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第7回サステナブルファイナンス大賞インタビュー①大賞 : 日本生命。ESG評価を総資産73兆円全体に適用。企業の脱炭素経営を資金運用面からさらに後押し(RIEF)

2022-02-08 22:09:12

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  第7回(2021年)サステナブルファイナンス大賞の最優秀賞(大賞)には、約73兆円の総資産の運用全体にESG(環境、社会、ガバナンス)評価を盛り込んだ日本生命保険が選出されました。日本の民間最大の機関投資家として、ESG評価の必要性を重視し、取り組むことで、資産運用市場全体をリードする役割を果たされました。ESG評価を実践する経緯や手応え等について、同社のESG投融資推進部長兼財務企画部担当部長の栗栖利典(くりす・としのり)氏に聞きました。


――2021年度からESG評価を資産運用全体に盛り込まれました。こうした決断をされた背景を教えてください。

 

 栗栖氏:日本生命は、資産運用において、安全性、収益性に加えて公共性を踏まえて取り組むということが、創業以来の基本的な考え方です。この考え方は、まさに昨今、世の中で言われているESG投融資の考え方と同じ理念に根付くものであると考えております。

 

 特に最近は、気候変動等による自然災害の激甚化が世界各地で観測される中で、環境等の要素が、中長期的な企業価値や投資リターンに与える影響が大きくなるだろうとの意識が高まっています。新型コロナウイルスの感染拡大問題も、社会動向への対応が企業の取り組みの中で求められるようになった要因となっており、従業員へのエンゲージメントやデジタル化への対応も含めて、社会に配慮した取り組みが中長期的な企業価値に与える影響が大きくなってきていると感じます。こうしたESG分野の評価を運用資産の投融資判断に組み込んでいかなければ運用パフォーマンスに与える影響が大きく、また、産業構造の変化にも対応できなくなる可能性があるため、導入を決断しました。

 

栗栖利典氏
栗栖利典氏

 

――ESG評価に正面から取り組むという議論は、資産運用の実務の中からボトムアップ的に出てきたのですか。それともトップダウンもあったのですか。

 

 栗栖氏 : それは両方ですね。トップダウンという意味では、経営の視点から、社会動向や金融市場の動きを見て、そのように強く思うきっかけがたくさんあったということもありますし、日々の運用を担当するわれわれの方から、個別企業の動向を見る中で出てきたボトムアップの意見もありました。

 

――伝統的にESG的な視点を持った運用を心掛けてこられたと指摘されましたが、直近のESG課題を評価するうえでは、多様な方法論が必要になってきます。

 

 栗栖氏:インテグレーションの導入を決める前年の2020年に、部横断のプロジェクトを立ち上げ、ESGの要素が中長期的な企業価値に影響を与えることに関して、われわれの基本的な考え方を共有するための議論をしました。既存の投融資についても、資産ごとにそれぞれの判断プロセスがありますが、そこにESGの要素をどう織り込んでいくかを、投融資フロント部横断で考えていく作業を行いました。対応としては、かなり大掛かりなものでしたね。

 

 われわれのESG要素の評価尺度で重要なことは、まさに、中長期的な企業価値に与える影響の評価という点です。したがって、投融資先のESG要素や取り組みを、外形的ではなく、企業価値の観点からしっかり評価しなければならないと思っていました。先行的には2008年から、資産運用子会社のニッセイアセットマネジメントで、企業価値に与える影響の評価を重視する考え方をもとに、ESG評価に取り組んできた事例があります。この考え方も参考にしながら、われわれが独自に企業との対話活動でのエンゲージメントで得た情報も活用し、企業ごと、業種ごとに多様なESG取組を評価する体制を整えました。その体制を支えているのは、インテグレーションとエンゲージメントを車の両輪とする考え方です。

 

