の皆さまが安心して経営に専念できるようにするために入ってもらうのがこの保険です。

 

 この保険を引き受ける際に、当該の企業のガバナンスがしっかり行き届いているかを評価しながら、保険を引き受けます。したがって、ESGの項目のうち、Gのガバナンスの部分の、取締役の多様性や、独立性といった指標を備えているかどうかは、企業、あるいは役員のガバナンス能力と強く関連しています。保険会社がD&O保険を引き受ける際には、まさにこうしたリスクを評価します。ガバナンス以外でも、例えば社会のSの分野でも、企業の労働安全衛生面が行き届いているか、サプライチェーンマネジメントが徹底されているかどうか、あるいは贈収賄を防止するポリシーが完備されているかといった部分は、D&O保険で補償するリスクとの関係があると考えています。

 

 もう一つは、役員自体が被保険者になる保険なので、D&O保険に対する企業自身の関心が高いという点があります。とりわけ、企業トップの関心が高いと考えています。役員が保険料を一部負担する企業もあることも、関心が高い理由の一つだと思います。

 

北川氏
北川氏

 

 サステナビリティの関心の広がりとともに、企業トップのESGへの関心も高まっています。当社は、企業のESGスコアと、D&O保険の引受時に行うリスク評価事項との相関を、AI(人工知能)を活用した実証実験を実施し、その相関性を確認しました。

 

――AI分析でESGリスクの改善が、保険リスクの減少につながることが立証されたということですね。

 

 宮澤氏:そうですね。AIを使った実証実験では、財務情報、過去に発生した株主代表訴訟や企業不正事件等のリスク評価項目に「ESGスコア(非財務情報)」を加えて分析しました。AIの活用はわが社単独では専門技術において限界があるので、AIとESG(サステナビリティ)分野に知見を持つデロイトトーマツグループをプロジェクトのパートナーとして、両社で議論を重ねました。

 

 北川氏:こうした検証を通じて、ESGに積極的に取り組んでいる企業こそ、ガバナンス対応がいいことが分かってきました。そうした検証を元に、ESG取り組みがしっかりしていて、リスク対応がいい企業向けにD&O保険の保険料の割引や補償条件の拡充といったインセンティブを取れるような保険商品を提供することで、より一層、企業のESGに関する行動変容を促していくという循環を作っていければと考えています。

 

――AIを活用するメリットは。

 

 北川氏:ESGのデータも100を超える項目があり、その他の財務データ等の様々の情報も組み合わせは膨大に存在し、すべての組合せを人が分析するのは困難です。そこでAIとデジタル技術を活用して、リスクデータの分析に取り組みました。そうしたAI分析をベースに、保険会社の持つ(人の)専門性を掛け合わせることで、新たな価値を生み出せるのではないかと思い、商品開発を進めました。

 

 新たな保険は、2022年度に販売を予定しています。当社の新たな取り組みを対外的にリリースすると、これまでの顧客企業のほか、わが社の商品を扱う保険のブローカーや再保険会社等からも、多くの反響をいただきました。

 

宮澤氏
宮澤氏

 

 宮澤氏:社外からの反応は、新しい商品についての問い合わせが多かったですが、AIを使ったモデル開発をしたことへの質問や、AIモデルそのものへの関心等も高いことが伺えました。またサステナビリティに積極的に取り組んでいる企業からは、サステナビリティの観点での意見交換をしたいとのお申込みもありました。商品だけにとどまらず、サステナビリティそのものに関した企業の関心が高いことを実感しました。

 

――ESGを評価に加えた保険は、D&O保険以外の保険商品にも応用できますか。

 

 北川氏:実は、今まさにその点を検討しています。たとえば、当社では、サプライチェーンに関するリスクを補償する保険を扱っていますが、それらにESGの分野の評価、特にソーシャルのSの分野の評価を取り込んだものを開発する可能性はあり得るかもしれません。また、グループ全体では海外でのビジネスもあり、海外市場でもこの取り組みを展開できないかとも考えています。

 

――企業のESGやサステナビリティ情報開示を国際的に共通化するIFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が立ち上がり、ESG情報開示の流れが高まっていることも、追い風ですね。

 

 北川氏:追い風になると思います。ESG情報の開示も進みますし、開示内容の面でも質の向上が記載されます。加えて、その評価手法も更に洗練されてくることが期待されます。今後、評価するデータが増えるほど、AIのモデルの精度も向上することも期待されます。

 

表彰状を受ける北川氏㊨、㊧は環境金融研究機構代表理事の藤井良広
表彰状を受ける北川氏㊨、㊧は環境金融研究機構代表理事の藤井良広

 

 AIのポテンシャルは非常に高いと思いますが、分析の全ての工程をAIに依存することはできないと考えています。保険会社がリスクのプロフェッショナルとして、AIによる分析結果を評価し、分析結果に対外的な説明力を持たせることも重要だと考えています。

 

 われわれは、保険の引き受けを通じて得られるリアルな情報を、社内に蓄積しているので、分析技術の精度を上げるだけではなく、こうした自社で蓄積したデータアセットの価値を活かし、お客様向けの保険商品やサービスの一層の改善につなげていきたいと考えています。

 

  データは、保険会社の競争力の源泉の一つと思っています。そのデータを分析する技術がAIを含めてかなり高度化しています。また、GAFAやFinTech企業等もこうした分野に参入する動きも起き始めています。われわれもそういった異業種との連携や差異化を図っていく努力を進めていますが、今後は更にこの動きを活性化させる必要があると考えています。

 

――東京海上日動としてのカーボンニュートラルをはじめとするESG対応はどうですか。

 

原田氏
原田氏

 

 原田麻由氏(経営企画部サステナビリティ室主任) わが社ではグループ全体の環境負荷削減と、カーボンニュートラルの取り組みを推進しています。第五回のサステナブルファイナンス大賞で特別賞をいただいたマングローブ植林の活動もその一つです。グループ全体の事業活動によって発生したCO2の排出量と、マングローブ植林および自然エネルギー利用等によるCO2固定・削減効果で相殺し、グループ全体としては2013年度から8年連続、東京海上日動単独では、2009 年度以降12年連続で、事業活動に伴うカーボンニュートラルを実現しています。

 

 こうした取り組みを踏まえ、東京海上グループが特定したサステナビリティ重点領域のうち中長期の主要課題の一つである気候変動対策をさらに推進すべく、Scope3を含めた温室効果ガス排出量のさらなる削減や、主要拠点における再エネ電力100%化、保有車両をすべて電動車化等の目標を立て、2050年カーボンニュートラルの実現を目指しています。

 

                     (聞き手は 藤井良広)