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3・11から3年 まだ知らないフクシマ (東京) 原因解明不十分なまま 再稼動を急ぐ政府は、何のために存在しているのだろうか

2014-03-10 13:45:22

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fukushima9eb0ace7cb87e6c28f0928b2a588efde-300x22612過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目になる-。原発事故にも通ずるかもしれない。あれから三年。私たちは、福島原発事故を実はまだ知らない。 忘却が神話を復活させるのか。


 政府のエネルギー基本計画案は原発をあらためて「重要なベースロード電源」と位置付けた。昼夜を問わず、一定量の電力供給を担う主要な発電設備のことをいう。




 一昨年の衆院選で掲げた脱原発依存の約束に目をつむり、3・11以前に戻したいという意味だ。

 


◆忘却とは少し違う


 


 「忘却というのは、ちょっと違うかな…」




 写真家の島田恵さんは、少しの間考え込んだ。核燃料サイクル施設が集中する青森県六ケ所村で十二年間生活し、変わっていく村の様子、変われない村の暮らしをつぶさに記録し続けたことがある。




 3・11の後、六ケ所と福島を結ぶ記録映画「福島 六ヶ所 未来への伝言」を製作し、自主上映会を経て先月、東京・渋谷の映画館で初公開した。




 核燃料サイクルとは、原発で使用済みの核燃料を再利用する計画だ。エネルギー政策の根幹ともされてきた。




 核のごみが全国から集まる六ケ所村も、福島同様、国策に翻弄(ほんろう)されながら、都市の繁栄を支えてきた。いわば入り口と出口の関係だと、島田さんは考える。




 巨額の交付金と引き換えに推進派と反対派に分断された寒村は、列島の縮図にも映る。




 この三年、おびただしい活字と映像が、フクシマを伝えてきた。周囲から「公開のタイミングを外したのでは」と指摘されたこともある。




 それでもなお、映画を見た多くの人が「知らなかった」という感想を寄せてくる。


◆事故報告書は未完成




 私たちは福島をまだ知らない。




 福島原発事故がどれほど大きな事故だったのか。もし偶然の救いがなければ、どれほど巨大な事故になったか。国民として、もっと正しく知る必要があるだろう。




 国会事故調の調査期間は、実質約三カ月だったという。




 報告書は「破損した原子炉の現状は詳しくは判明しておらず、今後の地震、台風などの自然災害に果たして耐えられるのか分からない」などと、冒頭で未完成であることを吐露している。




 例えば、こんな事実もある。




 震災発生当日、福島第一原発4号機は定期点検中で、核燃料はすべて使用済み燃料の貯蔵プールに移されていた。




 プールの中では約千五百体の核燃料が高い崩壊熱を発しており、最も危険な状態だったとされている。放射線量が高く建屋の中に入ることは不可能だったと、作業員は語っている。




 燃料を冷やす手だてがなかったということだ。




 ところが、貯蔵プールの横にある「原子炉ウェル」と呼ばれる縦穴に、大量の水がたまっていた。




 津波か地震の衝撃で仕切り板がずれ、そこから貯蔵プールに水が流れて冷やしてくれた。




 そして皮肉にも爆発で建屋の屋根が飛び、外部からの注水が可能になった。




 点検作業の不手際があり、四日前に抜き取られていたはずの水がそこに残されていた。もし“不手際”がなかったら-。私たちは幸運だったのだ。




 チェルノブイリ原発事故の原因について、当時のソ連当局は、規則違反の動作試験が行われたため、運転出力が急上昇したことによると発表した。




 しかし、事故から五年後、「主因は人為的なものではなく、原子炉の構造的な欠陥である」という内容の報告書をまとめている。




 米スリーマイル原発事故が起きたのは、作業員が誤って非常用冷却装置を止めてしまったからだと、調査の結果判明した。




 事故原因が解析され、判明し、防止策を講じた上で、原発は再び動き始めた。しかし、福島の場合はどうか。世界史にも例がない多重事故は極めて複雑だ。




 原因解明が不十分なまま再稼働だけを急いで、本当に大丈夫なのだろうか。根源的な疑問は、やっぱり残る。



◆無事故の保証ではない


 


 3・11以前への回帰を目指すエネルギー基本計画が、間もなく正式に決定される。




 政府は、積極的に再稼働を認める姿勢を隠さない。




 だが、原子力規制庁自身が明確に認めているように、世界一の規制基準とは、たとえそうであれ、無事故を保証するものではない。 地震国日本に、安全な場所はない。なし崩しの再稼働を受け入れるか、受け入れないか。フクシマを知り、フクシマの今を踏まえて、決めるのは私たち自身である。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014030902000146.html