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中央銀行や金融監督当局による「金融システムのグリーン化ネットワーク(NGFS)」。3~5年先行きの短期気候シナリオ開発。移行リスクと物理的リスクの影響度により4種類のシナリオ提示(RIEF)

2025-05-09 17:19:42

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  中央銀行や金融監督当局で構成する「金融システムのグリーン化ネットワーク(NGFS)」は7日、3年から5年の将来の期間をカバーする4種類の短期シナリオを公表した。NGFSはこれまでも金融機関向けに2050年ネットゼロに向けたシナリオを公表しており、多くの金融機関が同シナリオを活用しているが、現行シナリオの対象期間が2050年あるいはそれ以降の長期シナリオであることから、より直近の金融機関の経営や金融監督に適用される短期シナリオの開発を求める声が強かった。今回、示された短期シナリオは、移行リスクと物理的リスクの影響の違いによって異なるシナリオを選択できるようにしている。

 

 NGFSは、今回の短期シナリオについて、「気候政策と気候変動が金融の安定性と経済の回復力に与える即時的な影響を、構造的に分析する最初の公開ツール」と位置付けている。短期シナリオは、既存のNGFS気候リスク評価ツールキット(長期シナリオを含む)を補完し、金融関係者が、今後数十年間にわたる経済の進化を評価するために資するリソースとして、金融機関に無償で配分する。

 

 示された短期シナリオは気候政策(移行リスク)と物理的リスクの将来的な変化に関する4つの仮定によって区分される。第一番目のシナリオは、気候変動で顕在化する物理的リスクの影響だけをみるケース(Disasters and Policy Stagnation)。気候災害と政策の停滞シナリオとして、地域的な極端な気象現象の経済的・金融的影響を分析する。

 

 続いて、「パリ協定」の「1.5℃」目標達成に向けて順調に進むシナリオ(「パリへ向かう高速道路(Highway to Paris)」)と、混乱の後に、目標達成に向かう(「突然の覚醒(Sudden Wake-Up Call)」)の 2つのシナリオを示している。いずれも移行リスクの影響に焦点を当てている。2023年10月に公表された草案( Conceptional Noteでは、この分野については3つのシナリオとしていたが、最終的に2つに集約した。

 

4つの短期シナリオ
4つの短期シナリオ

 

  第4のシナリオは「分岐する現実(Diverging Realities )」として、移行リスクと物理的リスクを組み合わせて、地域間、特定地域、サプライチェーンのそれぞれにフォーカスして、移行リスクと物理的リスクの影響を示すことを求める内容だ。同シナリオの細分化した例として、(i) 地域間の気候目標の大きな乖離、(ii) 特定の地域(アジア、南米、アフリカ)に影響を与える悪天候イベント、(iii) 重要な原材料のサプライチェーン混乱ーーのケースを示している。

 

 これらのシナリオは相互排他的ではなく、地域、状況に応じて複数のシナリオが重複する形で生じ、それらの程度によって、物理的リスクと移行リスクの影響が、さまざまな割合で重なって起きる可能性があるとしている。ベースラインは国際エネルギー機関(IEA)が2023年10月に示した「World Economic Outlook 」の予測としている。


 NGFSは、短期シナリオの主なポイントとして、①地域的な極端な気象現象は一時的だが重大なGDP損失を引き起こし、世界経済に影響を及ぼし、移行コストを増加させる可能性がある②移行努力の遅延は移行の経済的コストを増加させ、追加の金融ストレスを引き起こす可能性がある③極端な気象現象は、地域的なGDP損失を引き起こし、世界経済に影響を及ぼす可能性がある―ー等を指摘している。

 

 特に地域的な気候災害が、地域レベルで大規模なGDP損失を引き起こす可能性がある点では、地域ごとの試算として、アジアではGDPの6%、アフリカでは同じくGDPの12.5%に達する可能性があるとしている。デフォルト確率はすべてのセクターで増加し、農業や資本集約型セクター(石炭生産や電力供給など)が特に影響を受ける可能性があるとしている。

 

 さらに短期シナリオは、気候変動から生じる長期的なリスクの理解と、グリーン移行の利益とコストのギャップを埋めることで、直近の政策ニーズに対応し、気候関連課題への効果的な対応能力を強化することにつながるとの認識を示している。

 

 NGFS議長でドイツ連邦銀行第一副総裁のサビーネ・マウダーラー(Sabine Mauderer)氏は「NGFSの新たな短期気候シナリオは、気候関連リスクの理解を深めるための重要なマイルストーン。極端な気象現象や移行政策の急激な変更は、短期的に経済と金融部門に重大な影響を及ぼす可能性がある。この新たなNGFSツールは、金融コミュニティに対し、近未来の悪影響を及ぼす気候シナリオの含意について、印象的なセクター別および地域別の詳細な洞察を提供する。気候対策の削減や遅延が将来の経済的損害を悪化させる可能性が高いことを再確認させる」と述べている。

                           (藤井良広)

 

https://www.ngfs.net/en/press-release/ngfs-publishes-first-vintage-short-term-climate-scenarios

https://www.ngfs.net/en/publications-and-statistics/publications/ngfs-short-term-climate-scenarios-central-banks-and-supervisors-2

https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20240416/01.pdf