HOME |パタゴニア創業者のシュイナード氏の全資産を環境活動に寄贈する決断。カギは「IRC501(c)(4)団体」の活用。富裕層と貧困層の分断社会を改革する「新しい資本主義」の実践例の一つ(RIEF) |

パタゴニア創業者のシュイナード氏の全資産を環境活動に寄贈する決断。カギは「IRC501(c)(4)団体」の活用。富裕層と貧困層の分断社会を改革する「新しい資本主義」の実践例の一つ(RIEF)

2022-09-18 23:06:53

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米アウトドア用品大手メーカーのパタゴニアの創業者イヴォン・シュイナード氏が、自身の会社の所有権を手離し、収益を環境活動に寄贈する決断をしたことが話題を呼んでいる。同氏は同スキームを「少数の富裕層と、多くの貧困層という分断された社会構造を改革する『新しい資本主義』に影響を与えるだろう」と強調する。スキームを提案したのは、企業や富裕層にフィランソロピー活動やソーシャルインパクトを提案するESGマーチャントバンクだった。
写真は、自宅のあるワイオミング州で、パタゴニアの従業員向けのビデオ制作を行うシュイナード氏=New York Timesから)

 

 シュイナード氏が公表したパタゴニアの「営利社会貢献企業」への転身は、30億㌦と評価される同社の資産のうち、2%に相当する議決権付株式の100%を、会社の価値観を守るために設定した信託機関「the Patagonia Purpose Trust」に譲渡する一方で、新たに環境保全を目指す非営利団体「the Holdfast Collective」を設立、残りの98%の資産(無議決権株式)をすべて、同団体に譲渡するスキームだ。https://rief-jp.org/ct12/128390
 パタゴニア自体はこれまで通り、営利企業として事業を継続し、収益のうち事業に再投資後に残る剰余利益(年約1億㌦)を「the Holdfast Collective」に配分する。同団体はその資金を環境政策を立案する政治家や政党等に分配するほか、環境活動にも充当する。米国では、これまでも富裕層が節税や相続税対策で資産を信託する手法はこれまでも活用されている。今回のポイントは、資産の98%を遺贈する非営利団体の税制上の特徴だ。
パタゴニアの店舗
パタゴニアの店舗

 

 通常、米国で宗教法人や慈善団体等の非営利団体は、遺贈した資産を非課税扱いにできる内閣歳入法(IRC)501(c)(3)団体の認可を得る例が多い。しかし、今回設立する団体はIRC501(c)(4)団体。同団体は、IRC501(c)(3)団体が享受する寄付金控除を得ることはできない。一方で、遺贈した資金を政治支出に無制限に使っても、法人税は非課税扱いとなる。
 つまりシュイナード氏は、寄付金控除による節税効果を選択せず、代わりに年間1億㌦のパタゴニアの収益を、気候変動対策等を推進する政治家や政党を支援する資金支援に非課税で充当できる手段を手にしたことになる。

  スキームを組成したBDT&Co.,のパートナー、ダン・モスレー(Dan Mosley)氏は「シュイナード氏とその家族らは、環境貢献活動を強めることでかなりのコストを負うが、彼らはパタゴニアを自らの原則に真に沿う形にすることで、環境活動への対応を確保することを優先した。他の富裕層のように資産の非課税扱いを優先するのではなく」と説明している。

 同様のスキームとしては、共和党支持者の億万長者として知られるバー・セイド(Barre Seid)氏が自らのエレクトリック会社のTripp Tite社を、「Marble Freedom Trust」と呼ぶ信託に寄贈、同信託が2021年に同社をアメリカン・アイリッシュ電力企業のEatonに16億5000万㌦で売却し、その資金を共和党への政治献金に活用しているケースがある。ただ同氏の場合、共和党に対して気候変動行動を阻止する政策への支援金の供給で、シュイナード氏とは逆の狙いといえる。

今年83歳。ヨセミテで岩登りを生きがいにしていた元ロッククライマーなのだ
今年83歳。ヨセミテで岩登りを生きがいにしていた元ロッククライマーなのだ

 ネット上の「Inside Philanthropy」の創設者のDavid Challahan氏は、シュイナード氏の取り組みの大胆さを賞賛する。「多くの富裕層は自らの純資産のほんのわずかを寄贈するだけだ。マイクロソフトのビル・ゲイツ夫妻とウォーレン・バフェット氏が始めた寄付啓蒙活動の『ギビング・プレッジ(Giving Pledge)』に署名している富裕層も、それほどの寄付はせず、毎年、もっと金持ちになることを優先している」と指摘している。 パタゴニアはすでにHoldfast Collectiveに対して5000万㌦を寄贈しており、さらに今年中に1億㌦を提供する予定だ。

  シュイナード氏は「今回の試みが、少数の富裕層と、多くの貧困層という分断された社会構造を改革する『新しい資本主義』の形に影響を与えることを期待している。われわれは、この地球を守るために活動する人々に最大限の資金を提供していく」と位置付けている。「新しい資本主義」の概念は、日本でも岸田政権が「成長と分配の好循環」等と称して提唱しているが、シュイナード氏のスキームの導入も検証してみるべきだろう。

  シュイナード氏は83歳。同氏はニューヨークタイムズ紙のインタビューに答えて、「私はビジネスマンになるつもりはなかった。今や、私が明日死んでも、企業(パタゴニア)は今後少なくとも50年間は正しいことをし続けることができる。私がそこにいなくてもだ」と今回の決断の狙いを述べている。

 https://www.nytimes.com/2022/09/14/climate/patagonia-climate-philanthropy-chouinard.html?fbclid=IwAR1AlQaSZpr-wYWc1lgFMua01mQIOPMahtG928-9SK1Xdp4sSLsaZ2-zsQI