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第7回サステナブルファイナンス大賞インタビュー⑩地域金融賞、飛騨信用組合。金融機関自らが地域の活性化に資する電子地域通貨「さるぼぼコイン」の開発・運営(RIEF)

2022-03-24 15:15:29

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 岐阜県高山市を拠点とする飛騨信用組合は、スマートフォンによる電子地域通貨「さるぼぼコイン」を開発。地域の独自性に目を向け、地域の特性を生かし、地域の活性化に資する地域金融機関の新しい展開のモデルを示したことで、第7回サステナブルファイナンス大賞の地域金融賞に選ばれました。理事長の大原誠氏にお聞きしました。

 

 ――金融機関が自ら電子地域通貨を開発したいきさつを聞かせてください。

 

 大原氏 : 6年ほど前に、金融機関の間でフィンテックの議論が広がる中で、地域金融機関としてどう対応していくのかということを精査するため、ITに強い若手職員や役員が外部の専門家も交えたチームを作って検討しました。その中から提案された事業が電子地域通貨でした。その背景として、高山市は全国有数の観光地であり、政府が外国人観光客を取り込むインバウンド政策を打ち出しているという環境がありました。

 

 高山市への外国人観光客が増加する一方で、当時はクレジットカードが使えるお店も限られていました。外国人だけでなく、国内の観光客からも、買い物や宿泊費の支払い手続きに対する不満というか、利便性向上の要望があがっていました。そこで、当地でのキャッシュレス化を進めようということで、地域通貨にフィンテックを絡めた電子地域通貨を展開しようということになったのです。

 

――キャッシュレスならカードや、コンビニ決済等があります。独自の電子地域通貨を立ち上げたのは?

 

 大原氏 : キャッシュレス化で一番ネックになったのは、決済を行う際の加盟店側の対応でした。カードやその他の電子決済機能だと、専用の機器や特別のレジが必要になるという課題がありました。そこで、もっと簡単にできるものはないかと検討するなかで、加盟店側にはQRコードを置くだけで、通信回線等を追加で用意しなくても素早く対応できる仕組みとしました。加盟店にはQRコード、使用するユーザーは、スマホのアプリで対応できる仕組みです。スマホアプリのベンチャー企業にも加わってもらい、システム化することができました。

 

大原理事長
大原理事長

 

――「さるぼぼ」というネーミングはどういう意味ですか?

 

 大原氏 : 「さるぼぼ」は昔から飛騨地域にある民芸品で赤い人形です。「お猿の子ども」という意味ですね。飛騨地域では、お土産品のキャラクター等で使われています。飛騨信用組合でも、「さるぼぼコイン」の名を付ける前から、顧客向けの「さるぼぼ倶楽部」や、預金キャンペーン等でも「さるぼぼ」の名称を使うなど、いろんな商品やサービスにこの名前を付けてきた経緯があります。今回の取り組みについても、当然のように、「さるぼぼコイン」という名前で、すんなり決まりました。

 

――スタートが決まったのは、

 

 大原氏:検討とシステム開発に2年余、スタートしたのは4年前の2017年12月からです。最初は、当地で私どもの信組がメイン先となる会社や商店に対して加盟店になっていただくようお願いしたり、率先して当組合の役職員が使ってみる、と言った風にして、スタートしました。

 

――地域通貨の流通は、観光客と地域の人の間でのやり取りを目指していたと思いますが、信組自体の預金、貸出金等の本業との相乗効果についてはどう考えていましたか。

 

 大原氏 : そもそもの発想は、観光客の利便性を高めることでした。しかし、海外の方を含め、観光客に新しいコインのユーザーになってもらうためのハードルは思ったよりも高かった。そこで、まずは地元の企業や人々にユーザーになってもらおうと考え、地元ユーザー優先でスタートしました。

 

「さるぼぼコイン」の流れ
「さるぼぼコイン」の流れ

 

 開始から4年が経過して、一番よかったと思うのは、ユーザーになっていただいている方々が、さるぼぼコインの普及につれて、当組合の店舗の窓口で口座開設等を申し込んでくれるという動きが起きてきたことです。さるぼぼコインを利用するには預金口座を開くと利便性が格段に向上するため、飛騨信の取引先だけでなく、普段は地元の地銀やJA、一番のライバル金融機関である信用金庫しか利用していない顧客も、当組合へ来店していただけるようになりました。

 

 結果として、コインを通じて、顧客との接点が相当広がったのは間違いありません。コインをきっかけにして、通常の預貸取引につながるというケースも相当あります。ユーザー側もそうですが、加盟店のほうもメインの取引金融機関は他の地域金融機関のところもありますが、「さるぼぼコイン」の加盟店になりたいから、と訪れてくれます。通常の営業では、新規取引が難しい先でも、コインのお陰で、むしろ顧客の側からいろいろと話が来るようになったりしています。

 

――コインと信組経営のいい相乗効果が起きているわけですね。

 

 大原氏 : 当初描いた構想では、地域経済におカネを回すというのが一番の主眼で、その点でも一定の成果がみられますが、その一方である意味、われわれにとっても業務推進上の絶対的なツールになりつつあると思っています。預貸金業務とは別に、コインだけをみても、現金をコインにチャージする時にわれわれが1%のプレミアムポイントを付けますが、決済された加盟店の方で1.5%の換金手数料を支払いますので、0.5%のサヤが生まれます。このサヤは利益になりますが、間接費用等もありますので、実際には、われわれの側からの持ち出しのほうが多い状態です。しかし、先に述べたように、新たな顧客の増加等を含めて考えると、当組合にとっても十分に推進していける事業になっています。

