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EUの「2035年ガソリン車等のエンジン車の新車販売禁止」法案。EU理事会での承認が、ドイツ、イタリア等の反対で宙に浮く。「e燃料」使用のエンジン車の販売継続を主張(RIEF)

2023-03-10 23:53:26

GErmanyキャプチャ

 

 EUの気候対策の象徴の一つである2035年のガソリン車等のエンジン車の新車販売禁止法案が宙に浮き、波紋を広げている。7日に予定していたEU理事会の法案承認が、ドイツ、イタリア等の反対で延期になったためだ。両国はガソリン車等のエンジン車も、CO2と、水の電気分解で得られる水素で製造する「e fuel(e燃料)」等を使う場合は、販売を延長できるようを求めた。このため、EU議長国のスウェーデンは現状では理事会としての合意が困難として決定を見送った。仮に「e燃料」がEUで認められると、日本を含め他の国の自動車市場にも影響を与えそうだ。

 

 EUの2035年のガソリン車等の新車販売禁止は、昨年10月に欧州委員会、欧州議会、EU理事会の三者間で最終合意に達していた。合意を担保する法案についても、欧州議会が今年2月14日に採択し、残る手続きは理事会での法案承認だけだった。だが、各国間調整の中で、ドイツが「e燃料」案を提唱、イタリア、ポーランド、ブルガリアも同調する形となった。

 

 EU理事会の政策決定では、重要テーマについては特定多数決制によって決まる。その条件は、「EU27カ国のうち15カ国以上の同意が不可欠」であるとともに、「その15カ国がEUの人口の65%以上を占める」必要がある。今回、反対を表明した4カ国のうち、ブルガリアを除くドイツ等の3カ国は人口が多く、他の23カ国がすべてが賛成しても、条件をクリアできなくなる。

 

ガソリンの代わりに「e燃料」を満タンにする(?))
ガソリンの代わりに「e燃料」を満タンにする(?))

 

 ドイツの運輸相、ボルカ―・ウィッシング氏は「e燃料や合成燃料が、大気中のCO2削減に貢献するカーボンニュートラルな電気から製造される場合は、2035年以降もそれらを使用したエンジン車の販売は認められるべきだ」と強調した。イタリアの右派政党「イタリアの同胞(Fratelli d’Italia)」が率いる現政権も、法案への不支持を表明した。ポーランド、ブルガリアを加えて、特定多数決を覆す「少数派での阻止(ブロッキングマイノリティー)」を組んだ形だ。

 

 これまで理事会として合意していた一部の国が、土壇場で反旗を翻したことで、EU内外に与えるインパクトは少なくない。特に興味を引くのが、ドイツがe燃料を提案した点だ。昨年6月に理事会の環境閣僚会議での合意取り付けの際、イタリア等が難色を示す中で、ドイツが妥協案として、「2026年に欧州委がハイブリッド車やバイオ燃料使用車両の代替状況等を評価して、35年規制を予定通りに実施するかどうかを検討する」と示した条件と似通うためだ。https://rief-jp.org/ct4/126236?ctid=69

 

 その時点ではドイツは「35年ガソリン車新車販売禁止」に賛成しており、反対派をなだめるための妥協案を示した形だった。しかし実際は、イタリア等の反対国と連携する形で、今回、エンジン車の特例措置を提案したことになり、「自動車大国ドイツ」の計算通りとの見方もできる。ドイツが提案した2026年中間点検案には、欧州委のティメルマンス上級副委員長も「(26年評価条件について)欧州委はオープンマインドだ」と弾力的な評価を示していた。

 

状況を説明する欧州委の記者会見の模様
状況を説明する欧州委の記者会見の模様

 

 「ブロッキングマイノリティー」を構成した4カ国の反対に対して、他の国がどう対応するかだが、注目されるのはフランスだ。同国自体、自国にルノー等の自動車産業を抱えており、同産業界の雇用の維持を考えると、ドイツ、イタリアと似たような事情がある。また、電気自動車(EV)市場では、先行する米国のテスラのほか、テスラを猛追している中国のBYDの競争力を考慮すると、独仏を軸とした欧州車のEV戦略では域内市場でも安泰とは言えない状況だ。

 

 代替案として浮上したe燃料は、CO2と、再エネ電力による水の電解で得られた水素を用いた合成燃料を指す。CO2とH2から作る合成燃料の1種で、現在は原料となるCO2は、発電所や工場などから排出されたものを利用するが、将来は大気中のCO2を直接分離・吸収する「DAC」技術を使うことで、カーボンニュートラルな燃料として評価される見通しだ。

 

 e燃料の場合、EVのように新たに電力のチャージングポイントを展開しなくても、既存のガソリンスタンドでガソリンや軽油と同様に販売できるメリットもある。問題は、燃焼時に通常のガソリン車と同様に、CO2が排出される点だが、原料としてもCO2を使うことで、工場等から排出されたCO2を吸収した形になることから、全体のCO2排出量は減少すると評価される。さらにDAC技術を組み込めば、カーボンニュートラルに近づく。問題は製造コストがどこまで低下するかで、EVのコストとの比較にもなる。

 

 一方で、「2035年EV車化」政策は、EUの脱炭素政策の主要な柱であり、EU-ETS(排出権取引制度)の主要産業への拡大、カーボン国境調整メカニズム(CBAM)導入等とも連動する。その柱を「緩める方向」へ修正することへの反発は高まる。EUは昨年には、サステナブルファイナンスタクソノミーで天然ガス、原発を認める修正を加え、加盟国内で亀裂を引き起こした。それに続く今回の脱炭素政策の見直しは「現実路線」へのシフトなのか、あるいは「後退化」なのか。EUの気候政策の基盤が揺らぎをみせているのは確かなようだ。

                           (藤井良広)

https://www.euronews.com/my-europe/2023/03/03/eu-delays-final-vote-on-combustion-engine-ban-exposing-growing-dissent-among-member-states

https://swedish-presidency.consilium.europa.eu/en/news/?Types=2ab2230b-4d08-4c00-8b5c-11e946beaeb5&Types=b88bed02-7a30-447e-b6e6-73cf365b7524&Types=5cc5668a-487d-4261-b0a1-2c6f6bb299bd