 ESGに関して、中長期的視点で企業価値にとってマテリアル(重要)な課題を特定し、対話し、得られた情報をもとに評価していきます。外部機関の評価や、ニッセイアセットの評価を参照したりもしますが、基本的には、われわれ独自の評価の仕組みを構築しています。ESG評価の視点は、中長期の投融資ホライゾンを踏まえた生命保険会社の運用の目線と合致しています。ESG評価は一要素であり、最終的な投融資判断においては、従前から行っている定量・定性分析と合わせて、総合的に判断するということが重要です。

 

――ESGスコアリング等はやっていますか。

 

 栗栖氏:資産によって評価の取り組みは異なります。例えば、有価証券の運用の領域では、そういった評価手法も含めて、独自に評価の体系を作って取り組みを進めています。

 

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――化石燃料の多い炭素集約型産業についても、他の機関が行うESG評価とは別の独自の視点で評価するということになりますか。

 

 栗栖氏 : われわれは、業種・企業ごとに異なる重要課題を特定し、独自にエンゲージメントをし、情報収集を進め、評価を行います。もちろん、世の中にある公表情報も活用します。今後、ESG要素の評価に際しては、情報開示が重要だと思いますので、そのような点も投融資先の企業に求めていかなければならないと思っています。企業から得た情報を、われわれの独自の評価に反映させながら、取り組みを進めていく必要があります。これまでも、ESGとは明示していなくても、ガバナンスをはじめ、今でいう、EやSとされるような領域を、投融資判断の一要素として加味してきました。投融資判断のプロセスにおいて最も重要なことは、株式にも債券にも融資にも、ESGだけではなく、バリュエーションの観点、アセットアロケーションの観点、ポートフォリオのリバランスの観点なども含めた投融資の総合判断が最終的にあるということです。

 

――ESGを組み込んだ資産運用に取り組んできた手応え、課題はどうですか。

 

 栗栖氏:インテグレーションで行っているESG評価は、中長期的な視点から行っているので、すぐに感じられるほどのスピードで手応えがつかめるものではないと思っています。ただ、現在の金融市場を見ていると、想像よりも早いペースでESGが織り込まれていると感じることはありますね。特に気候変動への対応については、世の中の取り組みの進展を痛感しています。

 

――まさに日生が、2021年に全面的なESG評価に取り組んだことも、そうしたESG評価のスピードアップに沿った動きだったということですね。投資先の企業の方も意識して変わろうとしているところが増えてきています。

 

 栗栖氏:世の中の意識の高まりも、今はそうかもしれませんが、中長期的に見て、地域ごとに見て、今後どのように進むかは分からないところがあります。また、企業にとっても、中長期的に取り組んでいかなければならないが容易に実現できないとか、気候変動問題でいえば、技術革新を伴うので時間をかけてやっていかなければならない、といった事情もあります。おそらく、結果はすぐには出ないものだと思っています。ですから、長い投資ホライズンで企業の取り組みを後押ししていくことが重要になってくると思います。

 

――投融資資産によってESG評価がしやすい、しづらい、という違いはありますか。

 

 栗栖氏:われわれは、中長期的な企業価値に影響を与えるかどうかという軸でESGも評価していますが、評価がしやすい、しづらいというよりは、ESG評価を資産ごとの投融資判断に織り込むことに難しさがあると思います。例えば株式では、将来の成長性等にどう織り込んでいくべきかという点に難しさがあります。ESGの観点から企業価値向上に繋がる取り組みをしていても、バリュエーションの観点から過度に織り込まれているのであれば割高になりますし、織り込まれていないのであれば割安に放置されていることになります。また、債券については、キャッシュフローの安定性や元利返済能力に、ESG評価がどうつながっていくのかという点に難しさがあります。スプレッドが十分に確保されていれば、投融資判断への影響は限定的でしょうが、思っていたよりもタイトだとすれば判断に影響します。投融資判断には、ESGだけではない、様々な観点を含めた総合評価がありますので、ESG評価と合わせて、それぞれに難しさがあると思っています。

 

――いわゆるマテリアリティの評価についてもう少しお聞きします。ESGはこれまで、Gを別にして総じて投資判断にはあまり組み込まれてこなかったと思いますが、企業価値に与えるウエイトは、それなりにありそうだという感じですか。

 