 

――自治体との連携も進んでいるようですね

 

 大原氏 : 取り組みから2年ほど進んだ時に、高山市に隣接する飛騨市から「市の事業の中でコインを使えないか」というご相談をいただきました。その際は、コロナ感染対策で配布される地域振興券の一部についてコインを採用いただきました。さらに、市税の軽自動車税や固定資産税等の取り扱いもコインでできるようにしました。現在は、飛騨市のほか、高山市でもできます。住民に必要な印鑑証明書、住民票等を取得する際の手数料の支払いもコインで可能です。行政とのつながりができたことで、コインの認知度が高まり、住民の利用者も一気に広がりました。

 

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 自治体との連携が進む中で、マイナンバーカードのマイナポイント事業に、さるぼぼコインも採用されました。大手の決済事業者も対象となるなか、さるぼぼコインでマイナポイントをもらえるというのも、当地域でのマイナンバーカード普及促進に少しは貢献できたのでは思います。

 

――飛騨信の取り組みは、他の地方金融機関にも参考になりそうですね。

 

 大原氏 : コロナ禍前は、毎月のように全国から自治体や金融機関が視察に訪れました。そうした中で、われわれの取り組みの少し後に、千葉県の君津信用組合が木更津市で同じシステム仕様で取り組まれました。「アクアコイン」の名前です。そのほかにも、昨年は東京の世田谷区が「世田谷コイン」を始めるなど、いくつかの地域で同様の取り組みが広がっています。コロナの影響で多少動きが鈍っていますが、潜在的に需要は大きいと思います。

 

  スマホアプリによる全国どこでも使えるキャシュレスとは異なり、当地域だけの閉鎖的な中での利用は、一見、不便なようですが、実は、閉鎖的だからこそいろんなことができるという「地域に限定」したことのメリットがあります。自治体も使い易い。進めていく中で起きたことは、高山市に本社のない企業や店舗でもコインが使えるとなると、地元の自治体の施策としては難しくなるといった意見もありました。しかし、さるぼぼコインなら市のお金を投じてもらえれば高山市・飛騨市だけの利用者と店舗に限定できます。ペイペイ等の全国共通の電子通貨の場合は、それで付与されるポイントは地域外のネット販売でも使われるので、地域限定とすることができず、地方自治体が参加しにくい。われわれの場合、地域に限定し、地域に立脚したいろんな使い方が可能になるのです。

 

――大手の金融機関を真似て、同じ商品・サービスを提供するより、地域の自治体や企業、住民のニーズに限定した地域立脚の循環スキームを目指すわけですね。

 

 大原氏 : われわれのような地域金融機関の場合、小回りが利くというメリットもあります。労力はかかりますが、多様な地域のニーズに、日々、一つひとつ対応しているので、全部ができるわけではありませんが、顧客の需要に応じた対応がし易いと思います。

 

――コロナ禍が終われば、観光客が戻ってきて、さらに利用が拡大する期待もありますね。

 

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 大原氏 : それはぜひとも期待しています。一昨年に「Go To トラベル」が始まった際には、ポイントカードという形で、コインにも一定程度ポイントを付ける施策が地元の観光団体に採用されました。その時は、観光客のコイン利用も高まりました。今後も、観光客等の外部の利用者向けにも、何らかのメリットを付けていきたいと考えています。現在、利用者がポイントを利用できるのは、ポイントの獲得月から1年間ですので、リピーターで再訪してもらえることを願っています。

 

――同じように地域電子通貨を発行する周辺地域の信組等と連携して、利用地域を拡大することも考えられそうです。

 

 大原氏  :  そうした展開は理想的ですね。ただ、システム的にはコインがどこで使われたかという情報まで追っていかなければなりませんので、簡単ではありません。また広げると、今の時代、サイバー攻撃の対象にもなりかねません。

 

――なるほど、手軽で、かつ地域性を維持することが大事ということですね

 

 大原氏  :  そうしないと、やはり全国どこでも使える大手の電子通貨のほうが便利ということになってきます。「飛騨でしか使えない」という点を無視すると、多様なキャッシュレス決済の中で「さるぼぼ」も埋没してしまいます。

 

――さるぼぼコイン以外のサステナブルファイナンスへの取り組みはどうですか。

 

  大原氏 :  貸し出しの取り組みとしては当然ですが、カーボンニュートラルに向けた事業、特に、小水力発電、太陽光発電等への融資推進は従来からやっています。これをもう少し推進していくつもりです。カーボンニュートラルに資する各取引先の事業等に対しては地元金融機関として積極的に支援していきたいと考えています。

 

 ――さるぼぼコインをサステナブルファイナンスにも使えそうですね。

 

  大原氏  : コロナ禍の中で地域の事業者の多くは大変苦労しています。先行きはまだわかりませんが、コロナ後に向けて、コインを使ってさらに地域に還元できることに取り組んでいきたいと思っています。今年からスタートする新中期経営計画のコンセプトとしては、DXの推進とサステナビリティの確保に重点を置いています。現在、このコンセプトに沿った具体的な取り組みを検討中です。

 

                                                 (聞き手は藤井良広)