 栗栖氏 : ESGが投資判断にあまり組み込まれていなかったというわけでもありませんが、これからは、EとSを明示的に評価軸に加えて、今までの定量・定性分析にどう織り込むかということが重要になってきます。昨今の世界的な潮流を踏まえ、社会の動向がどう変化するかという予測も難しさを増していると思います。そこがアナリストの腕の見せ所かもしれません。

 

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――アナリストは何人いますか。

 

 栗栖氏: ポートフォリオマネージャーも含みますが、株式部は25人程、クレジット投資部は20人程在籍しています。株式と債券、それぞれチームでやっています。

 

――ESGの評価の中で、やはり気候リスクは大きいのでしょうか。

 

 栗栖氏 : それは業種によると思います。つまり、既存の事業が、気候リスクによってどのような影響を受けるかということです。炭素集約型産業にとっては、気候リスクは、まさにマテリアルな課題になっていると思いますし、逆に、そこをビジネスチャンスにできる企業もあります。運用者としては、その点をそれぞれ見ていくということです。ただ、言うのは簡単ですが、そこを見極める投融資判断はそう簡単ではないと思います。

 

――日生のカーボンニュートラル宣言はどうですか。

 

 栗栖氏 :保険事業領域では、2030年に51%削減(2013年対比)、2050年ネットゼロを掲げています。事業活動での電気使用や車の使用等、保険事業から発生する排出量の削減取り組みが中心です。資産運用ポートフォリオという意味では、今年度より2050年ネットゼロの目標は掲げておりますが、2022年度に向けて、2030年度の中間目標を設定する予定です。エンゲージメント活動としては、引き続き、排出量の多い企業との対話を続けて、脱炭素に向けた取り組みの後押しを進めていくつもりです。テーマ投融資としては、グリーンボンドや再生可能エネルギー関連の投融資にも取り組んでおり、それらの目標達成に向けて、投融資先企業の支援を続けていくつもりです。

 

――気候変動に関しては企業の行動も変わりつつありますが、次のステップとして生物多様性損失の問題とか、社会分野では人権問題等も企業の重要課題となっています。これらの分野の評価はどうですか。

 

 栗栖氏 : 企業に対するエンゲージメント活動の中で、投融資先の企業価値への影響を踏まえながら、対話のテーマとして検討していきます。特にSの領域には色々な観点があります。それらのテーマについて、投融資先と対話しながら、業種ごと、企業ごとに、企業価値に与える影響の観点から追加テーマとするかどうか等を検討していきます。

 

――エンゲージメントで、投融資先の企業がちゃんと答えられないと減点になるわけですか。

 

 栗栖氏 : われわれは、中長期的な観点で重要課題であると思うポイントや取り組みについて企業と対話するということで評価するというだけでなく、企業の改善努力を後押しする役割を担っていると考えております。ESGのどの項目も、短期的な世界で決まる話ではないと思います。したがって、われわれは、インテグレーションとエンゲージメントの循環の中で、企業の取り組みを後押ししながら、ESGの観点から投融資先を評価していきます。企業の取り組みを後押しし、企業価値向上に繋げることが好循環となり、しっかり回っていくことが、社会全体の課題解決と当社の運用収益向上につながっていくと考えております。

 

――今年半ばには、IFRSがISSBを作ってサステナビリティ・ESGのグローバル共通の譲歩開示のフレームワークを公表する方向にあります。グローバルな共通フレームワークが出来れば、ESGの評価はさらにやりやすくなると思います。ISSBへの期待はありますか。

 

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 栗栖氏 : 情報開示の基準を共通化することは、比較可能性を担保する上で重要です。グリーンウォッシュ対策にもつながると思います。そのうえで、われわれ運用担当者が、それらの情報のうちのどれが投融資先の中長期的な企業価値に影響を与えるのかを、独自の分析によって見極め、評価する視点が重要になってくると思います。そうした視点を、企業へのエンゲージメント活動を通じて、さらに深掘りし、企業を後押ししていくことが重要です。

 

                          (聞き手は 藤井良広)